▼ ▲ ▼

 9と4分の3番線の人混みにあっても、その三人はとても目立っていた。

 まず、ドラコ・マルフォイの目を惹いたのは、三人の揃いの黒髪と薄くオレンジがかった肌の色。夜空を切り取ったような黒い髪は真っ直ぐで、歩く度に艶々と光っている。黄みを帯びた肌は、自分たち家族の青白いともいえる肌とは真逆で健康そうだ。

 次に気になったのは、幼ささえ感じさせる彫りの浅い顔立ち。娘――おそらく自分と同い年程度だろう――はともかく、彼女の両親とおぼしき二人は、ドラコの両親とそう大きく変わらない年齢のはずなのに、娘と並んで歩く彼らはかなり若く見える。

 何よりドラコが興味深く思ったのは、彼らが話す異国の言葉。離れている為ほとんど聞こえないが、切れ切れに聞こえる言葉は一切聞き馴染みのないもので、彼らが英語以外の言語を用いて会話しているのは明白だった。

「…珍しいわね。ホグワーツにアジア人なんて」

 彼らに注目していたのが自分だけでないとわかったのは、母のナルシッサがそう呟くのが聞こえたからだった。

「アジアにも、魔法学校はあるけれど…」

 父のルシウスは、母にそう言われるまで彼らの存在を認識していなかったらしい。やや視線をさ迷わせて、ようやく三人を発見すると、興味深そうな声を上げた。

「……そう言えば父の代にも、ホグワーツにアジア人の姉弟が通っていたと聞いた覚えがある」
「私たちの代にはいなかったわね?」

 「あの二人はマグルなのかしら…」と、歩き去る彼らの背中を見送っていたナルシッサは、その目を細めた。
 もし両親がマグルなら、彼女はマグル生まれ穢れた血だ。決して自分とは、相容れない存在である。関り合いになることなどあるまい。だが。

 あの濡れた烏のような黒髪は、自分の透き通るような髪とは正反対で、とても印象的だと思ったのに。

 遠くで両親と話し込む姿を横目に、ドラコは自分も両親に別れの挨拶をしようと、二人に向き合った。



 ホグスミード駅に着いて列車を下り、ボートに乗り込む頃には、沸々と沸き上がっていた苛立ちは多少和らいでいた。

 かの有名なハリー・ポッター。せっかく友人になろうと差し出した己の手をはね除け、あの赤毛のウィーズリー血を裏切る者を選んだ愚かな奴だ。
 向こうのボートに見える後ろ頭を睨みつけ、気に食わないと鼻を鳴らす。同乗しているクラッブとゴイルは、誰かから巻き上げた菓子を貪り食っていた。深々と息を吐きながら何となく視線を岸に向けると、一人の女の子がドラコたちの乗るボートのすぐ側で、乗ろうか乗るまいか戸惑うように立ち尽くしているのに気がついた。キングズ・クロス駅で見かけた、あのアジア人だった。
 彼女が何に迷っているかは明白だ。犬のようにがっついているゴイルたちに圧倒されているのだろう。呆れているのかもしれない。幼い顔立ちの中に浮かぶ上品さが、彼女の育ちの良さを物語っているように思えた。

 手を差し伸べたのは、何となくだった。マグル生まれかもしれない、という可能性に思い至るよりも前に、彼女の困り顔を見ているとそのまま放置しておくのは何だか憚られたのだ。同い年のはずなのに、年下に見えたからかもしれない。きっと、たいした理由はないはずだった。

「ありがとう」

 ドラコの手を握り返した小さな手は柔らかく、薄い唇から溢れ落ちたのは若干のたどたどしさはあるものの、綺麗な発音とアクセントを心掛けたのであろう英語。その上、突然のエスコートに困惑したにも関わらず、応えなければドラコに恥をかかせるとわかって応じた姿は、やはり彼女がそれなりの育ちであることを窺わせた。

「女性をエスコートするのは、男として当然だ」

 微笑んだ彼女は、大人しくドラコの隣に腰を下ろした。目の前の二人の様に驚きを隠せない顔の横を流れる黒髪は、間近で見れば見るほど美しかった。夜の闇に溶け込むそれに目を奪われているうちに、ボートは静かに動き出す。
 移動中は、どこの船も沈黙に包まれていた。夜空に古城が浮かび上がると、やや歓声のようなものが聞こえたが、あとは湖を渡り切るまでずっと静かだった。彼女は物憂げな顔で、じっとホグワーツ城を見上げている。

 地下の船着き場に到着すると、真っ先に自分が船から降りて、後続の彼女へ手を伸ばす。「ありがとう」の言葉に、何となく気恥ずかしくなって返事をしないでいると、彼女は苦笑しつつも友達――栗色の髪の女の子と、ネビル・ロングボトム――の傍に寄っていった。女の子はともかく、ロングボトムのような純血の恥さらしと付き合っているなんて。

 やはり、彼女と交流するのは好ましくない。だが…――


「フジミヤ・カヤ!」

 副校長のミネルバ・マクゴナガルが読み上げた瞬間、静かな、けれども確かなざわめきが広がった。特に、スリザリンのテーブルを中心に。

「フジミヤ…って、あの?」
「そうじゃないか?あの見た目だし…」
「でも、なんでホグワーツに?あの子、日本人だろう?」

 傍にいた上級生が、友人と小声で語り合っている。帽子を目深に被った彼女…カヤ・フジミヤを見ながら、ドラコは考える。
 道理で、立ち振舞いが上品な訳だ。フジミヤ家の令嬢なら納得だ。
 
 フジミヤ家と言えば、イギリスから遥か遠く隔てた東の島国、日本の純血一族だ。本当かどうかは知らないが、“日本で最も古い”純血一族なのだとか。
 いずれにせよ、彼女の家柄はイギリス魔法界で言うところの、“聖なる28一族”に相当する。さらに、フジミヤ家の親戚筋は日本の魔法省と深く関わりがあり、日本を代表する家柄と言っていい。つまり、マルフォイ家と肩を並べる名家というわけだ。

「親がここの卒業生だったとか?」
「日本人がホグワーツにいたなんて話、聞いたことあるかい?」
「いいや、ない。親は日本の学校か?…でも、だったらなんで娘はホグワーツ?」
「さぁな。知るもんか」

 上級生たちの言う通りだった。

 ドラコの祖父、アブラクサス・マルフォイがホグワーツで学生時代を過ごしていた頃、日本人の学生がいたと、ロンドンで父が教えてくれた。その日本人が、彼女の祖父母である可能性は高い。
 そして、ルシウスとナルシッサの学生時代に、日本人はいなかった。両親はそれを、カヤ・フジミヤの親がマグルであるためかと推測したが、それは誤りだった。フジミヤ家の人間なら、誇り高い純血の魔法使い、または魔女であるはずだから。
 とすれば、彼女は何かしらの理由で、両親の母校ではなく、祖父母の母校に進学したことになる。その理由は何だろう。

 彼女の組分けは、思っていたよりも時間がかかった。純血名家の出なら、スリザリン一択だろうと思った。恐らく、他の誰もがドラコと同じ感想を抱いたはすだ。最も気高く、魔法族としての誇りを持ったスリザリンこそ、尊い純血の血が流れる自分たちや、彼女に相応しい。しかし。

「グリフィンドール!」

 組分け帽子が叫んだのは、スリザリンとは真逆の、深紅に輝く寮。拍手と歓声に混じるのは、深緑の寮が溢す落胆の声。ドラコは不可解なものを見るような目で、一際目立つ美しい黒髪を追った。ロングボトムの向かい、ハーマイオニー・グレンジャーの隣に腰かけたその横顔は晴れやかに笑っていた。それが、理解できなかった。

 なぜ、同じ純血の名家を背負っていながら、スリザリンではなくグリフィンドールに選ばれたのか。なぜ、それでも笑っていられるのか。

 組分けが終わって宴会が始まり、一通りの自己紹介――と言っても、ほとんどが純血のため、特に新入生同士は顔見知りだ――が終われば、ドラコたち一年生の話題はグリフィンドールに組分けされた、ハリー・ポッターとカヤ・フジミヤに集中した。
 当の二人は、見事に向かい合わせに座っている。ロングボトムの隣に座ったポッター、そして横にはウィーズリー。ここからではポッターたちの顔は見えないが、ニコニコ笑うフジミヤの顔を見れば、三人の交流が上手くいっているのは明白だった。

「まさか、ハリー・ポッターに引き続き、かの有名なフジミヤ家のお嬢さんとも同学年になるとはね」
「フジミヤ家は、日本で最も影響力を持つ一族だ」
「あぁ、そうさ。なにしろ、10世紀から続く家柄だ」
「でも、グリフィンドールだわ」

 ノットやザビニとの会話に重なるように、パンジー・パーキンソンが言った。

「例え純血の名族だろうと、所詮“血を裏切る者”よ。ウィーズリーだらけのグリフィンドールがお似合いだわ」

 それまで、フジミヤの珍しい容貌に興味を抱いていたスリザリン生たちは、パンジーの言葉に我に返ったように、打って変わって冷ややかな視線を注いだ。
 純血を掲げる者であればあるほど、同じように純血で、そしてより古い歴史を持つ一族に焦がれる傾向にある。それで言えば、フジミヤ家は十分その条件を満たしていると言えた。

 だが、それはあくまで彼女が純血としての誇りを持っていたならば、の話。そうであれば、彼女はスリザリンに組分けられたはず。スリザリンと最も馬の合わない…言い換えれば、対極の存在であるグリフィンドールになったフジミヤは、持つべき誇りを捨てた血を裏切る者だ。

「……そうだな」

 ドラコが呟いた。それを聞いたパンジーが嬉しそうな顔をして、他の面々も静かに同調した。

 そう、彼女はやはり自分が付き合うべき人間ではないのだ。

 あんなに大勢の人がいたにも関わらず、確かに己の目と心を奪った黒髪も、健康的な色の肌も、幼ささえ感じさせる顔立ちも、いずれも大したことはない。珍しいから興味を持っただけ……

 自分に言い聞かせるように、再びフジミヤに目を向ける。もう、あの髪にも肌にも、顔そのものを魅力的だと感じることはなかった。