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ホグワーツでの生活は、どれを取っても刺激的だった。自由気ままに動き回る階段も、ふわふわと城中を漂うゴースト――ニックのように道を教えてくれるゴーストもいれば、ピーブズのように悪質な悪戯を仕掛けて困らせる輩もいるが――たちも、そして授業も。
私の一番のお気に入りは、グリフィンドールの寮監であるマクゴナガル先生が担当する、変身術だった。
「変身術は、ホグワーツで学ぶ魔法の中で最も複雑で危険なものの一つです。いいかげんな態度で私の授業を受ける生徒は出ていってもらいますし、二度とクラスには入れません。初めから警告しておきます」
そう言って先生は、自分の机を豚に変えた。その魔法があまりにも美しくて、私は小さく息を呑んだ。並んで座っていたハーマイオニーも、感嘆のため息を溢していた。
変身術は、私が最も楽しみにしていた授業だった。藤宮家の血を引く魔法使いや魔女は、ほとんど全員が変身術に長けている、という特徴がある。私たちが使う杖に、全て妖狐の尻尾が使われている――妖狐は変身術が得意な魔法生物である――ことも関係している。
板書をノートに写したあと、一人一人にマッチが配られ、それを針に変える練習が始まった。みんなワクワクしながら、杖を構えてマッチと向き合う。私も先生からマッチを受け取ると、言われた通り杖を向けた。マッチは一発で、完全な針へ姿を変えた。マクゴナガル先生には褒められ、私に先を越された形になったハーマイオニーも、授業が終わる頃には銀色の尖った針へ変化させることに成功した。結局、成功者は私とハーマイオニーの二人だけだった。
「ミス・フジミヤ」
授業が終わり、荷物を片付けて教室を出ようとした時、マクゴナガル先生に呼び止められた。「先に行ってるわね」とハーマイオニーが去り、教室から他の生徒が出ていくと、先生は普段は見かけない、穏やかな表情を浮かべた。
「先程はお見事でした。初めての授業で、マッチをああも完璧な針に変身させた生徒は今までそういませんでした」
「ありがとうございます。私、この授業をとても楽しみにしていたんです。家族が…父や大叔父たちが、みんな変身術が好きだったので……」
「そうでしょうとも。フジミヤ家は変身術を得意とする者が多いと聞きますし、あなたの大叔父様たちなら間違いなくそう言うでしょう」
「大叔父をご存知なんですか?」
驚いて尋ねると、先生は昔を懐かしむように目を細めた。
「えぇ。あなたの下の大叔父様とは、ホグワーツの同級生でした。寮は違いましたが、変身術では良きライバルでしたよ。あなたの上の大叔父様とは同じグリフィンドールでしたし、大叔母様とは監督生の先輩として、またクディッチのライバルチームとして、何度かお話ししたことがあります」
「そうなんですね!他の二人はともかく、下の大叔父とはなかなか会う機会がないので、全然知りませんでした」
「彼は、魔法生物学者でしたね。あちこちを飛び回っているのでしょう…元気にしていますか?」
「動物に噛まれて今は入院していますが、五体満足でピンピンしています」
大好きな変身術の先生と自分の大叔父が同級生で、しかもライバルだったなんて。意外なところで縁は繋がっているものだ。
「あなたのご家族もそうでしたが、あなたも言語に問題はなさそうですね」
「会話や聞き取りは、よほど早いものでなければ大丈夫です。…ただ、文字を読むのが少し苦なので予習に時間がかかってしまいます。辞書を片手にすれば、何とかなりそうです」
「そうですか。もし何かわからないことや問題があれば、遠慮なく相談に来るように。あなたの場合は親元を離れる以前に海外暮らしな訳ですから、何かあっても思い悩む必要はありませんよ」
「はい!お気遣い、ありがとうございます」
それから少し世間話をして、私は先生と別れた。先生の優しさにホクホクしながら、ハーマイオニーが待っている大広間に向かう。
「何の話だったの?」
「先生、下の大叔父様と同級生だったらしくてね、そのことでちょっと」
「そうなのね。フジミヤ四兄弟って、すごく有名ね。ゴーストたちにも」
「うん。この間、“太った修道士”とも話したよ。おばあ様と仲良かったみたいで、亡くなったって知って哀しそうだった」
ホグワーツの、ありとあらゆるところに祖母たちの生きていた軌跡がある。何だか不思議な感じだ。
「多分、ピーブズも覚えてるんだと思う」
「何か言われたの?」
「ううん。でも、初めて会った時、私の顔をじっと見て吃驚してたし、そのあとニヤニヤ笑ってもいたの」
多分、上の大叔父様に関係あるんだろうと思う。
そう思って、家族に手紙を出した時、大叔父宛にも手紙を送った。ピーブズのことについてだ。返事はまだだが、きっと私の推測は正しいだろう。それ以外に、ピーブズが私に興味を示すはずがない。
「話を聞いている限り、おばあ様はカヤと似ているみたいだけど、上の大叔父様はまるであの二人みたいね」
ハーマイオニーが目線で指したのは、ロンのお兄さんたち。双子の、ブレッドとジョージだ。彼らがとんでもない悪戯好きであることは、入学して早々に理解した。ハーマイオニーが授業での発言で着々と点数を稼いでいる一方、双子とその親友であるリー・ジョーダンは度々過度な悪戯によって減点されていた。真面目なハーマイオニーには、それがあまり面白くないのだろう。三人とも能力があって優秀だから、尚更腹立たしいのかもしれない。
「そうかも。お父様や叔父様たちは子供の頃、何度か悪戯のせいで酷い目に遭ったらしいし…」
ロンが、双子のせいで何かしら被害を被ったという話を聞いたとき、悪戯好きがする悪戯は身内にとっては最早悪戯ではないのだと感じた。道理で、未だに父があの人を苦手としている訳だ。
「何かにぶつかるまで止まらない呪いをかけた箒にくくりつけられて、崖から突き落とされたとか…」
そう呟きながらパンにかじりつくと、ハーマイオニーは突然、「箒!」と大きな声で叫んだ。
「一年生には箒で飛ぶ授業があるのよね?」
「飛行訓練ね。うん、あるよ」
「私、箒なんて一度も乗ったことがないわ!」
そう悩んでいるのは、ハーマイオニーだけではない。ネビルはおばあ様の言いつけで箒には近づいたこともないそうだし、マグル生まれのディーンやマグル界で育ったハリーも、箒とは無縁の生活を送ってきたと言っていた。反対に、魔法族出身者はネビルを除いた全員が、小さい頃から箒と親しんでいるから、とても楽しみにしているようだった。
「カヤも箒によく乗ってたの?」
「たまにね。お父様がクディッチ選手だったから、強制的に乗せられてたというか…」
「空を飛ぶのは気持ちいいんだけどね」と笑うと、「お父さん、どこのチームなの?」とロンが食いついてきた。
「“トヨハシ・テング”っていう、日本のチームよ。昔はチェイサーだったけど、怪我が多くて引退して、今はスポンサーになってるの」
「トヨハシ・テング!日本で一番強いチームだよね」
「だったら、カヤも得意かもしれないよ?」
どうだろう。父は得意でも、母はあまり得意ではなかったそうだから、どうなることやら。
「私、どうしよう…一応、図書館で『クディッチ今昔』を借りてきたんだけど……」
「ハーマイオニー!こればっかりは、本を読んでもどうにもならないと思うよ?」
「わかってるけど、…もし全然出来なかったらと思うと、不安なのよ」
「気持ちはわかるけど…」
ハーマイオニーとネビルは、箒に関しては意見が一致しているらしい。彼女が蓄えた知識を披露すると、ネビルはそれを一言も聞き漏らすまいとした。不安を抱えた二人の邪魔をするのも野暮だと思った私は、呆れ顔のハリーたちに苦笑しながら、彼らの話に混ざり込んだ。
*
初めての飛行訓練の前に立ちはだかったのは、魔法薬学の授業だった。スリザリンと合同の上、担当のスネイプ先生はスリザリンの寮監であり、スリザリン贔屓が凄まじいらしい。談話室で教科書に目を通していると、パーシーがそう教えてくれた。
パーシーはホグワーツ卒業後、魔法省の国際魔法協力部に就職したいそうで、海外の魔法界について興味があるらしい。初めてロンと話した時にもそんなことを言われたが、あれから間もなくして直ぐに話しかけられた。
パーシーは失礼ながら、他のウィーズリー兄弟とは似ても似つかない堅物そうな印象だったが、話してみればハーマイオニーとタイプが似ていて、想像していたよりもずっと話しやすい人だった。祖父の実家に魔法省勤めの人が多くいると話すと、是非話を聞いてみたいと前のめりだった。
そこで私は、彼と魔法省で働く親戚たちの間に立つ代わりに、わからない英語や授業の内容を教えてもらえないかと持ちかけた。パーシーは快く了承してくれた。時折ハーマイオニーも交えた勉強会は、ウィーズリー兄弟に「正気じゃない」と評されながらも、パーシーの勉強の邪魔にならない範囲で開催されているのだ。
「特にスネイプ先生は、グリフィンドール嫌いだからね。僕も貶されたこともないけど、褒められたこともないよ」
そう、肩をすくめたパーシーの言葉は、初授業が始まって何分と経たないうちに納得することができた。
スネイプ先生は、お気に入りらしいドラコ・マルフォイ以外の生徒に何らかの注意を加えたが、それでもグリフィンドールに対しては特別厳しかった。中でも、ハリーは格別に嫌われていた。最早憎まれていると言ってもいいレベルではないだろうか。
先生がハリーにした質問は、教科書の第一章に書いている内容ではなかった。であれば、私もわかったはずだ。初めの一章は、いずれの科目も英単語や文法の確認を兼ねて予習済みだったのだから。あれを答えられたのは、ハリーが先生からの質問攻めに遇っている間、手を挙げ続けていたハーマイオニーだけだろう。
パーシーの言う通り、先生はグリフィンドール生がたいそうお気に召さないらしい。
グリフィンドールとスリザリンは特に不仲だから、スリザリンの寮監であるスネイプ先生が私たちを嫌うのは、ある意味仕方がないかもしれない。きっと先生も、ホグワーツ時代はスリザリンだったのだろう。
減点の口実を与えないようにしようと心に決めて、おできを治す薬の調合に挑んだ。私は、ハーマイオニーとペアになった。先生からの注意は僅かだったので、グリフィンドールの中で一番マシな方だった。
先生が、マルフォイがゆでた角ナメクジ――素晴らしく出来が良かったらしいが、見た限りでは違いがわからない─――を見るよう指示を出した時、突然緑色の煙が立ち上ぼり、シューシューと大きな音がした。私たちの隣で作業していたネビルが、シェーマスの大鍋を溶かしてしまい、薬が床に溢れ落ちたのだ。
慌てて椅子の上に避難したが、ネビルがしこたま被った薬が僅かに左手に飛んできた。あっという間に手の甲におできが噴き出して、ジンジンとした痛みが広がる。ハーマイオニーが「あっ」と声を上げた。
「バカ者!」
先生が杖を一振りすれば、床に流れた薬が消え去った。怒鳴られたネビルの鼻にまで広がり、とうとうネビルは泣き出してしまった。
「医務室へ連れていきなさい。…ミス・フジミヤも一緒に」
スネイプ先生の目がこちらを向いた。ネビルを思えば、「大丈夫です!」と言ってあげたいところだが、潰れたおできは控えめに言っても痛いし、自然治癒も期待できなさそうな大きさだ。「…はい」と返事をして、ネビルを支えるシェーマスに従って教室を出た。
「医務室ってどっちだったっけ?」
号泣しながら謝罪を繰り返すネビルを宥め、「あっちだっけ?」と正反対の方向へ行こうとするシェーマスを導きながら、私は痛む手を抑えて医務室へ向かった。
私が一緒でなかったら、シェーマスはネビルをどこへ連れていくつもりだったのだろうと思うと、ある意味私も怪我したのはよかったのかもしれない。そう、思った。