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組分けの儀式は、その後恙無く終了した。
校長のアルバス・ダンブルドア先生が優しい笑顔を浮かべて私たちの入学を祝い、そのお茶目な掛け声で宴会が始まると、ついさっきまで頭の中を支配していた、組分け帽子とのやり取りは吹き飛んでいた。
目の前に現れたのは、素晴らしいご馳走ばかり。どれもこれも味は最高だった。間近で見たグリフィンドール寮のゴースト、“ほとんど首なしニック”のほぼ切り落とされた首の断面のえげつなさも忘れられるほどだ。唯一残念なのは、これが毎日朝昼夜と続けば、日本人の胃には大ダメージだろうということだけだ。しかし、一日目の今日ならどんなものでも食べられるだろうと思った。
私はハーマイオニーの隣、ネビルの向かいに座って同じグリフィンドール生と握手したり、私の後に組分けされた二人の男の子、ハリー・ポッターとロナウド・ウィーズリーと話した。
ハリー・ポッターの名は、日本においても有名だった。10年前のハロウィンの夜、イギリス魔法界を震撼させた闇の魔法使い、
ヴォルデモート卿を、当時1歳だったハリーが倒したのだ。“例のあの人”の悪評は、イギリスから遠く離れた極東の日本にまで及んでいる。直接的な被害はなかったものの、彼に同調した闇の生物たちが日本でも多数確認され、それらが暴れ回って魔法族やマグルを襲う事件が頻発したのだ。死者も少なくなかったという。日本人にとっても“例のあの人”は恐怖の対象であり、それを打ち破ったハリーはある種のヒーローのような存在であった。
私も当然ハリーのことは知っていた訳だが、まさかこうしてホグワーツで出会い、同級生として同じ寮に入ることになるとは夢にも思わなかった。“英雄”だ何だという世間の勝手な評価とは裏腹に、謙虚で控え目な性格の彼とは仲良くなれそうな気がする。
ロン――家族はそう呼ぶそうだ――は、赤毛とそばかすが特徴的な男の子で、グリフィンドールのテーブルには、彼と同じ特徴の男子生徒が三人――うち二人は全く同じ顔だった!――がいた。彼のお兄さんたちらしい。監督生のパーシー、三年生のフレッドとジョージの双子の上に、更に二人のお兄さんと、下に妹が一人いるそうだ。
「僕、君のファミリーネーム、聞いたことがあるよ。日本のフジミヤ家って、こっちでもそこそこ有名なんだ」
「そうみたいね。何だか恥ずかしいな」
「どうして有名なの?」
ハリーはマグルの元で育ったそうで、ハーマイオニーと同じで自分が魔法使いだと知ったのも、ホグワーツからの手紙を受け取ってからだそうだ。だから、魔法界のことはまだ何も知らないのだと、少し恥ずかしそうに笑った。
「…フジミヤ家は“日本で最も影響力のある家”、って言われているんだよ。純血魔法族の間じゃ特に有名さ」
「親戚に、日本の魔法省に勤めている人や、マホウトコロの理事を務めている人が多いからね」
「マホウトコロ?」
「日本にある魔法魔術学校のこと」
隣のハーマイオニーと話していたパーシーが、ちらりとこっちを見た。「パーシーね、海外の魔法界に興味があるんだ。君の話も聞きたいみたい」とロンが笑う。
「そのうち質問攻めにされると思うよ」
「覚悟しておかなくちゃ」
「どうして日本の学校じゃなくて、ホグワーツに?」
「私も理由はよく知らないの。でも、おばあ様たち四兄弟がホグワーツ出身だから、その縁かもしれないわ。さっきも組分け帽子にそのことを言われたもの…」
私も含め、全員のお腹が満たされた頃には、長テーブルはあらゆるデザートで埋め尽くされていた。濃い味付けに翻弄された体を労るように、シンプルなバニラ味のアイスクリームを頬張っていると、話題は家族の話に移っていった。母が魔女、父がマグルのシェーマス・フィネガンの話を聞こうとしていると、さっきまでハリーの隣にいた“ほとんど首なしニック”が、私の横にやって来た。今は、その首はあるべき場所にきちんとのっている。
「こんばんは、新入生のお嬢さん」
「こんばんは、ニック。カヤ・フジミヤです。よろしくね」
「こちらこそ、ミス・フジミヤ。…もしやあなたは、ミスター・フジミヤのお孫さんですか?あの悪戯好きのグリフィンドール生だった?」
私は首を横に振った。
「彼は大叔父よ。私はその姉の孫」
「……あぁ!ハッフルパフの監督生だった方ですね。確か…そう、サクヤ・フジミヤ!」
「そうよ。…でも、他寮なのにどうして知ってるの?」
「ミスター悪戯っ子の姉が、ハッフルパフの心優しく品行方正な淑女だというのが衝撃的で、よく覚えていますよ」
ゴーストにここまで言わせる大叔父を恥じるべきか、祖母を称賛するべきなのかわからなくて、私は曖昧な笑みで応えた。
「長女は淑女な監督生で首席、長男は悪戯好きの問題児、次女は才色兼備のクディッチ選手、次男は動物好きの変わり者…性格は全く似ていませんでしたが、仲のいいご兄弟でした。みなさん、お元気ですか?」
「祖母は昨年亡くなりましたが、あとの三人は元気です。下の大叔父はちょっとした怪我で入院中ですが…」
「なんと!あの優しいレディがこんなにも早くお亡くなりに…お痛わしいことです」
あとでハッフルパフのゴーストにも伝えておきます。
「彼女は、“太った修道士”のお気に入りでしたから」
組分け帽子やゴーストたちのように、遥か昔からホグワーツにいて永く大勢の生徒を見てきた彼らの記憶に残る祖母たちは、やはり凄い人たちなのだと思い知る。手紙で報告しよう。きっと喜ぶだろう。
そんなことを思っていると、視界の端でダンブルドア校長が立ち上がったのがわかった。
「エヘン。全員よく食べ、よく飲んだことじゃろうから、また二言、三言。新学期を迎えるにあたり、いくつかお知らせがある。一年生に注意しておくが、構内にある森に入ってはいけません」
これは上級生にも、何人かの生徒たちに特に注意しておきます。
ロンのお兄さんたちが、同じ顔に同じニヤリとした笑みを浮かべた。心なしか、校長先生の視線も二人を見ているような気がする。
「最後ですが、とても痛い死に方をしたくない人は、今年いっぱい四階の右側の廊下に入ってはいけません」
死ぬ可能性のある学校とは。
思わず真顔になって校長先生を見つめていると、「その気持ち、わかるわ」とハーマイオニーが呟いた。
「学校で死ぬかも、ってどういう状況?」
「さぁ……魔法界ならではなのかしら」
「絶対ホグワーツだけだよ」
魔法界へのとんだ風評被害だ。森の話は大叔父から――校則で禁じられていたにも関わらず何度も入ったという自慢を――聞いたことがあるが、まさか学校内で死と遭遇する可能性すらあるとは知らなかった。
(大叔父様、よく生き残れたな……)
それとも、昔は生命を脅かすような危険はなかったのだろうか。
「では、寝る前に校歌を歌いましょう!」
先生が杖を振ると、金色のリボンが文字を描いた。しかし、歌詞がわかったところで音程がわからない。すると、そんな新入生たちの動揺を見越したかのように、「みんな自分の好きなメロディーで」と言う先生の声がした。そう言われても…と、ますます混乱する私たちをよそに、ダンブルドア先生の合図で生徒たちが歌い始めた。ハーマイオニーと顔を見合わせていた私も、何とか適当なメロディーにのせて宙を浮かぶ文字を追った。
最後まで残ったのは、葬送行進曲で歌ったウィーズリーの双子だった。ダンブルドア先生は、そんな彼らに合わせて指揮し、歌が終わると誰よりも大きな拍手を送った。
「さぁ、諸君、就寝時間。かけ足!」
その一声で生徒たちは全員立ち上がった。私たちグリフィンドールの一年生は、監督生のパーシーに従って大広間を抜け、大理石の階段を上がった。廊下の肖像画たちが自由気ままに動いては囁く度、隣を歩いていたハーマイオニーが目をキラキラと輝かせるのが面白かったが、パーシーが何度となく隠しドアを通ったり、何度も階段を上るので、道順を覚えることに集中せざるを得なかった。突然、パーシーの歩みが止まった。
何事かと前を歩いていたハリーの肩越しに顔を覗かせれば、私たちの行く手に杖が一束浮かんでいる。
「ピーブズ、姿を見せろ」
ポンと弾けた音がして、意地悪そうな顔をした小男が現れた。杖が浮かんでいたのは彼のせいだったらしい。
「おぉぉぉぉぉ!かーわいい1年生ちゃん!なんて愉快なんだ!」
甲高い笑い声を上げて、ピーブズが私たちに向かって急降下してきた。身を屈めて避けた時、その暗い眼差しと目が合った。じっと私を見つめたピーブズは、ぎょっとした表情を浮かべた。どうしたんだろうと首を傾げたところで、バーシーが怒鳴った。
「ピーブズ、行ってしまえ。そうしないと男爵に言いつけるぞ。本気だぞ」
ピーブズは、ベーッと舌を突き出して、杖をネビルに落とすと消えていった。最後にまた目が合ったとき、今度は愉快そうに笑っていた。あれは、一体どういう意味があるのだろうか。
ピーブズはポルターガイストという存在らしく、ゴーストとはまた別の存在なのだとか。しかし、“ほとんど首なしニック”と同様、永くホグワーツに住んでいることは間違いない。であれば、祖母たちを知っていてもおかしくはないはず。私の顔は、祖母を知っている人が見れば、100%の確率で『お祖母さんに似てるね』と言われる程度にはそっくりだから、ピーブズも何か思い出すことがあったのかもしれない。
「ピーブズをコントロールできるのは“血みどろ男爵”だけなんだ。僕ら監督生の言うことでさえ聞きゃしない」
パーシーの助言はありがたいが、果たしてそんな名前のゴーストに話しかける勇気が私にあるのかどうか…
「さぁ、着いた」
廊下の突き当たりに、ピンク色のドレスを着た婦人の肖像画がかけられていた。
「合言葉は?」
「カプート ドラコニス」
パーシーが唱えると、肖像画がぱっと開いた。その奥の壁に、丸い穴が開いている。よじ登った穴の向こうには、赤やオレンジを基調とした暖かい色使いの談話室が広がっていた。
「女子は右手に、男子は左手に部屋があるよ」
女子寮の宛がわれた部屋に入ると、深紅のビロードのカーテンで覆われた天蓋つきの四つのベッドに出迎えられた。そのうちの一つ、一番奥のベッドには、私のトランクと夕霧が入っていた籠が置かれていた。夕霧はきっと、学校のふくろう小屋にいるのだろう。
「同じ部屋で安心したわ」
隣のベッドはハーマイオニーだった。その言葉に頷き返す前に、残るベッドの持ち主となる二人の女の子たちが入ってきた。金髪の巻き毛が可愛らしいラベンダー・ブラウンと、エキゾチックな美人のパーバティ・パチル。私とハーマイオニーの合わせて四人が、同級生の女の子だ。
本当はもっともっと、ハーマイオニーや二人と色々なことをお喋りしたいところだったが、部屋に着いた途端襲ってきた眠気に抗って、シャワーを浴びたり歯を磨いたりするのに必死で、「7年間、よろしくね」という無難な挨拶をした後は、気絶したように眠った。それは私だけでなく、他の四人も同じだった。