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魔法族出身者が待ちに待った飛行訓練は木曜日、またしてもスリザリンと合同で行われることが決まった。
朝食の席では、いつかのようにハーマイオニーとネビルが『クディッチ今昔』に書かれていたという、飛行のコツを長々と話していた。ふくろう便が到着したのは、そのタイミングだった。ハーマイオニーの講義が途切れ、みんながほっとした顔でふくろうたちを見上げる。夕霧の姿を発見した私は、スープを飲む手を止めた。
『おはよう、夕霧』
私の前にちょこんと降り立った夕霧の脚から手紙を外すと、彼は『撫でて』と私の指をつついた。食べようと思っていたリンゴの欠片を与えながら、その背をそっと撫でると、夕霧は満足そうに鳴いてふくろう小屋へと飛んで行った。
「ご家族からのお手紙、随分沢山ね」
「そう。そんなに頻繁に出せないから、お父様たち宛と、大叔父様たちや大叔母様たち宛と、全部まとめて出したの」
さっと中身に目を通す。父と母は、変わりないようで安心した。椿は私の不在を寂しがっているが、『クリスマスのお帰りをお待ちしております!』と楽しみにしてくれているのだとか。椿の作るアップルパイが恋しい。
私の予想通り、上の大叔父はピーブズと、当時の管理人さん相手によく悪戯合戦を繰り広げていたらしい。まるでフィルチさんと、ウィーズリーの双子のようだ。多分、もっと質の悪い悪戯だと思うが。
下の大叔父は、マクゴナガル先生のことをきちんと覚えていて、とても懐かしんでいた。結局、変身術の成績は敗れたが、卒業時には先生と並んで首席だったらしい。よろしくと伝えて欲しいこと、今は仕事でインドにいることが書かれていた。大叔母も同じく、先生を覚えているとのこと。
そして、最後に祖父からの手紙を読み終わると、ハーマイオニーに断って、少し離れた場所に座っていたパーシーに近づいた。
「おはよう、パーシー」
「あぁ、カヤ、おはよう」
「おじい様から返事が届いたの。おじい様方の親戚に、今国際魔法協力部で働いている人がいるんだって」
「本当かい?」
祖父は、祖母と結婚するにあたって藤宮家に婿入りした。藤宮家が一所に固まって暮らしているのに対して、祖父の実家は遠く離れた場所にある。特別な用がない限りは行き交うことも少ないので、そちらの親戚のことは顔や名前はわかっていても、仕事先までは把握していなかったのだ。魔法省で勤めていた祖父なら、何か知っているだろうかと思って聞いてみたが、これ以上ない適任者の出現だったようだ。
「その人…私からすると、従兄伯父、つまりお父様の従兄になるんだけど、何か聞きたいことがあるなら直接やり取りしないか、って…」
「本当かい!?」
さっきと同じ台詞を、さっき以上の勢いで吐き出したパーシーは、手紙を持った私の手をぎゅっと握り締めた。「朝から積極的だなぁ、パーシー」やら、「パーシー、君、いつからそんなチビッ子が好みになったんだい?」という双子のからかいは、パーシーの耳には届いていないらしい。
「ちょっと、それ私への悪口じゃない!」
ゲラゲラ笑う双子を軽く睨む。「とんでもないよ、カヤお嬢様」と、ジョージは朗らかに言った。誰がどう聞いてもバカにしているように聞こえるけども。
「…でも、ご迷惑じゃないだろうか?」
「全然気にしないって。寧ろ、就職前から興味を持って、国内だけでなく海外にまで目を向けられるなんて凄い子だ!って、パーシーのこと絶賛してるみたいよ」
「なら、お言葉に甘えてお願いしようかな。カヤ、本当にありがとう!」
「いいの、私は手紙出しただけだし。いつもパーシーには、勉強教えてもらってるから」
「君には頭が上がらないよ」
いつでも何でも、わからないことや困ったことがあれば聞いてくれ。
こうしてパーシーと、私の従兄伯父との文通の開始が約束された。彼に住所や名前を教えていた私は、その頃ネビルがおばあ様から受け取った“思い出し玉”を巡って起きた一騒動を知らないまま、ハーマイオニーの隣に戻った。
*
そして、午後3時半。
私たちグリフィンドール生は、飛行訓練のために校庭へ向かった。スリザリン生は、すでに揃っていた。私は緊張しているハーマイオニーを引っ張って、地面に並んだ箒のうち、一番端にやって来た。
「なにをボヤボヤしてるんですか」
飛行訓練を担当するマダム・フーチは、すぐにやって来た。短い白髪の、ハキハキした女性だ。
「みんな箒のそばに立って。さぁ、早く」
ちらりと見下ろした私の箒は、小枝があちこちに飛び出していて、かなり年季が入っているようだ。
「右手を箒の上に突き出して。そして「上がれ!」と言う」
「上がれ!」
しかし、箒は動かなかった。地面を転がっただけで、ハーマイオニーの箒も同じく。一発で上がったのは、ハリーと数名。何度かしつこく叫んで、ようやく私の手元にも箒が飛んできた。どうやら私には、父の能力は期待できなさそうだ。
先生がみんなの間を回って、正しい箒の握り方をレクチャーしたあと、「さぁ、私が笛を吹いたら、地面を強く蹴ってください」と先生が言った。
「箒はぐらつかないように押さえ、二メートルぐらい浮上して、それから少し前屈みになってすぐに降りてきてください。笛を吹いたらですよ。…一、二の…」
箒に乗るのは久々だ。小さい頃は父と一緒に乗せられていたが、最近はその誘いを断っていたのだ。最後に一人で飛んだのは、もうずっと前だ。果たして、できるだろうか。
そんなことを考えていたからだろうか。みんなのどよめきに我に返ると、ネビルが宙に浮いていた。笛の音は、まだ聞こえていない。その証拠に、先生が大声で叫んでいる。
「こら、戻ってきなさい!」
だが、ネビルはどんどん上昇していく。見上げたネビルの顔は真っ青だった。あんなに怖がっていたのだ、きっともう前も後ろもわからないぐらい焦っているだろうし、怯えているに違いない。どうすることもできないが、どうしようとハーマイオニーと顔を見合わせる。彼女の顔も、ネビルと同じくらい青かった。そして、遂にネビルが箒から落ちた。
ポキッと嫌な音が聞こえて、思わず目を瞑る。「大丈夫かしら…」と、ハーマイオニーが私の肩に触れる。恐る恐る見れば、マダム・フーチが倒れ伏したネビルを抱え起こしていた。先生越しに見た彼の手首は、おかしな方向に曲がっていた。
「私がこの子を医務室に連れていきますから、その間誰も動いてはいけません。箒もそのままにして置くように。さもないと、クディッチの“ク”を言う前にホグワーツから出ていってもらいますよ」
先生とネビルが城に向かって歩き去り、やがて見えなくなると、それまで黙っていたスリザリン生がゲラゲラと笑い始めた。筆頭は、ドラコ・マルフォイである。
「あいつの顔を見たか?あの大まぬけの」
ホグワーツに初めて来た夜、湖を渡るボートで私をエスコートしてくれたプラチナブロンドの王子様は、どうやらあの夜の幻だったらしいということを、この数日で私はよくよく理解した。彼が王子様なのは外面だけで、性格は最悪と言ってよかった。ハリーやロンとの仲は特別に悪いが、他の子たちとも頻繁に衝突しているし、彼はいい意味でも悪い意味でも、スリザリン生らしいスリザリンだった。
「やめてよ、マルフォイ」
「へー、ロングボトムの肩を持つの?」
「パーバティったら、まさかあなたが、チビデブの泣き虫小僧に気があるなんて知らなかったわ」
パーバティを冷やかしたのは、パンジー・パーキンソン。パグ犬によく似た顔の、気の強そうな女の子だ。話したことはなかったが、今の一言で大嫌いになった。パーキンソンの意地悪そうに歪んだ顔を睨んでいると、マルフォイが何かを拾い上げた。キラキラと陽に輝くそれは、今朝ネビルがおばあ様から受け取ったらしい“思い出し玉”だ。
「マルフォイ、こっちへ渡してもらおう」
それまで沈黙していたハリーが、声を張り上げた。私もみんなも、驚いてハリーを見る。謙虚で控え目…それが、私たちが抱く彼の印象だったからだ。
「それじゃ、ロングボトムが後で取りにこられる所に置いておくよ。そうだな…木の上なんてどうだい?」
「こっちに渡せったら!」
ハリーを無視して、マルフォイが箒に飛び乗って、すーっと空に舞い上がった。スリザリン生が囃し立てる。
「ここまで取りにこいよ、ポッター」
「ダメ!」
ハリーが箒を掴んだ途端、ハーマイオニーが大声で制止しようとした。
「フーチ先生がおっしゃったっでしょう、動いちゃいけないって。私たちみんなが迷惑するのよ」
「ハリー、危ないよ」
ハーマイオニーに重ねて私も口を開いたが、ハリーはこちらを向くことなく、箒に乗って飛び上がってしまった。マルフォイと同じ高さでまで上昇して、二人は睨み合う。女の子たちは悲鳴を上げ、ロンは「…すっげぇ」と呟いている。
「ロン!感心してる場合じゃないよ!」
「でもカヤ、君ならわかるだろう?ハリー、初めて箒に乗ったのに、あんなにスムーズに上昇していったんだぜ?」
「先生がおっしゃったのに……」
グリフィンドールの男の子たちの歓声、女の子たちの困惑した声、ハーマイオニーの呟き、スリザリン生の嘲笑。その全てを聞きながら、確かにロンの言う通りだと、マルフォイを追いかけるハリーを見上げて思った。
ハリーの加速は、初めて飛行したとは思えないくらいスムーズで、完璧だった。ここにもし父がいれば、大絶賛しただろう。
と、マルフォイがガラス玉を放り投げた。ハリーはそれを追って、地面に向かって突っ込んでくる。その目は、ガラス玉しか見ていない。生徒の悲鳴。息を呑む。あぁ、ぶつかる!
だが、ハリーは地面すれすれでガラス玉をキャッチして体勢を水平に立て直し、転がるように着陸した。まるで、歴戦のシーカーのようなファインプレイだった。憤慨しているハーマイオニーにはわるいが、凄い!と言わざるを得ない。
「ハリー・ポッター…!」
そんな空気を切り裂くが如く、マクゴナガル先生が走ってきた。ハリーの顔から、晴れやかな笑顔が消えた。きっと、他のグリフィンドール生たちもだろう。私もそうだった。先生に見つかってしまった。しかも、寮監のマクゴナガル先生に。
「まさか──こんなことはホグワーツで一度も……」
よくもまぁ、そんな大それたことを。
「……首の骨を折ったかもしれないのに…」
「先生、ハリーが悪いんじゃないんです……」
「お黙りなさい。ミス・パチル」
「でも、マルフォイが……」
「くどいですよ。ミスター・ウィーズリー。ポッター、さぁ、一緒にいらっしゃい」
あっという間だった。パーバティやロンがハリーを擁護する声をばっさりと切り捨てて、先生は俯くハリーを連れて城へ戻っていってしまった。スリザリン生の間にクスクス笑いが広がって、やがてそれが爆笑へ変わる。グリフィンドール生は、どうしようと、顔を見合わせている。ハーマイオニーは、自業自得だと言いたい気持ちが半分、そもそもの原因はマルフォイにあるのに…と憤慨している気持ち半分といった、複雑そうな表情を浮かべていた。
『……嫌な人たち』
ポロリと溢れた日本語は、誰にも聞き取れなかったろう。ふと、渦中のマルフォイと目が合った。喧嘩を買ったハリーは先生に連行されたのに、売ったマルフォイはお咎めなしなんて、理不尽過ぎる。こんなに最低な人だなんて、思ってもみなかった。
そんな意味を込めて、ふんっと顔を逸らした。ネビルのために声を上げた正義感溢れるハリーを思うと、心配で胸が潰れそうで、こんな嫌な人達のことを考えている暇など私にはなかった。