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日本でハロウィーンはあまり馴染みのないイベントだが、海外…特にホグワーツでは盛大な宴が催されるそうだ。朝から、パンプキンパイの香ばしい香りが廊下を満たしていた。
今日は、レイブンクローの寮監であるフリットウィック先生が担当する、“妖精の魔法”がある。先生が、「そろそろ物を飛ばす練習をしましょう」と言ったので、みんなおおはしゃぎだった。妖精の魔法は授業そのものももちろん面白いが、人気者のフリットウイック先生が担当しているから、尚更面白い。
先生はまず、私たちを二人一組にして練習させた。私の相手はネビルだった。ハーマイオニーはロンと組んでいる。二人の顔にありありと不満と苛立ちが浮かんでいるのを見て、苦笑いせざるを得なかった。詳しいことはよく知らないが、飛行訓練のあった日、ハーマイオニー(とネビル)は、ハリーとロンたちと何やら騒動に巻き込まれたらしい。それだけでも十分腹立たしかったところに、ハリーの一件──飛行訓練で、マクゴナガル先生に連行されたハリーだが、なんとその素晴らしい飛行術に感嘆した先生によって、特別措置としてシーカーに選ばれ、更に箒を贈られたのだ──があって余計に怒っているのだ。ハーマイオニーの言い分も一理あるし、でもハリーが退学を免れて、しかもクディッチの花形であるシーカーに選ばれたことも嬉しく思っていた私は、どちらの味方もできずに歯がゆく思っている。
「さぁ、今まで練習してきたしなやかな手首の動かした方を思い出して」
ビューン、ヒョイ、ですよ。
「呪文を正確に、これも大切ですよ…」
しかし、先生が言うようにビューン、ヒョイ、と手を動かしても、机の上の羽はほんの少ししか動かなかった。ネビルも同じく。
「全然ダメだね…」
「何が違うんだろう。腕の振り方かなぁ?」
「発音とか?…ネビル、私の発音変じゃなかった?」
「えっ?いや、変じゃなかったよ。僕のは?」
「大丈夫だと思う。何がダメなんだろう…」
先生が回ってきたら、質問してみよう。辺りを見渡すと、ちょうどシェーマスの杖が火を噴いて羽を燃やし、ハリーが急いで消火しているところだった。その奥で、ハーマイオニーとロンが言い争いをしている。
「言い方が間違ってるわ」という指摘が聞こえたので、ネビルと私はやはり自分たちは発音がおかしいのではないかと話し合った。
「ウィン・ガー・ディアム・レビィ・オー・サー。“ガー”と長く綺麗に言わなくちゃ」
「そんなによくご存知なら、君がやってみろよ」
「“ガー”を長く…」
「でも、ネビルはちゃんと伸ばして発音できてたよ?」
「カヤも発音できてたよ?」
振り出しに戻る。他の箇所の発音が不味いのだろうか。やはり、腕の角度なのかと、二人で首を傾げ合っていると、フリットウィック先生が拍手をしながら歓声を上げた。
「皆さん、見てください。グレンジャーさんがやりました!」
見れば、ハーマイオニーの羽が私たちの頭上をふわふわと浮いている。凄い!と、私とネビルも先生と一緒になって拍手をした。
「あとで、ハーマイオニーにコツを聞きに行きましょうよ」
「うん。僕も、あんな風にできるようになるかなぁ」
「できるわよ、きっと。一緒にたくさん練習しようね」
だが、授業を終えてネビルと一緒にハーマイオニーの元へ向かおうとした時、彼女の更に前を歩いていたロンが、不機嫌そうな声でハリーと話しているのが聞こえた。
「だから、誰だってあいつには我慢できないっていうんだ。まったく悪夢みたいなヤツさ」
ネビルも私も、はっと足を止める。私たちにも聞こえたということは、当然間にいるハーマイオニーにも聞こえたはず。事実、ハーマイオニーは直ぐ様ハリーを押し退けて、駆けていってしまった。どうしよう、とネビルの目がこっちを向く。
「私、ちょっと追いかけてくる」
ネビル、先に行ってて。
「僕も行くよ」と言いかけたネビルを遮り、私は「またあとで!」と手を振った。顔を見た訳じゃないが、何となくハーマイオニーが泣いているような気がしたのだ。であれば、きっとトイレに行くだろう。
「それがどうした?」
ハリーとロンを追い越そうとした時、またもやロンが言うのが聞こえた。
「誰も友達がいないってことはとっくに気がついてるだろうさ」
「えぇ、そうね。ハーマイオニーは、
私が友達だってことに、とっくに気がついていると思うわ!」
ぎょっと振り向いた顔を睨みつけて、私はハーマイオニーを追った。
*
私の推測通り、ハーマイオニーはトイレにいた。だが、私が何を言っても通じず、放っておいて欲しい、の一点張りだった。仕方なく、「次の授業の間だけだよ!」と午後まで一人の時間をあげたのだが、午後になってもちっとも出てくる様子はなかった。ネビルもとても心配そうだったが、ハーマイオニーの籠城先が女子トイレなので、彼にはどうすることもできない。「いつも助けてもらってるのに…」と哀しそうな顔をしたネビルと共に、一度談話室に戻って荷物を置いた私は、大広間に向かうみんなから離れてトイレへ向かった。今度こそ、彼女には出てきてもらわないと。
「ハーマイオニー」
呼び掛けると、ややあってから、「カヤ…?」と小さな声が返ってきた。昼間よりは幾分マシになっているが、まだ鼻声だ。
「ねぇ、ハーマイオニー。ロンが言ってたこと、聞こえたからには気になると思うけど、気にしちゃダメだからね」
「……」
「彼、あなたには友達がいないとか何とか言ってたけど、それが間違いだってあなたは知ってるでしょう?」
少なくとも、私は知ってるよ。
「だってここへ来る列車の中で、「どこの寮に組分けられても、一番の友達よ」って話したでしょう!」
彼女が籠る個室のドアに背を預けながら、コンパートメントでの会話を思い返す。それが随分と、遠い昔の出来事のように思えた。ハーマイオニーと初めて出会った時のことだ。
なんて賢い子なんだろうと、憧れと尊敬の念を抱いた。見ず知らずの子のペットを一緒に探してあげるような、心根の優しい子なのだと。だから、友達になりたいと思った。同じ寮になって、本当に嬉しかった。
「…、……カヤは…」
しばらく沈黙が続いて、ハーマイオニーが口を開いた。トン、と扉に手が置かれたのがわかる。
「…私のこと、…、…本当に友達だと思ってくれてる…?」
「当たり前」
私はクスッと笑みを溢した。もう、ハーマイオニーの声が涙ぐんでいなかったから。
「じゃなかったら、一日中トイレの個室の前に張り込んだりしない」
ハーマイオニーが吹き出したように笑った。私は扉から離れ、向き直る。目を赤くしたハーマイオニーが半日籠った個室から出てくる。その腕を掴んで引き寄せて、私はぎゅっと抱きついた。
「二度と忘れないでね。あなたは私の一番の友達…ううん、親友だからね!」
「うん…忘れない。私も、あなたの一番の親友よ」
ハーマイオニーがまた泣きそうになったので、「…さ、早くパーティーに行こ?ご馳走がなくなっちゃう」と早口に言った。
「そうね。ごめんなさい、私のせいでカヤまでパーティーに遅れちゃって」
「全然。ハーマイオニーのいないパーティーなんて、出ても意味ないもの」
「ふふっ…ありがとう。あ、ちょっと待って。顔を洗ってもいい?」
「もちろん」
ハーマイオニーが洗面台に向かったので、私は出入口のドアを開け、その近くで彼女を待っていた。するとふと、何かを引きずるような音が聞こえた気がした。続いて、鼻をつく悪臭も。「……う"!」と鼻を覆う。
「どうかした?」
ハーマイオニーと鏡越しに目が合った。途端に彼女も何かを聞き、何かの臭いを嗅いだのだろう、同じように鼻を覆った。一体何事だろう。ハロウィーンの余興にしてはリアル過ぎないか。困惑した顔で見つめ合う間にも、その音と臭いはどんどん近づいてくる。
何かが、こっちにやってくる。
後退りしたのは、ほぼ同時。片手を握り合ったまま、奥の壁へ逃げる。もうどちらの汗かわからないくらい、手はびしょ濡れだった。
音が、臭いが、開け放した扉の前で止まる。ひっと、息を吸い込んだのは私だっただろうか。出入口から、何かがのそっりと顔を出した。
鼠色の肌、四メートルの巨体、棍棒を片手に立つそれは、紛れもないトロールだった。とてつもない悪臭が、狭いトイレの中に充満する。鈍そうな目が、私たちを捉えた。叫んではダメだと、頭の中の冷静な部分が言う。でも、本能が叫び声を上げていた。ハーマイオニーもだ。それが、トロールに火をつけた。
恐ろしいうなり声を上げたトロールは、持っていた棍棒を振り回し、洗面台をなぎ倒しながら近づいてくる。頭が真っ白になって、指一本動かせない。“死”がこんなにも目の前に迫ってきているのに、瞬きさえ忘れて立ち竦む。
「こっちに引きつけろ!」
だが、突然聞こえた、自分たちのものでもなく、況してトロールのものでもない声に、金縛りが解けたようにはっとする。ハリーがトロールの奥にいて、何かを壁に投げつけて怪物の気を引こうとしている。トロールは一瞬迷った末に、ハリーに狙いを定めた。
「やーい、ウスノロ!」
今度はロンが反対側から叫び、トロールを自分の方へ誘き寄せる。その隙に、ハリーがこっちに走ってきた。
「早く、走れ、走るんだ!」
私は震える体を叱咤しつつ、ハーマイオニーを引っ張ろうとした。ハリーが、反対側の腕を掴んでいる。しかし、ハーマイオニーはまだ金縛りから自由になっていなかった。壁に張りついたまま、動けそうにない。
「ロン!」
ハーマイオニーの手を掴んだまま、私は悲鳴を上げた。とうとう、ロンが壁際に追い詰められてしまったのだ。その次の瞬間、隣にいたハリーがトロールに向かって走った。無謀にも、トロールの背に飛びついたのだ。そして、杖をその大きな鼻の穴に突っ込んだ。
場違いながら、そして窮地を救ってもらったにも関わらず申し訳ないが、あれは絶対に痛い。証拠に、トロールは絶叫しながら、自分が背負っているハリーに攻撃しようと、夢中で棍棒を振り回している。柱や壁、無事だった洗面台や個室の扉がどんどん破壊されていく。ハリーはまだ、怪物の背中に乗ったままだ。どうにかして助けないと。
だが、杖を取り出そうと、僅かにトロールから目を離したのがいけなかったのだろうか。ローブを探ろうと目を伏せた次の瞬間、「「カヤ!危ない!」」と男の子たちの声がした。
顔を上げると、トロールが破壊した何かの破片がこっちに向かって飛んできている。
あぁ、ダメだ、避けきれない。
そう思った瞬間、ガツン!と額に衝撃が走る。痛いと思う間もなく、私は意識を手放した。