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 トロールが破壊した扉の破片をまともに顔面に食らったカヤは、声もなくその場に倒れた。額から流れ出た血が、壊された水道管から噴き出した水と混ざり合ってびしょ濡れの床を流れていくのを、ハリーはトロールの背中から見下ろしていた。ロンと目が合う。ロンは、ローブから杖を取り出していた。

「ウィンガーディアム・レビオーサ!」

 棍棒が、トロールの手の中から飛び出した。高く高く浮かび上がって、一回転すると、持ち主の頭上に落ちてきた。脳天をぶん殴られた形になったトロールは、その場に俯せに倒れた。その時、危うくカヤが下敷きになりそうだったが、ようやく我に返ったハーマイオニーがカヤの体を引っ張ったおかげで、何とか踏み潰されずに済んだ。

「これ……死んだの?」
「いや、ノックアウトされただけだと思う」

 ハリーは自分の杖をトロールの鼻の穴から抜き出して、ベットリついた汚物をトロールのズボンで拭った。それから、涙声でカヤの体を抱いているハーマイオニーに近づいた。ロンはまだ、杖を構えたままぼんやりとしていた。

「カヤ、…カヤ!」
「早く医務室に連れて行こう」

 自分とロンでならば、小柄なカヤを抱き上げられるだろう。

 ハリーがロンの助力を求めようと口を開きかけた時、慌ただしい三人分の足音が女子トイレに駆け込んできた。マクゴナガル、スネイプ、クィレルだった。
 クィレルが気絶しているトロールを前に、弱々しい声を上げて胸を押さえた。スネイプはトロールの顔を覗き込もうとして、すぐにカヤの状態に気がついた。蒼白な顔で激怒するマクゴナガルを通り過ぎて、カヤの傍に屈み込む。スネイプが杖を向けると、ようやく出血が止まった。

「セブルス。ミス・フジミヤを医務室へお願いします」

 マクゴナガルの声は、怒りと動揺を隠し切れずに震えていた。頷いたスネイプは、現れた担架にカヤを乗せ、宙に浮かせたそれを引き連れて出ていった。
 残されたハリーとロン、ハーマイオニーはマクゴナガルと向き合う。そして、トロールを探しに来たハーマイオニーを、ハリーたち三人が助けに来てくれた、という設定を造り上げたのだ。



 カヤが目を覚ましたのは、翌日のことだった。危機を乗り越え、固い友情で結ばれた三人が揃って医務室に見舞いに行くと、カヤは額に包帯を巻いて、ベッドに座っていた。
 「みんな、来てくれたのね」と笑ったカヤは、もう怪我は治ったのだと話してくれた。ただ頭を強打しているから、今日は大事を取って入院しなければならないらしい。

「ハリー、ロン。昨日は本当にありがとう。二人は、私たちの命の恩人よ」

 気恥ずかしくて、ハリーとロンは曖昧な笑みを浮かべた。ハーマイオニーは、今にも泣きそうだった。昨夜、グリフィンドール寮に運ばれた食事を終えた頃、マクゴナガルがやって来てカヤの容態を伝えたのだが、まだ目を覚ましていないと知ったハーマイオニーは、ハリーとロンが寧ろ冷静になってしまうくらいには取り乱していたのだ。
 聞けば、ハーマイオニーとカヤはホグワーツ特急の中で知り合った、互いの一番の親友だという。昨日、ロンがハーマイオニーを詰った時、カヤが言い放った言葉は紛れもない真実だったのだ。

「カヤ…ごめんなさい。私のせいで…」
「ハーマイオニーのせいじゃないよ!私がトロールから目を離したのが悪いの」
ハリーたちが警告してくれたのに、反射神経も悪くて避けられなかったもの。
「だから、気にしないで」

 そう言うと益々ハーマイオニーが泣きそうに顔を歪めるので、ハリーたちは慌てて彼女を慰めるのだった。



 カヤが退院した後、四人は行動を共にするようになった。

 11月の寒い風が、毎日毎日山を駆け下りてきてホグワーツを包み込む。カヤは毎日震えていた。見かねたハーマイオニーが、青い炎をジャムの空き瓶に入れて持ち歩くようになり、凍える彼女を温めた。日本は所にもよるが、イギリスよりも温かい気候の国だそうだ。カヤは家族から送られてきた、マフラーや手袋、帽子などの防寒具を片時も手放さなかった。


 ハリーのデビュー戦を前日に控えたある日、四人は中庭に集っていた。ハーマイオニーの炎で暖を取りながら、ハリーは彼女に借りた『クディッチ今昔』を読み耽っていた。カヤはロンとクディッチ談義に花を咲かせ、ハーマイオニーはそれを微笑ましそうに眺めている。
 だが、そんな和やかな空気は、スネイプの出現によって壊された。炎を隠すように四人は固まったが、運悪くスネイプの目に止まってしまったようで、脚を引きずりながら近づいてくる。

「ポッター、そこに持っているのは何かね?」

 ハリーが本を差し出すと、「図書館の本は校外に持ち出してはならん」と冷たく言い放ち、グリフィンドールから五点減点して立ち去った。「規則をでっち上げたんだ」と憤慨するハリーの隣で、カヤはじっとスネイプの後ろ姿を見送っている。

「脚の怪我、なかなか治らないね…」
「だけど、あの脚はどうしたんだろう?」
「知るもんか、でもものすごく痛いといいよな」

 ロンもその背を睨んでいる。ふと、ハリーはカヤに四階の“禁じられた廊下”での出来事を話していなかったことを思い出した。きっと、ハーマイオニーも話していないだろう。せっかくこうして仲良くなったのに、彼女だけ除け者にするのは間違っている。
 そう考えたハリーは、「カヤに話してなかったことがあるんだけど」と前置きした。それだけで、他の二人はハリーが言おうとしていることを察したようだ。「ん?」と首を傾げたカヤは、手袋に覆われた手をまた炎に翳し始めた。


 ハリーは順々に、あの夜の出来事を話して聞かせた。飛行訓練があった夜、マルフォイに決闘を持ちかけられたこと、訳あってハーマイオニーとネビルと共に四人で出向くも決闘自体が罠だったこと、フィルチとピーブズから逃げた末、四階の“禁じられた廊下”に迷い込んでしまい、そこで三頭犬と出会ったこと──。後に、ハーマイオニーが三頭犬の足元に仕掛け扉があったことを付け加えると、カヤは眉を寄せた。

「学校に三頭犬?……そりゃあ校長先生が、「とても痛い死に方をしたくない人は…」なんて言うわけだ」
「問題はあの犬じゃない。犬が守ってた、仕掛け扉の方なんだ」

 そして今度はハーマイオニーにも、あの夜が明けてからロンと交わした会話を聞かせた。
 ハリーが森番のハグリッドとグリンゴッツ行った時、ハグリッドはダンブルドアの使いで金庫から何か小包を取り出したこと、その時ハグリッドが口にした言葉だ。

「「グリンゴッツは何かを隠すには世界で一番安全な場所…ホグワーツ以外では」か…」
「だからあなたは、ハグリッドが校長先生の言いつけで取り出した何かを、ホグワーツに隠して、その三頭犬が番をしてるって考えてるのね?」
「うん。辻褄は合うよね?」
「そうね。わざわざ学校内で、生徒を殺す危険性のある生物を飼育する理由としては十分ね」

 女の子たちは、何かを考え込むようにうーん、と唸っている。ちょうどその時、深緑のネクタイの団体がハリーたちの近くを通りかかった。同級生ではない。彼らは無遠慮にハリーを眺めていたが、カヤの存在に気づくと、こそこそと仲間内で何かを言い合いながら立ち去って行った。カヤが、不快そうに鼻を鳴らす。

「入学してからずっとなの」

 ハーマイオニーが苦笑いする。何が、と目線で問うと、カヤは苦々しい表情で言った。

「スリザリンの人たち、私が純血なのにグリフィンドールに組分けされたことがよほど気に入らないらしくて、ああやってこそこそ私を馬鹿にしてくるの」
同級生はそんなことないんだけど。
「もっとあからさまに無視してくるし…でも、上級生の視線が鬱陶しいのなんの…」
「……でも、どうして?スリザリン以外にも純血はいるだろう?現にロンだって純血だし、ネビルだって…」
「そうなんだけど、特にスリザリンの人たちは、“純血であること”を何より誇ってるんだよ。カヤも自分たちと同じだと思ってたのに違ったから、嫌みを言いたいんだろう」
何しろフジミヤ家は、イギリスで言うところの貴族みたいなものだからね。

 ロンの指摘は的を得ていたらしい。マグル生まれのハーマイオニーも、マグル育ちのハリーもその辺りの事情には明るくないが、共に純血である二人が言うのならそうなのだろう。ハリーとロンは、事ある毎にマルフォイに噛みつかれて厄介な思いをしているが、カヤもスリザリンには苦労しているようだ。

「私がどこに組分けされたって、あの人たちには何の関係もないのにね」
「無視するのが一番よ。喧嘩を買おうだなんて思わないでね」
例え相手がパーキンソンでも! 

ハーマイオニーが強く言うと、カヤは「はーい」と間延びした声で返事をした。基本的に大人しい性格の彼女だが、どうもパンジー・パーキンソンのことは毛嫌いしているらしい。一緒に過ごすようになって気がついたことだが、廊下で彼女を見かける度に、カヤの顔がひきつるのだ。誰に対しても愛想のいいカヤだからこそ、結構あからさまに。
 しかし、パーキンソンがカヤに喧嘩を売る可能性は限りなく低いだろうと、ハリーたちは考えている。
 パーキンソンはドラコ・マルフォイと一緒にいるため、マルフォイがハリーやロンと言い争う場面に同席することが多いのだが、カヤが傍にいるといつもよりマルフォイが大人しくなるので、自然とぶつかり合う頻度が減っているのだ。さすがのマルフォイも他国の、それもマルフォイの言葉を借りれば“いい家柄の魔法族”出身ロンがそう言っていた、嫌みではなく——であるカヤにまで喧嘩を売るのは憚られるのだろうか。


「もし君とパーキンソンが決闘を始めたら、僕が介添人をやってあげるよ。君が負けたら、僕が代わりに決闘するからね」
「いらないわ。喧嘩になったら、杖じゃなくて拳で語り合うもの」
「えっ…君、良家のお嬢様だよね?」

 本当に“いい家柄”なのか疑う発言をかますカヤを見て、ハリーはクスクス笑った。女の子らしく大人しい容姿に反して、芯があって気の強い性格はとても好ましく、そんな彼女と仲良くなれたことが嬉しかったのだ。