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 朝、身支度を整えて談話室で待っていると、青ざめた顔のハリーとそれを宥めるロンが男子寮から姿を現した。ハリーは何度も、「朝食なんて僕、いらないよ」と繰り返したが、三人で何とか説得して半ば引き摺るように大広間に連れてきた。

「何も食べたくないよ」
「トーストをちょっとだけでも」
「じゃあ、サラダとかフルーツは?」
「お腹空いてないんだよ」

 しかし、ハリーは私たちがどう言っても朝食に手をつけない。「シーカーは真っ先に敵に狙われるぞ」という、シェーマスのありがたくない一言でさらに食べる気を失くした。私はシェーマスを軽く睨んだ。
 結局、ハリーはほとんど何も食べなかった。私が力ずくで飲ませようとした──「君って、本当にお嬢さま育ちなんだよね?」とロンがぼやいていた──スープだけは飲んだが、ハーマイオニーが差し出したトーストにも、ロンが頬張るパイにも見向きもしなかった。

 やがて時間になると、ハリーは同じグリフィンドールのクディッチ選手たちと共に出て行き、私たちも揃って競技場に向かった。グリフィンドールの一年生は最上段に陣取り、スキャバーズ──ロンが飼っているネズミで、元はパーシーのだった──がボロボロにしたシーツで作った旗を広げた。「ポッターを大統領に」と書いた旗には、ディーンがグリフィンドールのシンボルであるライオンが描き、ハーマイオニーの魔法で様々な色に光るような仕掛けが施されている。ちなみにライオンは私の魔法で動き回るし、咆哮も上げる。

「私、実はクディッチの試合観るの初めてなんだ」
「嘘だろ!君のパパ、クディッチ選手だったんだろ?」
「うん。でも、お父様が引退したの、私がまだ小さい時だったから…」
「見て、ハリーだよ!」

 シェーマスとの会話は、ネビルの一声で中断された。見下ろせばフィールドの真ん中で、フーチ先生を挟んで向かい合わせに、緑と紅のユニフォームを着た選手たちが立っている。

「スリザリンのキャプテンのマーカス・フリント、絶対トロールの親戚だと思うんだ」
「酷いこと言うのね、ロン」
「フレッドとジョージから聞いたんだよ。悪質なファウルばっかりしてくるって」
「グリフィンドール相手のスリザリンだからねぇ…」

 他の寮とならそんなことはないかもしれない。とは言え、クディッチとなるとあのマクゴナガル先生ですら普段の冷静さを失ってヒートアップするのだから、当の選手たちが必死になるのは致し方ないのかもしれない。


 選手たちが、箒に跨がった。フーチ先生の笛が鳴り響き、選手が浮上した。試合開始だ。

「さて、クアッフルはたちまちグリフィンドールのアンジェリーナ・ジョンソンが取りました。なんて素晴らしいチェイサーでしょう。その上かなり魅力的であります」
「ジョーダン!」
「失礼しました、先生」

 マクゴナガル先生が実況担当のリーを叱り飛ばしている。リーの実況はとてもわかりやすかったが、やはり双子の悪戯仲間である。ユーモアに富みすぎて先生は度々彼を怒鳴らなければならなかった。

 先取点は、グリフィンドールのものだった。アンジェリーナの活躍だ。大歓声に湧く私たちの向かいで、スリザリンの応援席からため息と野次が飛んだ。


「ちょいと詰めてくれや」

 聞き覚えのある声に上を向くと、森番のハグリッドがロンとハーマイオニーの隣に座るところだった。彼を見たのは、入学した日以来だ。ハリーをマグルの家に迎えに来たのがハグリッドだったらしく、一緒にダイアゴン横丁で買い物をして、ヘドウィグ──ハリーが飼っている綺麗な白いフクロウだ──をプレゼントしてくれたとか。

「俺も小屋から見ておったんだが……やっぱり、観客の中で見るのとはまた違うのでな。スニッチはまだ現れんか、え?」
「まだだよ。今のところハリーはあんまりすることがないよ」
「トラブルに巻き込まれんようにしてるんだろうが。それだけでもええ……おっ、おまえさんは?」

 ハグリッドの黒い眼差しが、ロンの頭上を飛び越えて私を見下ろした。

「カヤ・フジミヤです。よろしく、ハグリッド」
「あぁ、おまえさんが。ハリーたちから話は聞いちょる。フジミヤ四兄弟の……誰かの孫だな」
「長女よ。ハッフルパフの監督生だった」
「…あぁ、あの人のか。優秀な魔女だった。まぁ、それは四人にも共通して言えることだが…」

 ハグリッドの台詞が途切れた。「あれはスニッチか?」と、リーが叫んだのだ。彼は慌てて大きな双眼鏡を覗き込む。私も空に目を凝らした。ハリーとスリザリンのシーカーが、一点目掛けて並走している。ここからでは見えないが、二人の先にスニッチがあるのだ。

「ハリーの方が速いわ!」

 そう、叫んだ時だった。フリントがわざとぶつかって、ハリーをコースから弾き飛ばしたのだ。これにはグリフィンドールだけでなく、ハッフルパフやレイブンクローからも「反則だ!」の声が上がった。

『信じられないっ!あんなの、下手すれば落ちて死んでたかもしれないのに!』
「何言ってるかわからないけど、君が怒ってるのはすごく伝わるよ」

 私の後ろで、ディーンが「レッドカードだ!」と叫んでいたる。フリントは厳重注意となり──そんなもので懲りるもんか!──、グリフィンドールにはフリー・シュートが与えられた。

「ルールを変えるべきだわい。フリントはもうちっとでハリーを地上に突き落とすとこだった」

 私たちがスリザリンの悪質な妨害に憤慨しているように、リーの実況もどんどんグリフィンドール側に傾き始めた。その都度マクゴナガル先生が声を荒げたが、効果は薄かった。

 ハリーは、消えたスニッチを探している。時折飛んでくるブラッジャーを華麗に交わす度、ハリーは本当にクディッチの才能に恵まれているのだと思い知った。父に言えば、『是非会って話したい!』と言うだろう。

 そう思いながら見上げていると、ハリーの箒が奇妙な動きをしていることに気がついた。グイッと左右に動いたり、上へ上へ浮上したり…今にも振り落とされそうだ。

「大変!ハリーが!」

 そう叫んだ頃には、みんながハリーを指差していた。彼の箒が勝手にぐるぐると回り始めたのだ。箒は益々力強く暴れ回り、次の瞬間、ハリーは片手だけで箒にぶら下がった。あちこちで悲鳴が上がる。ネビルは、泣きながらハグリッドのジャケットに顔を埋めていた。

「フリントがぶつかった時、どうかしちゃったのかな?」
「そんなこたぁない。強力な闇の魔術以外、箒に悪さはできん。チビどもなんぞ、ニンバス2000にはそんな手出しはできん」
「じゃあなんだろう?箒が言うこと聞かなくなるなんて……」

 ハーマイオニーが、ハグリッドから双眼鏡を引ったくった。空ではなく、観客席の方へ目を走らせているようだ。

「思った通りだわ。スネイプよ……見てご覧なさい」

 今度はロンがハーマイオニーから双眼鏡を奪い取って声を呑んだので、私はロンからそれを引ったくった。向かいの観客席に、スネイプ先生がいる。ハリーを見上げて、一心不乱に何事か呟いていた。まさか、と息を呑む。ハリーを憎んでいるのは知っているが、仮にも教師が生徒に危害を加えようとするものだろうか?こんな公衆の面前で?

「僕たち、どうすりゃいいんだ?」
「私に任せて」

 ハーマイオニーの姿が消えた。ロンに双眼鏡を押しつけて、私も彼女を追いかける。ハーマイオニーが何をするつもりか、何となくわかった。呪いをかける時は、対象をじっと見つめる必要がある。とすれば、妨害する方法は一択だ。

「どうやって気を逸らすの!?」

 走りながら追いついて、声をかける。ハーマイオニーは答えなかったが、自分のローブのポケットを叩いた。そこには杖が入っている。魔法でどうにかするつもりか。でも、どうやって?

 目当てのスタンドに辿り着いた。栗毛の髪が、観衆を掻き分けて消えていく。その途中でクィレル先生をなぎ倒したが、彼女は立ち止まらなかった。しかし、先生が顔から前の席に倒れ込んだのを目撃した私は足を止めた。何をするにしてもハーマイオニーの方が上手くやるだろうし、二人では目立つ可能性があることに思い当たったからだ。

「クィレル先生、大丈夫ですか?」
「!…ミ、ミ、ミス・フジミヤ。あ、ありがとうございます…」

 手を差し伸べ、先生を助け起こす。双子はよくクィレル先生をからかっているし、吃りを馬鹿にする人も多いが、授業内容は面白いし、興味深い。トロール襲撃事件の後の授業には、もう具合は大丈夫なのかと尋ねられたし、質問に行っても嫌な顔一つせず丁寧に教えてくれる。研究室にお邪魔した時には、紅茶までご馳走してくれる優しい人だ。唯一の欠点は、ターバンの臭いだけだろう。

「どこもお怪我は…?」
「だ、だ、大丈夫です…」

 立ち上がった先生は、弱々しく微笑んだ。あんなにも見事に顔から突っ込んだのに、何ともなかったようでよかった。ハーマイオニーに代わって謝罪した時だ。鋭い悲鳴が耳に飛び込んできた。はっとすると、スネイプ先生のマントの裾が燃えている。クィレル先生がそっちに向かうのとすれ違いながら、ハーマイオニーが帰ってきた。満面の笑みが広がっている。

「さぁカヤ、行きましょう?」

 ハーマイオニーに手を引かれて、疾走してきた道を戻る。その道中、ハリーがスニッチを(口で)取ったのを目撃した。フリントを筆頭にスリザリンチームからは不平不満を口々に叫んでいたが、グリフィンドールがスニッチを手にしたことに変わりはない。勝者は私たちだ。

「グリフィンドール、170対60で勝ちました!」

 完全に私情を挟んで大喜びしているリーの声は、瞬く間に大歓声にかき消された。ハーマイオニーが飛びついてきて、それを受け止めながら考える。

 ハリーが無事だったのは言わずもがな、グリフィンドールの勝利も嬉しい。だけど、何かが引っ掛かる。ハリーに呪いをかけたのは、本当にスネイプ先生だったのだろうか。とすれば、理由は?

 クィレル先生と同じく、スネイプ先生もいい先生だと思う。ハリーやロンは絶対に納得しないだろうし、スリザリン贔屓が過ぎるのは確かに腹が立つが、質問には嫌みを交えながらもきちんと答えてくれる人だ。教科書をただ読むより、先生の講義を聴く方がわかりやすいし、勉強になる。頭のいい人なのだろう。そんな人が、生徒を殺そうとするだろうか…

「ロンたちの所に帰りましょう」
「うん……」

 不意に、背筋が粟立った。誰かの視線を感じた気がする。振り向くが、そこには先生たちが集うスタンドがあるだけ。消火活動はもう終わっていて、先生たちは顔を寄せ合っている。ここからでは、スネイプ先生の黒衣とクィレル先生の後ろ姿しか判別できない。

(気のせい……?)

 でも、何だか嫌な感じ。自寮の勝利に狂喜乱舞したい気持ちがある一方で、ぞっとした感覚はどうやっても拭えなかった。