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ハリーが華々しいデビューを飾ったクディッチの試合から、一ヶ月。クリスマスを目前にして、私たちはとある問題にぶつかっていた。
試合の後、私たちはスネイプ先生がハリーに呪いをかけたのではないか、という推理を語り、ハグリッドをしつこく問い詰めた結果、あの三頭犬──フラッフィーという名前だそうだ──が守っているのは、“ニコラス・フラメル”に関係しているものだという事実を入手した。
ニコラス・フラメル…ありとあらゆる書物に親しんでいるハーマイオニーは当然、それなりに読書を好む私もどこかで見聞きした覚えのある名前だった。しかし、どうにも思い出せない。
調べたいことがある時は、図書館に行くのが一番いい。そこで私たちは、膨大な蔵書を誇るホグワーツの図書館で彼について書かれた本を探し始めた。それが一ヶ月経っても何の手がかりも得られていないとなると、焦燥感に駆られるのは必然だった。
私たちが頭を抱えている間にも、クリスマス休暇は目前に迫っている。家に戻るのは、私とハーマイオニーの二人だけ。ハリーは、クリスマスに寮に残る生徒のリストに、誰よりも早く名前を書いていた。ウィーズリー家の四人も、両親が二番目の兄のチャーリーに会いにルーマニアに旅立つとかで、学校に残るそうだ。
ハリーがクリスマスをホグワーツで過ごすことを、ハリーを目の敵にしているマルフォイはすぐに嗅ぎ付け、ことある毎に攻撃してきた。ハリーが無視しているので、私も特に気にしていなかったのだが、どうしても我慢できないことがあったのだ。
それは、マルフォイのからかいにパーキンソンが媚びた笑い声を上げた時のこと。あまりにも不愉快で、無意識のうちに思い切り睨み付けてしまっていたらしい。いつもは私には目もくれないスリザリンの彼らも、ハリーたちを除くグリフィンドールの面々までもが二度するほど、とんでもない形相で睨んでいたというのだ。恥ずかしいことに。
ラベンダー曰く、私はいつも大人しいし、顔立ちや話し方──これは英語を話す速度が遅くて、少し拙いところがあるからだと思う──も相まって従順な女の子に見えるそうだ。何より家柄から、“良家の子女”というイメージがついているらしい。そんな私があからさまな敵対心を剥き出したものだから、衝撃が走ったのだそうだ。
「カヤは杖より拳で語り合うタイプの女の子だよ」や、「実行しないだけで、思考回路は喧嘩っ早いわよ」と答えたロンとハーマイオニーの苦笑は記憶に新しい。
そんなことがあってから、私はパーキンソンを含めたスリザリン女子の恨みを買ったようだ。それから時々、女子特有の鋭い視線と嘲りが飛んでくるようになった。
「かわいそうに。家に帰ってくるなと言われて、クリスマスなのにホグワーツに居残る子がいるんだね」
今日の魔法薬学の授業中、マルフォイの気取った声が聞こえた。無用な私語厳禁のこの授業で、スリザリン生が私語によって減点されることはない。マルフォイはスネイプ先生が贔屓にするスリザリン生だし、その中でも特にお気に入りの生徒だ。現に、今のマルフォイの私語も、先生には届かなかったようだ。
スネイプ先生を、悪い先生だとは思っていない。だが、誰かを贔屓にするのも、また誰かを徹底的に虐め抜くところは絶対に好きになれないし、認められない。私の中ではまだ白黒つけられていないが、先生がハリーたちから黒と断定されても致し方がないだろう。
「子供か」
「子供なんでしょうよ」
「ぶっふぉっ!」
私とハーマイオニーが交わした小声を聞きつけたディーンが吹き出し、その衝撃で材料の入った小瓶を引っくり返してしまい、怒った先生に減点されたことを除けば、授業中は極めて平和に過ぎた。
授業が終わると、私たちはさっさと寒い教室を出た。廊下では、ハグリッドが巨大な樅の木を担いでどこかへ運んでいるところだった。
「やぁ、ハグリッド、手伝おうか?」
ロンがひょっこりと顔を出して、ハグリッドに尋ねる。ハグリッドは大きな頭を横に振った。
「いんや、大丈夫。ありがとうよ、ロン」
「すみませんが、そこどいてもらえませんか」
私たちの後ろから、マルフォイが追いついてきたようだ。彼は、ハリーとロンに突っかからなければ死ぬ病気にでも罹っているのだろうか。それに、二人も無視すればいいのに。反応しなければ、きっとマルフォイが絡んでくることもないだろうに。
「ウィーズリー、お小遣い稼ぎですかね?君もホグワーツを出たら森の番人になりたいんだろう」
ハグリッドの小屋だって君たちの家に比べなら宮殿みたいなんだろうねぇ。
ロンが、マルフォイのあまりの言い種に腹を立てて飛びかかろうとした瞬間、スネイプ先生が階段を上がってくるのが見えた。不味いと思った私は、ロンを止めるため、進路を遮ろうとした。しかし完全には塞ぎきれず、ロンに足を引っ掛ける形になってしまった。ロンはつんのめった勢いを殺し切れずに、マルフォイを巻き込みながら二人して廊下を転がる。マルフォイは尻餅をつき、ロンは四つん這いの姿勢で地面に両手をついた。
「ウィーズリー!」
だが、そこまでの犠牲を払ったにも関わらず、結局先生はこの騒動を見なかったことにはしてくれなかった。申し訳なさに震えながら、私はロンを助け起こす。
「ロン…ごめんなさい……」
「……絶対許さない」
「スネイプ先生、喧嘩を売られたんですよ。マルフォイがロンの家族を侮辱したんでね」
ロンが私を睨む傍ら、ハグリッドが庇い立ててくれている。しかし、スネイプ先生には一切通用しなかった。
「そうだとしても、喧嘩はホグワーツの校則違反だろう、ハグリッド」
「先生、ロンは私の足に躓いて転んだだけです」
先生の目が、ロンから私に向けられた。何もかもを見通すような視線だ。しかし、嘘はついていない。
ロンがマルフォイに手を出しそうだったから、そうならないように止めようとしただけだ。
そう、気丈に見つめ返す。先生はしばらく無言だった。だが、やがて私から目を離しながら言い放った。
「ウィーズリー、グリフィンドールは五点減点」
これだけで済んでありがたいと思いたまえ。
「さぁ諸君、行きなさい」
「そんな…!」と反論しかけた私のローブを、ハリーが引っ張った。言葉を飲み込んでいる間に、マルフォイは従者たちを引き連れて立ち去った。
「覚えてろ。いつか、やっつけてやる……」
「マルフォイもスネイプも、二人とも大嫌いだ」
「ねぇロン、本当にごめんなさい…手、何ともない?」
「……何ともない。いいよ、カヤ。怒ってないから」
ただし、次からはもっと上手くやってくれよな。
「結局減点されたら、転び損だよ」
「あら、あなたがマルフォイの言うことに反応しなければいいんじゃない」
「今のはファインプレーだったよ。相手がスネイプじゃなかったら、きっと通用してた」
「まぁでも、マルフォイがすっ転んだのを見れたのはよかったよ」と、ハリーは笑い、ロンに正論をぶつけるハーマイオニーを横目に、私の背中を慰めるように叩いた。
「口より杖より、真っ先に手足が出るのはカヤの良いところだよ」
「……ハリーは私を慰めてくれてるんだよね?」
「さぁさぁ、元気を出せ。もうすぐクリスマスだ」
カヤも落ち込む必要はねぇ。
「おまえの大叔父も…ほれ、あのグリフィンドールの……あいつも、そんなタイプだった」
ほれ、一緒においで、大広間がすごいから。
大広間には、クリスマスツリーが十二本も立ち並び、それぞれが氷柱やろうそくで飾り付けられていた。マクゴナガル先生が杖を動かすと、キラキラと輝く星屑が舞う。フリットウィック先生の杖から出た黄金の泡が、たった今ハグリッドが運んだツリーを彩っていく。
初めて見る本格的なクリスマスの光景に、私は目も心も奪われていた。マルフォイのことも、スネイプ先生のことも、一時的に頭を離れていく。
日本ではあまり見かけない光景だ。少なくとも、私の家では。12月24日だろうと25日だろうと、ツリーやクリスマスリースが飾られることはないし、特別なご馳走も出ない。祖母が亡くなってからは特に、わざわざクリスマスを祝したいと言い出す人がいなくなったからだ。
「そう言えば──ハリー、ロン、カヤ、昼食まで三十分あるから、図書館に行かなくちゃ」
「あぁ、そうだった」
私たちはハグリッドと一緒になって、大広間を出る。ハグリッドは大きな目を丸くさせて、私たちが勉強のし過ぎなのではないかと尋ねてきた。
「勉強じゃないんだよ。ハグリッドがニコラス・フラメルって言ってからずっと、どんな人物か調べているんだよ」
「なんだって?……まぁ、聞け─俺は言っただろうが─ほっとけ。あの犬が何を守っているかなんて、おまえさんたちには関係ねぇ」
「私たち、ニコラス・フラメルが誰なのかを知りたいだけなのよ」
「ハグリッドが教えてくれる?そしたらこんなに苦労はしないんだけど……」
ハグリッドは頑なだった。つい先日、私たちにニコラス・フラメルの名前をポロリと溢してしまったことを、本気で悔いているのだろう。ハリーの誘導にも乗らなかった。
「俺はなんも言わんぞ」
「それなら、自分たちで見つけなくちゃ」
三人はハグリッドに別れを告げ、早足で図書館の方へ向かっていく。「ごめんね」と、私は残されたハグリッドに微笑んだ。
「……いや、おまえさんが謝ることじゃねぇ。俺が、好奇心の塊みてぇなあいつらに漏らしたのがいけねぇんだ」
「私だってニコラス・フラメルのこと、気になってるのよ?」
「あぁ、そうだな。おまえも、好奇心旺盛だ。…おまえの大叔父とおんなじだ」
「どっちの?」
「弟の方だ。レイブンクローの」
「知り合いなの?」
ハグリッドと話すようになってしばらく経つが、下の大叔父のことは初耳だった。するとハグリッドは、「言わなんだか?」と首を傾げた。
「聞いてない!」
「そうか?そりゃあ、すまんかったな」
「同級生だったの?」
「いいや、違う。四人とも学年は被っちゃいねぇ。被っちゃいねぇが、あいつとは話が合ったんだ」
ほれ、あいつは無類の魔法動物好きだろうが。
「そんな話ができる奴は、そうそういねぇからな。あいつは好奇心旺盛で、俺が育てとる動物や森に棲んでる動物の話を聞きたがった」
「そうだったのね。……私、見た目はおばあ様に似ているって言われることが多いけど、性格は大叔父様たちに似てるみたいね?」
自分では気がつかなかったが、私は意外と喧嘩っ早いところがあるようだし、好奇心も旺盛らしいから。
「そうだな。だが、おまえさんの一番いいところは、お祖母さんにそっくりだ。もちろん顔も似てるけどな」
大きな手が、私の頭に置かれた。その下から、私はハグリッドの言わんとするところを理解しようと考える。
「四兄弟の性格はてんでバラバラだった。特に下の三人は、仲は良いがいっつも色んな方向を向いてた」
おまえのお祖母さんは、それをいつも優しく見守ってた。
「そして時々導いてやりながら、三人を上手くまとめてたもんだ。あの人がいたから、三人は自由気ままに振る舞っていたのかもしれねぇ」
今のおまえさんとハリーたちを見ていると、あの四人を思い出す。
「俺には、弟妹たちを見守るあの人と、おまえが重なって見えることがある……カヤ、おまえはお祖母さんに似た優しい子だ」
あぁ、確かに。言われてみればそうだ。祖母が亡くなってから、あの三人はどこか変わった。どことなく、思い詰めたような顔をしていることが増えたように思う。祖母の死を哀しんでいるからだと思っていたが、ハグリッドの話を聞く限り、きっとそれだけではないのだろう。
祖母がいたから…自分たちを見守り、時に叱り、導いてくれる人がいたから、彼らは何をも恐れることなく、いい意味で自由に生きていられたのだ。だけど、祖母が…一番大切な人がいなくなってしまったから、要を失いバラバラになった扇のように何かが欠けてしまっているのだ。
彼らのことを、特に祖母のことをこうやって客観的に見ていた人の話を聞くのは初めてだった。もっと、色んなことを話して欲しい。
口を開きかけた時だった。
「カヤ、早く!時間がなくなっちゃうよ!」
行ってしまっていたはずのハリーが引き返してきて、私の腕を掴んだ。吃驚して固まったまま引き摺られていくと、「いいクリスマスを!」とハグリッドが大声で手を振った。
「えぇ!ハグリッドも!」
慌てて手を振り返す。正直に言えば、ハグリッドともっと話していたかった。でも今は、ニコラス・フラメルの方が大事だ。四兄弟の話は、いつでも聞けるのだから。
私は一言謝ってから、ハリーの背を追いかけて階段を上った。