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 クリスマス休暇当日、私たちはハリーとロンに別れを告げて、共にホグワーツ特急に乗ってロンドンに戻ってきた。

 キングズ・クロス駅のホームは、子供たちを迎えに来た家族で溢れている。その間を縫うように歩き、何とかゲートを抜けた。私の両親は、改札口付近に並んで佇んでいた。

「ご両親はいた?」
「えぇ。あそこに。ハーマイオニーは?」
「向こうにいるわ。ちょっと待ってて、今連れてくるから」

 一度ハーマイオニーと別れ、私は両親の元へ急いだ。先に私に気づいた母が、『華耶!』と名前を呼ぶ。私は駆け足で母に飛びついた。

『ただいま戻りました、お母様、お父様』
『お帰りなさい』
『お帰り。華耶がいないと、寂しかったよ』

 母は抱きついたままの私の頭を撫で、父は目を細めた。

『二人とも、再会の続きは空港に着いてからだ……』
『待って。親友を紹介したいの』

 トランクを運ぼうとした父と、夕霧の籠を手にした母を引き止める。ちょうど向こうから、ハーマイオニーがご両親を引っ張ってくるのが見えた。

「初めまして。ハーマイオニー・グレンジャーです」
「初めまして、ミス・グレンジャー。会えて嬉しいよ」
「初めまして。いつもカヤからの手紙で話を聞いているわ…」

 ハーマイオニーが両親と話す傍ら、私は彼女のご両親と挨拶した。二人ともとても頭の良さそうな人たちで、ハーマイオニーの聡明さは二人から受け継いだのだろうと推測する。
 ハーマイオニーと話し終えた父たちは、今度はハーマイオニーのご両親と話し始めた。それを私たちは、それぞれの親の傍らで見上げていた。

「二人とも、とても英語がお上手ね」
「ありがとう」
「うちの親、少し緊張してるの。魔法族と会話するの、初めてだから…」
「私のところもよ」


 親同士の話は、案外あっさりと終わった。どちらも緊張していたからだと思う。純血の私の両親にとって、生粋のマグルであるハーマイオニーのご両親は未知の相手で、父は興味津々といった様子を隠し切れていないが、さすがに初対面の相手にぐいぐい迫るようなことは遠慮してくれたようだ。

「じゃあ、またね、カヤ」
「えぇ、ハーマイオニー、また休暇明けに」

 私たちは軽くハグをして、別れた。そして人目につかない所まで来ると、父が私の荷物と夕霧の籠を持ち、私は母の手を握って、“姿くらまし”した。
 そして辿り着いた空港から、飛行機に乗って懐かしい日本へ帰国したのである。



 我が家に辿り着く頃には疲労困憊だったが、その日のうちに親戚が押し掛けてきて、“カヤお帰りなさいパーティー”が強制的に開かれた。私を見るなり足元に飛んできて号泣した椿は、今は他の家のしもべ妖精と共にご馳走作りに駆り出されている。きっとまた後で、感激の涙を流すに違いない。たった3ヶ月会わなかっただけなのに、あんなにも再会を喜んでくれるなんて、私は幸せ者だ。

 私は入れ替わり立ち替わり話しかけてくる親戚たちから逃れ、離れで寛いでいた叔父たちの元に顔を出した。世界中を飛び回り、現在はインドにいると聞いていた下の大叔父がいるのはラッキーだった。

『大叔父様たち、今いい?』
『もちろん。お帰り、カヤ』
『ちょっとは背伸びたか?』

 上の大叔父が私の頭を乱暴に撫でる。『3ヶ月で伸びない!』と言い返すが、相手はケラケラと笑うだけだった。

『ホグワーツはどうだ?楽しいか?』
『とっても。毎日刺激的だよ』
『だろうな。俺も7年間毎日楽しかった記憶しかないからな』
『私もね』

 二人は深々と頷いた。今度は下の大叔父が、いつもは無口な口を開いた。

『ミネルバは元気か?』
『すごくお元気よ。先生の変身術、本当に惚れ惚れしちゃう』
『ミネルバ?』
『ミネルバ・マクゴナガル…私の同窓だよ。兄上と同じグリフィンドールの』
『……あぁ!おまえが変身術で負けた相手だな』
『もっと他に言い方ないのか!?『一緒に首席に選ばれた』とか!』

 弟に足を蹴られても、兄は気にも止めていない様子だ。

『マクゴナガル先生に負けたこと、そんなに悔しいの?』
『悔しいに決まってる!変身術に優れた一族に生まれたのに負けたんだ。姉弟の中で変身術で一番を取れなかったのは私だけだ…』
まぁ、それだけミネルバが優秀だったということだけど。
『兄上にはいつまでもバカにされるし…頼むからさっさと忘れろよ……』

 大叔父は両手に顔を埋めてしまった。反対側にいる上の大叔父を睨むと、飄々とした笑みが返ってくるばかりだった。笑うと、頬を走る傷跡がひきつって痛そうなのに、彼はものともしていないようだ。たまにしか帰ってこない弟を思う存分からかうことができて、楽しくて仕方がないらしい。そんなところも、ロンをからかって遊ぶフレッドたちに通じるものがあった。


『それより、大叔父様はハグリッドとも友達なんでしょう?』
『…そうだよ。頻繁にやり取りはしないが、私がヨーロッパに赴いた時には必ず会って飲んでる』
『教えてくれればよかったのに。ハグリッドが言ってくれなきゃ、私知らなかった』
『まさかおまえがハグリッドと親しくなるなんて、思ってもなかったんだよ。おまえは動物は好きだが、危険生物は好きじゃないだろう?』
『そりゃそうだろ。おまえとハグリッドが少数派なんだ。せめてもの救いは、おまえがドラゴン嫌いであることだけだよ』

 若かりし頃、ルーマニアでドラゴンに噛まれて大火傷を負ったせいで、下の大叔父はドラゴン嫌いなのだ。

『上の大叔父様も、ハグリッドのこと知ってるの?』
『同じグリフィンドールだったからな。二つ上の学年だった。動物好きの変人だから、同じ寮の奴らも遠巻きにしてた』
でも、俺は弟のおかげで変人には慣れっこだったから、構わず話しかけてたんだ。
『…ハグリッドが森番になってからは、“禁じられた森”に押し入ろうとしたところを何度も捕まったもんさ』
『ハグリッドをバカにしたスリザリンの連中にも仕返ししましたね』
『俺だけじゃないだろう、おまえだって共犯だ』
『……一体何をしたの?』

 初耳だが、大叔父がとんでもない仕返しをお見舞いしたことは想像に難くない。しかも、それに大人しいはずの下の大叔父まで参加していたとなれば、もっととんでもない事態を引き起こしたはず。

 恐々尋ねると、“ミスター・悪戯っ子”の名を持つ──ほとんど首なしニック談─"大叔父は、ニヤッと笑った。

『鶏みたいに口うるさかったから、本物の鶏に変えてやったんだ。こいつがな』
『それを兄上が本物の鶏の群れの中に放り込んだ。そして、ピーブズが猫を入れて追いかけ回させたんだ』
『ダンブルドアがいなかったら、どれが生徒でどれが本物の鶏かわからなかっただろうな』
 
 想像の斜め上を行く内容にドン引きした。それを“悪戯”の一言で済ませていいものか。そんな私の心境を察したのか、それとも取り繕おうとしたのか、秀才だった大叔父は重ねて言った。

『彼らは、ハグリッドを酷く侮辱した。彼の話し方…まぁ、訛りのことだとか、“森の番人”という肩書きだとか…そんなくだらないことを並べ立ててな』

 ふと、ロンの家族を度々侮辱するマルフォイが思い浮かんだ。うん、想像に難くない。

『スリザリンって、昔も嫌な人ばかりだったの?』
『そういうレッテルを貼るのはよくない……と言いたいところだが、スリザリンには純血主義が多いから、どうしても私たちとは価値観が合わないんだ。今でもそうだろう?』
『うん。みんな…私がグリフィンドールに組分けされたことが気に入らないみたい』

 深緑のローブが脳裏を過る。同学年はもちろん、他学年の人までがこそこそと私を揶揄するのだ。なんてバカらしいことだろう。

『腹は立つが、彼らはそれが正しいと思っているんだ。親、家族、周囲がそうだから、それが彼らの当たり前なんだ。本人が間違いに気づかない限り、どうしようもない』
『!!』

 大叔父の言葉に、目から鱗が落ちた気分で、私は衝撃に打ちのめされた。
 …そうか。彼らの純血主義は、彼ら自身の考えではなくて、彼らの家族や周囲の考えなのか。

 私は純血主義の誤りを理解しているけど、それはあくまで私の周囲がそうだったからというだけ。もしも家族が純血主義者だったなら、私もそうだったかもしれないのか。大好きなハーマイオニーを“穢れた血”と呼び、ロンたちウィーズリー兄弟を“血を裏切る者”と呼ぶような人間になっていたかもしれない。…いいや、きっとそうなっていただろう。普通、家族の言葉を疑うようなことをするはずがない。そんな勇気と思慮分別を備えた子供は稀だろう。

 ぞっと、背中に冷たいものが走った。純血主義とは、こんなにも根深い問題だったのか。“マルフォイたちは嫌な人”、というだけでは到底片付けられない。

『手紙には友達のことはほとんど書かれてなかったが、マグル生まれの女の子以外にも友達はできたのか?…確か、ミス・グレンジャーだった?』

 図らずも暗くなってしまった話題を無理矢理終わらせて、上の大叔父が別の話題を持ち出した。

『……もちろん。ハーマイオニーだけじゃなくて、ロン・ウィーズリーとハリー・ポッターとも一緒よ。みんな、私の親友なの』
『ハリー・ポッター…“生き残った男の子”の?』
『そう!そのハリー!』
『ウィーズリーか…昔、グリフィンドールにそんな名前の先輩がいたような…赤毛にそばかすの…』
『多分そうだわ。ロンもロンのお兄さんたちも、みんなそうだから』

 ロンの家族は、代々グリフィンドールに組分けされてきたという。特徴と合わせても、きっとウィーズリー兄弟の祖父世代の人だろう。

『…そうか…ハリー・ポッター……』

 下の大叔父がポツリと言った。もう一人の大叔父は、自分の頬を走る傷跡を撫でていた。その仕草は、大叔父の癖のようなものだった。何か考え事をしているとき、傷跡に指を走らせるのだ。闇祓いである大叔父は生傷が耐えないけれど、その傷が一番大きくて目立つし、とても痛そう。

『ハリーは、マグルの親戚と一緒に暮らしているそうなんだけど、随分酷い扱いを受けているんですって』
魔法の存在を知ったのも、ホグワーツからの手紙を受け取ってからだそうよ。
『それまで、自分のご両親が亡くなった経緯も、自分が何者でどんなに有名なのかも知らずに育ったの…』
『そうか……可哀想にな』

 その通りだ。ハリーは、僅か1歳で両親と死別している。本当ならば、愛と幸せに溢れたごく普通の暮らしを送るはずだったのに、“生き残った男の子”などと呼ばれ、いつも色眼鏡で見られている。私なら、到底耐えられない。とても苦しいことだと思う。せめて私たちだけは、“ただのハリー・ポッター”として受け止めてあげたい。


『“例のあの人”は滅んだと言う人も多いが…私は、あいつはいずれ必ず戻ってくると思う』

 唐突に、下の大叔父が言った。何のことかと私は目を丸くする。なぜ急に、“あの人”の話に?

『もちろんそんな事態にはなって欲しくないが…常に最悪を想定しておくことは、決して悪いことじゃない』

 下の大叔父の声は硬かった。動物のことを話す時のような夢見心地な口調ではなく、聞いたことがないくらい真剣だ。

『だから、おまえにもそうして欲しい。少なくとも、知っていて欲しいんだ。ヴォルデモート卿が復活する可能性はゼロじゃない。いつ戻ってきたとしても不思議じゃないんだ』

 心の奥が俄に冷たくなる。大叔父の言うことが正しければ、ハリーに敗れて力を失った彼はこの10年間、どこで何をしているのだろう。ずっと、復活の時を待っているのだろうか。機が熟せば、今度こそハリーを殺そうとするのだろうか。

『だが、そうは言っても必要以上に恐れる必要はないぞ』

 感覚のなくなった私の手に、上の大叔父の手が重ねられる。

『アルバス・ダンブルドアがいる限り、ホグワーツは安全だ。彼は、ヴォルデモートが唯一恐れる魔法使い…ホグワーツにだけは、全盛期のあいつも手を出さなかった。というより、出せなかった』
『…そう、なんだ……』

 強張った体が、少し弛む。そうだ、ダンブルドア先生は、世界で最も偉大な魔法使いじゃないか。それに、ホグワーツには他にも優秀な魔法使い、魔女たちが揃っている。不必要に恐れることはないはずだ。

『怖がらせたくて言ったんじゃないよ。…ただ、には知っていて欲しかったんだ』

下の大叔父が、優しく微笑んで私を見下ろす。その顔が、『私のようにならないで…』と告げた祖母の顔と重なって見える。この大叔父が、一番祖母に似ていたからかもしれない。

 どうしてそんな話を私に?

 問い詰めようと、口を開きかけた。だが。

『お夕食の準備が整いましてございます』

 割り込んできた椿の声に、私の疑問はかき消された。

 その後もタイミングは見つからないまま、休暇はあっという間に終わりを迎えた。