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クリスマス休暇が明け、再び訪れた両親との別れを乗り越えたホグワーツ特急の中、私はハーマイオニーの姿を探して通路を歩いていた。ごった返したホームでは、親友を見つけられなかったからだ。
それにしてもこのトランク、重すぎる。列車に乗るまでは父が運んでくれていたので何とも思わなかったが、とんでもなく重い。私、何を入れたんだろう?
左手に吊り下げた籠の中からは、夕霧が『早く外に出せ』と目線で訴えてくるし、ハーマイオニーはちっとも見つからないし、余計に気持ちだけが焦る。通り過ぎたコンパートメントの中では、生徒たちが友逹と楽しそうに休暇中の出来事を語り合っている。一刻も早く、誰か知り合いに会いたい。
だがその時、最悪なことにトランクがガンっ!と段差に引っ掛かってしまい、私は足を止める羽目になった。持ち上げようとしても上がらない。『もう……!』と悪態をついて、両手でトランクを引っ張ろうと、一度鳥籠を床に置こうと屈んだ。その瞬間。
「大丈夫?」
とんでもない重量を誇っていたトランクが、急にふわりと持ち上がった。優しくかけられた声に屈めていた体を持ち上げると、一人の男の子が立っていた。
(イケメンだ……めっちゃハンサムだ……)
とんでもなく整った顔立ちの、背の高い男の子が私のトランクに手をかけている。彼が引っ張りあげてくれたのだ。
「……っ!、…ありがとう、ございます、」
ぼーっと見惚れていたことに気づき、慌てて頭を下げる。彼はにこりと、爽やかに笑った。
「大丈夫だよ。気をつけて」
そう言って彼は私の隣を通り過ぎて行ってしまった。私はじっと、後ろ姿を見つめる。
あんなにハンサムな人、初めて見た。何年生だろう。どこの寮だろう。グリフィンドールの人は全員顔見知りだから、それ以外の寮の人のはず。
ほんの一瞬の邂逅だったのに、まだ胸がドキドキしているし、あの笑顔の眩しさが忘れられない。とんでもない美青年だ。あんなにハンサムなら噂を耳にしてもよさそうだが、多分聞いたことはないと思う。…まぁ、私が一番よく話す三人がそういう噂に敏感だとは思えないから、ただ私が知らないだけなのかもしれない。
この手の話題は、同室のラベンダー・ブラウンか、ハーバティ・パチルに尋ねるのがいいだろう。もしくは上級生なら、グリフィンドールのクディッチメンバーの女子三人──ウィーズリーの双子たちを通してよく話すようになった──か。
ほんわかした気持ちを抱えながら、今度こそハーマイオニーを見つけようと、再び歩き始める。
それにしても、さっきの人、本当にハンサムだった。それに、見ず知らずの私を助けてくれるなんて。さすが英国紳士。
ハリーとロンを非難する気は微塵もないが、あの二人は私を“杖より口より手足が出る喧嘩っ早い女の子”と認識しているから、彼らから女の子扱いされることはほぼない。私も求めてはいないので構わないのだが、だからと言って女の子扱いされることが嬉しくない訳がない。と言うか、寧ろ嬉しい。
日本には未だに、“女性は男性の三歩後ろを歩く”という風潮がある。風化しつつあるとは言え、それまでの積み重ねがそうそう簡単に消えるものではない。祖母も母も、どちらかと言うとそういうタイプの女性だった。言うまでもなく、私は正反対。それをどうこう指摘されたことは一度もないが、指摘する人がいるのもまた事実。女性が当主になることを認めているが故に、比較的女性に対して柔軟な思考を持っているはずの我が家でもそうなのだから、日本全体で見ても言わずもがな。
そんな中で育ってきたから、イギリスの“レディーファースト”なる文化には戸惑うし、過剰に反応してしまう。そう言えば大叔母はかつて、『ホグワーツへの道中で三回恋に落ちた』と言っていたことがあるが、こういう感じだったのかもしれない。
しかし、惚れて然りだと思う。大叔母の時代は、今よりも男尊女卑の時代だったのだ。そんな中、紳士の国にやって来てあんな風に扱われれば、誰だって惚れてしまうだろう。現に私も、少しドキッとしてしまった。ああいう扱いは、イギリスに滞在して半年間で初めて……
ピタリと、足が止まった。夕霧が、不思議そうに見上げてくるのがわかる。視界の片隅に、見覚えのある色が過ったのだ。
あぁ、そうだった。私が初めて…正直に言うならばときめいたのは、あの人だ。今ではもう、そんな感情どこにも見当たらないけれど。
たった今通過したコンパートメントに、マルフォイと従者の二人、そしてパーキンソンが座っていたのだ。パーキンソンは相も変わらず、マルフォイへの好意を隠そうとしない。マルフォイはそれに気づいているのかいないのか、いつものように得意気に話している。クラッブとゴイルも変わらず。見ていていい気持ちになるメンバーでないことは確かだった。彼らを視界に入れた途端、淡く膨らんでいた気持ちが一気に弾け飛ぶ。
純血主義に関して、下の大叔父との会話で今までとは少しだけ見方が変わった。私たち子供にとって、親の思想や言葉は絶対だ。それを疑うようなことは、よほどのことがない限りしない。親の言動が子供にとっての正義だ。だから、彼らの思想は彼ら自身の思想というより、彼らの親の思想であり、環境がもたらしたものだ。それだけでその人個人を判断するのは正しくないと、大叔父に気づかされた。
とは言え、ハーマイオニーを“穢れた血”、私やロンを“血を裏切る者”と面と向かって罵ってきたならば、容赦はしないけれども。
思想どうこうよりも問題なのは、あの人たちの性格だ。何をどうしたらそんなにひん曲がり、他者を見下すことかできるのか、私には一生かかっても理解できない。理解したくもない。嫌いなら無視すればいいのに、廊下や授業中に必ずと言っていいほど絡んでくるのは一体何だろう。「マルフォイって、もう一周回ってハリーのこと好きだよね?」と、ハーマイオニーと話した回数は数知れない。
ホグワーツに入学したあの夜は、とても素敵な王子様だと思った。さっきの人に負けないくらい。…いいや、恐らくそれ以上にときめいたのに。
グレーの眼差しが、ちらりとこちらを見た。目が合う。先に目を逸らしたのは私だった。ちょうど、ハーマイオニーの声が聞こえたからだ。
「カヤ!」
「…、ハーマイオニー!」
マルフォイたちのいるコンパートメントからいくつか離れた所から、大好きな親友が顔を出している。
その場からさっさと離れたくて、私は荷物を引く手に力を込めた。なぜか背中に、視線が突き刺さっているような気がした。
*
再会を喜んだ後は、休暇中の出来事を互いに話した。イギリスの、しかもマグルがどのようにしてクリスマスやお正月を過ごすのか、とても興味深い。一方ハーマイオニーも、私が贈ったクリスマスプレゼントの影響で、日本への興味関心がはね上がったようだ。
「カヤが贈ってくれたクリスマスプレゼント、本当に素敵だったわ。ありがとう」
「私も、ありがとう。日本じゃ、友達同士でクリスマスにプレゼントを贈り合う習慣は馴染みがないから、何を選んだらいいのかすごく迷ったの…喜んでもらえてよかった」
私が贈ったのは、竹で作られた栞だった。もちろんただの栞ではなく、季節によって柄が変わる。今は冬だから、雪で覆われたお城や神社仏閣など、日本の絶景が彩られているはず。
ハーマイオニーから貰ったのは、彼女おすすめの英語辞書。調べたい単語を読み上げれば──読み方がわかっている時に限るが──勝手にページを捲ってくれるし、一度調べた単語は辞書が記憶してくれるから、後から簡単に見直すことができる。勉強が捗ること間違いなしの優れものだ。
「日本は素敵な所ね。いつか、行ってみたいわ」
「是非遊びに来て欲しいわ。休暇中、あなたやハリーたちの話を散々したから、みんなきっと喜ぶと思う」
「うちの親も、カヤやご両親に興味があるみたいだったわ。日本人と話したのは初めてだし…カヤたちがよければ、夏休みには是非我が家に遊びに来て欲しいって」
「本当?私、マグルのお家に遊びに行くのは初めてよ」
私はもちろん、きっと両親も喜ぶに違いない。日本のマグルの家に行ったこともないのに、イギリスのマグルの家にお邪魔できるなんて。
「でも、カヤの家はとんでもないお金持ちだから我が家じゃ物足りないかも、って話してたの」
「嫌なこと言わないでよ。そんなわけないでしょう」
ハーマイオニーの茶目っ気たっぷりの皮肉に笑い合っていると、ちょうど車内販売の魔女が姿を見せた。
「車内販売はいかが?」
「…私はいいわ」
「かぼちゃパイ、お願いします」
魔女にお金を渡そうとコンパートメントから廊下へ身を乗り出すと、さっきのハンサムさんが向こうからやって来るのが見えた。車内販売の魔女を追いかけてきたらしい彼は、私を見ると「やぁ」と微笑んだ。白い歯が唇から零れ落ちる。
「コンパートメントが見つかったみたいで、よかった」
「…さっきは、ありがとうございました」
「大したことじゃないよ」
彼はにこりと笑って手を振ると、車内販売の魔女を呼び止めた。私がかぼちゃパイを手に座る頃には、彼も目当ての品を購入できたようだ。「またね」と、片手を上げて去って行った。その所作の一つ一つがどれも輝いていて、また顔に熱が集まってきた。「お水でも飲む?」と、ハーマイオニーがやや呆れ顔で言った。
「さっきの彼…セドリック・ディゴリーね。ハッフルパフの三年生」
「知ってるの?」
「彼を知らない人は少ないんじゃない?…あなたは知らなかったみたいだけど」
「有名人?」
「ハッフルパフのシーカーよ。頭もいいし、性格もいいし、顔もあの通りだし」
まさか、その手の話題に興味のなさそうなハーマイオニーが知っているなんて思わなかった。さっき助けてもらったことと合わせて口にすると、ハーマイオニーは肩をすくめた。
「図書館にいると、色々な噂が聞こえてくるの。彼を見かけたのも図書館だし」
「ホグワーツに着いたら、ラベンダーたちか、アンジェリーナたちに誰だか聞こうかと思ってたの」
「思ったより早く、答えに辿り着けてよかったじゃない」
「どんなことでも、わからないことはハーマイオニーに一度聞いてみるのが一番ね」
セドリックが去った方を見る。ハンサムで、素敵な人。しかも所属はハッフルパフ。道理であんなにも優しいわけだ。こんなにも好感を抱いたのは、彼の優しさがどことなく、祖母や大叔母の持つそれに似ていたからなのだろう。
「まさか、ミスター・ディゴリーに一目惚れでもしたの?」
「そういうんじゃないよ!…そりゃ、あんなハンサムにお目にかかったのは初めてだから、ちょっとドキドキしたけど」
「したのね」
「するでしょうよ!ハーマイオニーはしない?」
友は肩をすくめた。
「…そうじゃなくて、やっぱりハッフルパフって素敵な所だなぁ、と思っただけよ」
「カヤはハッフルパフには甘いわね。なんと言えばいいか…フィルターがかかってる」
「おばあ様のこと、大好きだからね」
「確かに、ハッフルパフは平和そうよね」
そうだろう。だって、祖母はとても穏やかで、優しくて、誠実な人だったもの。
「でも、あんまり彼に熱を上げてると、グリフィンドールのみんなに怒られるわよ。特にハリーに」
「どうして?」
「言ったじゃない、彼はハッフルパフのシーカーだって」
そうか、彼とハリーは同じポジションなのか。
「別にお熱なわけじゃないもの。それに、試合になったらもちろんハリーを応援するわ」
確かに彼はハンサムで、祖母と同じハッフルパフの優しい人だけど、私は女の子扱いされるより、親友として肩を組んでくれるハリーが好きだ。
かぼちゃパイにかじりつきなから、私はホグワーツにいる二人の親友を思い浮かべる。
「早くハリーやロンに会いたいね?」
「えぇ。それに、ニコラス・フラメルのことも聞きたいわ」
「何か見つけられたかなぁ」
「校則も破ってないといいけど……」
私たちは顔を見合わせ、破天荒な男の子たちを思ってクスクスと笑い合った。