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 ホグワーツに帰還した私とハーマイオニーを待っていたのは、「ニコラス・フラメルについてまだ何も掴めていない」という、ハリーたちからの報告だった。

 ハリーは、彼の父親の持ち物だったという“透明マント”──クリスマスプレゼントの中にあったらしいが、誰からなのかまだわかっていない──を使って、図書館の閲覧禁止の棚まで調べてくれたが、結局何も見つからなかったそうだ。すなわち、私達はとうとう行き詰まってしまったのである。


 そんなある日のこと。
 談話室でロンとハーマイオニーがチェスに興じる傍ら、暖炉の前を陣取って読書をしていると、クディッチの練習を終えたハリーが戻ってきた。ハリーは、集中しているロンの隣に腰掛けると、「次のハッフルパフとの試合で、スネイプが審判をやることになった」と短く告げた。

「試合に出ちゃだめよ」
「病気だって言えよ」
「足を折ったことにすれば」
「いっそ本当に足を折ってしまえ。カヤなら上手くやってくれるよ」
「何で私に言うの?」
「できないよ。シーカーの補欠はいないんだ。僕が出ないとグリフィンドールはプレイできなくなってしまう」

 なぜロンが私に話を振ったのか、腑に落ちないと訴えていると、ネビルが談話室に入ってきた。そのピタリと閉じた足を見れば、“足縛りの呪い”をかけられているのが一目でわかった。ハーマイオニーがすぐさま呪いを解き、ネビルに手を差し伸べた。

「どうしたの?」
「マルフォイが……」
「だと思った」

 私は小さく鼻に皺を寄せる。こんな悪質なことをする人物は、一人しかいない。二人いても困るけれど。

「図書館の外で出会ったの。誰かに呪文を試してみたかったって……」
「自分の付き人にかければいいのに!」
「マクゴナガル先生のところに行きなさいよ!マルフォイがやったって報告するのよ!」

 だが、ハーマイオニーの強い言葉を、ネビルは頑として受け付けない。「これ以上面倒は嫌だ」と繰り返すばかりだ。

「ネビル、マルフォイに立ち向かわなきゃだめだよ」
あいつは平気でみんなをバカにしてる。
「だからといって屈服してヤツをつけ上がらせていいってもんじゃない」
「僕が勇気がなくてグリフィンドールに相応しくないなんて、言わなくてっもわかってるよ。マルフォイがさっきそう言ったから」

 ハリーが、震えるネビルにチョコレートを差し出すのを見ながら、私は口を開いた。

「あなたがグリフィンドールに組分けられたのは、あなたにそれに相応しい勇気があると、組分け帽子が判断したからよ」
「でも、…僕は怖いものがたくさんあるし、落ちこぼれだし……」
「なら、きっとあなたが持ってる勇気は、私たちが思い浮かべる勇気とは違う種類のものなんだよ」
私も、組分け帽子にそう言われたもの。

 四人は目を丸くした。組分け帽子に言われたことを人に明かすのは初めてだったからだ。

「それがどんなものなのか、私にはまだわからないけど…私は、帽子の判断は間違ってないと信じてるよ。だから、ネビルも自信持って」
「そうだよ、ネビル。マルフォイが十人束になったって君には及ばないよ。組分け帽子に選ばれて君はグリフィンドールに入ったんだろう?」
マルフォイはどうだい?
「腐れスリザリンに入れられたよ」

 私とハリーの言葉は、少しはネビルの心を助けられたのだろうか。チョコの包みを開いたネビルの顔は、心なしか晴れやかに見えた。

「カヤ、ハリー、ありがとう……僕、もう寝るよ…カードあげる。集めてるんだろう?」

 寝室へ向かうネビルを見送る。「またダンブルドアだ」と、ハリーがカードを裏返す。そして、はっと息を呑んだ。

「見つけたぞ!」
「えっ?」
「フラメルを見つけた!」

 ハリーの手元を、一斉に覗き込む。

「…聞いて……“ダンブルドア教授は特に、1945年、闇の魔法使い、グリンデルバルドを破ったこと、ドラゴンの血液の十二種類の利用法の発見、パートナーであるニコラス・フラメルとの錬金術の共同研究などで有名”…」

 ハーマイオニーが飛び上がった。「ちょっと待ってて!」と叫ぶなり、女子寮へ駆けて行く。今まで見たどのハーマイオニーよりも興奮した様子だ。すぐに戻ってきた彼女の手には、彼女が寝室に置いている古本があった。

「この本で探してみようなんて考えつきもしなかったわ。ちょっと軽い読書をしようと思って、ずいぶん前に図書館から借り出していたの」
「軽い?」
「ロン、うるさい」

 ロンの長い足を軽く蹴飛ばして黙らせ、ハーマイオニーが目当てのページを探すのを見守る。

「これだわ!これよ!」
「もうしゃべってもいいのかな?」
「ニコラス・フラメルは、我々の知る限り、賢者の石の創造に成功した唯一の者!」
「!!」

 “賢者の石”、“ニコラス・フラメル”。どうして気がつかなかったのだろう。“賢者の石”から造り出す“命の水”は、飲めば不老不死になる水だ。

「ね?あの犬はフラメルの“賢者の石”を守っているに違いないわ!フラメルがダンブルドアに保管してくれって頼んだよ」
だって二人は友達だし、フラメルは誰かが石を狙っているのを知ってたのね。
「だからグリンゴッツから石を移して欲しかったんだわ!」
「金を作る石、決して死なないようにする石!スネイプが狙うのも無理ないよ。誰だって欲しいもの」
「それに、『魔法界における最近の進歩に関する研究』に載ってなかったわけだ。だって665歳じゃ厳密には最近と言えないよなぁ」

 三人の会話はどんどん進んでいく。私は一度立ち止まり、これまでの経緯を整理してみる。


 “賢者の石”がホグワーツに移された直後、グリンゴッツで金庫破りがあった。ニコラスは“賢者の石”の保護をダンブルドア先生に頼んだ。だから先生は、ハグリッドから三頭犬のフラッフィーを借り受けた。全部辻褄が合う。真実だと考えていい。次に考えるべきなのは。

(犯人が本当にスネイプ先生なのか、ってことだよね……)

 仮にそうだとして、いささかわかりやす過ぎるのではないか。ハロウィーンの日、本当に先生がトロールをけしかけている間に“賢者の石”を盗もうとしてフラッフィーに阻まれたのだとしたら、脚の怪我を隠すのでは?
 フラフッィーがあそこにいることは、先生たちは全員知っていたはずだ。あらゆる動物を飼育しているハグリッドならば、怪我をしても「動物に噛まれた」と言えば誰もが納得するが、スネイプ先生ではどうしたって怪しまれる。薬品のせいで負傷したとしても、その言い訳が通じるのは手や腕の怪我までだ。
 そして、前回の試合でハリーの箒に呪いをかけたという疑惑。ハグリッドが言うには、強力な闇の魔術でなければ箒に細工はできないとのこと。単純に考えて、この学校で最も闇の魔術に秀でていると考えられるのは、ダンブルドア先生を除けば一人しかいない。奇しくもその人は、ハーマイオニーがスネイプ先生のローブに火をつけてハリーから気を逸らさせた時、私と話していた。あの人も、スネイプ先生と同じタイミングでハリーを見ていなかった…

「カヤはどう思う?」

 ハーマイオニーの声にはっとする。浮かんでは消えていく思考に夢中になって、三人の話を全く聞いていなかった。

「えっと、ごめん、何が……?」
「もう!今度のクディッチのことよ、スネイプが審判をする…」
「……あぁ、そのこと」

 “賢者の石”の話は、とっくに終わったらしい。それもそうか、三人の中では石を盗もうとしているのはスネイプ先生なのだから。グダグダと考えているのは私だけ。そもそも、私の推測はいまいち説得力に欠けている。それに、どちらがより犯人に見えるかと聞かれれば、誰もがスネイプ先生だと答えるだろう。

「もし何かされた時のために、対処できるような呪文を勉強するのはどう?」

 自分の考えを打ち消すように、私はハリーにそう提案した。



 そして、ハッフルパフ対グリフィンドール戦の当日。ハリーを送り出した私たちは、観客席にダンブルドア先生の姿を発見し、大喜びだった。あの人の前では、何人たりともハリーを傷つけることなどできない。

「さぁ、プレイボールだ!……アイタッ!」

 誰かに頭を小突いかれたのか、不意にロンが叫んだ。相手は、マルフォイだった。無論、従者二人連れである。

「あぁ、ごめん。ウィーズリー、気がつかなかったよ」

 私は呆れて目を回した。せっかくハリーの身の安全が一応は確保できたと、安心できると思ったのに。「無視よ、無視」と言うハーマイオニーに従い、無視し続けている間にも、マルフォイの人を嘲る言葉は止まらない。いつもならば食って掛かるロンも、今はハリーを気にして、相手にしていなかった。

「グリフィンドールの選手がどういう風に選ばれたのか知ってるかい?」

 眼下では、ハッフルパフにペナルティー・シュートが与えられたところだった。理由はなく、スネイプ先生によるいつものグリフィンドール虐めだ。

「気の毒な人が選ばれてるんだよ。ポッターは両親がいないし、ウィーズリー一家はお金がないし……ネビル・ロングボトム、君もチームに入るべきだね。脳みそがないから」
「マルフォイ、ぼ、僕、君が十人束になっても敵わないぐらい価値があるんだ」

 真っ赤になりながらも、勇気を振り絞ったネビルの台詞を、マルフォイたちはゲラゲラと嘲笑った。「そうだ、ネビル、もっと言ってやれよ」と、ロンが試合を目で追いかけながらネビルを応援する。

「ロングボトム、もし脳みそが金でできているなら、君はウィーズリーより貧乏だよ。つまり生半可な貧乏じゃないってことだな」
「あなたの理論に従うなら、私もチームに入るべきかしら?」

 ハリー、ロン、ネビル……友達を次から次へと貶すその言い種に我慢ならなくなって、考えるより先に口が動いていた。マルフォイが、驚いたように目を見開く。

「ハリーはご両親がいない、ロンはお金がない、ネビルに脳みそがないなら、私には“純血の誇り”ってものがないわね」
うちはあなたと同じ代々純血だけど、それを振りかざすような人は、一族の中には一人もいない。
「私はグリフィンドールだし、ホグワーツに通った親族に、誇り高いスリザリンに属した人はいないわ。私こそ、あなたの言う“気の毒な人”なんじゃない?」
「君のような人が“最も影響力のある純血の魔法族”なんて、日本の魔法界も落ちたものだな。グリフィンドールに属したばかりか、こんな奴らと付き合って家名を汚すなんて、純血の恥さらしだ」

 薄いグレーの眼差しと、私の眼差しが交差する。侮蔑を含むそれを真正面から睨み返す。あぁ、ダメだ。やはり、この人と私は根本的な思想や価値観が違う。わかり合えるはずがない。血に拘るのは愚か者のすることなのに。だからこそ、マルフォイの侮辱はどうしても聞き逃せない。

「ロン!カヤ!」

 ハーマイオニーが叫んだ。私はマルフォイから目を背ける。

「ハリーが!」
「何?どこ?」
「どうしたの?」

 私たちは身を乗り出した。ハリーが物凄い勢いで、地面に向かって一直線に急降下し始めたのだ。ハーマイオニーは十字に組んだ指を咥え、私は痛い程自分の手を握り締める。

「運がいいぞ。ウィーズリー、ポッターはきっと地面にお金が落ちているのを見つけたのに違いない!」

 ハーマイオニーはマルフォイの嘲笑を聞き流し、私も苛立つ気持ちを抑えて無理矢理無視した。だが、今度はロンの我慢が限界だった。ハリーや自分の家族のことをバカにされ、とうとう堪忍袋の尾が切れたのだ。
 鋭い悲鳴が聞こえて、見ればロンがマルフォイと椅子の下を転がり回っていた。クラッブとゴイルが、ネビルを袋叩きにしている。ハーマイオニーは気づいていない。私はネビルを救出しようと、縺れ合う三人に杖を向けた。だが。 

 ぶっ飛ばされたネビルを受け止めようとして、杖を取り落としてしまった。拾い上げようとするも、それは取っ組み合うロンとマルフォイに巻き込まれ、遠くへ転がっていった。

『…ちょっと、いい加減に……』

 あ、今私日本語で話してる。

 思った瞬間、ガツン!と誰かの肘が顔にぶつかった。そのままいつかのように、私はまた気を失った。