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マルフォイと、成り行きで勉強会の約束を交わした翌日。私は見慣れないふくろうから、一通の手紙を受け取った。封筒に差出人の名前はなかったが、中身を読めばマルフォイからだというのはすぐにわかった。「明日の同じ時間、六階の空き教室」、それだけ書かれた素っ気ない手紙だった。だと言うのに、読んだ瞬間心が弾んだ。理由は単純、嬉しかったからだ。
「話す機会が増えれば、互いをよく知ることができるんじゃないか?」
昨日マルフォイがそう言ったとき、私は自分の耳がおかしくなったのかと思った。私は、マルフォイが思っていたよりずっといい人だと感じたから、彼のことをもっと知りたいと思ったが、正直彼が私に同じ気持ちを持ってくれているとは思いもよらなかったからだ。
純血名家の跡取りという、似たような立場ある私たちだが、マルフォイはそれを誇りとする一方で、私は別にこれといって誇っているわけではないから、嫌われていると思っていた。
そんなマルフォイが、理由はともあれ切っ掛けをくれた。彼のことをよく知り、私のことを彼に知ってもらう切っ掛けだ。それが、私はとても嬉しくて、早く明日にならないかと、その夜はいつもより早くベッドに潜った。
*
そして、次の日。
全ての授業を終えた後、私は一人で六階の廊下を歩いていた。ハリーはクディッチの練習、ハーマイオニーとロンへ図書室で勉強中。私はあれこれ理由をつけて、ここへやって来たのだ。
しかし、六階まで来たのはいいものの、肝心の空き教室がどこなのかさっぱりわからない。パーシーが絶賛していたから、この階のどこかに監督生用の浴場があることはわかっているが、他には何があるのか。つまり、完全な迷子というわけだ。
(もっと、具体的に書いてくれればいいのに…)
ローブから取り出した、情報量の少ない手紙と睨み合う。本人がいれば迷子にならなかったのに、心の中で文句を言いながら歩いていると、何とも言えない臭いが鼻をついた。続いて、前方からその臭いの主が歩いてくるのに気づく。
「こんにちは、クィレル先生」
いつものように吃りながら挨拶を返してくれた先生は、相変わらず顔色が悪い。
「お、お、お一人ですか?いつものさ、三人は……?」
「ハリーはクディッチの練習、ハーマイオニーとロンは図書館です。私は…ちょっと、用があって」
少し意外だった。先生は常に自分の殻に閉じ籠っているから、授業中や質問に応じてくれている時以外では、生徒に興味がないのだろうと勝手に思っていたからだ。私がいつも誰と一緒にいるのか、知っているとは思ってなかった。
…でも、トロール事件のあとも声をかけてくれたし、意外と生徒をよく見て気にかけてくれているのかもしれない。失礼なことを考えていたのを隠すように、私は微笑む。
「そ、そう言えば…クリスマスはご、ご、ご実家にお、お帰りに……?」
脈絡なく尋ねられて一瞬面食らったものの、私はコクコクと首を縦に振った。
「…ご、ご家族とは…ゆ、ゆっくり、す、過ごせましたか?」
「…あ、はい!一緒に住んでる両親や祖父どころか、近場の親戚が押し掛けてきて、大騒ぎでした……」
家族の話題を振られて驚いたけれど、答えているうちに、休暇中の楽しかった出来事を思い出して、そんなことはどうでもよくなった。
“華耶お帰りなさいパーティー”と、毎年行う新年を祝す宴会は今年も賑やかだった。私たち子供たちが、互いの学校の話をする傍ら、大人たちは飲めや歌えやの大騒ぎだった。おかげで大叔父たちに、“例のあの人”のことについてなぜあんなことを言ったのか、問い詰めるタイミングを見つけられないまま帰ってきてしまったが。
「すごく楽しかったです。自分ではそんなつもりはなかったんですけど、いざ帰ってみると、やっぱり寂しかったんだなぁと思って…」
「!……お、お、お祖父様はご、ご存命なんですか…?」
「えっ?」
驚いて、目を瞬く。今、先生は何て言った?私のリスニング力が正しければ、少し失礼…と言うか、何か引っ掛かるような言い方をしなかった……?
怪訝な顔をして先生を見上げると、直ぐに自分の失言──かどうかはわからないが、少なくとも今の発言で私が気分を害したと思ったのだろう──に気づき、先生は慌てて取り繕うように言った。
「す、すみません。そんなつ、つ、つもりは…」
「…いいえ、…」
「フジミヤ、家の…せ、先代はな、な、亡くなったと聞いていたので…」
「……あぁ。先代の当主は祖母だったので。祖母は昨年亡くなりましたけど、祖父は極めて元気ですよ。私が生まれる前から、片足は不自由ですけど…」
その答えに納得した私は、咄嗟に眉間に寄った皺を解すように笑った。
イギリスのマグル界のロイヤルファミリーは、女王がその中心にあるけれど、日本では女性が当主に立つ例は少ない。昔々はごく普通にあったが時代と共に廃れてしまい、200年にも及ぶ鎖国が解かれると、当時の諸外国の風を受け、女性はさらに表舞台から遠ざけられてしまった。マグル界と密接に結び付いてきた魔法界も同じように、女性が男性よりも活躍することは望ましいことではない、とする風潮があった。
とは言え藤宮家は例外で、よほどのことがない限り、当主は先代の嫡子であることが絶対条件。祖母は四兄弟の長女だ。当主の座に就くのは当然だった。
度々話してきた中で思うのは、クィレル先生がとても頭のいい人であるということ。そんな先生ならば、日本の事情を知っていただろう。“藤宮家の先代が亡くなった”というのは、私の父が現当主であることを考えればすぐにわかる。常識で当てはめれば、先代は男性、つまり私の祖父に当たるだろうと考えた訳だ。それで、さっきの質問の意図は説明できる。
「…そ、そうですか……」
だが、自分の推測に納得している私に対して、クィレル先生は謝罪しながらも、どこか落ち着きなく視線をさ迷わせていた。失言──実際はそういうわけではなかったけれども──だったことを、そんなに気にしているのだろうか。理由がわかったから、私は別に気にしていないのだけども…
反応に困って、私は手持ち無沙汰のまま先生を観察する。ふと、違和感を感じた。どうしたんだろう。いつもの先生じゃないみたい。
ふと、胸がざわつく。こんな感覚、ハリーのデビュー戦の時以来。ハーマイオニーと二人でスタンドに戻ろうとした瞬間、背筋を這い回った違和感を思い出した。そう言えば、なんだか今日の先生の目。今気が付いたけれど、どことなく血走っているようにも見える。寝不足か、ストレス……?
「フジミヤ!」
突然聞こえてきた声に振り返ると、マルフォイが大股でこっちに近づいてきていた。歩く度に、ローブが翻って緑の裏地がチラチラと覗いている。
「君は時間も守れないのか。日本とイギリスじゃ、時計の読み方も違うんですかねぇ?」
飛んできた小言にイラッとして、私は青白い顔を睨み付けた。
「私はどんなに遅くても、約束の時間5分前には行動するタイプよ。日本人の時間に対するストイックさ、バカにしないでほしいわ」
鼻を鳴らしたマルフォイは私の隣に立つと、クィレル先生を見上げた。まるでたった今、先生がそこに居ることに気がついたように。先生に対して、なんて失礼な人なの。
「先生、フジミヤに何か?」
高圧的な声に、先生は案の定動揺しながら首を振った。その姿はいつも通りだ。変な感じはもうしない。何だったんだろう、さっきのは。
「では、失礼します」
考え事をしている間に、マルフォイは先生に軽く頭を下げてさっさと行ってしまった。
「私も失礼します!」
急いで先生に頭を下げ、繰り返された謝罪を無理矢理打ち切るようにしてマルフォイの進む方へ向かう。
マルフォイが入ったのは、私が先ほど通り過ぎた教室だった。なるほど、素通りしてしまう程存在感の薄い部屋だ。どういう仕組みなのだろうか。ホグワーツにはこういう、全く理解できない仕組みの部屋が多々ある。この全てを余すところなく把握している人はいるのだろうか。少し気になる。
「場所を指定するなら、もっとちゃんと書いてくれればよかったのに。こんな目立たない教室なんて…さっき、素通りしちゃったじゃない」
「知るか。君が時間通りにこの廊下に来ていれば、ちゃんと連れて来るつもりだった」
「先生と会ったのはたまたまで、私はちゃんと時間通りに居たよ!ちょっとお話ししてただけだよ」
「よくあの先生と話そうと思うな?」
「……あなた、本当に失礼な人ね」
私は肩から下げていた鞄を下ろし、一つの席に腰掛けた。マルフォイも、肩を竦めながら私の前に座る。常に冷笑を貼り付けたその顔は、黙っていれば綺麗な顔をしているのにとても勿体ない。パーキンソンが好きになるのも、同じ女子としてまぁわからなくはない。幼心にイメージする“王子様”そのものだからだ。あくまでも、見た目だけだけど!
「……でも、今日のクィレル先生、何だかおかしくなかった?いつもと様子が違うと言うか…」
「あの人がおかしいのはいつものことだろう」
じろりと睨むが、マルフォイは気にした風もなく私の視線を受け流して、自分の荷物から教科書を取り出した。反論しようと口を開きかけたが、時間もそんなにないのだしと思い直して、私も黙って必要なものを取り出す。
「僕が聞きたいのは、この課題のこの部分だが…君は?」
「私はここよ。この間悩んでいたところ」
互いに指差した先を見る。私の方が質問数が多いが、マルフォイの方が説明に時間がかかる。限られた時間の中で効率的に終わらせるには、私が先に教えてもらう方がいいだろう。そう言うと、マルフォイは「同感だ」と頷いた。
そして、私が生徒、マルフォイが先生として、不思議な成り行きで始まった勉強会が開催された。
マルフォイは、自分で魔法薬学が得意だと豪語するだけあって、とてもわかりやすく教えてくれた。どんな質問も淀みなく答えてくれる様を見る限り、少なくとも魔法薬学だけはハーマイオニーでも越えられないかもしれない。
対して、私の説明はいまいち要領を得なかったような気がする。それでも理解してくれたのは、単純に彼の頭が良いからだ。そもそも、私は理論よりも感覚に頼っているところがある。もちろん理論も理解しているが、私自身が感覚派なので、口で説明するのは難しかった。
「…ごめんなさい」
お互いの疑問点が一段落ついたところで、嫌味が飛んでくるよりも前に、私は先に謝った。
「?…何を謝る?」
「説明が下手だったから。あなたはとてもわかりやすく教えてくれたのに…」
「まぁ、僕は日頃君より遥かに出来の悪いバカに教えているからな」
クラッブとゴイルのことだ。あの二人は一体どうやって日々の勉強を乗り切っているのか疑問だったが、マルフォイのサポートあってのことだったのか。ハリーとロンの面倒を見ている、ハーマイオニーのようだ。
「それに、君の説明は悪くなかった。あれだけ長くてややこしい理論を、あんなに簡潔にまとめられるのはそれだけきちんと理解しているからだろう」
君の変身術がずば抜けていると、マクゴナガルが絶賛する理由がよくわかった。
マルフォイが他人を…しかも私を褒めている。変な感じ。誰がどう見てもピカ一の、ハリーの飛行術は口が裂けても褒めないのに、私の変身術の腕前は褒めてくれるんだ。
「ありがとう!」
嬉しくなった私は、マルフォイににっこり笑みを向ける。
この短い時間で、彼についてわかったことは三つある。本当に魔法薬学が得意なこと、面倒見がいいこと、意外と優しいところもあること。
これから先、もっと同じ時間を過ごせば、もっと見えてくるだろう。私が知らなかった、いや、知ろうとしなかった、彼の良いところ。
(マルフォイは、私の何を知ってくれたんだろう…?)
こちらから目を背け、教科書を読んでいる姿を盗み見る。妙に赤い頬が、チラチラと見えている。医務室で話した時のように、怒りに染まっているという訳でもなさそうなのに。気にはなったが、指摘すれば「何でもない!」と怒る未来が見えるので、私は黙って微笑むだけに止めた。
勉強会は、夕食が始まる時間の少し前まで続き、どちらからともなく次回の約束をした。