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 朝、ふくろう便の時間に夕霧が荷物を運んできた。

『ご苦労様』

 脚から包みを外し、トーストを一欠片与えると、夕霧は嬉しそうに鳴いた。そして甘えるように、頬をすり寄せてくる。

「君のふくろう、君のこと本当に大好きだよね」
「もともと人懐こい子だからね」
「僕が触っても平気かなぁ?」
「えぇ。大丈夫、噛んだりしないわ」
それに、噛まれても大して痛くないわよ。

 ネビルが恐る恐る、夕霧に手を伸ばす。夕霧は一瞬驚いたようだが、すぐにネビルの優しい手つきに安心したようで、気持ち良さそうな顔をした。私は彼らから目を離し、ごそごそと包みを開く。中には一生懸命書いたと思われる椿の字──ひらがなばかりで、字も上手とは言い難い──が踊る、メッセージカードと二つの小箱が入っていた。何とか判読した限り、私が頼んだものを送ってくれたようだ。
 カードだけを抜き取って、小箱をもう一度包み直す。


 ネビルと戯れ終えた夕霧が、最後に私にもう一度すり寄ってから飛び立つと、ハリーが私とハーマイオニーを呼んだ。差し出されたのは、たった一行だけの手紙。ハグリッドからだ。ハグリッドが手に入れたドラゴンの卵が、もうすぐ孵るとのこと。

「ハグリッド、本気で育てる気なの……?」
「家は木製なのにね…」

 ロンは薬草学の授業をサボって、直ぐに小屋に向かおうと提案したが、ハーマイオニーは決して首を縦に振らなかった。私もだ。スプラウト先生の授業は不思議な植物を扱うことが多く、とても面白いから。

「だってハーマイオニー、カヤ、ドラゴンの卵が孵るところなんて、一生に何度も見られると思うかい?」
「授業があるでしょ。さぼったらまた面倒なことになるわよ。……でも、ハグリッドがしていることがバレたら、私たちの面倒とは比べ物にならないぐらい、あの人ひどく困ることになるわ……」
「黙って!」

 突然ハリーが鋭い声を上げ、ロンとハーマイオニーを肘で突いて黙らせた。ハリーの視線の先を追うと、マルフォイが立ち止まっていた。じっと、聞き耳を立てているように見える。ハリーは心配そうに眉をひそめていた。私も気がかりだ。ハーマイオニーとロンの言い争いを聞かれた可能性は高い。確かめることはできないが、探りぐらい入れてみようか。…そうだ、ついでに用事も済ませておこう。

「……あっ、私談話室に忘れ物したみたい!」

 三人の返事を待たず、来た道を引き返す。溢れ返る人たちを交わしながら、目的の人物の後ろ姿を走って追い掛け、その行く手を阻むように回り込んだ。


「ちょっと!待って!」
「!…何だ、いきなり」

 怪訝そうに見下ろす様子は、いつもと変わりない。盗み聞きした後ろめたさのようなものは感じられない。…そんなもの、この人が持ち合わせているとは思えないが。

「これをあなたに渡そうと思って」

 その手に、椿から届いた包みを押しつける。中身は、私たち家族が贔屓にしているお店の和菓子。貴族の家の嫡男であるマルフォイ宛ならば、味はもちろんのこと伝統や格式も重んじるだろうからと、12世紀から続く老舗店の品を選んだのだ。

「お見舞いに来てくれた時、お菓子をくれたでしょう?お母様があなたに送ったものを私が貰ってしまったから、その代わりに是非貰って欲しいの。お菓子よ、日本の」
「っ、…あれは、確かに君の為に用意したものじゃないが、あの時は僕にも少しは非があったし、杖のこともあったから別にお返しされるようなことじゃ…」
「…ないのはわかってるけど、私の気が収まらないから」

 押し返されそうになった包みを、またその手に押しつける。マルフォイは頑なに受け取ろうとしないが、私だってそう簡単に引き下がることはできない。申し訳なく思っていたのも事実だし、杖を拾ってもらったお礼をしたくて、わざわざ日本から取り寄せたのだから。

「味は保証するよ?うちが贔屓にしているお店のだから」
「そういう問題じゃない!…僕には受け取る理由がないと言っているんだ!」
「あるよ。私が「受け取って!」って言ってるもの」
「横暴だ!」
「あなたに横暴だなんだと言われたくないわ」
「なんだと!?」

 互いの手に包みを押しつけ合う私たちの攻防は、それほど長くは続かなかった。重く響く静かな声が、私たちを呼んだからだ。

「ミスター・マルフォイ、ミス・フジミヤ」

 同時に顔を上げた私たちの視界を覆う黒。スネイプ先生だ。自身の寮監の登場に気を取られたのか、マルフォイの手から僅かに力が抜けた。それを好機と見た私は、一際強くマルフォイに小包を押しつける。マルフォイは思わずと言った顔で、受け取ってしまった小包を手にしたまま、スネイプ先生を見上げていた。

「廊下の真ん中で、こんな早朝から喧嘩かね?」
「っ、いいえ、…」
「何でもないです。スネイプ先生」

 どもったマルフォイを横目に、私は微笑を浮かべた。先生の探るような眼差しが、じっと私を見下ろしてくる。この目は苦手だ。何でも見透かしてしまうような目。嘘をついていなくても思わず逸らしたくなるほど、心の奥の奥まで読み取られるような気がする。
 やがて先生の目が、今度はマルフォイに向けられた。マルフォイは挙動不審だが、お気に入りから減点するようなことはよほどのことがない限り有り得ないだろう。この人はそういう人だ。

「……ならば、さっさと教室へ行きたまえ。間もなく授業が始まる」

 案の定、スネイプ先生は特に注意することはなく歩き去った。相手がマルフォイでよかった。これがハリーだったら確実に減点されていただろう。それにしても、先生はなぜ、あんなにもハリーを嫌うのだろうか。

 隣のマルフォイが、ほっと息を吐いた。私は呆れたような目を向ける。

「…なんで何も後ろめたいこともないのにどもったの?先生、怪しんでいたじゃない」
「…う"、…煩いな!僕は君と違って、先生にあんな風に睨まれ慣れてないものでね」
「…つまり、怖かったってこと?」
「怖くないっ!」

 ムキになって噛みついてくるところが余計に怪しい。「何だその目は!」と怒鳴られても、頬が赤いから説得力は皆無だ。

「心臓に剛毛の生えた君と一緒にするな」
「…はいはい」

 私は適当に頷いて、私はマルフォイの手にある小包を再び見下ろした。

「…じゃあ、それ、受け取ったんだからちゃんと食べてね」
「……」
「さっきも言ったけど、味は保証するからね!」

 手の中の箱を、マルフォイはじっと睨み下ろした。黙りこくって、何も言わない。そんなに嫌……?と、少し哀しくなった頃にようやく、「…わかった」と重い口を開けた。下降していた気持ちが上を向く。

「よかった…二つ包みが入ってるいるけど、一つはご家族に。特に、お母様へのお詫びだから」
「わかった」
「あなたのお口に合わなければ、屋敷しもべ妖精にあげると喜ぶわ。…我が家の屋敷しもべ妖精も、すごく好きだから」
「……あぁ。ありがとう…」

 マルフォイの小さな感謝の言葉に苦笑して、私は腕時計に目を落とした。始業時間まで、ほとんど時間がない。マルフォイが素直に受け取ってくれれば、もっと余裕があったのに。少しばかり、恨めしく思う。

「私、もう行くわね」
「……あぁ」

 私はマルフォイに軽く手を振ると、薬草学の教室に向かって全速力で走った。



 途中で追い付いたハーマイオニーたちは、薬草学の教室に着くまでずっと言い争っていたらしい。私が顔を出すと、二人に挟まれていたハリーは安心したように息を吐いた。

「まだ言い争ってるの?」
「…カヤ、やっと来た。助かったよ」

 ハリーは歩みを遅らせて二人の間から抜け出すと、私の隣にやって来た。ハーマイオニーたちは、それに気づいていない。この様子では、私が一度抜けたことにも気づいてなさそうだ。

「もうずっとやってるよ…」
「ごめんね、押しつけちゃって」

 ハリーは困ったように笑った。この二人がよく喧嘩をするのは、今に始まったことではない。私たち四人の友情が出来上がる切っ掛けとなったハロウィーンの夜の出来事も、そもそもはハーマイオニーとロンの喧嘩──と言うか、ロンがハーマイオニーの悪口を言っただけだけれども──が発端だ。

「忘れ物は大丈夫?」
「えぇ、もう平気。ちゃんと取ってきたわ」

 親友に嘘を重ねるのは忍びないが、本当のことを言っても気分が悪くなるだろうし…少なくとも、今この瞬間に言う必要もないだろう。
 それが問題を先送りにする行為だとわかっているが、真実を明かしてハリーたちとギクシャクするのは絶対に嫌だ。ハーマイオニーにならば何とかわかってもらえるかもしれないが、父親の代から対立関係にあるロンは特に嫌がるだろう。それほど、私たちの中でマルフォイのイメージは最悪なのだ。それが間違っていないから、私は否定しない。優しいところがあるのは認めるが、九割は意地悪で性格が悪い。凝り固まった純血主義である点も、私には受け入れられない。環境のせいだから、仕方がないとはわかっているが──。

(いい人だからこそ、いつか自分でそのおかしさに気づいてくれればいいんだけど…)

 そうすればきっと、もっと仲良くなれるのに。

 私とハリーの目の前で散々続いた口論は、授業後の休憩時間に駆けつけるということでやっと落ち着いたため、私とハリーは共にほっとした。


 そして、終業を告げるベルが鳴った途端、私たちは荷物を引っ付かんでハグリッドの小屋へ駆けて行った。

 私たちを出迎えたハグリッドは、押し寄せる興奮で紅潮し、キラキラと輝いてさえ見える。

「もうすぐ出てくるぞ」

 卵はテーブルの上にあり、深い亀裂が見えた。コツン、コツン、と何かが蠢く音がする。私たちは椅子に腰かけてテーブルを囲み、じっと見守った。

 下の大叔父は、ドラゴンの孵化シーンを見たことはあるだろうか。夏休み、ちょうど彼も帰国していたら話してあげよう。上の大叔父も、大叔母も、祖父も両親もきっと驚くだろう。母だけは、『法律違反じゃない!』と非難するだろうが、それでもやっぱり話は聞きたがるはず。

 
──その時は、突然やって来た。卵がぱっくりと割れ、赤ちゃんドラゴンが転がり出てきた。正直、可愛い…とは言い難かった。全体的にしわくちゃで骨張っているし、出目金の如く目が飛び出している。ただ、赤ちゃんがクシュン!とくしゃみをした──鼻から火花が飛び散ったけれども──時だけは、可愛いかもしれないと思った。

「素晴らしく美しいだろう?」

 撫でようとしたハグリッドの指を、ドラゴンは鋭い牙で噛んだけれども、ハグリッドの恍惚とした表情は変わらなかった。

「こりゃすごい、ちゃんとママちゃんがわかるんじゃ!」
「えっ、わかってたら噛まないんじゃ……痛っ!」
「ハグリッド。ノルウェー・リッジバック種ってどのくらいの早さで大きくなるの?」

 素直な感想を口にした瞬間、テーブルの下でハーマイオニーに脚を蹴られてしまい、私は向こう脛を抱えた。ロンとハリーが吹き出して笑っている。「そんなに蹴らなくてもいいじゃない…」と呟いたとき、ハグリッドが弾かれたように立ち上がって、窓辺に駆け寄った。

「どうしたの?」
「カーテンの隙間から誰かが見ておった…子供だ……学校の方へ駆けて行く」
 
 ハリーがハグリッドの隣に並んだ。

「誰だかわかる、ハリー?」

涙目で蹴られた箇所を撫でながら尋ねる。振り向いたハリーの顔は、一気に血の気の引いたハグリッドよりも酷かった。

「……マルフォイだ」

 誰かが息を呑んだ。小屋の中の空気が張り詰める。赤ちゃんドラゴンだけが、呑気にくしゃみをしては火花を散らす。

(やっぱり、盗み聞きしてたのね……)

 ハリーやロンたちが絡まなければ多少はマシだと思うが、やはり私の親友を何とかして貶めようとする性根は許せない。ここへ来たのは、どう考えても私たちを…というより、ハリーとロンに一泡ふかせてやろうという魂胆だろう。
 今頃、ハリーの弱味を握ったことで上機嫌になっているであろうマルフォイを想う。

 私のお小遣いで買ったお菓子だし、返してもらおうかな。

 私の深い溜め息は、他の四人のそれと混じり合い、小屋の中を満たした。