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 マルフォイにバレてしまった以上──バレていなくてもだが──、どうにかしてハグリッドがドラゴンを手放すように説得しなければならい。それが私たちに課された課題だった。しかし。


「外に出せば?自由にしてあげれば?」
「そんなことはできん。こんなにちっちゃいんだ。死んじまう」

 肝心のハグリッドは、全く聞く耳を持とうとしなかった。

「どこが小さいのよ…」

 赤ちゃんドラゴン──“ノーバート”と名付けられた──は、一週間で三倍の大きさに成長していた。ハグリッドはその世話に追われて本来の仕事を疎かにしている。ハグリッドを奪われて拗ねるファングを構いながら、私たちはどうすればハグリッドを説得できるのか頭を悩ませていた。

「ハグリッド、二週間もすれば、ノーバートはこの家ぐらいに大きくなるんだよ。マルフォイがいつダンブルドアに言いつけるかわからないよ」

 ハリーの大声に、私とロンは「そうだ、そうだ」と大きく頷いて見せる。


 マルフォイが何を思ってまだ誰にも告げ口していないのかわからないが、恐らく効果的なタイミングを見計らっているのだと思う。
 例えば、私たちが消灯時間を過ぎてからドラゴンに会いに行っている場面を先生に抑えさせるとか。
 それに、彼が言いつけるのならダンブルドア先生より、スネイプ先生か父親だろう。前者ならまだしも、後者の場合はより面倒なことになる。マルフォイの父親は、ホグワーツの理事を務めているらしい。最悪、校長の監督責任を問い、追い出そうとするかもしれない。事態は、“ハグリッドが法を犯してドラゴンを飼育している”だけで収まらない可能性があるのだ。それをどうすれば、ハグリッドにわかってもらえるだろう。

「そ、そりゃ……俺もずっと飼っておけんぐらいのことはわかっとる。だけんどほっぽり出すなんてことはできん。どうしてもできん」
「カヤの大叔父さんは?魔法動物学者なんだよね?」
「うん。でも、大叔父様は今インドだし、そもそもドラゴンが苦手だから…」
「チャーリー!」

 突如、ハリーがロンに呼び掛けた。

「君も、狂っちゃったのかい。僕はロンだよ。わかるかい?」
「違うよ。チャーリーだ、君のお兄さんのチャーリー。ルーマニアでドラゴンの研究をしている。チャーリーにノーバートを預ければいい。面倒を見て、自然に返してくれるよ」
「名案!ハグリッド、どうだい?」
「私もそれがいいと思う。専門家に任せましょうよ」


 ハグリッドはなかなか頷いてくれなかった。だが、私たちも簡単に引き下がることはできない。これは、暗闇の中に差し込んだ一筋の光なのだ。私たち全員の命運は、ここにかかっている。

 それからしばらく、私たちは必死に説得を続けた。そして、「ノーバートの為よ」という私の渾身の殺し文句を受けて、ハグリッドはようやく、チャーリー・ウィーズリーにふくろうを飛ばすことを承諾してくれた。



 チャーリーからの返事は、その翌週の水曜日の夜に届いた。寝静まった談話室で、ノーバートの餌やりを手伝っていたロン──とうとうドラゴンに噛まれてしまい、手は血だらけだった──が帰ってきたのと同時に、ハリーの白フクロウのヘドウィグが運んできたのだ。
 手紙を要約すると、次の土曜日の真夜中、チャーリーの友人がノーバートを引き取ってくれるとのことだった。これでようやく、法律を犯している現状から脱却できる。

 とは言え、それですぐ解決という訳ではない。チャーリーたちにドラゴンを預けるには、私たちが真夜中にノーバートを連れて行き、一番高い塔で引き渡さなければならないのだ。べらぼうに難易度の高い問題である。

「透明マントがある」

 ハリーはクリスマス、“透明マント”を贈られていた。それは本来はハリーのお父様の物で、贈ってきた誰かが生前預かっていたものを返してくれたのだとか。身につければ完全に透明になれる、夢のようなマントだ。

「できなくはないよ…僕ともう一人とノーバートくらいなら隠せるんじゃないかな?」

 ハリーの提案に、私たちは直ぐに同意した。


 一刻も早く、ドラゴンに悩まされる日々から自由になりたい。


 それが、全員の切なる願いだった。そしてそれはもうすぐ叶う。障害はあるものの、きっと何とかなる。そう思っていたのだが、事態は翌朝には一気に悪化の途を辿った。

 
 ロンの手が、二倍ぐらいの大きさに腫れ上がってしまったのだ。お昼を過ぎる頃には傷口が緑色に変色し、もう隠しておけなかった。
 渋るロンを医務室へ送り出した私たちは、全ての授業が終わるとロンのお見舞いに行った。マルフォイを見習って、ちょっとしたお菓子を持参して。

 ベッドに横たわっていたロンの顔色は、今まで見た中で一番悪かった。だがそれは、痛みのせいだけではないらしい。

「もちろん手の方もちぎれるように痛いけど。マルフォイが来たんだ。あいつ、僕の本を借りたいってマダム・ポンフリーに言って入ってきやがった。僕のことを笑いに来たんだよ」

 嘲笑の刻まれたマルフォイの顔を思い浮かべるのは容易かった。同時に、やっぱり幼稚じゃないの、と思わずにはいられない。なぜ私には比較的まともな態度を取ることができるのに、他の人には無理なのだろう。できないわけじゃないくせに。

「なんに噛まれたか本当のことをマダム・ポンフリーに言いつけるって僕を脅すんだ。僕は犬に噛まれたって言ったんだけど、多分マダム・ポンフリーは信じてないと思う。クディッチの試合の時、殴ったりしなきゃよかった。だから仕返しに僕にこんな仕打ちをするんだ」
「あの時ロンが何もしてなくても、マルフォイは変わらないよ…」
「その通りだよ」
「土曜日の真夜中で全て終わるわよ」

 だが、ハーマイオニーが慰めるようにそう言った途端、いっそうロンの顔が青ざめた。最早青を通り越して白くなっている。「土曜零時!」と叫んだ声は掠れていた。

「あぁ、どうしよう……大変だ…今、思い出した……チャーリーの手紙をあの本に挟んだままだ。僕たちがノーバートを処分しようとしてることがマルフォイに知れてしまう」


 終わった。


 全員の頭に浮かんだ文字は、きっと同じだったろう。奇しくも、私の予感は当たってしまったのだ。マルフォイは間違いなく、消灯時間を過ぎた真夜中に、私たちがドラゴンを連れてウロウロしている場面を先生たちに発見させようとするつもりなのだろう。


 マダム・ポンフリーによって医務室を追い出された私たちは、自分のせいだと半泣きになっているロンを気遣う余裕もないまま、どうするべきかをすぐさま話し合った。

「今更計画は変えられないよ」

 しかし、ハリーの言う通りだ。もともとリスクの高い計画。マルフォイに知られたことによって、最早破綻したと言っていい。だが、この土壇場でどうすることもできない。チャーリーに変更の手紙は送れないし、土曜日はもう二日後に迫っているのだ。

「それにこっちには透明マントがあるってこと、マルフォイはまだ知らないし」
「確かに。可能性はゼロじゃないわね」

 完遂できるか否かは別として、とにかく計画の内容をハグリッドに話さなければならない。急いでハグリッドの小屋に向かうと、ファングが外で座り込んでいて。尻尾には包帯が巻かれている。可哀想に、ノーバートによって負傷させられたのだろう。大きな体に似合わず、臆病で優しい子なのに。労るように撫でると、ファングは涎を垂らしながらすり寄ってきた。

「中には入れてやれない」

 窓越しに顔を合わせたハグリッドは、熱に耐えるようにフウフウと荒い呼吸を繰り返していた。開いた窓から流れ出た熱風から察するに、ノーバートが火を噴き出しているのだと思う。
「暑かったでしょう?」と囁くと、ファングは全くだと言わんばかりに鼻を鳴らした。今度、ファングでも食べられるお菓子を持ってこよう。

「ノーバートは難しい時期でな……いや、決して俺の手に負えないほどではないぞ」

 土曜日の計画について話すと、ハグリッドは目に涙を浮かべた。それほどまでにノーバートを可愛がっているんだ…と呆れ半分、感動半分の眼差しを向けたが、途端にハグリッドが悲鳴を上げたので、それはすぐに引っ込めた。ハグリッドの涙の原因の半分以上は、ノーバートが脚に噛みついたせいだったのかもしれない。

「大丈夫?」
「いや、俺は大丈夫。ちょいとブーツを噛んだだけだ……ジャレてるんだ……だって、まだ赤ん坊だからな」

 ハグリッド曰く赤ん坊・・・のノーバートの尻尾が壁を叩いた。窓ガラスがガタガタと揺れる。小屋が壊れるのもそう遠くない未来のことのようだ。学校に戻りながら、染々と思った。

「ハグリッド…あんなに可愛がっているけど、ちゃんと土曜日にはお別れできるかな?」
「してもらわないと困るよ……何の為に僕らが規則を破ろうとしてるんだか…」
「でも、カヤの心配も尤もだわ。私たちにはちょっと理解できないけど、ハグリッドにとっては我が子のようなものなのよ」

 理解不能、と言った顔でハリーがちらりとハグリッドの小屋を振り返る。今しがた、また叫び声が聞こえた気がしたのだ。今度は反対の脚を噛まれたのかもしれない。

「土曜日のことだけど、マントには二人しか入らないから、君とハーマイオニーのどちらかしか一緒に行けないんだけど…」
「「私が行く」」

 私とハーマイオニーの声が重なった。私たちは、互いの顔を見つめる。

「私が行くわ、ハーマイオニー」
「いいえ、カヤ。私が行く」
「別にいいけど、何でそんなに行きたいの…?」

 ハリーの呟きを無視して、私たちは真剣な顔つきで見つめ合う。

「ハーマイオニー、あなたはハロウィーンのトロール騒ぎで一度減点されているでしょう?私は一度もされてないから、最悪バレても初犯だわ」
「バレたら減点は当然として、家族に手紙を出されるかもしれないわ。私の親もハリーの親戚もマグルだから何を言われても問題もないけど、あなたのご家族は違うでしょう?こっぴどく怒られるかもしれないわ」
「そんな小さなことで、お父様たちは怒ったりしないわ。上の大叔父は、ピーブズと張り合う問題児だったし…」
「えっ、君の大叔父さん、とんでもないね?」

 ハリーの間の手を無視して、私は言い募る。

「何より、ハーマイオニーは前にハリーたちとフラッフィーと遭遇してるじゃない。トロールの時だって、私は気絶しちゃったし……私も、みんなと一緒がよかったのに…」

 その言葉に、ハリーとハーマイオニーは目を丸くして立ち止まった。私も二人の少し先で、歩みを止めた。

…言ってしまった。だが、これが本音なのだ。

 ハリーとロン、ハーマイオニーがフラッフィーと遭遇したあの夜、私は体調不良でさっさと眠っていたから一緒にいなかった。トロール事件の時も、途中で気を失ってしまったから、三人が先生たちの追求を受けた場面も知らない。

 つまり、私は三人が力を合わせて乗り越えた出来事に、毎度居合わせていなかったのだ。自分の間の悪さが原因なのだが、いつも事後報告ばかりで、何だか私だけ除け者にされてしまっている感が否めなかった。こんなことを言うと、とても子供っぽく思われるだろうから、今まで言わなかったけど。

「……もしかして、カヤ…拗ねてるの?」

 そう問うハリーの声には、少しばかりの戸惑いとからかいが含まれている。開き直った私は、自分でもわかるくらい赤くなった顔を向けた。

「そうよ!悪い?」

 せっかく仲良くなった四人組なのに、私だけ経験してないことが多いのはズルい。彼らが、決して自ら冒険を求めていないことは百も承知だけど、私だってどんな時でもみんなと一緒がいい。友達なのだから、危ないことも苦しいことも一緒に乗り越えたい。

「全然悪くないっ!」

 ハーマイオニーがガバッと抱きついてくる。ハリーも、心なしか口元が緩んでいた。

「僕ら、君を除け者だなんて思ったことないよ」
「当然よ。親友じゃない、私たち」

 わかっている、みんながそんなこと思ってないことは。でも、はっきり口に出して言ってもらえるととても安心する。心のどこかで、ずっと羨ましかったから。

「じゃあ、私がハリーと一緒に行ってもいい?」
「ダメよ。それはそれ、これはこれ」

 しかし、ハーマイオニーは絆されてはくれなかった。あまりにも頑なに私の提案を拒むので、結局はまた私が折れ──「いざというときは、私の方が機転が利くわ」と言われてしまえば、返す言葉がなかった──、ノーバートを運ぶのはハリーとハーマイオニーの役割になった。




 そして土曜日の夜、談話室で二人の帰りを待っていた私にもたらされたのは、ハリーとハーマイオニー、ネビル、そしてマルフォイの四人が、真夜中の廊下でマクゴナガル先生に見つかり、一人50点の減点を食らった、という衝撃のニュースだった。