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 ハリーとハーマイオニー、ネビル、そしてマルフォイに課せられた罰則の日がやって来た。

 朝からマクゴナガル先生の手紙を受け取った四人は、ここ最近取り戻した笑みを僅かに曇らせたが、神妙に処罰を受ける覚悟を固めたようだ。

 そして、夜11時。三人が揃ってグリフィンドール塔から出ていくのを見送り、私とロンは無人の談話室で仲間たちの帰りを待つことにした。本来ならば、私とロンも処罰されていたはずなのだ。ドラゴンをチャーリーの仲間に引き渡す計画には、ロンはもちろん私も一枚噛んでいた。ロンがノーバートに噛まれなけれは、透明マントにもっとゆとりがあれば、私たちは四人で行動していたはず。ハリーとハーマイオニーだけが捕まったのは不運としか言えないし、ネビルに至ってはただ善意で行動してくれただけだ。
 だから私たちは、罪滅ぼしの意味を込めて仲間たちを待つことにしたのだ。


「こんな時間から罰則なんて、一体何をさせられるんだろう?しかも、フィルチと一緒なんて!」
「書き取りとか、お掃除とかかと思っていたけど、それだったらこの時間から始める必要ないものね……」

 罰則を受けたことがないのでよく知らないけれど、罰則常連者のウィーズリーの双子たちから、罰則の多くは書き取りや教室や備品の掃除が多いと聞いていたのに、どううやら今回は違うらしい。

「フレッドもジョージも、夜11時から始まる罰則があるなんて、一言も言わなかったわ」
「僕も聞いたことないよ!…まぁ、あったとしても二人が言わなかった可能性の方が高いけど」
僕やパーシーに話せば、すぐママに伝わってしまうもの。
「そうなったら、何発もママの雷が落ちたはずさ」
「……お父様は怒ったりしないの?」
「めったに怒らないよ。ママがとっても怒るから、パパはその分優しくしてくれるんだ」

 マルフォイのところとは真逆なんだ。

 私はロンから目を離し、今頃ハリーたちと一緒にいるだろう友人に思いを巡らせる。

 彼らは大丈夫だろうか。マルフォイのことだ、罰則中にも関わらずハリーに突っかかったり、ネビルをからかったりする可能性がないとも言い切れない。きっと本心では、罰則を受けなければならなくなった事態を恥じているだろうから、羞恥心から目を逸らすために誰かを攻撃していそうだ。

(…うわ…絶対にやってそう)

 特にネビルに。最悪だな。可哀想なネビル。

「君の家族は?どんな人たち?」

 ロンの問いの答えを考えながら、そう言えばロンと二人だけで話すのは初めてかもしれないと、今更ながらに思った。いつも私の傍にはハーマイオニーがいて、ロンの傍にはハリーがいたからだ。

「おじい様は厳しかったけど、お父様やお母様が怒ることなんて、めったにないわ。口煩くもないし…おばあ様も怒ったところなんて見たことない」
「そうなの?…じゃあ、君の、そのたまにアグレッシブな性格は誰に似たの?」
「ハグリッド曰く、上の大叔父様じゃないかな」

 クリスマス休暇で聞いた、大叔父たちが学生時代、ハグリッドをからかったスリザリン生に仕掛けた悪戯──というか最早事件と言える──を話すと、案の定ロンはドン引きした。

「……ごめん、想像以上の内容に引いた」
「大丈夫、私も引いたから」
「うちの兄貴たちも、さすがにそんなことしないと思う…」
「だと思うわ。二人の悪戯は、誰かを傷つけるようなものじゃないもの。大叔父様たちは、いくらなんでもやり過ぎよ。悪意があるわ」
「けど、大叔父さんたちがそんなことをしたのはハグリッドの為だろう?悪意があったのは、そもそもハグリッドを侮辱したスリザリンの方だよ」

 自分のことのように腹立たしげに言い放ったロンに、私は同意しつつも、それ以上は何も言えなかった。

 卑劣な態度を取る人間に対して、“スリザリンだから”というレッテルを貼るのは正しくない。そういった行いをするのはその人の人間性の問題だし、環境のせいだ。親がそういう人間なら、子も同じように育つのだから。
 スリザリンに人を見下した態度がデフォルトの人間が多いことは否定できない。マルフォイは言わずもがな、クラッブやゴイル、パーキンソンなど。数え上げればきりがない。まともな人を探す方が難しいだろう。 “純血”であること、だからこそ“貴族”と呼ばれることに一体どれほどの価値があるのか、私にはさっぱりわからないし、わかりたくもないが。

「そうか…君の大叔父さん、フレッドやジョージみたいな人なんだね」
「そうね。多分、在学中はあの二人みたいに、先生たちの手を焼かせたに違いないわ」
「君が意外と喧嘩っ早いのは、遺伝だったわけだ」
「ちよっと!」

 ケラケラと笑うその顔に、私は抱えていたクッションを叩きつけた。

「ほら!そういうところ!」
「ロンが悪いんじゃない!」
「何回でも聞くけど、君本当にお嬢様なんだよね?」
「そうだよ!自分で言うのもなんだけど、マルフォイの家にも負けてないよ!」

 時間帯も忘れ、ぎゃあぎゃあと二人で喚いていると、男子寮から出てきたパーシーに「今何時だと思っているんだ!」と怒られた。

「さっさと寝ろ!」

 充血した目を怒らせて、パーシーは鼻息荒く戻っていった。

「……ロンのせいで怒られちゃったじゃない」
「カヤのせいだよ」

 ロンは、パーシーにひっぱたかれた頭を擦った。また口論に発展しそうになったが、もう一度怒鳴られるのは嫌なので、互いに渋々口を閉ざす。
 5年生のパーシーは、O.W.L試験を控えているため、ここ最近いつもピリピリしている。今だって、遅くまで勉強していたのだろう。これ以上パーシーにストレスをかければ、きっと胃に穴が開く。

「パーシーは就職先に魔法省を考えているから、かなり好成績を取らないといけないんだろうなぁ…」
「そうだね。特に国際魔法協力部は、単純な地頭の良さだけじゃなくて、語学力とか色々必要そうだものね」
「そう言えば、君の親戚と手紙のやり取りをしてるんだって?」

 私は「そんなに頻度は多くないでしょうけど」と言いつつ、肯定した。

「海外の魔法使い…特に、アジアの魔法使いと接触する機会なんてなかなかないし、私の親戚も「今から進路のことを見据えて賢い子だ!」って、パーシーのこと気に入ってるみたいだからね」
「らしいね。その人から貰ったクリスマスプレゼントのおかげで、まだ見ぬ日本の虜だよ」
「ふふっ。でも、ロンもクリスマスに送ったお菓子、気に入ってくれたでしょう?」
「もちろん。あれは絶品だったよ」

 私は、ウィーズリー家の四人にお菓子をプレゼントしたが、従兄伯父はスノードームをプレゼントしていた。魔法界・マグル界問わず、日本の観光名所が日毎入れ替わりで出現する代物だ。一度パーシーに見せてもらった時、裏面に刻まれた店の名前──高級店だった!──を見て、不躾ながらも値段を想像してしまい、内心仰天したことは記憶に新しい。

「パーシーもだろうけど、僕もいつか日本に行ってみたいよ」
「もしあなたたちが日本に来てくれたら、是非案内したいわ。家にも泊まって欲しい」
「うっわー…君の家、とんでもなく広くて豪華なんだろうなぁ」

 さっきまでの言い合いも忘れて、日本のどこに行きたいとか、どんな食べ物が食べたいとか、机にかじりついているであろうパーシーを邪魔しないように、私たちは声を落として語り合った。

 そしてそのまま、気づいたら私達は揃って眠ってしまっていた。



 誰かに肩を強く揺さぶられたのと、ロンの「クディッチ!」だの「ファウル!」だのという叫び声が聞こえたのは、ほぼ同時だった。目を開けると、ハーマイオニーが私の、ハリーがロンの前に立っている。罰則が終わって、たった今帰ってきたところのようだ。私はソファーの背もたれに委ねていた上体を起こし、なぜか異常なまでに震え上がっている二人を見つめた。

 ハリーは落ち着きを失い、暖炉の前を往き来しながら早口で、禁じられた森の中での出来事を捲し立てた。それを聞くうちに、私とロンから一気に眠気が吹き飛んだ。

「スネイプはヴォルデモートのためにあの石が欲しかったんだ……ヴォルデモートは森の中で待っているんだ……僕たち、今までずっと、スネイプはお金のためにあの石が欲しいんだと思っていた……」
「その名前を言うのはやめてくれ!」
「ハリー…できれば私も聞きたくない…」

 しかし、ハリーには私とロンの訴えは届かない。マグルの世界で育ったハリーとハーマイオニーにはわからないだろうし、ハリーにとっては両親の仇だから、きっと恐怖よりも憎悪の方が強いのかもしれない。でも、私たちのように魔法界で育った人間にとって、彼の名前は悪い意味で特別なのだ。

 “例のあの人”の全盛期、イギリス魔法界は地獄だったと聞いている。その名前は、あの時代を象徴する名前だ。口にすることさえ憚れるモノなのだ。日本でも彼の名前は恐怖の象徴と考えられている。直接脅かされていたイギリスの魔法族にとっては言うまでもない。

「フィレンツェは僕を助けてくれた。だけどそれはいけないことだったんだ……ベインがものすごく怒っていた……惑星が起こるべきことを予言しているのに、それに干渉するなって言ってた……」
惑星はヴォルデモートが戻ってくると予言しているんだ。
「ヴォルデモートが僕を殺すなら、それをフィレンツェが止めるのはいけないって、ベインはそう思ったんだ……僕が殺されることも星が予言してたんだ」
「頼むからその名前を言わないで!」

 震えるロンの腕を、私はぎゅっと握った。

 大丈夫、落ち着いて。

 恐怖に浮かされたブルーの瞳を見つめる。私だって怖い。でも、きっとロンの方が怯えている。ロン自身が体験していなくても、ロンの家族はその時代の真っ只中にいたのだ、よく話も聞かされていたことだろう。身内に犠牲者がいないとも限らない。脅えるのは当然だ。

「それじゃ、僕はスネイプが石を盗むのをただ待ってればいいんだ」

 ハリーはぶつぶつ呟いている。ハーマイオニーの顔はひきつっていた。かく言う私の顔も強張っているだろう。
 “例のあの人”が、学校からあんなにも近い森のどこかに潜んでいる。まだ赤ん坊だったハリーに敗れ、破滅したかに思われた闇の魔法使い。あの人が“賢者の石”を使って力を取り戻せば、話に聞くあの闇の時代が戻ってくる。イギリスも当然、そして日本も安全ではなくなる。そして何より、私の大事な親友の一人が殺されてしまうのだから。


『“例のあの人”は、『完全に消え去った』という人もいるが…私は、あいつはいずれ必ず戻ってくると思う』


 クリスマス休暇、日本で交わした大叔父たちとの会話が蘇る。見たこともないぐらい硬い声と、硬い表情だった。

『ヴォルデモート卿が復活する可能性はゼロじゃない。いつ戻ってきたとしても不思議じゃないんだ』

 あぁ、大叔父の言うことは正しかったのだ。“あの人”は、消え去ってなどいなかった。ユニコーンの生き血や、“賢者の石”が必要なほど弱ってはいるものの、確かにあの森のどこかに潜んでいる。力を取り戻そうと魔の手を伸ばしている。蘇った“あの人”は、一体何をするだろうか。…考えるまでもない。

(ハリーを殺すつもりだ)

 10年前の悪夢の夜、ハリーを殺そうとして敗れたのだから、当初の目的通り再びハリーの命を狙うだろう。

 そう考えると、体の芯が冷えていくような気がした。ぶるぶると寒気を感じる。ハリーの震えが伝染したようだ。ハーマイオニーも恐怖に飲み込まれてはいたが、なんとかハリーを慰めようと、押し寄せる恐怖を振り払うように気丈な声で言った。

「ハリー、ダンブルドアは“あの人”が唯一恐れている人だって、みんなが言ってるじゃない」
「…確かに……私の家族も言ってた。ダンブルドア先生がいるから、全盛期の“あの人”もここには手を出さなかった、って……」

 ハーマイオニーの言葉に、大叔父たちとの会話をもう一度思い返す。そうだ、二人も言っていたじゃないか。“例のあの人”は、アルバス・ダンブルドアを…世界で最も偉大な魔法使いを恐れていると。だから、大丈夫。

 私は自分にそう言い聞かせ、自らの恐れを押さえ込む。一番怖いのは、ハリーなのだ。私が過剰に恐れてはいけない。少なくとも、ここにいる間は大丈夫なのだから。

「ダンブルドアが傍にいる限り、“あの人”はあなたに指一本触れることはできないわ」
それに、ケンタウルスが正しいなんて誰が言った?
「私には占いみたいなものに思えるわ。マクゴナガル先生が仰ったでしょう。占いは魔法の中でも、とっても不正確な分野だって」


 話し込んでいるうちに、東の空が少しずつ白み始めた。夜の闇が、西へ追いやられていく。それを見た私たちは、とにかく一度ベッドに戻ることにした。
 私はハーマイオニーと共にこっそりと寝室に入り、それぞれのベッドに身を横たえた。震えが止まらなかったのは、きっと寒さのせいだけではなかった