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誰かに肩を強く揺さぶられた衝撃で、私は束の間の微睡みから目覚めた。
「カヤ、もう5分で到着よ」
唇の端から溢れそうになっていた涎を拭う。ハーマイオニーの呆れたような視線から逃げるように、向かいの空いた席に座っていたネビルに目を向けた。「トレバーは?」と聞こうと口を開きかけたが、青い顔を見るにペット発見には至っていないことに気づき、思い止まった。誰かの荷物に紛れ込んでしまったのだろうか。
ゆっくりと列車が速度を落とし始め、やがて完全に停車した。荷物は置いていくとのことで、私は夕霧を籠に入れて別れを告げ、三人で列車から降りた。
「イッチ年生はこっち!」という大きな声に導かれ、暗いプラットホームを歩く。今まで見たこともないくらい大きくて、黒いもじゃもじゃの髪と髭の男の人が、ランプを揺らして私たちを見下ろしていた。
大男は恐ろしげな風貌に反して、とても優しそうな目をしていた。きっと、優しい人なのだろう。そう思うと、荒々しい容姿も気にならない。
「さぁ、ついてこいよ。あとイッチ年生はいないかな?足元に気をつけろ。いいか!イッチ年生、ついてこい!」
誘導された道は狭くて険しくて、足を取られまいとした私は黙々と歩く。気づけば、ハーマイオニーとネビルと離れてしまっていた。
せっかく仲良くなったハーマイオニーと、ネビルと離れてしまうなんて。
突然不安と心細さが込み上げてくる。ずっとコンパートメントに居たから、見知った顔が一つもない。俯いて、ぎゅっと自分の手を握り締める。
「みんな、ホグワーツがまもなく見えるぞ」
「この角を曲がったらだ」と、大男が言った。顔を上げると、小道が開けたその先に大きな湖があった。向こう岸にそびえた高い山の上に、壮大なお城が立っている。大小さまざまな塔が並び、窓には星空が浮かんでいた。あれが、ホグワーツ。おばあ様が過ごした学舎。
その美しい光景を前にすれば、さっきまでの寂しさが少し和らいだような気がした。
「4人ずつボートに乗って!」
岸辺の小舟に乗って、ホグワーツに向かうらしい。前の人が順番に乗り込んでいくのに従って、私も空いているボートに乗ろうとした。そこには、男の子が三人――うち二人はとても体格がいいし、お菓子を貪っている――乗っていた。少し躊躇った時、もう一人の男の子が、そんな私に気づいて手を差し出してくれた。
一瞬面食らったものの、好意を無下にすること程失礼なものはないと思い、素直にその手に自分の手を重ねる。
「ありがとう」
「女性をエスコートするのは、男として当然だ」
…王子様だ。ここに、プラチナブロンドの王子様がいる!
そわそわしたままその隣に腰を下ろすと同時に、大男の掛け声で小舟が一斉に進み始めた。誰も口を開かなかったので、私も無言でどんどん近づくホグワーツを見つめていた。祖母はここで、どんな気持ちでボートに乗っていたのだろう。不安と期待がごちゃまぜになった、今の私のような心境だったのだろうか。
「頭、下げぇー!」
また、大男が叫んだ。言われた通り頭を屈めると、船は蔦のカーテンを潜ってトンネルを通り、地下の船着き場に到着した。再び差し出された手をありがたく借り――今度はお礼を言っても鼻を鳴らされただけだったが、きっと彼なりの照れ隠しだろうと思う――、軽く会釈をして彼らから離れた。ちょうど、ハーマイオニーたちを見つけたのだ。
「カヤ!急に姿が見えなくなったから、どこへ行ったのかと…」
「ごめんね。気づいたら押し流されちゃってて…」
「ホイ、おまえさん!」
「迷子になってなくてよかった」というネビルの台詞に重なるように、大男の声がした。ボートを見回っていた彼の大きな手には、一匹のヒキガエルが乗ってる。ネビルは歓声を上げた。私たちもほっとして息をつく。大事なペットが見つかって本当によかった。ネビルの背中を軽く叩く。
「二人とも、本当にありがとう」
「いいのよ、気にしないで」
「私は何もしてないよ。ちゃんとボートに乗り込んだトレバーは賢いね」
草むらの奥の石段を登った先に、樫の木でできた巨大な扉が姿を現した。大男が、三回扉を叩く。開いた扉の向こうにいたのは、背の高い黒髪の魔女だった。
「マクゴナガル教授、イッチ年生の皆さんです」
「ご苦労様、ハグリッド。ここからは私が預かりましょう」
二人の会話から、魔女はマクゴナガル先生――ホグワーツの副校長の名前だ――、大男はハグリッドという名前であることが判明した。副校長は見る限り、厳格そうな人だ。
私たちはハグリッドと別れ、マクゴナガル先生に従った。石畳のホールを通り過ぎて、空いた小部屋に押し込められる。
「ホグワーツ入学おめでとう」
新入生が全員が小部屋に収まると、先生は私たちを振り返った。凛とした声が、静かに辺りに満ちていく。
「新入生の歓迎会がまもなく始まりますが、大広間の席につく前に、皆さんが入る寮を決めなくてはなりません」
寮の組分けはとても大事な儀式です。
「ホグワーツにいる間、寮生が学校でのみなさんの家族のようなものです。教室でも寮生と一緒に勉強し、寝るのも寮、自由時間は寮の談話室で過ごすことになります」
先生の話を聞きながら、そう言えば組分けについて、祖母も大叔父たちも何も言わなかったなと思った。大したものではないから言わなかったのだろうか。そうであって欲しいと思う。
マクゴナガル先生が、「待っている間、できるだけ身なりを整えておきなさい」と小部屋を出て行った後、私たちの間には動揺が広まっていた。話し声は小さかったが、誰も彼もが一体これから自分たちは何をしなければならないのだろうと訝っていたし、ハーマイオニーはぶつぶつと何やら呪文を唱えていた。きっと、教科書を読んで覚えた呪文に違いない。それを見ているうちに緊張が伝染したのか、握り合わせていた手が震え始めた。
組分け自体は、きっと何てことないはず。もし本当に何かの試験だったのなら、家族の誰かが教えてくれたはずだ。そう繰り返し、頭の中で自分に言い聞かせてみても、緊張は収まりそうにない。
先生が出て行ったドアを睨むように見つめ緊張を耐えていると、不意に後ろから悲鳴が聞こえてきた。ぎょっとして振り向けば、後ろの壁から20人近いゴーストが現れたのである。透き通った彼らは滑るように部屋を横切り、真剣な面持ちで話し合っている。息を呑んだハーマイオニーが、私の腕を掴んでくる。ネビルは限界まで目を見開いていた。
「もう許して忘れなされ。彼にもう一度だけチャンスを与えましょうぞ」
「修道士さん。ピーブズには、あいつにとって十分過ぎるくらいのチャンスをやったじゃないか」
ホグワーツにゴーストがいるのは知っていたが、こんなにも沢山いたなんて。それに、“ピーブズ”という名前にも聞き覚えがある。大叔父並みに悪戯好きなポルターガイストだとか。
「さぁ行きますよ。組分け儀式がまもなく始まります」
さぁ、一列になって。ついてきてください。
ゴーストたちと入れ替わるように、マクゴナガル先生が戻ってきた。私はハーマイオニーとネビルの間に並び、ゴーストの登場で多少和らいだ緊張感をもて余しながら歩いた。
先生に連れられて入った大広間は、今まで見たどんな空間よりも美しくて言葉が出てこない。果てしなく高い天井は、星屑の煌めく夜空そのもので、何千もの蝋燭が浮かんでいる。50年前、初めてこの天井を見上げた祖母は何を考えただろうか。
四つの長テーブルには、すでに在校生たちが座っていた。上座のテーブルに揃っているのは、ここの先生たちだろう。マクゴナガル先生は私たちを上座の前に、在校生の方へ顔を向けて一列に並ばせた。隣から、緊張が限界に達したらしいネビルの呻き声が聞こえる。
先生は私たちの前に四本足のスツールを置き、その上にとんがり帽子をのせた。つぎはぎだらけの、ボロボロの帽子だ。正直、とても汚ならしい。だが、それはただ見かけで判断しただけの浅はかな考えだったと、すぐに気づかされた。大広間のざわめきが静まり返ると、帽子が動いて歌い始めたのだ。破れ目が口のようにパクパクと、言葉を紡ぎ出す。
(組分け帽子……これを被るだけでいいんだ…)
同じく帽子の意図を察したハーマイオニーと目が合う。やはり、試験でも何でもなかった。道理で誰も何も言わないはずだ。帽子を被るだけなら、何を言う必要があったろう。
――…と、歌が終わった。割れんばかりの拍手を受け、各テーブルに深々とお辞儀をして帽子は沈黙した。
「ABC順に名前を呼ばれたら、帽子を被って椅子に座り、組分けを受けてください」
マクゴナガル先生が羊皮紙に目を走らせ、「アボット・ハンナ!」と叫んだ。金髪のお下げの少女が進み出る。帽子を被り、椅子に座る。沈黙。そして。
「ハッフルパフ!」
帽子が、大広間の隅々にまで行き渡る程の大声で叫んだ。右手のテーブルから歓声と拍手が沸き上がり、ハンナを迎え入れた。なるほど、こうやって組分けするのか。
「ボーンズ・スーザン!」
マクゴナガル先生の声は、次の生徒の名前を呼び上げていた。スーザンはハッフルパフだった。次に呼ばれたテリー・ブートはレイブンクロー、マンディ・ブロックルハーストも同じく、ラベンダー・ブラウンはグリフィンドール…
組分けは着々と進んでいく。遂に、ハーマイオニーが呼ばれた。小走りで椅子に座った彼女が、帽子を深々と被る。ハーマイオニーはどこに組分けされるだろう。頭が良いからレイブンクローだろうか。いや、知り合って間もないネビルと一緒にトレバーを探してあげる心根は、グリフィンドールの持つ騎士道に則っているのではないか。また、沈黙。その後。
「グリフィンドール!」
私の予感は当たった。ハーマイオニーが嬉しそうに、グリフィンドールのテーブルに駆けていく。視線が絡むと、可愛らしくウィンクが飛んできた。少し勇気が湧く。
次に呼ばれたのはネビルだった。椅子に向かう途中で転ぶという、ちょっとした騒動はあったものの、帽子は熟考した後にネビルをグリフィンドールに組分けた。
列車で知り合った二人がグリフィンドールになった。さぁ、私はどうなるのだろう。
ぎゅっと唇を噛む。ボートで相乗りしたブロンドの彼――ドラコ・マルフォイ――が、スリザリンに選ばれたところだった。
「フジミヤ・カヤ!」
私の名前が呼ばれると、大広間が少しざわめいた。明らかに欧米圏でない名前と、ファミリーネームがもたらす弊害だろう。私は息を吸い込んで前に出ると、帽子を深く被った。
「…おやおや。フジミヤ家の娘かね」
頭の中を、低い声が駆け巡った。帽子の声だ。
「ふむ…頭も良し、才能もある。フジミヤ家の子はみんなそうだった。……それに、君はお祖母さんに似て優しい子だ」
そう、祖母はとても優しかった。憧れだった。祖母のようになりたいと、昔から思っていた。
「…なるほど。お祖母さんのようになりたいのかね。…ふむ。ならばハッフルパフか?…、いや…少し違うな。…勇気を秘めた君には、もっと相応しいところがある」
勇気?そんなもの、私にあるの?苦手なものが沢山ある私に?
「君の勇気は、今君が思い浮かべているそれとは少し違う。真実に立ち向かうことのできる勇気だ。どれほど辛いことであっても、君は決して逃げないだろう」
そしてそれは、いつか君や周囲の人を助けるはずだ。
「…さて、よろしい。勇気と優しさを兼ね備えた君は、やはり、グリフィンドール!」
帽子の大声と、拍手と歓声。帽子を脱いだ私に手を振るハーマイオニーとネビル、そしてグリフィンドール生。笑みを浮かべて彼らの元へ向かいながら、考える。
帽子が口にした、勇気。祖母に似ている私を、ハッフルパフではなくグリフィンドールに組分けした程の勇気が、本当に私の中にあるのだろうか。普通のとは違う…それは一体どういう意味なのだろう?