598話 2年後


「はぁー……2年ぶりの、シャボンディ諸島!」

 相変わらず、新世界を目指して世界中から集った海賊で賑わっている。観光地であるシャボンディパークがある方は、やはり観光客でいっぱいだ。久々の都会にウキウキ買い物に興じたいところだけど、また変な輩に絡まれても嫌なので──すでに上陸してから何度も(海賊に)ナンパされたけど、何度断ってもしつこく絡んでくるからボコボコにしてきた──、取り敢えず大人しくシャッキーさんのお店に顔を出した方がいいだろう。みんなを探し回るより、シャッキーさんにサニー号の場所を聞いて、そこに行った方が確実だろうし。…そう言えば、この2年間サニー号はどうしていたのだろう。レイリーさんがコーティングしてくれてるから、無事だとは思うけど…

 私は島——私が2年を過ごした島は、武術の先生の故郷、すなわち先生から教わった剣術の発祥地である島だ——を出る時に、島のみんなにもたせてもらったリュックを背負い直して、“13番GR”を目指した。



 目的の“13番GR”に辿り着き、記憶を掘り起こしながら“シャッキーズぼったくりBAR”に到着するまでの間にも、ひと騒動起こしてしまった。また絡まれたのだ。今度は人攫いグループで、私をたかが女一人と侮ってきたので、ボコボコにしばき倒してきた。あまり目立つようなことはしたくないのだけど、襲ってくるならば致し方ない。私は誰に似たのか、売られた喧嘩は買う性分だ。


 もうすでに誰か着ているだろうかと期待に胸を膨らませ、懐かしさを感じながらお店の扉を開けた。瞬間。

「こんにち……きゃあっ!!」

 私の挨拶を遮って、物凄い勢いで何かが飛んだ。それは激しい音を立てて天井にぶつかると、床にどしゃりと落ちてきて、陸に打ち上げられた魚のように痙攣しているではないか。一体なんだと、私はそれを見下ろした。正体はすぐに判明した。

「えっ…サンジ……!?」

 血溜まりの中に、よく見知った顔が沈んでいる。状況から察するに、鼻血を勢いよく噴き出し過ぎて、天井に頭をぶつけたらしい。頭に大きなたんこぶができている。…なんでっ!?
 ドン引きしているシャッキーさんとレイリーさんへの再会の挨拶もそこそこに、私は慌ててサンジを助け起こした。

「ちょっと…サンジ!大丈夫?」

 こんなにも鼻血を噴き出して興奮するようなシチュエーションが、たった今あっただろうか。シャッキーさんの美貌と色香にやられたとか?それとも新種の病気?だとしたら、私じゃ対処できないんだけど、糖分を抜いたら鼻血も止まったりするのかな…

 サンジに触れている箇所から、気絶しない程度に糖分を抜く。本当に本当の応急処置しかできないけど、一応止血だけして、あとは早くチョッパーと合流しないと。
 取り出したハンカチで血だらけの顔面を拭う。「大丈夫……?」と尋ねてきたシャッキーさんに返事をしようと、私は顔を上げた。その時、サンジが何事かを呟いているのが聞こえてきた。

「なに?」

 口元に耳を寄せると、サンジの呟きがハッキリと届いた。

「…ビ…ビビ…美女が一匹…美女が二匹…」

 何を言っているのか認識するやいなや、私はサンジを抱き起していた腕をほどいた。……全く、呆れた。病気か怪我かと思って心配したのに。
 サンジは再びゴツン!と床に激突し、元々あったたんこぶの上に新しいたんこぶをこさえたけど、無視してカウンター席に腰を下ろす。


「……お騒がせしてごめんなさい。シャッキーさん、レイリーさん。改めて、お久しぶりです」
「久しいな」
「元気にしてた?トーファちゃん」
「えぇ!お二人も、お変わりないですか?」

 シャッキーさんが出してくれた飲み物を片手に、私は二人から情報を収集した。聞けば、ルフィとロビンを除く7人がシャボンディ諸島に着いていて、ここにも顔を出したらしい。ロビンは問題ないだろうけど、ルフィは大丈夫だろうか。少し心配。

「レイリーさんは、ルフィとずっと一緒じゃなかったんですか?…2年前の、あのメッセージを伝えてくれた記事で、元七武海のジンベエと三人一緒だったんじゃ…?」
「あぁ。ルフィとは半年前まで一緒だったよ。ルフィには私が修行をつけたからな」
「!!レイリーさんが!?すごい!!」

 ならば、ルフィは一体どれだけ強くなっているのだろう。ますます会うのが楽しみだ。

「…トーファちゃん…相変わらず手厳しい…」

 しばらく話──サニー号は、“トビウオライダーズ”が命がけで守ってくれていたようだ。お店の片隅で包帯でぐるぐる巻きにされているデュバルさんにお礼を言うと、彼は目を回して気絶した。彼の仲間もだ──をしていると、後ろ…もっと言えば足元から声が聞こえてきた。サンジだ。

「サンジも変わってなくて安心したわ。…ていうか、なんか寧ろ酷くなってない?」

 サンジが女好きなのは前からだし、ナミやロビンにメロメロなのはもちろん、私にもずっとそうだったんだけど、明らかに前より酷くなっているような気がする。徹底的に女に弱くなったというか。サンジは一体どんな2年を過ごしていたのだろうか。何があれば、ここまで女に弱くなるのか…


「ほとんどみんなが揃ってるなら、私達もサニー号へ移動しておいた方がいいかな」
「そうだな。食糧の買い出しにも行かねェと…」

 ようやくサンジが復活してきた。思ったより早かった気がする。でも、多分それは私が露出の多い服を着ていないからであって、露出過多なナミを見たらさっき以上に鼻血を噴くのだろう。こんなんで、麗しい人魚の暮らす魚人島に行けるだろうか。ケイミーを例にあげても、人魚はみんな美人でセクシー揃いだろうし、出会えるかどうかは別としても、人魚姫は世界一の美女と謳われる海賊女帝ボア・ハンコックに勝るとも劣らない美貌の持ち主と聞く。…すごく心配。海底の楽園が、サンジの墓場になる可能性が出てきた。

「出航準備は早いうちに済ませた方がいいわよ。海兵が続々と集まっているから、状況によっては出航も危うくなるかもしれないわね」

 せっかくの再出発を邪魔されるわけにはいかない。どうせルフィが騒ぎを起こすのは確実なのだから、ルフィが到着するまでに準備を終えておかないと。

「じゃあ、トーファちゃん。おれ達も…ブバッ……サニー号に顔を出して…から食糧調達に行こうか」
「…………そうね。私も、リュックとか置いて行きたいわ」

 かろうじて耐えたけど、途中で鼻血噴こうとしたの見てたからね、私。シャッキーさんはめっちゃ笑ってるけど、一緒にいる側は堪ったものじゃない。ホント、私はいつも露出少ないからいいけど、ナミやロビンに会ったらどうなってしまうのだろう。


「トーファちゃん」

 シャッキーさんにお礼と、お店を汚してしまった──無論サンジに掃除させた──お詫びを告げて、サニー号へ向かおうと腰を上げかけた時、それまで黙っていたレイリーさんが口を開いた。

「君に話しておきたいことがあるんだが、少しいいかな?」
「えっ……あ、大丈夫!です!」
「ありがとう」

 レイリーさんは小さく微笑むと、サンジの方へ目を向けた。その視線に含まれた意図を察したのか、サンジは「店の外で待ってるよ」と先に出て行った。気づけば、シャッキーさんもいなくなっていた。“トビウオライダーズ”は全員気絶しているから、実質私とレイリーさんの二人だけだ。何の話だろう。

 しばらく間があった。レイリーさんは私の顔をじっと見て、柔らかく目を細めた。

「初めて会った時も思っていたが、…ますますカヌレに似てきたな」
「!!えっ、……レイリーさん、ママを知ってるの!?」
「あぁ、知ってるとも。コンフィのこともな」
「パパも!?」

  私の大声に、倒れていたデュバルさんが微かに呻いて身動ぎした。レイリーさんは、悪戯が成功した子供のように笑っている。

「でっ、でも…!…だったら、どうして2年前会った時は何も言ってくれなかったんですか?」

 初めて会った時も今日も、今この瞬間までそんな素振りすら見せなかったのに。

「話す気はあったさ。ただ、状況が状況だったからね」
「…それは確かに……」

 レイリーさんと出会った時には、すでに天竜人の件で大問題を起こしていた。一時この場所で語らうことはできたけど、正直目の前のおじいさんが、あの・・シルバーズ・レイリーだという衝撃が大きすぎて、それどころではなかった感があった。あの時レイリーさんから両親の知り合いだと打ち明けられていても、ちゃんと受け止められてかどうかも怪しい。

「君は、カヌレとコンフィが結婚した経緯を聞いているかな?」
「?…駆け落ちのことですか?」
「あぁ」
「まぁ…少しは。詳しいことは知らないけど…二人とも新世界出身だから、新世界からこっちに駆け落ちしてきたんですよね」

 二人もそれ以上は話さないし、私も両親の馴れ初めなんて恥ずかしくて聞いてられないから、わざわざ掘り返さない。ナミは、「駆け落ちなんて、二人とも意外と大胆ね」と笑っていたし、ローラも自分の長姉の話と照らして、「素敵ね」と言ってくれたけど、私としては少し複雑だ。
 駆け落ちして一緒になった二人は、それでよかっただろう。でも、彼らが新世界に残してきた家族はどうだろうか。ママには兄弟が多くいたという。愛する家族が突然消えてしまって、家族はとても傷ついたのではないだろうか。そう思うと、どうして二人が“駆け落ち”という道を選んだのか、選ばざるを得なかったのか疑問ではあった。

「では、二人がどうやって“赤い大陸”を越えてきたかは?」
「…さぁ…そのことは何も。今まで考えたことなかった。確かにどうやったんだろう…」

 堅気の二人がわざわざ危険な魚人島を通るルートを採るはずがない。普通に考えれば、聖地マリージョアを通ったはずだ。…だが、レイリーさんがわざわざこの話をするってことは…

「!…まさか、…もしかして…」
「二人は、私達と一緒に魚人島経由でこっちへ来た」
「!!?」

 …信じられない。二人がレイリーさんと知り合いだったどころか、海賊王ゴールド・ロジャーとも知り合いで、かつ彼らと一緒に新世界を出てきたなんて。俄かに信じられるだろうか。ママもパパも揃ってポヤポヤしていて、先生曰く「平和ボケ」してるタイプの人で、“海賊”から最も遠い存在なのに。海賊の中の海賊と知り合い?…ダメだ、衝撃が大き過ぎて全く消化できない。

「詳しいことはいずれ本人達から聞くといいが…海で遭難していたところを拾ったんだ。それで、ロジャーが二人のことを気に入ったものだから、二人を“楽園”に送ってやることになった。我々も、航海をやり直すために一度新世界を出る必要があったからな」

 確か2年前にレイリーさんが話してくれた中に、“東の海”からのメンバーやブルックとも関わりクロッカスさんが船医として乗船したという話があった。クロッカスさんは双子岬にいるそうだから、レイリーさん達は新世界でママ達を拾い、共に魚人島を経由して“赤い大陸”のこちら側に戻り、二人を下ろしたあとにクロッカスさんに出会った形になるのだろうか。詳しい時系列は不明だが、両親がロジャー海賊団に救われたことは確かだ。マジか……

「そうなんですね……ちょっと、…まだ頭が追いついていない…」

 レイリーさんは愉快そう笑った。

「私も、船を下りてからの二人のことは何一つ知らなかったが…君の手配書が発行されたのを見て、カヌレとコンフィの子供だとすぐわかったよ。横顔だったがな」
「あぁ…あれ、私も不本意なんですよ。ルフィみたいに、堂々と写りたかったんですけど」
「これから海を進めば、手配書も更新される。次に期待するんだな」
「えぇ。もっと精進します!」

 ナミは「いいじゃない、狙われない方が♡」と言うけど、せっかく海賊やってるんだから堂々と指名手配されたいじゃん。どの道犯罪者なんだし、すでに世界政府に喧嘩売りまくってるんだし。

「私から言うのも変ですけど…両親を助けてくださって、ありがとうございます。レイリーさんやロジャーがいなければ、二人はどうなってたかわからないし、私も生まれてこなかったかもしれない」
「私達の方こそ、二人には世話になった。コンフィの作るジャムもカヌレが作るお菓子もどれも絶品で、二人と別れてからは、その味が恋しくて、それまでの食事が物足りなくなってしまったよ」

 そう語るレイリーさんの目は、昔を懐かしむように遠くを見ていた。しばし物思いに耽った後、レイリーさんは改めて私を見下ろした。

「トーファちゃん。君にこの話をした理由は、この先の旅の中で必要になる場面がきっと出てくるからだ」
「…ママ達の話が?どうして?」
「二人は新世界出身だろう」
「そうです。でも、それがどう……!」

 言いかけて、途中で気づいた。
 ママとパパは新世界の生まれ。普通に考えれば、新世界には二人の家族がいる。パパ側の家族はわからないけど、ママ側の家族は私を見れば、すぐに私がママの血縁であることを悟るだろう。

 彼らが、駆け落ちした二人にどんな感情を抱いているか。好意的な思いは抱いていないだろう。私達が新世界に入れば、いつか出会うことがあるかもしれない。レイリーさんはそれを教えてくれたのだ。

「私が言いたいことがわかったかな?」
「…わかりました。覚悟しておけ、ってことですね」
「そうだ。無論、カヌレ達もそれをわかった上で君を送り出しただろうが…」

 多分そうだろう。最終的には“ルフィ達と一緒に行きたい”という私の意志を尊重してくれたが、それ以前に二人の間で合意が為されたのだと思う。いつか私が自分達の家族と出会う可能性も考慮しつつも、私を送り出してくれたはず。それは、両親が私と仲間達に寄せてくれた信頼の証だ。

「きっと…ママ達は、私達を信じてくれてるんですよ。私達なら何があっても大丈夫だ、って」

 両親はそういう人だ。いつも私の意志を尊重し、自分の気持ちを尊重することの大切さを教えてくれた。「自分の人生なんだから、好きにいきなきゃ生きてる意味ないじゃない」とは、ママの言葉である。まさにその通りだ。自分で選んだ道だから、どんな結果になろうと自分次第。でも、それでいい。私の人生なんだから。

「両親のこと、教えてくれてありがとうございます。どんなことでも受け止める気だったけど、改めて腹を括れました。けど、私は大丈夫です。信頼できる仲間がいるので」
「君ならそう言うだろうと思っていた。いらぬ世話だったかな?」
「いいえ、ママ達の知り合いに会ったの初めてだったから、あなたに会えてよかった」

 にこりと微笑む。レイリーさんは軽く目を見開きながら私の顔を見て、それからまた声を上げて笑った。

「私もだ。カヌレ達が幸せに暮らしていることを知れてよかった」
さぁ、引き留めて悪かった。
「船に戻って、出港準備を整えるといい。ルフィとニコ・ロビンも、間もなく到着するはずだ」
「はい!本当にありがとう!」


 そうして私はレイリーさんに頭を下げた。そのまま店の外に出ようとして、ふと思い出す。どうしたと目線で問うレイリーさんに、いつも身に付けているロケットを取り出す。

「これ…島を出る前に、ママとパパと三人で撮った写真です」

 写真を覗き込んだレイリーさんは、「二人とも変わらないな」と呟いた。

「コンフィもだが、カヌレも相変わらず美しいままだ。何より、君にそっくりだ」
「ありがとう。自慢の両親なんです」
「いつかまた、二人にも会いたいものだ」


 その後二、三やり取りを交わしてから、私は今度こそお店を出た。煙草を吸いつつ待ってくれていたサンジにお礼を言って、一緒にサニー号までの道のりを歩く。元々みんなに会うのが楽しみで浮足立っていた気持ちが、レイリーさんから両親の話を聞けたことでもっと軽くなっているのが自分でもわかる。

「トーファちゃん、いい話でも聞けた?」

 サンジが不思議そうに問う。私はサンジを見て、にこっと笑った。

「内緒っ♡」

 ブハッ!と鼻血を噴射して、サンジが飛んでいく。どうせどこかにぶつかって帰ってくるだろうから、私は気にせず鼻歌を歌いながらサニー号を目指した。

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