674話 傍観者達
「あー各地非合法なる“
映像電伝虫が映し出すのは、新世界はパンクハザード。誰も立ち入ることの赦されない、雪と焔に閉ざされた島である。世界政府直轄の島に、なぜ住み着いている人間がいるのかなど、誰も疑問に思ったりはしない。なぜならば、この映像を見ている者は須く、非合法な世界の住人だから。そこに住んでいるのが誰なのか、そこで何が行われているのか、知らない者などいないから。
「今日、我が島に招かれざる珍客達が迷い込んで来た為、この機会に実験を執り行う次第だ」
“国盗り”、“戦争”、“支配”…
「用途は様々。気に入ってもらえたら、取り引をしようじゃないか……!!」
狂った科学者が行う、狂った実験。一面の銀世界が、瞬く間に毒々しい赤の地獄へと変貌する。弾けた毒ガスが人間を一人、また一人と呑み込んでいく様は、背筋が凍るようなおぞましさである。
しかし、男は特に気にするでもなく、無惨な映像を流し見ていた。向かいに座っている、長年コンビを組んできた相棒もだ。
別に、コレを求めているわけではない。彼らの主が欲しているのは、こういった類いの殺戮兵器ではないから。
しかし主が、実験の主催者であるシーザー・クラウンの研究に出資していること、裏社会の動向を把握しておく必要があったから、情報収集の為に確認しているだけのこと。別段、興味はなかった。途中までは。
「!…こいつらは……!」
二人の視線は、移り変わった画面に釘付けだ。
画面中央に吊り下げられた檻の中。複数人が鎖で縛られ、転がされている。うちの何人かは、見知った顔だった。“王下七武海”トラファルガー・ロー、海軍の野犬“白猟のスモーカー”、そして、“麦わらのルフィ”。先の魚人島で見えた男だ。何のつもりか、協定を守れなかった魚人島を庇い、海の皇帝と呼ばれる主に喧嘩を売った男である。その男が、なぜ……?
「!!」
更に映像が切り替わった。トラファルガー・ローの隣。美しい澄まし顔で座る“悪魔の子”ニコ・ロビン、珍妙な身なりをした
魚人島では見かけなかったが、と思案した次の瞬間、男は息を呑んでいた。
鉄人の大きな体に隠れるようにして、同じく鎖で拘束された女が、檻の隅に凭れて座っている。
若い女だ。麦わらとそう変わらないだろう。雪風に煽られた髪は、甘いキャンディーのピンク色。凪いだ表情を浮かべた面差しは、絵画のごとき美しさ。何より、仲間を見つめる瞳の青さときたら、空や海さえ霞んでしまうだろう。……間違いない。あれはヴィーラ族の目だ。純血だろうとハーフだろうと、ヴィーラの血を引く者なら誰でも持っているという青い瞳。銀髪でないのは、女にヴィーラ以外の血が交ざっているからだろう。ピンクの髪に青の目の、ヴィーラ族。そんな存在を男、タマゴ男爵の知る限りでは一人しかいない。
まだ、見習いとさほど変わらない時分。大勢の部下のうちの一人でしかなかった彼は、たったの一度だけ、間近でその人に見えたことがある。
主──ビッグ・マムことシャーロット・リンリンの長女。シャーロット・カヌレ。人間離れした美貌と、優秀な頭脳を以て、ビッグ・マム海賊団を裏から支えた幹部の一人。母親からの覚えもめでたく、数多の弟妹から愛され、部下や国民からも慕われ、何の不自由もなく生きていたはずのカヌレは、今から31年前、家族を裏切り全てを捨てて、恋人と駆け落ちした。二人を追いかけた弟妹によれば、カヌレ達は崖から海へ飛び込んで心中したという。遺体は見つからなかったが、カヌレは死んだと思われていた。ビッグ・マムもそう思っているし、タマゴ自身もそう思っていた。今の今まで。だが。
「……」
血の繋がりのない赤の他人が、果たしてあれほどカヌレに似るだろうか。見れば見るほど、女はカヌレにそっくりだ。ちょうど、タマゴが目にした頃のカヌレと…すなわち、駆け落ちした時分のカヌレと同じくらいの歳だからだろうか。
無論、他人の空似ということもある。世界には同じ顔をした人間が三人もいるというから、女もそうかもしれない。それに、自分の記憶違いかもしれない。間近で見たのは一度だけ。カヌレの周囲にはいつも弟妹が、特にカヌレの倍以上背の高い弟達が群がっていて、遠くからでもその姿を拝むことさえ叶わなかったからだ。カヌレの裏切りに激怒し、発狂したビッグ・マムによって、カヌレの写真も全て処分されたから、記憶が薄れてしまっている可能性も否定できない。
だが、おそらくそれはないだろうと思う。何の根拠もないけれど、あの女はきっとカヌレに連なる者だと、直感が告げている。
なぜなら、忘れるはずがないのだ。たった一度、たった一瞬。それでも、ハッキリと覚えている。
作り物のような美しさも、青く光る蠱惑な眼差しも、幼い弟妹への愛しさに溢れた極上の笑みも。確かに己の心をしっかりと捕らえて離さなかったから。
「ペコムズ、この女の手配書は……?」
自分の声が微かに震えていたことに、相棒は気づいただろうか。ややあってから差し出された手配書には、“魅惑のトーファ”の文字。懸賞金額は4500万ベリー。写真は横顔しか映っていないが、目の前の映像と合わせてみれば、確かに女はカヌレに似ていた。それだけは間違いない。それならば──
映像の中で、突然鉄人が火を吹いた。立ち上った煙のせいで、電伝虫は何も映さなくなった。実験は仕切り直しだろう。映像が再開されるのを待つ間、タマゴは考えを巡らせる。
女…トーファはカヌレにそっくりだ。カヌレに連なる者──例えばカヌレが生き延びていて、娘を産んでいたとか──かどうかはわからないが、少なくともヴィーラの血を引いていることは間違いない。そしてヴィーラ族は、ビッグ・マムの手中にない。カヌレが逃げた後、ビッグ・マムはヴィーラのコレクションとしてカヌレの父親を求めたが、外界に出ることのない──出たとしても、出会う確率は極めて低い──純血のヴィーラを捕まえるのは至難の技で、未だ万国にヴィーラはいない。故にビッグ・マムは、純血のヴィーラを手にすることを半ば諦めている。
そんな時に現れた、ヴィーラの血を引いているであろう女。奇しくも、長女に瓜二つ。女にとっては不運だが、ビッグ・マム海賊団にとっては運命としか言えない巡り合わせ。報告すれば、きっと捕まえるように言うに違いない。ビッグ・マムはもちろんのこと、未だにカヌレを思い続ける彼女の弟妹達も。
手配書から視線を上げる。いつの間にか再開した映像の中では、麦わらがシーザー・クラウンを倒す姿が映し出されていた。あぁ、これはこれで一大事だ。シーザーが倒れれば、シーザーの研究に出資しているビッグ・マムの悲願はどうなる。いいや、ビッグ・マム海賊団が動く前に、シーザーのバックに控えるあの男が動き出すのが先か。だが、いずれにせよ。
「ママに連絡だボン!」
「ガオ!!」
報告すべき案件は二つ。麦わらのルフィによってシーザーが倒されたこと。そしてその仲間に、カヌレに瓜二つで、カヌレと同じくヴィーラの血を引く女がいること。前者はともかく、後者はビッグ・マムも大いに喜ぶだろう。
それゆえに、男は電伝虫を手に取った。