私の人生


 ──ゆっくり意識が浮上するのを感じて、私はうっすらと目を開けた。真っ先に飛び込んできたのは、木目調の天井。…天井?

 咄嗟にガバッと体を起こす。急な動きに、身体中の筋肉という筋肉が悲鳴を上げた。が、それに構うことなく、私は辺りを見渡した。


 一か八かの賭けで海に身を投げたはずの私は、清潔なベッドの上に寝かされていた。体を見下ろせば、服は簡素なモノに変わっているし、手足には所々包帯が巻かれている。鼻をつくのは、消毒液の匂いだろう。恐らくここは医務室だ。

 一瞬、“クイーン・ママ・シャンテ号”の医務室かと思った。だが、すぐに違うとわかった。ホーミーズだらけのうちの船がこんなに静かな訳がないし、医務室だろうとどこだろうと、甘い匂いが漂っているはずだからだ。では、ここはどこだろう?遭難しているところを、誰かに助けてもらったのだろうか。いいや、そんなことよりも、彼はどこにいるのだろう。

 とにかく、手当てをしてくれた人を探そうと、痛む身体に鞭打ってベッドから抜け出そうとしたところで、不意に部屋の扉が開いた。顔を上げると、扉のところで互いを押し合いながら入室しようとしていた、二人の子供と目が合った。赤い髪の男の子と、まるでピエロのような赤い鼻の男の子。コンポとラウリンと同じくらいの歳だろうか。ほぼ反射的に微笑めば、ボンっという音の後、二人の顔が真っ赤に染まった。…あぁ、やっちまった。ヴィーラの魅力って性別も年齢も越えるんだった。マジでクソ仕様だな。

「こんにちは。…誰か、大人を呼んできてもらえる?」

 このいたたまれない空気を何とかしようと、そう問いかけると、二人の硬直がようやく解けた。彼らはブンブンと首を縦に振り、我先にと部屋を出て行く。廊下をバタバタと走る音を聞きながら、どうしたものかと考え込む。

 二人の格好からして、海軍の軍艦ではない。まぁそうだったら、私には手錠がつけられていただろうから、その可能性は極めて低いと予想していたが。ならば、商船か何かだろうか。そうであればいいけど、海賊船だったら絶体絶命の大ピンチだ。
 正体に気づかれればママに引き渡されるかもしれないし、そうでなくてもこの顔面にホイホイされてとち狂った奴に取っ捕まって、死んだ方がマシと思うような目に遭わされるかもしれないし。

 しかし、それもある種覚悟してのこと。ビッグ・マムの庇護を失えば、非力な私など吹けば飛ぶ塵のような存在なのだから。

 そう腹を括っていると、再び廊下が騒がしくなった。さっきの男の子二人と、大人の男二人分の足音と声がする。会話の内容まで聞こえないけれど、切れ切れに聞こえる粗っぽい言葉遣いから、海賊に助けられた説が濃厚になってきた。やっぱり神様私のこと嫌いだね?
 私も嫌いだけどな、と心の中で答えたところで、再び扉が開かれた。さぁ、どんな人が何のつもりで私を助けたのか見極めないと。親切そうな顔をして、私をママや海軍に売り飛ばす輩かもしれないし。私は表情を消し、──よく弟妹に言われたんだけど、美人の真顔ってすごい怖いらしいから、私的に無表情は威嚇のつもり──扉をじっと見据えた。しかし、部屋に入ってきた男の顔を見るなり、私の仮面は瞬く間に剥がれ落ちた。


「ロジャー……!?」
「わっはっはっはっ!やっと起きたのか。…しかも、5日近く昏睡していたってのに、もうピンピンしてやがる」
「血筋と言うべきか、なんと言うべきか…」

 現れたのは、カイゼル髭の似合う黒髪の男と、眼鏡をかけた金髪の男。直接の面識はない…と思うが、その顔は新聞や手配書で嫌と言うほど見てきた。ゴール・D・ロジャーと、シルバーズ・レイリー。ロジャー海賊団の船長と副船長。ママの…ビッグ・マム海賊団のライバル海賊団の船長と副船長である。

「っ!…あ、あなた達が、私を助けてくれたの……?」
「あぁ。尤も、気づいたのはコイツらだけどな」

 ロジャーは足元の子供達を見下ろした。つられて私も視線を落とすと、また顔を赤くした二人は、ロジャーとレイリーの後ろに隠れてしまった。初対面の人間にそういう反応をされるのはいつものことなので、気にすることでもない。それより気になるのは、なぜ彼らが私を助けたのかと言うことだ。

「どうして、助けてくれたの…?…私は、あなたのライバルの娘なのに……?」 

 問いかけると、ロジャーはきょとんとした表情を浮かべた。そして。

「目の前で死にかけの奴がいたら、誰であっても放っておけねェからさ。当たり前だろう?」

 答えたロジャーは、なぜそんなことを質問されているのかわからないと言わんばかりの様子で、それが当たり前のことだと言った。その言葉を認識して、何を言われているのか理解して、瞬間に涙が溢れ落ちた。

「!?」

 ロジャーが慌てふためいて、どうしていいのかわからずオロオロしているのがわかる。しかし、私は「大丈夫だから」と返すこともできず、ボロボロ溢れてくる涙を拭うばかりだ。自分がどうして泣いているのか理解できなくて、胸の内に次々と込み上げてくる感情の名前もわからなくて、ただ思うのは、それは私にとっても“当たり前”で、でも家族は誰も理解してくれないということ。


 この世界で20年生きてきて初めて、私と同じ“当たり前”を持っている人に出会った。あぁ、でもそうだ。「前世」ではこれがわりと当たり前だった。少なくとも、「前世」の家族は。私はそれほどでもないけど、両親はお人好しの部類に入るタイプで、損することだってあったけど、そんなことあまり気にしない人で。「またやってるよ」というのが私達三兄弟の口癖で、でも、そんな優しい両親のことが誇らしくて──

 

 止まってくれという私の意思とは関係なく、勝手に流れ続けた涙が収まったのは、それから10分ぐらいしてからだろうか。未だぐずぐずと鼻を鳴らしたままの私は、レイリーから手渡された飲み物を飲み、訳もわからず高ぶった気持ちを押さえることに努めた。その間にロジャーは、私を発見したときのことを教えてくれた。


 海面を漂う私を見つけたのは、釣りをしていた男の子達──赤髪の子がシャンクス、赤鼻の子がバギーというそうだ──。それを大人達が引き上げ、もしやコイツは噂の(どんな噂?)シャーロット・カヌレではないか、と言い合っているうちに、シャンクス達が二人目の遭難者を見つけたというのだ。

「二人目って、…もしかして……」
「あぁ。コンフィなら、隣の部屋で眠ってる。引き上げたときは、お前の方が危険な状態で、アイツは一応意識もあったんでな。医務室にベッドは一つしかないから、お前をこっちに寝かせたんだ」

 それを聞いて、私は全身から緊張が抜けていくのを感じた。よかった。……本当によかった。彼がここにいる。私と一緒に。着水したときのことはほとんど覚えていないが、痛いほど強く握った手の感触は、ちゃんとまだ残っている。あのまま私達は奇跡的に、どちらも生きて、離ればなれになることなく海を漂っていたようだ。そして、同じ船に拾われた。これを運命と呼ばずして、何と呼ぶのだろう。大嫌いな神様に、心から感謝を捧げたいくらい。

「今でこそ、お前の方が元気そうだが…あいつは肋を何本か折ってるらしくて、しばらくは対安静だ」
「そう……」

 決死の覚悟で海に飛び下りたことを思えば、骨の何本かで済んでよかったさえと思ってしまう。もちろん骨折も痛いと思うけど、寿命を抜かれるよりはマシではなかろうか。因みに、私が全身の痛み──打ち身や筋肉痛、関節痛みたいな感じ──で済んだのは、どう考えてもママの遺伝だろう。

 恋人の安否を確認できたことに、心の底から安堵する。だが、瞬く間に疑問が浮かんできて、落ち着いたはずの気持ちがまたざわめいた。

 先程の話を聞く限り、私を引き上げた時点で、ロジャー達は私の正体に気がついていたようだ。ならば、もしかすると、私を拾い上げたことをママに知らせているという可能性もなくはないのではないか?この短時間で読み取ったロジャーの性格からして、100%善意の行動として。

 気持ちに余裕ができたからこそ、さっきまでは微塵も思い付かなかった可能性が過った。そうだとすれば、私達は今地獄に向かってスキップしながら駆け込んでいっていることになる。…それはヤバい。せっかく、共に助かった命なのに。

「もしかして、私達を拾ったこと、ママに連絡した……?」

 いくら考えたところで、自分の中で答えが見つけられるわけでもないので、私は思いきってロジャーに質問した。答えたのは、レイリーだった。

「いいや、まだだ。船に引き上げた時、意識のあったコンフィが、リンリンに報告しないでほしいとあまりにも必死に頼むものだから、訳もわからず聞いてしまったよ」
事情も何もかも、お前が起きたら全部話すから、と。
「だから、リンリンに連絡はしていない。まぁ、別に元々入れてやる義理もねェが…一応お前の話を聞くまでは、と思ってな」

 ……あぁ、よかった。恋人の機転のおかげで救われたようだ。取り敢えず、今のところ心配はいらないらしい。首の皮一枚でギリギリ繋がっているといったところか。ママに連絡を入れるかどうかは、私の話術にかかっているというわけだ。
 
「……それで、かのビッグ・マムお気に入りが、一体どういう訳で漂流してたんだ?」
「おれ達が見つけたからよかったものの、そうでなければ二人とも間違いなく死んでいたぞ」

 二人の顔を見返し、私はもう何度目になるかわからない覚悟を決めた。ロジャーとレイリーが何をどう思うかは定かでないけれど、命を救ってくれた相手に対して嘘はつけない。それで、ママに連絡を入れられたとしても、その時はその時だ。死ぬ可能性を見据えて駆け落ちしてきたのだ。私にも、きっとコンフィにも、もう怖いものはない。

「駆け落ちしたの、私達」

 言った瞬間、二人は揃ってぎょっとした顔をした。それは、自分の意向に従わなかった者は、家族だろうと容赦しないママの性格をよく知っているからこそだろう。

「ママの命令で、私が航海に出ることになったから、部下の中に彼を紛れ込ませて、隙をついて逃げてきたの」
途中、弟妹にも追いかけられたけど、振り切って海へ飛び込んだ。
「海なら、能力者揃いの家族は追ってこられないし、上手く行けば海流にのって遠く離れられると思ったから」

 そして私は、これまで何一つ思い通りにならなかった人生、私のせいで殺されていく人、コンフィとの関係や、今回の事の発端であるママの縄張りの島のこと、決死の駆け落ちに踏み切ったことを、順を追って話した。二人…正確にはシャンクス達も聞いていたので、四人は黙って聞いていた。

「彼が、ママに連絡しないでほしいと頼んだのは、見つかれば私も彼も殺されるから。ママは、自分に従わない者は誰であれ殺す。我が子でも、珍しいヴィーラの血を引いていても」

 言いながら、視線を下へ落とす。今更ながら、ママの恐ろしさに体が震える。頭ではちゃんとわかっていたけれど、こうして実際にママに敵対した今、改めて“ビッグ・マム”がどれだけ危険な海賊なのかを思い知ったのだ。ママは、自分が腹を痛めて生んだ子を殺すことに躊躇うような人ではないのだ。あの人は我が子を、自分の所有物だと思っているのだから。

「私はただ、自由に生きたいだけなの。ママの言いなりでいるのは、もうたくさん。私の人生なんだから、自分で未来を選びたい」
もちろん、家族のことは愛してるし、大切に思ってる。
「でも、家族のために、私の人生が縛られるのは違うと思う。私はコンフィと一緒になりたい。家族の傍にいてはそれが叶わないから、二人で逃げてきたの…」
「……なるほどな。これで全て納得だ」
「?」

 合点がいったと頷いているレイリーに、私は何のことだと尋ねた。さっぱり見当がつかない。

「近頃、ビッグ・マム海賊団が手当たり次第に海軍船や海賊船、商船を無差別に襲うという事件が発生していてな」
「!…ちょっと待って、…今日って何日?」

 教えてくれたのは、少年達だった。シャンクスが見せてくれたカレンダーの数字を、バギーが指差す。私達が飛び下りた日から一週間が経っている。予定通りに行われていたとすれば、お茶会はすでに終わっていることになる。だが、レイリーが言うような事件が起きているのであれば。

 ママが毎回、心底楽しみにしているお茶会。今回は特別に、長女である私の誕生日パーティーも兼ねていた。母が造り上げた理想郷に、裏社会の大物達を呼び集め、目も覚める程の美しさを授かった長女と、すでに母に次ぐ賞金首である長男以下の子供達を披露する。すなわち、シャーロット・リンリンとビッグ・マム海賊団の威信を見せつけることが目的だった。だからこそ、私達は“砂糖”ごときでお茶会が台無しになることを避けるために話し合ったし、わざわざ私が事態の収集に向かったのだ。
 その当の本人である私が逃げて──しかも一人でではなく恋人を連れ、所謂“駆け落ち”だ──、お茶会を台無しにした。単純に考えれば、ママの怒りは二重になっているはず。…そりゃ、手当たり次第に船も襲うわ。ママ史上最大にぶちギレてるのに、当たる相手がいないんだもん。

「私がお茶会を潰して、ママの顔に泥を塗ったから、八つ当たりだと思う」

 しかし、そんな私の言葉を、ロジャーが否定した。

「いや、恐らく違うだろう」
「…どうして?」
「船を襲ってるのは、リンリンじゃねェ。リンリンの子供達…つまり、お前の弟や妹達だ」
「!!」
「しかも奇妙なことに、襲われた船からは、財宝もお菓子もその他食糧も何も奪われていないらしい。ただ噂じゃ、“誰かを探している”とか…」

 ぞわっと背筋を冷たいモノが流れた。どこからか流れてきた冷気に呑まれてしまいそうだ。執着。その一言でしか言い表せない激情を目の当たりにして、目眩がしそうだ。
 ロジャーは手当たり次第にと言ったが、多分そうじゃない。襲われた船は間違いなく、私達が身を投げた海流付近を航海していたはず。もしも私達が生きて漂流しているのなら、ロジャーのように親切な誰かに助けられているかもしれない。そう考えてのことだろう。
 果たしてそれは、ママに命令されてのことか、弟妹達の自主的な行動なのか。


『姉さん!!』


 蘇るのは、岩場に叩きつける波と、冷たく吹き寄せる海風の隙間から微かに届いた、一番上の弟の声。私だけの弟。一番長く同じ時を過ごし、共に弟妹達のお世話をして、大臣としての役目も果たし、ママを支えてきた。
 自分だって本心では誰かを頼りたいくせに、“兄”や“長男”という立場から叶わなくて、いつも一生懸命に健気に振る舞う姿をずっと見てきた。私みたいに精神年齢だけは年取ってる訳でもないのに、わがまま一つ言わず、同い年の他の子よりずっと我慢することを強いられてきた子だから。私の前でだけは、“弟”として振る舞ってほしいと思っていた。実際、幼い頃にそんなことを本人も言ったと思う。ペロスペローが覚えているかどうかはわからないけど。

 他の子もそうだ。あの時崖の上にいたのは、いずれも一緒に海賊団を盛り立ててきた面々だ。自分の上にいる兄弟より、下にいる兄弟の方がうんと数が多いから、容易く誰かに寄りかかることができなくなった子達ばかり。それがどうしても可哀想で、私はずっと彼らの宿り木だった。自惚れてもいいのなら、少しは役に立っていたはずだ。だから、その役目を放り出してしまうことへの罪悪感は、言葉にできないくらい大きい。
 でも、そんな罪悪感に雁字搦めになっている間に、一体何人死んだ?…家族の海賊行為だってそう。「前世」で平和を享受してきた私には、家族の言動は理解できない。嫌悪感さえ抱いてしまう。それでも一応は“家族だから”と思って目を背けてきたけど、もうダメだ。
 行動も思考も言葉も強制され、ママの手の中で踊るだけの人生なんてまっぴらだ。私は人形じゃない。嫌なものは嫌だと言いたいし、やりたいことは何だってやりたい。私の人生だもの。それが叶わないのなら、どれだけ家族を愛していたって、一緒にはいられない。両立しないのなら、いずれか一方を捨てなければならない。だから私は家族を捨てた。だって私がいなくても、あの子達は生きていけるもの。小さい子達も、初めは寂しがるかもしれないけど、いずれは時間が遠くへ流してくれるはず。…そう思いたい。て言うか思わないとやってられない!!

 だってエグかったじゃん!鏡のやり取りとかさぁ!崖の上のやり取りとかさぁ!私は最悪の裏切り者だから、思う存分憎んで罵ってくれればよかったのに、あの子達の言葉と表情ときたら!!「行かないで」って、迷子の子供が親を求めるように、今にも泣きそうで──実際妹達はギャン泣きだった──、傷ついているのが遠目にもわかるくらいで、よく私正気失わなかったなって褒めたくなるくらい精神ゴリゴリに削られたよぉ!!思い出すだけで鬱になるくらいヤバかったじゃんよぉぉぉ!!
 て言うかさ、私の幸せとあの子達の幸せってなんで両立しないの?神様が仕組んでんの?私達には何の罪があんの?「前世」で私達何したんだろうね?神様が私から「前世」の記憶を奪うか、家族の思考回路をせめてもうちょっとまともにしてくれてたら、全部上手くいってたと思うんだけどぉ…今更言っても手遅れだけど、もうちょっと何かが違ったら、全員幸せルートもあったと思うんだけどなぁ…後の祭り過ぎる。


「カヌレ」

 ロジャーに呼び掛けられ、我に返る。頭も心もぐっちゃぐちゃのごっちゃごちゃだが、それは臆面にも出さない。

「お前、これからどうするつもりだ?」
「…これから……」
「怒りのビッグ・マム海賊団から、非力な世間知らずが二人、どうやって逃げる?」

 私は首を横に振り、正直に答えた。

「実を言えば、そこまで考えてないの。正直、死ぬ確率の方が高いと思ってたから」
「そんなんでよく逃げ出そうと思ったな?」

 そう言われても、実際そうだったんだから仕方あるまい。そんなことも考えられないくらい、私達は切羽詰まっていたのだ。だって駆け落ちを決意した二日後に実行したんだもの。

「理想は新世界を出ることだけど、彼はともかく私は賞金首だから、正規のルートでは“赤い大陸”を越えられないし…魚人島を通るにしても、そもそも船がないし…だからせめて、誰も目に止めないくらい小さな島で、目立たずひっそりと暮らしたいわ」

 私達の身長と私の顔面がそれを許さないだろうけど、別に理想を語るなとは言われてないしね。案の定、レイリーは私達の行き当たりばったり過ぎる計画と楽観的な思考に呆れた顔をしたし、ロジャーはゲラゲラと腹を抱えて笑った。子供達は何とも言えない微妙な顔で、「目立たず…?」と呟いている。わかってるよ、私達に“目立たず”は無理だってことくらい。

「……よし、気に入った!!」

 やがて、一頻り笑い終えたロジャーがそう言った。またしても私はその意味がわからなくて首を傾ける。

「お前達を、楽園まで送ってやろう」
「「「!!?」」」

 私と子供達の反応がシンクロした。だが、驚いたのは私達だけで、レイリーは特に何を言うでもなく、黙ってロジャーを見ていた。

「どうせおれ達も、一から航海をやり直すために、“偉大なる航路”を逆走するつもりだったんだ。そのついでに、楽園の適当な島で下ろしてやる」
「!…あ、ありがたいことだけど…でも、どうしてそこまで……?」

 今日会ったばかりなのに。私はライバルの娘なのに。私達を庇う義理は、ロジャーにはないのに。

「これと言った理由はねェが…強いて言うなら、お前の自由を求める生き方に共感したから、ってとこか」

 そしてロジャーは、眩しいくらいに快活で、無邪気さを感じる笑顔を浮かべた。

「不本意だろうが、お前も一応海賊なんだ。やりてェようにやらねェと、海賊やってる意味がねェだろ?なぁ、相棒」
「そうだな。まぁ、これでしばらくは船内が明るくなる」
「わはは!確かにな!何せ新世界一の美女と名高いシャーロット・カヌレが、短期間とは言えうちの船に乗るんだからな!」

「仲良くしようぜ!」とほぼ無理矢理肩を組まれても、嫌だと突き放す気になれないのは、きっとロジャーの天性の才能なのだろう。
 自由で、子供みたい。見た目と相まって、私が思う海賊らしい海賊という印象を受ける。ママも自由で子供みたいだけど、ロジャーのそれとは少し違う。何故だか、とても好ましい。

「ありがとう。ロジャー、レイリーも。…もちろんシャンクスとバギーも。本当にありがとう」

 何度お礼を言っても言い足りない。触れた優しさが温かすぎて、また泣きそうになる。それを察知したロジャーは、「泣くな泣くな!おれが泣かせたみてェじゃねェか!」と訴えてきた。それを聞いて、子供達が楽しそうに笑う。初めて会ったばかりなのに、そうとは思えないような空気感。それを作ったのが、ママのライバルの一人だなんて。実際絆されても尚、信じられない。あぁ、ヤバい本当に泣きそう…

「さぁ、カヌレ。また大泣きする前に、コンフィの所へ行ってやれ。まだ眠っているかもしれないが、傍にいてやるといい」
「そうだな。お互い元気な顔を見せ合って来い。シャンクス、バギー、案内してやれ」

 二人の心遣いをありがたく受け取って、私は子供達に導かれるままに歩き始めた。その小さな背を見つめていると、否応なしに思い出される。


『姉さん』
『カヌレ姉』
『カヌレ姉さん』
『お姉ちゃん』


 浮かんでは消える声を思えば、化膿した傷口をつつかれるような心地になる。でも、そんなことは百も承知だ。その痛みをも背負うのだ。そういう選択をしたのだ。コンフィとの幸せを掴んだ反対の手で、家族への罪悪感を握り続ける。それが自分で決めた、“私の人生”だ。

「コンフィさん、起きてるといいね」

 シャンクスが私の顔を見上げてきた。「そうね」と微笑んだ私は、家族の現影を振り払って、この先の人生を分かち合っていく人のことを思った。

 
 彼は起きているだろうか、眠っているだろうか。起きていたら、何と声をかけようか。眠っていたら、頬を撫でてキスでもしてみようか。…あぁ、もうなんだっていい。なんだってできる。だって私達は、自由なんだ。

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