435話 心中お察しする
エニエス・ロビーでの大事件から5日が過ぎた。その間、ルフィのおじいちゃんが襲来したり、“司法の島”で共闘したフランキーが新しい船を造ってくれることになったり、サンジと共に買い出しに行った先で何やら一人芝居──切れ切れに聞こえた単語から察するに、一味に戻る際のシュミレーションなのだと思う──しているウソップを見かけたりしたが、私達は各々平穏な日々を過ごしていた。
事件のことはすでに新聞に載っていたけれど、フランキー一家やガレーラカンパニーの人達一般人のことは何故か何一つ書かれていなかった。しかし、その代わりとでも言うように、私達のことは酷い書かれようだった。世界政府に喧嘩を売ったことは事実だけど、“司法の島”が焼け落ちたことまで私達のせいになっていたのである。島が燃えたのは、CP9のあのバカな長官が誤ってバスターコールを発動させたからだし、燃やし尽くしたのは海軍の砲撃なのに。
今頃、新聞を読んだママとパパは白目を剥いてぶっ倒れているに違いない。
そんなことを考えていると、ようやく“記録”が貯まったとナミが声を上げた。私は出来上がったスイーツ──冷たいヨーグルトアイス──をテーブルに並べながら、ナミの腕につけられた“記録指針”を覗き込んだ。次はどっちの方角に進むのだろう。しかし奇妙なことに、指針は若干下を指しているような気がする。…と、ココロさんが口を開いた。
「おめェ達…その記録を辿るとどこへ着くのか知ってんのかい?」
「いいえ。どこ?…何だか少し下を向いている様な…」
「そうだよね…」
顔を見合わせてキョトンとする私とナミを見て、ココロさんは声を立てて笑った。
「そりゃそうら。次の島は海底の楽園、“魚人島”らよ!」
「……海底?」
「え〜〜〜!!?」
瞬間、近くにいたサンジが発狂した。大きな声で鼻息荒く興奮するサンジから、私はすっと距離を取る。
「魚人島は“偉大なる航路”の名スポット!!世にも美しい人魚達が海上に弧を描き、魚達と戯れる夢の王国!!」
サンジの目は、美女を前にした時と同じようにハートになっていた。私は呆れて目を回す。魚人島の名前くらいは私も知ってるし、物語の中でしか見たことがない人魚を見るのは楽しみだけど、ココロさんが言った「海底」というワードが引っ掛かって、正直それどころではない感がある。
海底にある島。魚人達の王国ならば当然だろうが、果たして人間はどうやって行くのだろう。
サンジがココロさんに失礼な態度──ココロさんが“シラウオ”の人魚であることを、サンジは未だ受け入れていない──を取っている傍らで、ロビンは私が考えていたことと同じことを溢した。
「“海底”っていうのが気になるけど…」
「そこはまー行ってみりゃわかるよ。問題はそこじゃらいね」
「?」
「そこじゃないんだ…結構な問題だと思うんだけど、海底って……」
「一面を見な。最近の新聞ら」
ココロさんがテーブルに置いた新聞を、ナミが受け取った。私も読もうとしたのだが、ルフィとチョッパーがアイスのお代わりを所望してきたため、それは敵わなかった。その分、ナミが記事を読み上げてくれた。
「「今月もまた14隻…船が消えた」……?どういうこと?」
「すごく荒れる海域ってこと?」
だとしても、うちにはナミがいるからなんとかなりそうな気もするが。だが、ココロさんは首を横に振った。
「“魔の三角地帯”」
「!?」
「“楽園”へ到達する為に必ず通ることになる海域ら。その海では毎年100隻以上の船が消息不明になるんら」
そして後々船から船員だけが消えちまった船が見つかったり…
「死者を乗せて海をさ迷う“ゴースト船”の目撃情報が後を絶たない」
チョッパーが悲鳴を上げ、ナミがガタガタと震え始めた。対照的にルフィは、生きた骸骨に会えるのではないかとテンションを上げている。……生きた骸骨?
「お前どんなイメージだ、それ」
「普通“ゴースト船”って聞いたら、幽霊とか想像するものじゃないの?」
「トーファちゃん、ルフィに“普通”を求めても…」
「……それもそうね。でも、ホントに幽霊がいるなら面白そうね。幽霊って、斬ったり殴ったりできるのかな?実体があるのか、空気みたいなものなのか…」
「お前は幽霊に何をするつもりなんだ」
ゾロのツッコミに、ロビンが小さく笑っている。「凛々しいトーファちゃんも好きだー!」と、サンジがハートを飛ばしてきた。そのハートを避けつつ、私はココロさんにどうすればいいのか尋ねた。ココロさんの答えは明瞭だった。
「とにかく、遭難の多い危険な海ら。出港前にしっかり準備しておくことら」
…なるほど。ならば、食糧は普段よりも多く積んでおいた方がいいかもしれない。食糧があれば、最悪遭難したって死ぬこともないだろう。船さえ壊れなければいいわけだが、その船も一流の船大工であるフランキーが、極上の木材──宝樹“アダム”という、何が起きても倒れない最強の木だそうだ。なんとあの海賊王の船も宝樹“アダム”で造られているらしい──造ってくれているのだから、何も心配することはないだろう。
だが、ナミとチョッパーは恐怖に戦いてしまって、ココロさんの忠告を聞いていなかった。完全にしり込みしている。そんなナミに、「商船や海賊船の成れの果てのゴースト船には…「宝船」の伝説がつきものよね」と、ロビンが声をかけた。う、上手い煽り……!!おかげでナミは一気に乗り気になった。
「“ゴースト船”を探すのよ!!」
「任せろー!!」
「えー!!いやだー!!」
「ただの遭難なら、食糧も十分積んでくつもりだ。心配ねェ」
「宝船か…刀もあるかな」
「幽霊出てこないかなぁ。会ってみたいなぁ」
そうやってワイワイ好き勝手に騒いでいると、外からルフィを呼ぶ声がいくつも近づいてくるのに気がついた。飛び込んできたのは、キウイさんとモズさん、そしてチムニーとゴンベ。「何か用か?」と尋ねたルフィに、彼らは息切れしながらも晴れやかな顔を向けた。
「フランキーのアニキが…!!みんなを呼んで来いって…!!」
「“夢の船”が完成したんだわいな!!!」
「すっごいのできてるよーっ!!」
私達は誰からともなく、今日一番の歓声を上げた。
“夢の船”…一体どんな船だろう。お風呂や女部屋も気になるけど、やはり気になるのはキッチンだ。内装や機能はもちろん、コックであるサンジとパティシエである私の願いは、“鍵つき冷蔵庫”の導入である。
「えー!?もうできたのか!?随分早ェ!!」
「よし!すぐ行こうぜ!!」
「うおおおー!!」
「キッチン、どんななのか楽しみだね、サンジ。早く見に行こ!」
「…イ喜んでーっ!!!トーファちゃあ〜ん!!」
「……」
…いや、別にそんな特別な意味で言った訳じゃないんだけど。同じキッチンを使う者同士だから声をかけただけであって。……まぁ、サンジらしいと言えばそうなんだけど。私が能力を使うまでもなく──よほどのことがなければ仲間には使わないし、そもそもあまり効かないけど──、サンジはいつもこんな感じだから、気にしても仕方のないことだけど。
飛んできたサンジを軽く交わして、私はすでに外へ出ていたみんなを追いかけた。サンジが後ろで、盛大に壁に激突している音がしたが、彼の体は驚くほど頑丈なので心配することもないだろう。
仮設本社の建物から出ると、ちょうど向こうから大勢の人影が大声で叫びながら走ってきているのが見えた。フランキー一家だ。その先頭を走っていたザンバイさんは、切れ切れになった息を整えながら、何とか一息に言い切った。
「実は…無理を聞いてもらおうと……手配書……!!見ましたか!?」
「手配書?」
「あんた…!!とんでもねェ額ついてるぜ!!麦わらさん。それに…他のみんなも追加手配されちまってる!!」
「おれもか!?やった」
「私も!?」
「おれも!!?」
「私も?」
サンジ、ナミ、チョッパーの声に重ねて尋ねると、「話すより……見てくれ!!」とザンバイさんは懐から取り出した手配書を広げた。
はらはらと宙を舞い、地に落ちる手配書達。真っ先に目に飛び込んでくるのは、ルフィの満点の笑み。見慣れた、我らの船長の手配書だ。続いて、私と出会った頃にはすでに懸賞金がかけられていたゾロと、ロビンの手配書。そして…
「あんたら8人全員の首に賞金が!!!」
「うはーっ!!上がったー!!」
ルフィの歓声をBGM代わりに、私は一枚の手配書を拾い上げた。
映っているのは、自分の横顔だ。背景からして、撮られたのは軍艦の上。恐らく、フランキーと共にロビンを奪還した後、海軍から脱出用の軍艦を奪った時に撮られたものだろう。どこからか見られていることに
「あら。…あなたにぴったりの異名ね。それに額も、あなたの活躍に見合ってる」
ロビンが、私が掴んでいた手配書を見てそうコメントした。私は、自分の写真の下に書かれた文字と数字を指で辿った。
海軍が私につけた異名は、“魅惑のトーファ”。この首にかけられた懸賞金は、4500万ベリー。初めてにしては、なかなか高額かもしれない。しれないけど…っ!
「なんか…納得いかない!」
なんだ、“魅惑のトーファ”って。“魅惑の”ってなんだ。もっと格好良い異名あったでしょうよ!“海賊狩り”とかさぁ!!
「そう?私は素敵だと思うけど…」
ロビンは微笑んでいるが、私としては何だか複雑な気持ちだ。
ママが“ヴィーラ”という一族のハーフであることを知ったのは、実は麦わらの一味と出会ってからだった。正確には、ロビンと出会ってからである。
私が、初対面のウソップ──あの時は島を荒らしに来た悪い海賊だと思ってた──に能力を使って一瞬とは言え言いなりにして操ったこと、私とママの目の色を含めた容貌を見たロビンが、「もしかして、ヴィーラの血を引いているの?」と尋ねたことがきっかけだった。そこで初めて、ママが人間とヴィーラのハーフで、私がクォーターだと知ったのだ。
ヴィーラ族とは、この“偉大なる航路”の遥か遠く、人里離れた土地に暮らす稀少な一族。老若男女問わず、皆白銀の髪と青い瞳を持つ、夢のように美しい種族なのだという。美しく、儚く、それゆえに人の理性を溶かす魔性。ヴィーラの青い眼差しに見つめられたら、人は理性を失い、言いなりになる他なくなる。私は、そんな種族の血を引いていたのだ。
ロビンからそのことを教えられたとき、私は自分が無意識のうちに使っていた力が、ヴィーラの血を引いているがゆえのことだと知った。そしてルフィ達の船に乗ると決めた時には、この力がみんなの役に立つのならとも思った。…まぁ今のところこの能力の恩恵を受けているのは、誰よりもナミ──彼女のお買い物に付き合って、値段交渉の時に使って
格安値引きしてもらうことが多い──だったが。
これを初めて、積極的に戦いの場で使ったのは、先のエニエス・ロビーの一件。海軍から軍艦を奪うのに、大量の海兵を相手にするには今の私の剣技だけでは不十分だったからだ。クォーターの私が操ることのできる一瞬を使って、視線が合った海兵を束の間同士討ちさせて混乱させ、まとめて斬る。そうやって戦ったのだ。…それが関係しているのだろうか。
「政府の人間なら、ヴィーラの身体的特徴も知っているはず。あなたの容姿や能力から、あなたがヴィーラの血を引いていると気づいたのかもしれない」
「なるほど…」
「でも、すごく素敵よ」
ロビンの推理は概ね合っているのかもしれない。これも彼女に教えてもらったことだが、ヴィーラの最大の武器である“美貌”は、親から子に受け継がれるのだそうだ。だから純血のヴィーラは例外として、ハーフであれクォーターであれヴィーラの血が混じった者は、それを伝えた親によく似るのだという。すなわち、私がママに瓜二つなのは、ママがヴィーラのハーフだからで、ママがよく言っていた“パパの遺伝子仕事してない説”は成立しないのだそうだ。ロビンの話を聞いたママは、「それなら私の父親も、私によく似ているかもしれないわね」と言っていた。
その時のやり取りを振り返りながら、私は写真をもう一度見た。ママと同じピンクの巻き髪。戦塵のため瞳の色までは写真からは伺えないが、これもママからもらった青い宝石。物心ついたときから今に至るまで変わらない超絶美女で、スタイル抜群で、めっちゃ優しくて、子供好きで、料理上手で、特にスイーツは絶品で、変なところで能天気で、パパ曰く「時々ちょっとバカ」らしいけど、ずっと憧れで大好きなママ。そんなママからもらったモノなら、いまいちな気がする異名も受け入れよう。ロビンの言葉のおかげで、そう思うことができた。
「ありがとう、ロビン!…そうだね。ヴィーラにぴったりの異名だね」
「ふふ…」
顔を見合わせて笑う。…と、そこでようやく私は周囲の状況に気がついた。懸賞金が3億に上がったことでルンルンなルフィと、億越えを静かに喜んでいるゾロとは対照的に、ナミとサンジ、チョッパーは深く深く落ち込んでいる。チョッパーは白目を向いて天を仰いでいた。
「…………ま……まァ心中お察しするというか……色々言いてェことはあるだろうが、その…まー待ってくれっ」
おれ達の頼みってのはこっちなんだ。
「コレを見てくれ」
そうして差し出されたのは、フランキーの手配書だった。4400万ベリーもついている。写真は、軍艦の甲板で撮られたのだろう。
「大変だわいな!!アニキが賞金首に」
「そうなんだ……!!おれ達は何とか免れられたが…アニキはダメだった…」
フランキーは海賊じゃないのに…と思うものの、彼はCP9を一人倒しているし、そもそもはロビンと共に司法の島に連行されていたのだ。散々暴れたフランキー一家やパウリーさん達を“一般人”と称することはできても、フランキーはまではさすがに無理だったということか。それだけ、エニエス・ロビー、ひいてはCP9を落した意味は大きいというわけだ。よくも悪くも。
「このW7にいちゃあ、アニキの命が危ねェんだ!!今度捕まったって…」
おれ達の力じゃ、もう助け出せねェ!!
「きっとアニキは、おれ達が心配で島を出ようとしねェからよ…!!そんで、みんなで話し合ったんだ…!!」
ザンバイさんは、そこで言葉を切った。そして、ぐっと何かを耐えるように、無理矢理心の奥から絞り出すように訴えた。
「麦わらさん、頼む!!無理矢理でもいい!!アニキを海へ連れ出してくれ!!」
私は大きく目を見開いた。他のみんなもだ。だが、ザンバイさんと向き合っているルフィがどんな反応をしていたのか、私の位置からは見えない。
フランキーのことは私も好きだし、他のみんなもそうだろう。一緒に冒険できれば楽しいと思うし、“船大工”を探していた私達にとってはありがたい話だ。だけどそれは果たして、フランキーを無理矢理連れ出すことの免罪符になり得るだろうか。
立ち尽くす私達と、懇願するように膝をつくフランキー一家。その間を、静かな波風が漂っていった。