眼帯ウサギ
俺はギターを背負って単身で上京の道を選んだが、一緒にバンドを組んでいた友人の上田はなんとなくの理由で大学に進んだ。進学校だったからか、クラスメイトの過半数はそんな理由だ。
両親は周囲が大学に進学するのに、俺だけほとんど叶わぬ夢を追うことに関して何も言わず、自分で選んだ道なら全うする責任をもちなさいと送り出してくれた。程よく放任主義の親で助かった。
それから2年、二十歳の春。路上で弾き語りをしていたところ今の事務所にスカウトされ、どういうわけか歌姫としてデビューをした。
中性的な見た目と歌声を評価されたのは嬉しいが、自分を偽ったまま世に晒されるのは本当の自分をみられていない気がして、決していい気分ではなかったし、プロデューサーは俺を売り物のように扱っている感が凄まじかった。いつの間にか俺は自分のプライドを殺すようになっていた。
しかしそんな俺の気持ちとは正反対に物事が気持ちよく運び、オリコン初登場でいきなり1位をかました。中性的な歌姫というのはものすごい反響があったらしい。
こうしてオリコン1位になった打ち上げの2次会で、プロデューサーとその他大勢でなぜかキャバクラに行くことになった。東京らしいというかなんというか、この業界の偉い人はとにかく派手に飲むのが好きだ。
その打ち上げのキャバクラで俺はとあるキャストに一目惚れをした。
源氏名をアリスと名乗った彼女は、目は切長で睫毛が長く、色白で背中まである金髪と赤いマーメイドドレスがよく似合う女性で、他のキャストから群を抜いてとにかく美人だった。
俺が主役のはずなのに、プロデューサーがど真ん中でキャストを独り占めしていたため、ボックス席の隅でシャンパンをシャンデリアにかざして光の反射を独り楽しんでいた。高級な酒を飲むのはこれで最後かもしれない、と思っていたからだ。
ところがプロデューサーがトイレに席を立ち、残ったのが俺とマネージャーだけになった時、アリスさんが隣に座った。
苺のような香水が香った。
「君、歌手なんだね」
「まあ……そんなもんですね」
「さっきの人から聞いたわ、俺ができなかったことを叶えてくれるって」
「売れるのはプロデューサーの夢だったらしいですからね、俺は自由じゃなくても歌えればなんでもいいんですけど」
アリスさんが俺の顔を覗き込んだ。
唇が艶やかな紅だ。
「本当の自分で生きればいいのに」
困ったような笑顔から紡がれたその言葉が、俺の中の歌姫を殺した。
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