02
「マスター、ずっと寝れてないって」
華美なヘッドドレスをかぶり、別珍生地の青いジャンパースカートに身を包んだハルカちゃんは、そのマスター、有栖川さんが目の前にいるカウンター席に座り、本人に聞こえているのにもかかわらず話を続ける。 目前の有栖川さんはいつも通り金髪を高いところで一つに結い、白いブラウスに赤いカーディガンを羽織っていた。甲冑をまとい武器を携えている人々が居座る酒場では、彼女だけが切り取ったかのように異質な雰囲気をまとっている。
「で、死ねば寝れるかなという謎な考えでね、今回みたいなこと繰り返してるの。でもいくら死のうとしても気づいたら廃教会の前に戻ってるって」
「遥菓ちゃん、その話は恥ずかしいからそこまでにしようか」
有栖川さんが遮るように口を開き、ハルカちゃんに微笑みかける。ハルカちゃんは、口を閉ざしなんとなく気まずそうに微笑み返した。
そこのやりとりに少し違和感を感じたのだが、特に気に留めずにビールを啜った。有栖川さんは変わらぬ笑顔でローストビーフを切っている。
「で、ミヤさんはいつからこっちの世界に?」
気まずくなったハルカちゃんは、逃げるように左に座る俺に話しかけた。
俺は世界がどうこうよりも有栖川さんは現実世界と大差ないなのに、ほぼ身内であるハルカちゃんに何故か生えている羊角の方が気になり、そこばかり眺めてしまう。
「その前にハルカちゃん、なんでそんな格好か知りたいんだけど」
「格好どうのこうのよりもっと慌てることないんですか? ここはどこなのか、なんで見知った人が普通に暮らしてるのか、とか」
「それらは夢ってことで片付くからな。百歩譲ってそのガチクラロリはありえるとしても、俺にはハルカちゃんの目の色とその羊角が気になる」
俺の知っているハルカちゃんは、ちょっと派手目な女の子ではあったが、目の前にいるのは金色の瞳にベリーピンクの髪、耳のやや上あたりには悪魔風な羊角が禍々しく塒を巻いている風貌である。ちょっとどころではない、ド派手だ。
そう言ってる俺も、瞳が赤色へ、紅色の着物に黒い袴、その上に抹茶色のモッズコートといった和洋折衷とも言い難い格好になっている。
その中で変化が全くない有栖川さんはやっぱり異常だった。
本当にどこか違いがないかとそんな彼女をまじまじと眺め、眺めた結果長いため息を吐いてしまう。長い睫毛が印象的などこか憂げな横顔、艶やかな金髪に雪のように白い肌。横柄な客にも優しい。どこまでも完璧だ、美しい。
「面食いすぎて呆れる。チロルが何してるかも興味ないんですか」
「ちーちゃん?」
自分を放って置かれて少し不機嫌になったハルカちゃんが噛み付くように言った。
チロルとは、訳あって俺の養子になった子だ。本名はちよりなのだが、本人の強い意向でチロルと呼ばれている。俺だけが引き取った昔からちーちゃん呼びだ。
「チロルは無事にこの世界で魔王になりましたよ」
「相変わらず色々ぶっ飛んでるな我が子よ」
人間嫌いなのにメイドカフェでバイトしたり、めんどくさがりなのに楽器を練習したり。まあ天邪鬼な部分はあるけれど、あの姿で魔王とは流石にキャラ渋滞ではなかろうか。夢の世界だからと言って色々やりすぎだろ。
しかしハルカちゃんと同じ羊角で金色の目をしたちーちゃんを想像したら、なかなか天使だった。
「私は侍女として魔王城で働いてるんですけど、勇者追っ払うだけでお金もらえるのでコスパもいいですしね。ミヤさんも仕事見つかるといいですねえ」
「夢の中でまで仕事のこと考えても仕方ないだろ。どうせ朝になれば覚めるんだから」
「ミヤさん、まだ普通の夢だと思ってるんですか?」
いつになく真面目な声色で言い放ったから、思わずぎょっとしてしまう。向いた先の彼女の顔は真剣そのものだった。金色の瞳に映る俺の眉間にシワが寄っている。
逃げるように右手のビールジョッキに視線を落とした。ビールの色がハルカちゃんの瞳と同じだった。
ハルカちゃんは続けて喋る。
「ここにいる全員が毎晩向こうの世界で眠るたび、ここの世界で目覚めているんです。夢の世界と言えども、生活を考えなきゃだめですよ」
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