05



いつもはこの時間にレジ係のはずだが、有栖川さんはいなかった。 
カレーの材料を詰め込んだカゴを持って、レジ前を右往左往していたところ、スーパーの制服である赤いエプロンをしたおばちゃんに話しかけられた。 
 
「あら、いつもいおりちゃんのレジを選ぶお兄さんじゃないの」 
「や、選んでるわけじゃないんですけどね……。彼女、今日休みですか?」 
「いおりちゃんね入院してるのよ。多摩川の病院なんだけど、よかったらお兄さんお見舞い行ってあげて」 
 
半分ストーカーのような男にここまで話していいのだろうか、と思いつつもありがとうございますと会釈した。 
おばちゃんは何か進展があったら教えてね、と笑顔のままレジの奥へ消えた。 
多摩川の病院であれば、老人ホーム併設のあそこだろうか。しかし身内でないものが突然行ってよいのか手土産はどうしようか、とか考えながらもスーパーを出た。 
 
上の空で買い物をしたため、両手にレジ袋を下げる羽目になってしまっていた。何も考えず食材より酒をすごい買った気がする。 
 
「お、ミヤさんお久しぶりです! ちょうど届けたいものがあってミヤさん宅行こうとしてたんですよ」 
 
聞き覚えのある声がして振り返った。ハルカちゃんだ。 
 
「でも久しぶり……なんですっけ」 
 
彼女は顎に手を当て考える素振りをし、目線を俺の持つレジ袋に落とすとしばらくそこばかり見ている。 
栗色のロングヘアが光でピンク色に透けている。ライブ以外はすっぴんが普通なのに、今日はなぜか少し化粧気がある。 
 
「俺の家来るなら片方持ってほしい」 
「いいですよー、軽い方なら」 
 
酒類が詰まった方を渡すと、中身を一瞥したハルカちゃんは苦笑した。食材がないって言ってるのに酒をしこたま買ってしまうのは悪い癖だ。 
アパートに向かって歩き始めた俺の斜め後ろにつくハルカちゃんは、そこそこ重いと思うのだが文句言わずに持ってくれている。ちーちゃんだったら絶対持ってくれない。いやそもそもあの子は外に出ないな。 
 
「珍しくビール呑むんですね。いつもジンとか洒落たものしか呑んでないじゃないですか」 
「昨日ビール飲んだら案外美味くてな、やっぱり歳をとると……」 
 
あれ、俺ビール飲んだっけ。 
昨晩はジンにアプリコットジャムを入れて飲んでいた気がする。曲を作る時は決まってそれのはずなのだが。 
首を傾げてなんとなく空を見ると、橙色に滲む昼過ぎの月が目に入った。 
何かを忘れている気がする。 
 
「どうしたんですか、寝ボケてるならちゃんと寝溜めなんてしないで寝てくださいよ」 
「ちゃんと、寝て……寝ている……、思い出した! ハルカちゃん昨日の夢って覚えているか? 昨日俺たちは夢の中で会っているはずなんだ! そう、有栖川さんもいた……、ずっと話していないのに最近会った気でいたのはこれか。ハルカちゃん、ちょっと俺と一緒にカレー作らないか?」 
 
嬉々としてハルカちゃんの方を振り返ったのは良いが、思い出してすっきりした俺とは真逆で、彼女は真顔だった。 
 
「新手のナンパですか? まあ、家に行くだけならいいですけど」 






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