伊太利亜
『・・・』
「どうした?」
まるで肉体だけ残してどこかに行ってしまったように、
生ぬるいお金持ちの家で花よ蝶よと愛されて育ってきたとしか思えないほど純粋に笑う彼女は、
見間違いかと思うほど俺に似て希望もなにもないどす黒い目をした。
俺が声をかけると彼女は一歩俺からその身を離し、そのまま彼女の後ろに振り返って表街道へ続く道へと走り出した。
「待て!」
『?』
「名前を教えてほしい!」
俺は咄嗟に彼女を追いかけ、すぐにその腕をつかんだ。
簡単に握りつぶせてしまいそうなほど、細く綺麗で吸いつくような白い腕。
せめて名前を、そう思ったが俺の言葉は彼女には伝わらない。
言葉が通じない、このもどかしさがこんなにも・・・
風が吹き、彼女の綺麗な黒髪が光に照らされて何処か深い森のようなエメラルドの色の光をはなち、せっけんの香りが俺を包み込んだ。
『女の子には優しくしないとダメなんだよ?』
「えっ///」
一瞬理解が出来なかったが、彼女がまた俺に笑いかけてくれた。
純粋で、海や太陽のようにきらきら光る眼で、俺を見ながら笑ってくれた。
気がついた時には、俺は家に帰っていて、
腕に巻かれていた刺繍の入ったハンカチとリボンを綺麗に洗い終え、
イスに座ってそのハンカチをボーっと見つめていた。
そうだ、俺はあのまま誰にも会わず家に・・・彼女の事が頭から離れなくて、
少しでも汚したくなくて折角巻いてくれたリボンとハンカチをはずしたらもうすでに傷口はふさがっていて、
不思議に思うより早く温めのお湯でハンカチを洗ったんだ。
リボンの方は丈夫な素材でできていて、血も綺麗に落ちたが、
ハンカチは少々拙いながらも手作り感のある暖かい綺麗な刺繍に染みついていて、
シミは完全にはとれなかった。
シーザー「晃・J 「J」は名字だよな・・・晃・・・」
名前の隣に刺繍された猫のシルエットに彼女の姿を思い出す。
見間違いだったのだろうか、彼女の頭に猫の耳のようなものが見えたのは・・・。
しかし、そんなことなんてどうでもいいと思えるほど、俺は彼女の名前を知ることが出来たことに嬉しさを感じていた。