1
僕は、オメガだ。その、典型的ともいえるオメガだ。何をやるにもとろくさいと言われるし、勉強には付いていけない。運動だって得意じゃない。何をしても、ダメダメ。それが、僕音無幸助。
学校でも、とろい僕は嫌われ者。仕方がない、みんなと同じようにはできないんだから。
せめて、高校だけは卒業してという母の願いに、父が頷いたのを見て、僕は名前だけ書けば入れるような高校に願書をだして受かった。
そこは、実家のある場所から少し遠くて朝早く出なきゃいけなかったけど、小中の学校が同じ人がいなくて良かった。友達はできなかったけど、それでも今までのあの視線が無いだけ、マシだった。
遠いから、少しでも母や父の為になればと、僕はバイトを始めた。実家の近くのコンビニで。
慣れないことだらけで、迷惑をかけてばっかりだったけど、それでもみんな、僕のペースでやればいいって言ってくれた。
怖い人も入ってきたけど、見た目だけで僕があたふたしてたら、助けてくれた。ちゃんと、僕の話を最後まで聞いてくれた。とっても、いい人だった。
店長は、アルファだけどオメガの奥さんがいるから、オメガに偏見とか無いって言ってた。だから、社会的に差別されやすいオメガを積極的に雇っているって。とても、いい人だと思った。
このコンビニは、アルファの人も買い物に来る。アルファの人ってたいていは隠すことをしないから、匂いで分かる。分からないのは、オメガの人。ベータと同じように匂いがしない。けど、発情期になれば少し違う。微量な匂いがする。番のいるバースの人は、幸福な匂いがする。とても、幸せそうな匂い。お父さんとお母さんや店長がそう。
怖いのは、番の居ないフリーのアルファの人の匂い。強そうだと思えば思うほど、とても怖い匂いがする。そういう人の匂いが、幸せそうな匂いに変わると、ほっとする。
市村くんによく会いに来ていた彼の匂いが、市村君と同じ匂いに変わった時も、とてもホッとした。初めて会った時は泣きそうになったから。
そんな僕は、バイトを始めて3年目。つまり、高3になったと言うこと。就職活動をしなければいけなくなったということ。僕は、何件か面接を受けてはいるが、いい返事を貰ってはいない。お母さんは焦らなくていいと言ってくれた。このまま、バイトを続けながら探して行くのはどうだろうと。店長にも相談してみたら、それがいいと思うって言ってくれた。このまま、社員として雇ってもいいと。店長の好意に甘えるのもいいけど、もう少しだけ自分で頑張ってみたかった。僕はお父さんの後継ぎにはなれないから、仕事を探すしかなかった。
そんなある日のことだった。
「・・・えっ?どど、どうし、どうしよう?」
学校からの帰り道、道すがらゴミ捨て場に人影が一つ。
家はもうすぐそこで、迂回路は僕の頭の中にはない。僕はいつも同じ道を通るから。
学校から家までの道のりを、一つしか覚えていないから。
困ってしまった。
不良っぽいその人影は、ゴミ捨て場のゴミ袋の中に埋もれていて、ところどころ傷痕も見える。
電柱の陰から、その人を覗くも、動き出す様子はなくて、ぐったりしている。
恐る恐る側によって、動かない事を確認すると、ほっと息をついた。
いったん、走って通り過ぎたものの、気になりすぎて、反対側の電柱の陰からまたこっそりとその人を覗き見た。
やっぱり、ぐったりとしたその体は動き出す様子が無くて、そろそろと側による。
近づけば、俯いた顔も見え唇の端が切れているのもうかがえた。
どうしようか迷って、ポケットからハンカチを取り出すとそっとその唇をぬぐった。
痛みが走ったのか、無意識だろうか、即座に動いた彼の手が僕の手を掴んだ。
ひっ、という声が漏れたけど、彼はぐったりとしたままだ。
うっすらと開いた目に、睨まれたけどその瞳もすぐに閉じられてしまい、ホッとする。
僕を掴んだその手が、ほのかに暖かくてまだ生きている証がそこにあって僕は安心した。
だけど、どうしてもその手が離れない。
どうしようもなくて、泣きたくなったけど泣いたってどうしようもないから、歯を食いしばって彼を背負った。
背負った彼からは、とてもいい匂いがした。花のような香り。とても、甘くて、でもなんだかさわやかな香り。
僕は、こんなダメダメだけど外見だけは父にそっくりで、身長が彼と身長差は無かった。むしろ、僕のほうが少し高い?
そんな事を考えながら、頑張って僕の家に着いた。
家に着いたら、インターホンを押して母が出てくるのを待った。
「はーい、今出まーす」
と軽快な声が聞こえてきて、玄関の扉が開いた。
「あらあら、幸ちゃん?おかえりなさい。その人だあれ?」
あらあら、と口元に手を当ててニッコリとほほ笑んだ母。
その姿が、少しだけ怖くなっておろおろとしだす僕。
「あ、え、ええ、ええっと、あ、あの、あ、あそ、あそこ、ひろ、拾った」
と、指をさす少し遠くのゴミ捨て場。
「拾ったって・・・、ダメよ幸ちゃん。猫や犬じゃないんだからね」
「で、ででも、す、すて、捨てて、あ、あぁあった、か、から!」
泣きそうになりながら、必死に言うと仕方ないわね、と母は笑って中に入れてくれた。入る時も手伝ってくれて、とりあえず客室のベッドに彼を寝かせた。
手も母が外してくれて、ほっと息をつくと同時に、少しだけ寂しく思ってしまう。
そんな寂しさを感じている暇もなく、僕は母に手伝ってもらいながら、彼の手当てをした。
彼が起きない事には、病院に連れていきたくても連れていくことは出来ないから、とりあえずの処置でしかないけれど、一生懸命頑張った。
それが終わると、僕はハサミを持って庭に降りた。さっき、嗅いだ匂い。この庭にある花に似ている。
その匂いをたどって、僕は一つの花にたどり着いた。持ってきたハサミでその花を一輪だけ切り取ると、家の中に入る。
ごそごそと、花瓶のある場所をあさって、一輪挿しの花瓶を手に取った。花に負けないくらいの少しがっしりとした感じの。
そこに水を入れてから、先ほどの花を挿し、僕はそれを彼の寝ているサイドテーブルの脇へ飾った。
その様子を、母は少し驚いたように見ていたことを僕は知らない。
「・・・んっ」
ベッド脇に腰を掛けて、彼の様子を見ていたら少し息を吐いて身じろいだ。
その事に驚いて、僕は慌てて客室から出て、母の後ろへと隠れる。
「どうしたの、幸助ちゃん」
母のその問いに、僕は首をただ横に振り続けた。
母が困惑しているのは分かるけど、どうにもこの、恐怖とそれから少しの何とも言えない気持ちが混ざり合って、僕には言葉に出すことが出来ない。
少し困ったように笑った母は、僕の出てきた客室の扉から中をのぞき込む。
「まだ、彼は寝ているみたいね。ほら、幸助ちゃん」
そう言って、母は背を押して僕を客室の中に入れた。
「起きた時に、誰かいないと混乱しちゃうでしょう」
「で、でで、でも・・・」
「あらあらぁ〜?彼を拾ってきたのは誰かしらぁ〜?」
と笑って母は僕の頭を二回ポンポンってすると、再びキッチンのほうへ戻ってしまった。
僕は、そんな母と彼を交互に見て諦めてさっきの場所に戻った。
側によれば、香ってくる甘い花の香。甘い匂いは、さっき摘んできた花の香りにそっくりで、さわやかさは少しハーブみたいな感じがする。
そんな香りに酔っているうちに、僕はそのままうとうとと、目を閉じてしまった。
- 8 -
[*前] | [次#]
ページ:
main