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飛鳥は自分が検査されているときに、一色が採血されていたことを知った。それは、サンプルとしてという事は、他のオメガのためにも使われるかもしれない、と言う事だ。何故か、その事実に不快感を覚える。が、何故か一色から頭を撫でられて困惑しているうちに名前を呼ばれて、飛鳥はおじいちゃん先生の待つ診察室へと足を踏み入れた。
「うんうん、結果は良好みたいだね。お薬、前回と同じく出しておくよ」
そう言って、カルテにさらさらと書いていくおじいちゃん先生。飛鳥はホッととりあえず息を吐いた。
「でも、油断は禁物だからね。何かあれば、すぐに受診すること。いいね?」
おじいちゃん先生の言葉に、頷けばいい子だと頭を撫でられた。ちょっとだけ、気恥ずかしくなる。
診察室を出て、受付で会計を一色が済ませる。自分で払う、と言ったが飛鳥の財布は一色が持っていて、それを一色が返すことが無いと分かれば、不可能に近い事は明白だった。結局、全てを一色が済ませてしまい、飛鳥は居たたまれない思いでいっぱいだった。
薬を受け取ると、受付のお姉さんはいつものように良い笑顔で、お大事にしてください。と言って見送ってくれた。
病院から出ると、一色にお前の家どこ?と聞かれたので、誰が教えるかと言えば、そう言えばと言って財布の中の免許証を見られたので、それすらも空振りをした。
マンションの来客用駐車場に一色が車を止めると、一緒に部屋まで着いてきた。飛鳥の家は、一色の家のように物が無いわけではなく、それなりに汚れていた。その中に一色を入れることすらためらいが有ったが、一色はそれを知ってか知らずか押し入って来た。
始めて来たはずなのに、勝手知ったるといった形で飛鳥のものをあさり出した一色は、飛鳥にこれでいいか、と適当な大きさのバッグを投げて遣す。何だよこれ、と飛鳥が問えば着替えいれろよ、とさも当然のように一色が言う。どういうことだ、と飛鳥は間抜け顔になる。
「お前は、暫く俺の家で暮らすこと。いいな」
「なんっ、何でそんなことお前に決められなきゃいけないんだよ!!」
「酔って、前後不覚になるまで泥酔してそんなお前をいったい誰が面倒見るんだ?今のマネとはあまり上手く行ってないみたいだしな」
そう言われて、飛鳥はくっ、と下唇を噛んだ。
「だからって、何でお前……」
「じゃあ、そのマネージャーと俺とどっちがいいか決めろよ」
ギラッとした目で睨まれた飛鳥は、ひゅっと喉を鳴らした。そうして、ゆっくりと息を吐き出すと、何も答えずに服をバッグに詰め始めた。
それが、雄弁に答えを語っている。
飛鳥は、どうにもあのマネージャーが好きになれなかった。オメガであると会社には申告していて、マネージャーにも伝わっているが、その成果とも思っている。時々、ゾッとするような見下した目で飛鳥を見つめていたり、かと思えば飛鳥の事を嘗め回すような目で見ていたりする彼が好きではなかった。
それならば、一色の方を選ぶのが当然といえた。そりが合わないだろうと、気に入らないだろうと、一色は飛鳥のことを一人の人としてみてくれているのだから。
飛鳥は、バッグに必要なものを詰め終わると、一色の前に無言で立った。
何?終わったの?と言った一色に、飛鳥は頷きを返す。
返事は?と言う一色に、舌打ちをすると更に意地悪く微笑まれた。
「飛鳥は、返事もできないお子様なんだ?それなら仕方ないなぁ」
「だっ、誰がお子様だ!出来たよ!これで良いんだろ!」
クソッと飛鳥が悪態をつけば、一色は愉快そうに笑った。
それから、一色の車に戻ると一色は車を走らせ出した。
一色の部屋に帰るものだと思っていたら、車は郊外に向けて走っていた。
どこに行くのか尋ねれば、夕飯、とだけ答えられる。それは、目的であって場所ではない。
飛鳥は、答える様子の無い一色にため息を吐くと、車窓に映る景色をただぼんやりとん眺めていた。
とある住宅街、その一角にひっそりとした店があった。
車を近くの駐車場に止めると、一色はついたぞ、と言って飛鳥を促してくる。
飛鳥は、始めてくる場所に興味津々と言う顔を隠そうとはしないできょろきょろと辺りを見回していた。
店は、オレンジ色の明かりで、落ち着いた雰囲気を醸していた。ゆったり出来そうな雰囲気に、肩の力が抜ける。
店員に、奥の個室が開いているか、一色が問えば、開いてますよ、とにっこり笑って対応してくれた。ひっそりとした場所で、あまり店内にも人が居ないのにも関わらず個室を選択するのは、やはりモデルとしての配慮だろうか?
「何、この子。始めて見るけど、お前の?」
奥に通されて、暫くすると黒いエプロンを付けた、如何にもって言うワイルド形のアルファが現れた。その登場に、飛鳥は警戒心を強める。
「そうそう、俺の。だから、手出し無用で」
「珍しいな?まぁ、いい。何にする?」
そう問われ、一色はメニューも見ずにアバウトに注文していく。人の意見さえ聞かず。例えば、飛鳥は別に普通の食事も平気だが、胃に優しいものをとか、自分用にガッツ利したものとか、とにかくアバウトだ。
その注文に男はりょーかい、と言って部屋を出て行った。
個室には、沈黙が訪れる。一色は、スマフォで何かを見ているようで、会話をする気が無いのは明らかだ。かといって、飛鳥もこれと言ってする話は無かったので、どうでもよかったが。それでも、飛鳥にしてみれば手持ち無沙汰だ。本当に、こういう時には一色をうらみたくなる。いや、恨んでもいい立場だよな。勝手に手荷物奪われてるんだし。
そうして、何となしに考え事をしていれば、早々に料理が運ばれてきた。
粗暴に見えた外見とは違って、料理はとても繊細できれいだった。
目の前に置かれたトマトのリゾットを一口、口に運ぶとふわりとトマトの程よい酸味と優しい味が広がった。
思わず、飛鳥の口からおいしい、と言う言葉が漏れるほどに。
一色は、飛鳥のその言葉に自分が作ったわけでもないのに、得意げににんまりと笑う。そんな一色が気にならないくらいには、おいしかった。
食べ終わったら、あの店主にごちそうさまと、美味しかったと伝えて一色と飛鳥は店を出た。
店を出て、一色の車で家まで帰った。飛鳥にしてみたら、帰ったというのはおかしな話ではあるが……。
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