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一色に送り届けてもらう、そんな日が続いたある日。
いつもなら、飛鳥を乗せてきたマネージャーは先に現場に入って、いろいろとかくにんしているはずだった。が、この日に限って飛鳥の後を何やかんやと良いながら後ろを着いてきた。その時点で、おかしいとは思っていた。オメガの俺の後を、アルファであるマネージャーが笑って着いてくるなんて。
入ってくるなと言う牽制のつもりで、マネージャーが入る前に控え室の扉を閉めようとしたら、それを足で止められて、中に突き飛ばされる。
飛鳥の周りに、飛鳥を従わせようとするオーラ、マネージャーのアルファのフェロモンが満ちていく。
ひゅう、と喉を鳴らした飛鳥はネクタイを緩めながら近寄ってきた。
そのまま、マウントを取られて飛鳥は震えだす。
咄嗟にマネージャーを突き飛ばして、部屋の外に出る。初めて入るその撮影所は右も左もわからず、飛鳥はとりあえずがむしゃらに走りながら、人影を探した。けれど、不自然なほど誰も居らずますます震えることになる。
スマフォを走りながら取り出して、飛鳥は迷わず一色に電話をかけた。
早く出ろ、早く出ろよ、と祈るように。
電話をかけながら、飛鳥は階段を見つけ、必死に駆け下りる。
降りれば誰かが居ることを願って。
『どうした……飛鳥?」
階段を降りて、適当な場所の扉を開けると同時に繋がった一色との連絡。そしてクリアに聞こえてくるその声。飛鳥が目を見開いて驚く先には、メイリストを纏わせてたった今撮影途中だろう一色と目が合った。
飛鳥は、手からスマフォを滑り落としながら一色に駆け寄ってそのまま抱きついた。
一部、黄色い悲鳴も聞こえてきたが、飛鳥自体それどころではない。
「何があった?」
一色は、最初戸惑っていたようだったが飛鳥の様子にただ事じゃないと知ると、優しく抱きついた飛鳥の頭を撫でながら、いつもなら考えられないほどの優しい声で飛鳥に尋ねる。
飛鳥は、その声を聞きながらも首を横に振るばかり。何があったかなんて一色には把握できない。が、微かに纏わりつく別のアルファの匂いで、何があったかなんて大体把握できそうだ。それに、一色には纏わりついてるアルファがこちらに向かってきている事を、感じ取っていた。
これほど、アルファの力をひけらかしながらやってくるのは、どこの馬鹿だと言う感情を密かに伏せて。
「すみません、うちのアースがこちらに来ていませんか?」
そう言って入ってきたマネージャーはどこかで身なりを整えたのだろう、普段と変わらぬ格好をしていた。アース、とは飛鳥のモデル名だ。
が、飛鳥はマネージャーの声がすると、途端に再び震えだす。
一色が、飛鳥を抱きしめる腕の力を強くして大丈夫、と言うように頭を撫でて背中を優しくたたいた。
「夕月、急で悪いが今日の仕事は全部他に回せるか?」
「本当に急だな。ちょっと待て……」
夕月と呼ばれた、一色のマネージャーは大丈夫だ、と言って一色に笑った。それはそれは悪どい笑みだ。
必死になっている飛鳥はそれに気がつかない。上出来だ、と言った一色はついでに、と夕月に言う。
「飛鳥の事務所に連絡入れとけ。今すぐ飛鳥のマネージャーやめさせろってな。出来なきゃ、飛鳥はうちで預かるって」
はいはい、と言って出来るマネージャーなんだろう、夕月は携帯片手に早速連絡を入れ始めた。
「余計なことをするなよ、モデル風情が!!」
「その、モデル風情よりも格下が俺に意見すんのか?」
マネージャーが、一色の言葉を聞いて怒りを募らせていく。そして、徐々に広がっていくアルファの従わせようとするフェロモン。が、そのフェロモンが一瞬にして霧散していく。一色が、力を使ったのが飛鳥には少しだけだが感じ取れた。
何せ、飛鳥の側から空気がきれいになっていくような気がしたからだ。
それからも分るとおり、一色はマネージャーより格上のアルファなのだろう。
「帰るぞ、飛鳥」
一色は、マネージャーを鼻で笑うと、そのまま飛鳥をつれて歩き出す。
きちんと、今日集まってくれた撮影スタッフに侘びを入れるのを忘れずに。
一色の控え室に入り、飛鳥は漸くはぁ、とため息を吐いて床にへたり込んだ。ブワッと冷や汗か吹き出て、飛鳥の息は荒くなっている。
まるで、全力疾走をした後のように。
一色は、そんな飛鳥に寄り添い、飛鳥が落ち着くまで待っていてくれた。
あのマネージャーのフェロモンは氷のように寒かったのに、一色のフェロモンは、陽だまりのように温かくて、飛鳥の鼓動は落ち着いた。
同じアルファでも、こうまで違うのか、と飛鳥は思う。まぁ、一色の場合はだんだん慣らされたと言っても過言ではないが、嫌ではなかった分、合っていたのだろう。
落ち着くと同時に、緊張が解けたのだろうフッと飛鳥は意識を失った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「飛鳥?おい、飛鳥?……寝ちまったか」
そう言って、瞳は飛鳥を抱き上げて椅子に座らせる。顔にかかる髪を払ってやりながら、にっこりと笑った。その顔は悪巧みが成功したような顔つきをしていた。
帰る支度をして、もう一度飛鳥を抱き上げる。バランスのいい体だと人は言うが、瞳にしてみればもう少し肉を付けてもいい気がする。オメガ故に肉が付きにくい体質の奴も居るらしいが、飛鳥はどうだろうか?
まあ、そんなことを考えても仕方が無い、と一色は笑う。
飛鳥を監視するため、と言って一緒に住めたのは、予定外だったけど飛鳥に近づくにはよい方法だった。
事務所が違い、一方的にライバル視されていては、近づこうにも近づけない。それが、自分から転がり込んできたんだ。捕らえるのは本能と言うものだろう。
まだ、その頃は飛鳥が番だとは思っていなかった。ただ、気になる程度で。だが、ここまでの執着、そして飛鳥に纏わり付く他のアルファの気配に嫌悪感を抱く辺り、もう手遅れなんだろう。飛鳥は、瞳の運命だった。
少しずつ、少しずつ落としていこうと思っていた獲物が、他のハンターに狙われて腕の中に転がり込んできた。これほど嬉しい事は無い。
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