「待ってた、帰ろうぜ?」

週に1度。的場君は、タバコを買いにこのコンビニに立ち寄った。そんな日は必ず僕の上がりを待って、僕借りているアパートまで付いてきた。
僕は、それに答えることはせず、帰り道に足を向けると勝手について来て、隣で色々と話して、アパートに着くとまたなって帰って行った。僕には、そんな彼の行動が理解できなかったけど、それでも決して無理に近づいたりしてこないし、僕のペースに合わせてくれる、的場君の傍は認めたくないけど居心地が良かった。
だけど、的場君は何度言ってもコレだけは止めてくれなかった。

「ちょっと、止めてください」
「んー、もうちょっとだけ・・・」

僕の匂いを嗅ぐこと。
僕からは、的場君が言うにはとてもいい匂いがするらしい。香水をつけてる訳ではないし、その匂いが何なのか解からない。
Ωでは無い僕から、香るフェロモンは通常のβと同じもの。だから、余計に解からない。
的場君は、僕の手を取ってその手首から匂いを嗅いでる。
犬みたいだと最初は思ったが、その握られている手に熱が集まるのを感じて、僕はその手を振り払いたくて仕方が無かった。
今はまだ一部だけど、その熱が全身にもし広がるようなことがあったら?そう考えると、恐くてたまらなかった。

「んー、やっぱいい匂い。サンキュっ、またな」

そう言って、的場君は手を振って帰っていく。
僕は、それに手を振り返したことは無くて、ただ彼の姿が見えなくなるまで見送った後部屋に入った。
熱くなった手を、流水で冷やす。別に、本当に熱を持ってるわけじゃないから、冷やさなくてもいいんだろうけど、僕の気がすまなかった。

そんなある日のこと。
その日も、バイト帰りに的場君が待っていて、僕達は一緒に歩いていた。

「それで・・・ん?」

何かを言いかけた的場君は、少し首を傾げて立ち止まった。
普段はそんなこと無くて、不思議に思って彼を見上げた。

「どうしたの?」
「いや・・・、陽音。今日、部屋帰るの止めにしないか?」

何を言ってるんだろう?そう思って、彼を見るけど、的場君はいたって真面目な顔をしていてからかって居る訳でも無さそうだった。

「どうして?」
「いや、何か」

変な匂いがする、と的場君は顔を顰める。僕には、それが解からなくて首を傾げるしかなかった。
時々思うけど、コレだけ美形でも的場君は動物、それこそ犬とかに近い気がしてならない。
バースの形質上、αやΩは本能が動物に近いとされているけど、ココまで何て思ってなかったから、意外だった。

変な匂い、と言った的場君の言葉の意味が解かったのは、アパートに着いてからだった。
僕の部屋の前で、何やら言い争っている二人の影。
その姿に、的場君は顔を顰めて、僕は驚いた。

「何で、春陽と篤志が?」
「陽音、お前知り合いか?」

若干、むすっとした顔の的場君。

「うん、僕の兄と、高校の同級生です」
「・・・ストーカーとかじゃないんだな?」

そう言う彼に、僕は少し笑ってしまった。

「違うよ、二人とも僕の知り合い。ただ、何をしに来たのかは解からないけど・・・」

高校の時に手を離したっきり、篤志とは連絡を取ってはいないし、春陽に到っては僕と接触することすら両親があまりいい顔をしないから、大学に入ってから一度として連絡を取り合ったことも無い。
そんな二人が、今更僕に何の用なのか?

「・・・付いて行く」

どこまで?とは聞かなくても、解かった。部屋まで、来るつもりなんだろう。こんな事が無い限りは、何も言わなくても的場君は僕の許容範囲内で帰ってくれていたから。

「・・・いい、けど。僕の部屋、そんなに広くない」
「でも、俺が帰ってもお前部屋にあいつ等入れるだろ?」

まぁ、それは仕方ないのかもしれないがそうなるだろう。それが、嫌だと的場君の顔にはありありと書いてある。
そんな的場君の姿に、僕はまた考えさせられた。どうして、彼は僕にコレほどまでに執着しているのか?って。
その疑問を、的場君に聞くことは無かったけど、頭の中から離れそうに無かった。

「・・・だろ!!」
「僕の部屋の前で何してるの?」
「!?陽音!!」

わー、久しぶり!!と、春陽はさっきまでの険悪さを無くして抱きついてきた。
それを、的場君が即座に引き剥がしたんだけど。

「さわんな」

的場君の存在に驚いた顔をしている二人。僕も、的場の怒ったようなそんな顔は初めて見るから、少し驚いた。
とりあえず、こんな所で固まっていても迷惑なだけなので、鍵を使って部屋の中に入る。
僕の後ろから、的場君が間隔を空けずに入ってきて、慌てたように二人がその後に入ってきた。

とりあえず、全員分の御茶を用意すると、テーブルを囲んで座った。
お前はココ、と言われた通り、僕は的場君の隣に座ることになり、二人とは対面する形になる。

「それで?何しに来たの?」

的場君は、まるで自分の部屋のように寛いで、我感知せず、と言った風に部屋を見渡している。別に、物珍しい訳でもない部屋だが。
二人に問いながら考える。何をしに来たのか。
篤志にここの場所は教えていないから、連れてきたのはきっと春陽なんだろう。

「僕はただ、陽音に会いに来ただけだよ」

にっこりと笑う春陽に、僕はため息を吐く。
昔から、そうだった。春陽は、僕と言う劣っている存在を見て安堵している節が有った。
たぶん、今通っている大学で大方何かあったんだろう。
だから、僕を見て、まだ僕よりはマシだと思いに来ただけだ。

「お前は、何しに来たの?」

名前なんて呼ばない。

「俺は・・・、ただ、お前に会いたかった」

その言葉に、今更胸を動かされたりなんかしない。

「気が付いたら、お前は居なくなってて、連絡の手段も無くて、やっと俺が陽音から離れてたって気が付いた。お前が、虐めを受けていたことも、知った。謝りたくて、その方法も無くて、春陽に頼み込んでやっと連れてきてもらえたんだ」

悪かった、そう言って頭を下げる篤志に、気にしなくて良かったのに、と呟いた。
虐めを受けていたのは、小さい時からずっとだから別に篤志のせいではないし、その所為で篤志が気負う問題じゃない。
離れたのは僕の身勝手で、それを追いかけてくる必要なんて無かったんだ。

「・・・で?お前ら、それで終わりかよ?」

今まで、ずっと黙っていた的場君は、話は終わったのか?と言うように僕を覗き込んできたから、うん、と頷いた。

「マジで何しに来たのかわかんねぇやつ等」

うん、それは僕もそう思う。

「っ!さっきから思ってたんだけど、キミこそ誰?陽音の何なの?」
「俺?俺は、的場。コイツの何って言われてもな・・・」

何だ?と僕に聞かれたところで解からない。
友人未満、恋人未満って感じの関係だろう。まぁ、既に友人だろうと言われればそれまでなんだけど。
あぁ、そう言えば的確な答えがあった。

「バイト先の店員と、客?」

そう、それだ。と、僕は的場君の言葉に頷いた。
二人は、僕のバイト先を知らないから、何だか変な方向に考えていそうだ。

「・・・陽音で良いなら、僕の方がいいんじゃない?僕はΩだし、キミの子供産めるよ?」

ニッコリと、美形な的場君に手を伸ばす春陽。やっぱり、変なバイトと勘違いしてた。
春陽の伸ばした手は、素気無く的場君に振り払われた。

「お前程度のΩなんて掃いて捨てるほど居る。俺にさわんな」

普段、誰に対してもニコニコとした対応をしていた的場君が、ココまで嫌悪感を露にするのは珍しいな、と眺めてしまう。
ジッとした視線を感じて、篤志に目を向ける。

「・・・陽音は、何のバイトをしてるんだ?」
「コンビニで、店員してるけど?」

別に隠してるわけじゃないし、と答えれば誤解だとわかった春陽は真っ赤になった。
篤志は篤志で、安堵のようなため息を吐いている。

「〜〜〜っ、僕帰る!!」
「あっ、春陽!?」

バタバタと出て行った春陽に焦る篤志。
僕としては、厄介ごとが一つ去って安堵してるけど。

「お前は何時まで居るつもりだ?」

的場君の問いに、僕も首を傾げた。確かに、僕に会って謝りたいと言うなら、もう用は済んだはずだ。
僕としては、昔話なんてしたくないし、近状報告なんてする話もない。
どうして、ここに篤志がまだ残っているのか不思議だ。

「・・・アンタみたいな上位種が、陽音の傍に居るのは安心だけど不安だよ」

どういう、意味なんだろう?
僕には、その言葉の内に隠されたメッセージを読み取ることは出来なかった。
それに対して、的場君はニヤリと笑うだけだった。

「お前にはわかんねーだろうな」

的場君が言った言葉に、篤志は舌打ちを一つした。
何となくだけど、解かった。同じαでも、篤志よりも的場君の方が圧倒的に強い、優位種のαなんだって事に。

「じゃあ、俺も帰るわ。何かあったら、連絡してくれ」

そう言って、財布に入ってたレシートの裏に携帯番号と、メールアドレスを書いた篤志。
じゃましたな、と出て行って、ようやく一息吐いた。置いて行かれたそれを見て使うことは無いだろうな、と何の躊躇いも無くゴミ箱に捨てた。
あの、家に居た時の知り合いと言うのは、精神的に何故か来るもので。

「ようやく、帰ったか」

二人が居なくなって、的場君のピリピリとしていた雰囲気は、霧散していつものような、飄々としてそれで居て暖かい雰囲気に変わっていた。

「じゃあ、俺も帰るわ」

と、的場君は僕の体を一度、強く抱きしめてきた。
首筋が、ちりっ、と痛くなって慌てて的場君との距離を取る。

「な、に・・・?」
「マーキング」

ハートマークが付きそうなくらいの甘い声で囁かれたそれ。
意味を問いただそうにも、的場君はじゃあな、と出て行った後だ。

「も、何なんだよ・・・」

僕は、痛みの走った首筋を押さえながらその場に座り込んだ・・・。



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