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体が重い・・・。
そう、感じ始めたのは何時の頃だったか。時折、微熱があるようにも感じる。
疲れが溜まってるのか、とそう思ってビタミン剤を購入すると、この日のバイトは休むことにした。
バイト代が入るから、とシフトを変わってあげたりしていたお陰か、すんなりと代役は見つかって、ほっとした。
学校の学食テラスで、一息ついて机にうつぶせる。体が重く、眠たくて仕方が無い。
学食の喧騒が嘘のように遠くに聞こえて、ぼんやりとした頭は動かない。
時間一杯、そうして少しでも体を休めた僕はフラフラと立ち上がった。この時の僕は、ぼうっとした頭で解からなかった。
的場君のグループが近くに居たなんて。
フラフラと立ち上がった僕は、酷い眩暈に襲われて、フッ、と意識を失った・・・。
遠くで、僕の名前を呼んでる声がしたけど、体は全くと言っていいほど動いてはくれなくて、真っ暗な闇に落ちた。
目覚めた時、僕は病院のベッドの上だった。点滴をされている腕を見れば、その傍には的場君が座っていて。
「目が覚めたか、ちょっと待ってろ」
そう言って、少し複雑そうに笑った彼は病室を出て行った。
暫くして、白衣を着たお医者さんと共に戻ってきた。
「目が覚めたんだってね、具合はどうだい?」
僕の脈を測りながら、にこやかに聞いてきた。白髪混じりで皺も深い、優しげな人だ。
「あ、えっと・・・いいです?」
倒れた時よりは、大分良くなった。むしろ、倒れる前より体調がいい。
やっぱり、僕は疲れていたんだろうか?と内心首を傾げる。
「何で疑問系なんだよ?」
的場君がくすり、と笑った。だって、仕方が無いじゃないか。よく解からないんだから。
「市村さん、キミには悪いと思ったけど、悠基から暫定βだと聞いてね。調べさせて貰ったよ」
コレが、検査結果。と手渡された紙。血液検査の結果だった。
一般的な項目は全て問題は無かったが、二枚目。バース項目で、目が止まる。
「本当に、こういう言い方しか出来なくて悪いのだけど、今君は暫定的にβだけれども、近いうちバース変化を引き起こす可能性が高い」
「バース変化・・・」
「結果的に言えば、今回の倒れた原因は、キミの中のΩ因子がΩとしての体の遅熟を補うために起こった事。この先、キミがΩに到るまで何度でも起こり得る現象だ」
その事実に、僕は耳を疑うしかなかった。
「僕が、Ωに・・・?」
「このままの症状が続けば、いずれ近いうちに、と言う事だね」
もっとも、今の技術ではバース変化を止める事は不可能。
暫定、そして可能性があるとお医者さんは言ったけど、最早それは決定事項だった。
「やだ・・・」
ガタガタと、体が震える。口から漏れる、嫌だ嫌だ、と言う声。
頭は冷静なはずなのに、心も体も付いては行かない。
「僕は、Ωになんてなりたくない・・・!」
気が付いたら、僕は点滴を外して逃げようとしていて、慌ててお医者さんと的場君に押さえつけられた。
けど、二人に触られた所が熱くて、熱を持ったように感じて振り払いたくて余計に暴れた。
そうしている内に、鎮静剤を打たれて僕は再び眠りに付いた。
眠る少し前、冷静になった頭で見た的場君の顔は少し、悲しげに歪んでいた。
「・・・陽音は、何であんな事言った?」
目が覚めて、さっきと同じ状態で、的場君は暫くしてから、僕に言った。
「あんな事?」
「“Ωになんてなりたくない”って奴」
その言葉に、ドキッとして下唇を噛む。その顔に、的場君の手が一瞬ためらってから触れた。
僕の、唇をなぞって噛むのを止めさせようとするみたいに。
そうしていてもきっと、理由を言うまできっと的場君は許してくれない。
僕は、自嘲気味にため息を吐きながら、口を開いた。
「僕は、ベータって言われてたって、能力は一般以下。何をするにも遅くて、勉強だって人の何倍も時間をかけないと、理解できなかった。そんな僕が、Ωになれば今でさえ社会の底辺なのに、もっと・・・。僕は、Ωの中のでき損ないになってしまう」
ただ、子供を産むためだけの、存在に。それだけしか、許されないような存在になってしまう。
それが、嫌だった。たまらなく、恐かった。親の言いなりになって誰とも解からない人の物になって、一生そうして過ごす未来しか想像できなかった。
だから、暫定だとしても僕はβという通知を受けて、安心したんだ。
僕が、僕であるために。
「そんな事言うなよ・・・。Ωって言うのは、この世で唯一αが敵わない優位種なんだから。そう、卑屈に考えんなよ」
的場君は、少し苦しげにそう言った。けれど、Ωが優位種?何を言ってるんだろう?僕は、彼の言葉に首を傾げるしかない。
「何を、言っているの?」
「・・・確かに、αってのは社会的に考えて、能力も高いし支配者だろう。それは、理性的な問題であり、俺達が本能で逆らえない存在がΩだ。もともと、Ωが冷遇されているのは、αの嫌悪感からくる。αの本能が、コイツには敵わないとΩを見て、完璧主義の理性がそれを嫌悪する。それに同調して、βって言うのはΩを本能でも理性でも見下す。そうして、出来た仕組みが今のバースだ」
僕の、知らない世界がそこにあった。Ωが優位種なんて考えたことも無かった。
だから、と的場君は続ける。
「俺達の優位種になれるお前が、それを否定すんなよ」
そう、悲しげな的場君。そんな顔をさせたいわけじゃなかった。
「・・・なら、余計に僕なんかが」
「何で、お前はいつも“僕なんか”って自分を否定すんだよ?」
ダンッ、と音は立たなかったけど、僕の顔の横に的場君は拳を振り下ろした。
それに、驚いた僕は的場君の顔を見つめた。彼は、とても苦しそうな顔をして、泣きそうだった。
「他のやつらなんて関係ねぇだろ?お前は、陽音で、比べる必要なんてない」
だから俺が好きなお前を、お前が否定するな。
そう、的場君は言った。
「僕を、好き?キミが?」
嘘だ、ありえない、と僕は彼を見つめた。
僕なんかが、好かれる要素がどこにも見当たらなかったから。
「何なら、この場で証明してもいい。俺は、お前を抱けるよ。まだ、βであるお前を」
泣きそうな顔が降りてきて、僕の唇ギリギリにキスをしてきた。
αって言うのは、Ω雄や女の子は普通に抱けるけど、βの男を抱くことは無い。それこそ、本気で好きじゃないと抱けないって聞いたことがある。
驚いて、声も出なかったけど、嫌悪感は全く無かった。
「・・・本当に?」
「・・・お前の、バース変化の原因は確実に俺だ。俺が、お前の因子を覚醒させようとした」
突然の告白に、戸惑う。まぁ、確かに僕は近づきたくないとはっきりとした意思を示した。
けど、彼の妥協案を受け入れたのは、僕自身だ。的場君が責任を感じる必要は無い、そう瞬時に思った。
「俺の、運命がそこに居るのに、手を出さないなんて出来なかった」
運命、それがどういうものなのか、僕には解からなかった。βであった僕は、αとΩの詳しい関係はわからない。
本能的な授業と言うのは、個別に皆それぞれで行われる。だから、知りえない。
「俺は、お前のために生まれてきたのに、お前は俺のために生まれてきてくれたのに、手を咥えてみてるなんて出来ねぇよ」
俺の、番になって?
番、それが本能的な繋がりを意味していることを、知ってる。
なりふり構っていられないのか、的場君の声はとても必死そうで・・・。
僕は、的場君の顔に両手を伸ばして包み込んだ。
それに、的場君の顔が驚いた表情に変わる。
「・・・僕は、」
言いかけて、口をつぐむ。何を言いたいのか、考えが上手く纏まらない。
「僕は・・・、Ωになりたくない。でも、βでもΩでも、傍に居てくれるというの?」
僕を、愛してくれると言うの?
そう、真っ直ぐ問いかけると、当たり前だろう、と少し強めの言葉が返ってきた。
「僕は、たぶん面倒な人種だと思う。きっと、キミに依存してしまう。キミに捨てられたら、一人でなんか生きていけない、死んでしまう。最後まで、キミは傍に居てくれるというの?」
「初めからわかってる。お前ほど、卑屈で面倒な存在はいない。けど、俺がお前を手放すなんてありえない。それでも、お前がいい。お前が全部欲しい。依存しろ、俺だけを求めて、俺だけに縋って、俺だけを見て、笑え」
どうしようもなく、惹かれた。本能が警告しても、その手を手放せなかった。
真っ直ぐ、見つめられるそれに、僕は初めて笑って、彼の顔に近づく。
「なら、僕を的場君に全部あげる。その代わり」
ちゃんと、愛してね?
そう言って、僕達はゆっくりと口付けた。
直接触れた、的場君のαの因子に、体中が熱くなる。
これから、よろしく、そう言いたいのに、熱に浮かされた体は、意識を遠ざけて行った。
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