吸血鬼パロディ
この世で最も美しく、儚い吸血鬼が呟いた。
「もう一度、アンタのために生きようと思った」
笠松が暮らしているこの街、海常の街外れには古ぼけた協会が一軒。何百年も昔から立っている。それは、深い森の奥にあり、誰も近寄らないのに、昔も今も変わらず輝かしいばかりだった。
街の子供は皆、あの協会には近寄ってはいけないといわれている。
怖い、吸血鬼がお腹を空かせて潜んでいるから、と・・・。
「吸血鬼、か・・・」
「何だ、笠松。吸血鬼なんてまだ信じてるのか?あんなの、危ない森に近づかないようにする子供だましだろ?」
しかも何百年も前の話だ、と、笑う森山に笠松は笑って、だよな、と返す。
が、森の奥の教会を見るたびに、笠松はもやもやして何か、大切なことを忘れているような気がしてならなかった。
小さい頃、物心もつかないころ、はいはいをしだした笠松はまっすぐに、あの教会へ行こうとした、らしい。物心もつかないころの記憶なんて無いからわからないが。
それはもう、大人たちが焦って止めて暫く、柵の付いたベッドの中から出して貰えないほどに。何を、その時の笠松が何を求めていたのか、今の笠松にはわからない。
何か、とても大切なことだったような気がするのに、思い出せない。
じゃあな、と帰り道、森山たちといつもの所でわかれ、一人で歩き出した矢先。
「・・・たっく、ついてねぇなあ!!!」
分かれた先の道には、その道を塞ぐほどの異形の影。
一応、教会の訓練生である笠松は、自分専用の武器を持っている。エクソシストになるつもりはこれっぽっちも無いが、笠松はその霊力の高さゆえに自らを守る手段が必要となった。そのために通っているようなものだ。
本物の模造品だが、使えないことは無い。作りも、使用方法も本物と大差変わりはない。
ただし、本物より効果、威力は半減してしまうのが模造品ゆえではあるが。
『オマエ、ウマソウダ』
かちゃ、っと手の中に収めるのは2丁の純銀の銃。
銀は魔よけも意味しているため、エクソシストの銃は大抵それで作られる。
「そうか、そりゃ良かったな」
襲い掛かってきた異形を容赦なく打つ。
見た感じ、笠松ではどうしようもないことぐらい解かっていた。
しかし、相手をしないわけにはいかない。コレは、放っておいてはいけない異形、アヤカシである、
携帯で短縮を押して、教会に通報しながら、人気の無いほうへと逃げていく。
遅くても10分以内には来るだろう。本物の、エクソシスト様が。
「クソッたれ!!」
パンパンッ、と銃声を響かせながら、全力で逃げる。
コレが、どれほど大変なことか。
気がつけば、真っ暗な森の中、そう入ってはいけないというあの教会がある近くの森の中まで笠松は来てしまっていた。
気付いたが、どうしようもなく、走り続けて教会の扉を見つけると、舌打ちひとつして、その建物の中へ体を滑らせた。
扉を閉めて、その異形と離れたことで、ほっ、と笠松は息を吐いた。
後は、扉の外にエクソシストが来て、異形を退治してくれるのをここで待つだけだ。
体を落ち着かせた笠松は、ふっ、と教会の中央へ目を向ける。
綺麗なステンドガラスに光が透り、教会の床に幻想的な世界を映し出している。
その真ん中に、人一人入れるくらいの木箱がおかれていた。
興味本位で見なければ良いのに、笠松はそれに近づいてしまった。
蓋のされていないそれに入っていたのは、生きているのかと見紛う程、綺麗な女性の、遺体。
組まれた手、その下に置かれたシルバーの銃と鎖の付いた短剣。
何故、笠松は見ただけで、遺体と解かったのか。それは、それほど綺麗に残されていた女性の心臓付近。
服に残る銃痕、そしてそこから広がる赤い、血。
今しがた、亡くなった様に感じるが、たぶん、違う。
これは、きっと・・・。
そう、笠松が女性の顔に手を伸ばそうとしたとき、どこからともなく、声が響いた。
「何してるの?」
笠松は、びっくりして手を引っ込め、二丁銃を取り出し構えた。
が、その声の主はあざ笑うように直ぐ後ろから声を掛けてきた。
「どこ、見てるッスか?」
こっちだよ、笑う声に、後ろ回し蹴りをしようとしてよけられる。
が、見えた。その声の正体が。
「お前、は?」
「・・・アンタに、名乗る義理ってのは無いッスよねぇ」
作り笑いを浮かべるように彼は笑った。
しかし、その容姿を見て笠松は、口がからからと渇いていくのを感じる。
「お前、まさか・・・始祖の一族、黄瀬?」
その言葉に、黄瀬は驚いたように目を見開いてから笑った。
「あははっ、そんなの知ってるなんてアンタ、物好き」
否定もしなければ肯定もしない彼をジッと笠松は睨みつける。
「そうっすねぇ、そう、呼ばれていた頃もあったかな」
始祖の一族、それは異形である彼らの本当の原初である。
天狗の末裔なら始祖は赤司。先見の末裔なら始祖は緑間。狼男の末裔なら始祖は青峰。猫又の末裔なら灰崎。
座敷童子の末裔なら始祖は桃井。影の末裔なら始祖は黒子。竜の末裔なら始祖は紫原。
そして、吸血鬼の末裔なら始祖を黄瀬、と呼んだ。その一族の始祖の長を総称して始祖の一族と呼んだ。
黄瀬、正に吸血鬼の始祖である。
「君は賢いッスね。今まで来た奴らは、俺が普通じゃない、でも何かも解からない、ただ、退治しよう、そうして襲い掛かってくる奴らばっかりだったから、血祭りにあげちゃったけど。ご褒美に、ココから早く出て行ってくれたら何もしないであげる」
ニッコリと笑った黄瀬に、笠松は背筋が凍りつくような思いをした。
しかし、そこでただ大人しく引き下がる笠松でもなかった。
「じゃあ、褒美ついでに教えてくれ。そこで眠ってる人は一体誰だ?」
「・・・んー、君、教会の人間じゃないの?」
「ただの訓練生だ、エクソシストになんてなるつもりは無い」
そう、きっぱり言った笠松に黄瀬はクスッと笑う。
「そっか、うん。それがいいッスよ。エクソシストなんてくだらない奴ら、なる必要なんて無い」
その瞳は、どんよりとしていて、心の底からエクソシストを憎んでるような顔をしていた。
「くだら、ない?」
「そう、くだらない。だって、奴らは必要だと思えば同じ人さえ簡単に殺す。ユキさんの・・・彼女の傷、見たんでしょう?」
その言葉に、笠松は頷く。
彼女の銃痕は、服でしか確認できていないが、きっと胸を貫通しているはずだ。
「彼女はね、幸緒さん」
そう、呟かれた女性の名前に、笠松は驚きに顔を変えた。自分と、同じ名前の女性だったからだ。
「彼女はエクソシストだった。けど、俺をね、受け入れてくれた人間なんス」
そして、と何時の間に移動したのか、黄瀬は彼女、幸緒の傍によってその顔を愛おしそうに見つめている。
「荒れていた俺を更正させてくれて、それで、一緒に、俺と一緒に悠久のときを生きるべき人だった」
それを、と黄瀬の顔は一瞬にして憎悪に変わる。
「それを、あいつ等は俺のことも、ユキさんのことも知らないくせに、危険だからって俺とユキさんが契約している最中に撃ってきた。咄嗟のことで反応が遅れた俺を突き飛ばして、ユキさんが身代わりになって・・・」
だから、ここいら一帯を血の海に変えた。
そう言った黄瀬は、打って変わって穏やかに幸緒の頬をなぜる。
そう言えば、と笠松は思った。森に入り、いくつかの崩れかけた古い建物を見た。もう、建物とは言えず瓦礫当然だったが、まさか、と笠松は顔を真っ青に染める。
「ここいら、一帯って」
「・・・昔は、この教会を囲むように町が広がってた。けど、俺が滅ぼしちゃったから、その代わりにその土地に森が出来た。いつの間にか出来てたんだけどね」
これだけの広い森が全て町だったとしたら、数千と言う人間がここで暮らしていたに違いない。大人も子供も、男も女も、幾千との人が暮らしていたはずだ。それを、消した?血の海にした?
笠松は、その惨劇を想像して、込み上げる吐き気に、手を口に当てた。
「その血を使って、ユキさんに魔法をかけた」
君は、見て解ってるよね?と黄瀬は、狂気触れた瞳で笑う。
その黄瀬の言葉を聞いて、笠松は今までの疑問が解けた。
「まさか、この町の人間の血を使って彼女の時を止めたのか!?そんな事が許されるとでも思っているのか!!」
時を操る事は、禁忌とされている。それが、たとえ異形であれ人間であれ、世界の真理として変わらない。
それを、対価を払いした、と言う事はどういうリスクが伴うか解らない。
「許す?はははっ、誰に許しを請えっていうの?笑わせないでよ、彼女以外に俺に大切なものなんて無い。俺が何をされても、俺が何をしても、彼女さえいてくれれば、それで良かったっす」
うす暗く曇る瞳で、黄瀬は言う。その瞳は、幸緒からそらされはしない。
暫くの沈黙の後、それに、と黄瀬は話す。
「・・・それに、俺はもう罰を受けてる」
そう言った黄瀬に、笠松は眼を見開く。
「吸血鬼の力の源って知ってる?」
「・・・そりゃ、読んで字のごとく血だろう?」
そう、と小さくうなずく黄瀬。
「人間も動物にも流れているそれは、俺たちにとっては力の源であり、供給源。人の生き血って言うのが一番力が手に入る。けどね」
そう言って、黄瀬は自らの手を切ってそれに口を付けた。
が、次の瞬間には激しく噎せて嘔吐した。その姿に、あわてて笠松は黄瀬に近寄り、背をなぜる。
落ち着いた黄瀬が、再び笠松を見る。
「俺は、血を飲めなくなった。吸血鬼の俺がだよ?とんだお笑い草っすよ。けど、俺は血が飲めなくなったからって、死ぬわけじゃない。普通の、吸血鬼どもと違って光を浴びたって、十字を刺されたって、その銀の銃弾で撃たれたって死なない」
そりゃ、多少傷になるけど、と笑う。
「俺は、俺たち始祖と呼ばれてる一族は特別なんだ」
「特別?」
「死ぬ事が無い、いや、違うッスね。死ぬ事が出来ない、ス。どんなに苦しくても、辛くても、自らの腕をこの心臓に突き立てても、何をしても死ぬことが出来ない。それが、始祖と呼ばれ、世界の始まりをみた一族の定め」
だから俺は、と黄瀬はそこで言葉を切り、何で此処まで話してんだろ、と手を笠松に向かって追い払うように振った。
「さっさと帰りなよ。君、大体ここに何しに来たわけ?」
はっ、とした。そう言えば、ここには異形のモノに追いかけられて入りこんだんだと。それに気付いたとたん、教会の入り口がドォン、とすごい音を立てて吹き飛んだ。
『ニンゲン、ミーツケタァ』
ちっ、と舌打ちをしながら笠松は銃を構えた。
「なにアレ?馬鹿なの?つか、傑作っすね」
「なにがだ?」
「あれ?見えてない?あの、不細工の端っこにあるの、エクソシストの体じゃないの?」
と、言われ指された指の先を見つめると、ぐったりとして血を流した人間が見える。その服装からして、間違いなく自分が呼んだエクソシストだろうと、推測が出来た。が、見た感じもうことが切れている。
くそっ、と悪態をつきながら、棺に隠れてどうするか思案する笠松に対して、黄瀬は彼女の棺を守るように前に出た。
「全く、1日に2回も厄介事とか勘弁してよ」
と、てくてくその異形に近寄っていく黄瀬に笠松は眼を見開く。
『オマエ、ナンダ?ヘンナ、ニオイダナァ』
「へぇ?匂いねぇ?お前はめちゃくちゃ臭いよ?反吐が出そうなほどに」
にっこり笑う黄瀬に対し、その異形は怒ったように黄瀬に突進してきた。が、かなり格下の相手なのだろう。
右手を前に出した黄瀬が何かを唱えると、その異形は勢いのまま空気と同化して消えていった。
なにをしたのか、解らない。
解らないが、笠松はそれどころではなかった。
「ひっ、わっ、う、あ」
目を開け、ゆっくりと起き上った、死んでいたはずの彼女の体。
その、彼女、幸緒に手を掴まれた笠松。女性が苦手なのも相まってか、悲鳴を上げたいが声が出ない。
その内に、幸緒は笠松の両手から模造品を取ると、自らの上に手向けてあった武器を手渡された。
「涼太を、よろしく頼むな」
えっ、と声を返すも、彼女は困ったような顔をしながら笠松の頬をひと撫でする。
「お前は、私と涼太がずっと待ちわびていた存在だから・・・涼太はそれを認めないと思うけど」
聞き返そうとしても、話は終わりと言うように、反対側を向く。
そこには、いつの間に戦闘を終えたのだろうか、黄瀬が目を見開いたまま突っ立っていた。
幸緒はそんな黄瀬に手を伸ばす。それを慌てて取ってその体を抱きしめた黄瀬。
「さよならだ、涼太」
「やだ、やだよ、ユキさん!逝かないで!やだ!やだぁ!!」
子供のように泣き出す黄瀬を見て、仕方ないなぁ、と言ったような顔をした幸緒。けれど、彼女の頬にも涙がこぼれる。
黄瀬が抱きしめる幸緒の体は、黄瀬のかけていた魔法の影響か、少しずつ発光して、消えていく。
「ごめんな、涼太」
「ゆき、ユキさん、ユキさ、ん」
「・・・愛してる、ずっと、ずっとだ」
ずっと、愛してるよ
そう言う幸緒の言葉に、黄瀬の涙はさらに溢れる。
「ずるい・・・、おれだって、すきだよ、あいしてる・・・幸緒さん」
黄瀬のその言葉に、満足そうにほほ笑んだ彼女は光に解けて空気に消えていった。
抱きしめていた人が消えた衝撃に、黄瀬は言葉も無くただ天を見上げて泣いた。
涙の落ち着いた黄瀬と、笠松は教会を出たところで立ち止まった。
「お前はこれからどうするんだ?」
「さてね、君には関係ないでしょ?」
それより、と黄瀬は話を変えるように言う。
「君、名前何て言うの?」
「笠松幸男だ」
言ったあとでハッとする。つい、友達に話しかけられるようにして聞かれたため答えてしまった。
「あはは!ダメだよ、簡単に魔物に名前を教えたら。悪用されないとも限らないでしょ」
んなこた解ってんだよ、とつい手が一緒に出てしまった。
が、黄瀬は気にする事も無く笠松の額にキスを一つ落とした。
その瞬間に、笠松は皮膚が焼けるようなちりっと言う感覚を覚えとっさに黄瀬から距離を取る。
「なにをした?」
「んー、別に?ただ、俺の獲物だよーってしるしを付けただけ」
「なっ!?」
なにを勝手に、と憤慨するも、黄瀬はどこ吹く風だ。
「それがあれば、大抵の異形は寄ってこないし、手出しは出来ない。それに、呼べばすぐに俺が飛んで来てあげるって言うすぐれもの。まぁ、何かあったら名前呼んでよ」
「名前?」
「ユキさんから聞いたでしょ?」
そう言われ、彼女の呼んでいた名前を思い出す。確か・・・
「りょう、た?」
「そう、それ。それが俺の名前。人間では君にだけ呼ぶ事を許してあげる」
何処までも上から目線なのが気に食わないが、笠松はふと思った事を問う。
「何で、今になって俺にそこまでしてくれるんだ?」
「・・・それ、幸緒さんの形見だから」
それ、と示された銀の銃とナイフ。彼女に、模造品の代わりに手渡されたものだ。
「もう、それしかない。それしか、彼女がこの世に居たって証は残って無い。だから、俺が君を守るのはそのためっすよ」
「わかった・・・けど、お前さっき名前教えたんだから君は辞めろ」
「ん、じゃあ笠松君で」
そう言った黄瀬は、そのままとんっ、と地面を蹴って飛び上がった。
「お迎えがすぐそこまで来てるみたいだから、気を付けて帰りなよ」
と、言うだけ言って黄瀬は消えてしまう。
がさっ、と言う音がし、顔を出したのは中堅のエクソシストであり、学校の教師でもある武内で、エクソシストの数人を連れていた。
END
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