未来を想像したら悲恋しか浮かばなかったこのむなしさ


まだ、幼い少女は、生まれる前から母親に捨てられていた。

【未来を想像してみた】

――ブー、ブー――

枕もとのサイドチェアから、携帯のなる音が聞こえ、黄瀬は寝ぼけ眼で手を伸ばした。

「う、んぅ・・・?」

携帯を見て、それが電話であることを確認すると、相手まで見ずにベッドから出ながら、電話に出た。

『もしもし?』
〔遅い!〕
『うるさっ、今何時だと思ってんスか?』

携帯を遠ざけながら、黄瀬は言う。
寝室を出て、リビングのソファーに腰をかける。

〔は?お前、今何て言った?黄瀬じゃないのか?〕

あぁ、と思う。相手の使う言葉は、どう聴いても日本語で、黄瀬の知り合いにこんな時間に日本語でかけてくる物好きな外国人はいない。と言うことは、彼は日本人と言うことになる。
携帯の画面をよくよく確認してみると、それは高校時代の先輩の名前で、知らず知らずのうちにため息をついた。

「黄瀬です、お久しぶりッスね、森山先輩」

少々苛立ちの含まれた声だったが、流してくれるとありがたい。
よかった、合ってたとか言う声が聞こえるが言わせて貰いたい。

「今、何時だと思ってるッスか?」
〔何時って、昼の十二時だろ?〕
「こっちはまだ、明け方の4時ッスよ」

はぁ!?と森山の驚く声が聞こえるが、その声があまりに大きく、携帯を再び耳から遠ざけた。
一応、国際電話になっているはずだが、何で驚かれているのだろうか?

〔お前、今どこにいるわけ?〕
「どこでも良いじゃ無いッスか。それより、用事って何すか?」

失敗した、と舌打ちをしたくなったが、寸前のところで止める。
そう言えば、と思い出す。携帯の番号も変えたのに、何で森山は黄瀬の番号を知っているのだろうか?と。

〔忘れてた。お前、来月末暇か?〕
「来月末・・・?」

黄瀬は、ソファーから立ち上がり、仕事部屋として使っている部屋に入る。
そして、スケジュール帳を確認する。

「あー、今の仕事が長引かなきゃ、ちょうど休みはもらえるッス」

幸い、細々とした仕事はあるものの、次の大きな仕事は再来月の中旬からと割とゆっくりは出来る。まぁ、スケジュール通りに行かないのが現状ってものだが。

〔ん、じゃあ予定空けとけよ?お前、出席ね〕
「はい?」

携帯を持ったまま、相手も見えないのに黄瀬は首を傾げた。
一体、何の出席なんだろうか?と。

〔あれ?言わなかったっけ?海常のバスケ部の集まり有るんだよ。俺達が三年のときの〕

その言葉に、黄瀬はサッと顔を青くした。

「ちょ、聞いて無いッスよそれ!無理ッス、絶対行かないッス」

この先輩ほどではないが、彼もまたお祭りは好きなほうだろう。
出来れば、会いたくなかった。風の噂で、結婚したことも、子供が生まれたことも知ってる。
黄瀬は、自分以外を愛し、家庭を持った彼に、会いたくはなかった。

〔は?何でよ?〕
「何でって・・・義娘を一人にするわけにもいかなッス」

そうだ、と黄瀬は咄嗟に娘の存在を出しに使う。
まだ、3歳にも満たない、娘を、マリナを一人にするわけには行かなかった。
手が無いわけではない。とある事情のある子であるが、孫には代わりの無いマリナを、両親に預ける、ということ、そしてまだ元気な黄瀬の父方の祖父と祖母に預けるという手もある。
しかしながら、黄瀬はそれを出来るならしたくなかった。
マリナは黄瀬にとって今、とても大切で、黄瀬の90パーセントを占めているのだから。

〔えぇー?じゃあ、子供OKの場所探すからさぁ、だめか?〕
「つか、そもそも帰るなんて言って無いッス」
〔はぁ!?先輩命令だっつの!〕
「幾ら、先輩の命令だからって、お断りッス」

じゃあ、と携帯を耳から離し、ゴチャゴチャと聞こえてくる声を、携帯の電源ボタンを長押しすることで消した。

「あーあ、携帯新しいのに変えに行かなきゃなぁ」

どっから、この番号が漏れたのか、聞けばよかった、と黄瀬は少しだけ後悔した。

『ぱぱぁ?』
「んー?起こしちゃったか」

僅かに開いていた仕事部屋の扉の隙間から、マリナが目をこすりながら顔を覗かせた。
その姿を、苦笑しながらマリナを抱き上げる黄瀬。

『まだ早いから、もう一眠りしようか』
『うん・・・』

返事を言うや否や、マリナは黄瀬の肩に頭を乗せ、指をしゃぶりながらうとうとと眠りについてしまった。
普段、起きているときなら、嫌々と何でもかんでも言い出すマリナだが、この時ばかりは中途半端に起きて、本当に眠かったのか直ぐに寝てしまっていて、おっ、と黄瀬は感心した。

『おやすみ』

ぽんぽん、と背中を撫でながら、黄瀬はマリナを連れて、ベッドへと戻った。
















彼、笠松と、黄瀬は笠松が高校を卒業してから約2年、付き合っていた。
けれど、大学と高校ではカリキュラムも、友達も知り合いも違う。会える時間が極端に減ってしまったのだ。
でも、どれだけすれ違っても、どれだけ会えなくても、黄瀬は信じていた。一途に、信じたものだけは、信じ続ける黄瀬は、笠松と自分の関係を、崩れることが無い、と信じていた。いや、信じることで自分を保っていたのかもしれない。二度と、捨てられたくは、無かったから。キセキが別れ、信じたものに捨てられたと感じた黄瀬、そして、その信頼は、高校の先輩や同輩に向けられた。特に、黄瀬が依存したのは笠松だった。
そんな関係が終わりを告げたのは、黄瀬が高校の卒業式を終え、その後にかかってきた一本の、電話。
最近、音沙汰の無かった笠松からの、待ちに待った連絡。自然に笑顔が溢れた。けど、それが絶望で彩られるなんて、その時は予想もしていなかった。

〔・・・ごめん、黄瀬〕

通話ボタンを押し、テンションが上がった状態でわくわくと笠松を呼んだ黄瀬に向けられたのは、長い沈黙と、そして謝罪。

なぜ?

黄瀬は意味が解からなかった、どうして、ごめん、なのか、わからない。
解からない、がいやな予感がとまらなかった。

「なにが、ッスか?あっ、もしかして全然連絡無かったことッスか?でも、先輩も忙しいから、仕方無いッスよ?」

何故だか、全身の震えが止まらない。

〔・・・ちげぇ、もう、解かってるんだろう?黄瀬〕

ひゅっ、と息を吸い込んだ喉が鳴る。

〔彼女、出来た〕

その言葉に、今にも崩れそうになって、唇を噛む。

〔ごめん、俺はやっぱり・・・女が良い〕

そう言って、笠松は電話を切った。
黄瀬は、何を言われたのかいまいち理解できず、震えながら携帯を手からすべり落とした。















それからの黄瀬は、と言うと失意のうちに、引きこもるようになってしまった。何もかもが信じられなくて、人が、捨てられることが怖くて、自ら世界を否定した。
そんな黄瀬を見て、両親は海外にいる父方の祖父母の元へ行ってはどうか、と言った。自分を、誰も知らない場所でもう一度、一からやり直してみては?と。黄瀬は、力なくうん、と頷いた。その様子に、両親は決起したように大学の内定を取り消して貰い、モデルの事務所に事情を話して、モデルの事務所をやめた。
トントンと、黄瀬がぼんやりとしている内に事は進んで行き、いつの間にか手配されていたパスポートとチケット、キャリーバッグを持たされ、日本を後にした。
祖父母は、生粋のその国の人間だが、言葉には困らなかった。黄瀬は、その国の言葉と日本語を小さな頃から常用していたため、なれていたから。
祖父母は、黄瀬の事情を少なからず聞いていたのか、黄瀬を歓迎してくれた。ゆっくりしなさい、とも言ってくれた。
始めは、祖父母の家からぼんやりと外を眺めてすごしていたりした黄瀬だが、時はゆっくりとだが、確実に心を癒して行った。
黄瀬が、この国に来たときよりも、自然体になって来た頃、祖母に言われた。

『ねぇ、こっちの大学に通ってみたらどうかしら?』

もしかしたら、やりたいことが見つかるかもしれないわ、と。恥ずかしい話だが、黄瀬は自分は一般入試出来るほど頭がよくない、と祖母に伝えたが、やってみなくちゃ解からないわ、と言う祖母の言葉に後押しされた形で、大学に入るための準備、及び勉強を始めた。
その頃から、積極的に外に出始めた。それを喜んだのは、何よりも祖父母だった。まぁ、孫が元気も無さげにぼんやりとやってきて、どれだけ心労をかけたか解からない。その孫が、明るくなって来たのだ。これ以上に嬉しいことは無いだろう。
結果、補欠と言う形だったが、入学が出来た。両親にも報告すると、良かったね、と喜んでくれた。

数年後、日本に一時帰宅をした黄瀬に衝撃のニュースが飛び込んでくる。

「ねぇちゃんが、離婚?」

黄瀬の一番上の姉は、黄瀬に良く似た容姿の美人で、純日本人の男性と付き合って、結婚した。
記憶が正しければ、最近子供が出来たと聞いた。けれど、それが原因かはわからないが、その旦那が浮気をし、それにキレた黄瀬の姉は、三行半を突きつけたらしい。今は、離婚調停中。
じゃあ、そんな中、それで、子供は?
一時的に家に帰ってきた姉と鉢合わせるも、そんな話をすれば射殺さんばかりに睨みつけてくるだけである。
こっそり、両親に聞いた話では22週を超えていて、おろせないそう。でも、姉はあんな男の子供なんて、と常々呟いては、お腹の子供を見つめているそう。
そこで、黄瀬に沸いたのは同情、なのかも知れない。黄瀬は、あぁ、似ているな、と無意識のうちに思ってしまった。
お腹の中にいながら、母親に、父親に必要とされない、捨てられた子供。信頼する人々に捨てられた、自分。
可笑しくも無いのに、クスッと笑ってしまった。

「じゃあ、ねぇちゃんが育てる気、無いなら、俺が育てるよ」

その言葉に、両親も姉も驚いた。

「何言ってるの?子育てがどういうものか、解かって言ってるの?」

と、強い反発を見せた。ただ、姉だけは好きにすればいい、と言う態度であったが。
そこで、黄瀬は今までに起きたことを、ようやく話し、人間嫌いになったこと、自分が結婚する気も無い事、そして、子供の見込みが全く無いことを、ごめんね、と言って笑って話した。
両親は、驚いたような顔をして、でも、しぶしぶであろう、納得はしてくれた。
それから、数ヶ月。レモン色した、黄瀬よりも鮮やかな黄色を持った女の子が生まれた。
女の子に、名前はマリナ、とつけた。あちらの国で、海、と言う言葉に似た名前。
結局、黄瀬は過去を忘れられない。
数日後、姉の退院と同時に、マリナを黄瀬が引き取り、そのまま祖父母の待つ国へと帰った。
それからは、毎日が戦争だった気がする。マリナと、黄瀬の。
初めての育児で、解からないことが多すぎて、マリナとの折り合いの付け方もいまいち良く解かってはいなかった。
祖父母が、元気でいてくれてよかった、と心から思ったことが何度もあった。
マリナの育児で解からないことがあれば、何でも聞いた。彼らにしたら、曾孫の事だ、喜んで答えて手を貸してくれた。
きっと、一人じゃあくじけてたなぁ、と今振り返って黄瀬は思う。

・・・・・・・

『ぱぱぁ?、ぱぱぁ?』

もっそもっそと動かされる体で目が覚めた。

『おはよう、マリー』
『おはよぅ』

舌っ足らずな言葉使いに、クスッと黄瀬は笑いながらマリナの頭を撫でた。











先輩の、飲みの誘いは断ったものの、時間が空いたなら、たまには孫の顔を見せに来い、と言う両親の脅し、基、誘いに応じて黄瀬はマリナを連れて、日本に来ていた。

「うーん、こっちが良いかな?いや、やっぱこっち?」

と、悩んでいる人影を発見。黄瀬は、直ぐにその人物が誰か解かり、目を見開いた。
手に取っている幼児のおもちゃを見比べて悩んでる、ジャ○系イケメン。
アドヴァイスを出すか悩んだが、結局そばに行って話しかけてしまう。

『そっちより、こっちの方がおススメッスよ』

と、指を刺す。が、ハイスペックイケメンな彼は驚きながら、黄瀬をじいっと見つめてきた。

「えっと?」

そこで、はっとしてサングラスを取って、ニッコリと改める。

「お久しぶりッス、高尾君」
「・・・っ、あぁあああ!!黄瀬君だ、久しぶり!!元気だった?」

一瞬、解からなかったのか、驚きすぎたのか息を詰めた高尾。
が、高尾は直ぐに黄瀬に気が付くと、そのテンションを取り戻した。

「元気ッスよ、高尾君も変わりないみたいッスね」
「そりゃあ、ね!それより、黄瀬君。その子、黄瀬君の子供?」
「うん、可愛いっしょ?」

マリナを抱く腕に黄瀬は少し力を込めて、その頬と頬をくっ付ける。
マリナはきゃっきゃと笑う。

「それより、黄瀬君。俺にさっき何か言わなかった?」
「あぁ、それは・・・」

と、黄瀬は高尾の手にしていた幼児用のおもちゃの良し悪しを話す。
それを聞いて、高尾はうん、じゃあこっちにするわ。ありがと、黄瀬君。ちょっと待ってて、ゆっくり話しようとレジへ走っていった。

『ぱぱ、んー!』

それを見ていた黄瀬の髪を、マリナが掴み、反対側の手で何かを指した。
何?と、マリナの指したほうを見ると、群青色をした服を着たウサギの縫い包み。
手を伸ばして、それを取ってマリナへ渡すと、マリナは嬉しそうに笑った。

『欲しいの?』

黄瀬の問いに、マリナはうん、と頷く。その顔に、仕方ないか、と黄瀬は諦めたように笑った。
甘やかしてはいけない、と解かっているが、どうも仕事などで、一人で寂しい思いをさせている時間が長い分、甘やかしてしまうのだ。
そのまま、レジへ向かうと向かい側から会計を終えた高尾がやってくる。

「あっ、黄瀬君も会計?俺、じゃあココで待ってるから行って来なよ」

その子、預かる?と言う高尾の申し出を断ってレジに並ぶ。
どうにも、高尾から逃げることは難しいらしい。
唯でさえ、鷹の目なんていう空間認識能力に優れている高尾から、普通の人間である黄瀬が逃げることはまず不可能に等しい。

「終わったッス」

そう言って、会計を終えたウサギのぬいぐるみをマリナに持たせたまま、高尾の元へと戻った。

「可愛いの買ってもらってよかったね、えっと・・・」
「マリナっすよ。日本語は教えてないので、解らないと思うけど・・・」
「そっか、マリナちゃんか。よろしくねー」

にっこりと笑いながら話しかけるものだから、マリナも何を言っているか解らないでも笑っている。

「それよりさ、黄瀬くん今時間ある?」

無い、とは言えないだろう。日本語が解らないマリナを連れて日本に来ている時点で、今が休暇中なのは調べるまでもない。
それに、何処で情報が漏れるか解らないが、森山にもばれているのだ。高尾の情報網は広い。きっと、後日単独ではなく数人で実家に顔を出されそうだ。それなら、今高尾とのみ、話をした方がよさそうだ、と黄瀬は考えた。

「もちろん。ここじゃあれだし、近くのファミレスかなんかでいい?」
「そうしよーぜ?マリナちゃんも居ることだし」

と、言うと高尾は黄瀬に背を向けて歩きだすものだからその背を追う。
高尾に連れられて入ったのは、大型のショッピングモールに必ずと言っていいほどある系列のファミレス店だった。

「黄瀬君はコーヒー?紅茶?」
「紅茶で」
「マリナちゃんは?」
「ミルク、貰えるっすか?」

出来ればぬるめの、と言えば頼んでみるわ、と店員を呼んだ高尾。
それから、運ばれてきたコーヒー、紅茶、ぬるめのホットミルクをそれぞれが口を付けたところで、高尾が話し始める。

「いやぁ、それにしても。今日は偶然だったね」
「まぁ、ね。たまたま、日本に帰ってきてたから・・・」
「そっか、ラッキーだったなぁ。それでさぁ、黄瀬君はなんで今海外に居るの?」

いつもの高尾らしくなく直球の言葉に、黄瀬は言葉が出てこない。
息を詰まらせ、高尾を見つめる。その瞳は少しだけ、驚きに包まれていた。

「・・・っ、それ、高尾君に関係あるっすか?」
「ないっちゃぁないけどさぁー、いきなり消息絶たれたらそりゃ心配になるでしょうよ?」
「別に、学校行かなくなって、すぐに向こうに渡った訳じゃ無いっす。日本にだって、いた。その間、誰も俺に会いに来た奴なんて居なかったけど?」

そう言って、別に高尾が悪いわけでもないが、黄瀬は高尾を睨みつける。
が、ふぇっ、と言うマリナの泣きそうな声が聞こえてハッとした黄瀬はにこりと笑ってマリナの頭をなでる。

「・・・黄瀬君が、姿を消したのって、笠松さんと何か関係ある?」

笠松、その名を聞いて、黄瀬の手が止まり、黄瀬は息をひゅっ、と吸い込んだ。

「な、なにっ、言って・・・」
「・・・やっぱり。でも、子供がいるってことは黄瀬くんも結婚したの?」
「結婚は、してないっす」

その言葉に、えっ?と高尾は驚く。けれど、その間黄瀬がマリナの頭をなでる様子は、慈愛に満ちていて、自分の本当の子供のように可愛がっているのがうかがえる。それに、何といっても容姿が多少相手の遺伝子も入っているが、黄瀬を小さくした感じにそっくりだ。

「いや、でも・・・え?」
「この子は、本当だったらねぇちゃんの子供っす。でも、今は俺の子供」

それ以上は話したくない、と言う黄瀬に高尾は戸惑うしかなかった。本当はお姉さんの子供で、でも今は黄瀬の子供で、黄瀬は結婚してなくて・・・。
しかし、一つだけなぞは解けた。なぜ、黄瀬と似ているのか。同じ元をたどれば同じ遺伝子を持つのだから、当たり前のことだった。

「・・・あのさ、誰にも言わないから、俺と連絡先交換しない?」

暫く黙りこんでいた高尾がそう言ったのを黄瀬は少し驚いた顔で見る。

「本当に、誰にも教えたりしない。約束する。誰に脅されたって、頼まれたって教えない。もちろん、真ちゃんだって笠松さんにだって」

その名を出すたびに、黄瀬はぴくっと反応する。
お願い、と目の前で手を合わせる高尾に、黄瀬は苦虫をかみつぶしたような顔をしてから、携帯を出した。

「ラインの、IDだけなら・・・」

と、次に取りだしたメモ帳にラインのIDを書くと、それを四つ折りにして机の真ん中に置いた。
が、黄瀬は置いた掌をその紙から離そうとはしない。

「でも、条件がある」

そう言って、黄瀬はうつむかせていた顔をゆっくりとあげて、高尾を見る。

「あの人の名前を出さない事、高校のキセキはもちろん、それに関わる知り合いの話をしない事、この紙を受け取って、登録したら燃やして完全に処分する事。もちろん、このIDを誰かに教える事も、悪用するのも論外だけど。それを守ってくれるなら、受け取って」

と、黄瀬は机の真ん中に置いた紙から、ようやく手を離した。
その紙を、高尾は一呼吸置いてから、受け取った。

「もちろん、約束は守るよ」

高尾は、さっとそれを登録して黄瀬にラインを送ると、その紙をライターの火で燃やしてしまった。

「これで、OK?」

それにうなずくと、高尾はにっこりと笑った。そこからは明るい話題。

「最近さー、妹ちゃんにね、子供が出来てそれが可愛いのなんのって!でも、子供物なんてわっかんねぇし、それ相談できる相手も居なかったから助かるわー」
「そう言うことなら、俺は先輩っすからね!いつでも頼ってくれていいっすよ!」

高尾がにやにや、と笑うのに対して黄瀬はあはは、と高尾と再開して初めて声を出して笑った。
その様子を見られていた事さえ知らずに。









と、とりあえずいろいろ最低な物語。です。うん。


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