是パロ〜夜久リエの場合〜
「りえ・・、ふ・・・」
夜久さんは、ときどき寝言で俺じゃない俺を呼ぶ。
偽物、と呼ばれた俺の前の俺。本物の、夜久さんの“リエーフ”。
それを口にするたび、俺の心は酷く痛んだ。
だから、どうにかして彼が、本物の“リエーフ”が帰ってくる事を望んだ。
早く帰ってきて、夜久さんを安心させてあげて欲しいと何度、心の中でつぶやいたか知れない。
今日もまた、呟かれたその名に、胸が痛んだ。
夜久衛輔の一日は、絶望から始まる。
「・・・ん、ゃ・・・さん・・・、ゃ・・さん、やくさん!朝ですよ!!」
夢から覚めてみる、一番最初の顔は、夢の中のリエーフと同じでいて、全く違う存在のリエーフ。
同じ顔、同じ声で笑っているはずなのに、違う。
―――俺の、リエーフじゃない・・・。
「おはよ、リエーフ」
けれど、リエーフのご主人(あるじ)は夜久しかいないから、リエーフは夜久の側にいる。
そして、夜久がリエーフを側に置いているのは、リエーフの存在が罪の証、そして願いだからだ。
「おはよーございまーす、夜久さん!今日のご飯は、夜久さんの好きな野菜炒めっすよ」
あぁ、アリガト。そう言って、やんわりとリエーフの手を離すと、ベッドから足を下した。
リエーフが、この時毎回どんな顔をしているのか、見た事は無い。
と、言うより必要最低限しか、夜久はリエーフの顔を見ない。
もちろん、傷を負えばリエーフは癒そうとするし、夜久もそれを受け入れる。
それは、今夜久が請け負っている仕事がそれほど重要ではなく、大して力を使う必要もない仕事ばかりだからだ。
リエーフが白紙になった時、現当主の澤村と誓約をかわした。傷ついた夜久を見て、澤村はそれを受け入れた。
この一族には、別に血の気の多い輩もたくさんいる。そっちへ、仕事を回せば問題ない話だ、と澤村は言ってたが、相当の迷惑をかけた事に変わりは無いだろう。
着替えて、リエーフの待っている場所へ行くと、リエーフは笑ってさぁ、行きましょうか。とリビングへの道をゆったり歩き始める。
―――俺の“リエーフ”なら・・・
そう、考えそうになってハッと首を横に振る。
小憎たらしい事を、平気で悪気もなく言う前のリエーフ。
今のリエーフは、そんな事は一切言わない。必要以上に干渉してこない。
初めて会った時、偽物、と罵ったからかもしれないが。
リビングの扉のに着くと、リエーフは
「終わったころに迎えに来ますね」
それだけを言って、外に出て行ってしまった。前のリエーフは、まだかまだかと尻尾を振って食事中の夜久の周りをうろうろして、その度に夜久に殴られておとなしくしてろと言われていたのに。
毎回、一人でこの扉を開け、食事をするたびに思う。一人の食事とはこんなに空しいものだっただろうか?と。
俯いて、自嘲気味に笑っていた夜久が、顔を上げて驚く。
いつもは、リビングではなく部屋で食事を取るはずの二口が今、リビングで食事中だったからだ。
夜久に気付いた二口が、手話でおはようございます、と言ってきたので、それにおはようと返せば、その隣で座っている存在に気がつく。
「ん?二口、誰だ?」
そう、二口を見て言った彼に、二口は耳元に口を寄せてぼそぼそと答える。
そう言えば、二口の首にいつもあった言霊封じの紐が無くなっている。
「へぇ!この館に住んでるもう一人の言霊師なの。ここに来て結構立つのに、初めて会ったな」
ほんわか、ニコニコとしている彼に、なんだかさっきまでの空しさが少し解けていくようだった。
「夜久、おはよ。早く座って食べちゃってね」
片付かないから、と言う清水に促され、二口の前に座り、いただきます、と手を合わせた。
「えっと・・・、何?」
夜久をうかがって、そわそわしている彼に、夜久は少しびくびくしながら声をかける。
夜久の声を聞いて、彼は二口に顔を向けると、二口はしかたないな、とでも言うように頷いた。
「俺、二口の紙様で茂庭です。えっと、言霊師なんですよね?」
「うん、そうだよ。夜久 衛輔って言います。夜久って呼んで」
よろしく、と手を差し出すとその手を、小さく冷たい茂庭の手が握った。
ひやりとした感覚に、ドキッと心臓がはねる。
「ん?どうかした?」
「いや、何でもない・・・」
久しぶりに、紙様に触れた。リエーフは、滅多に夜久に直接触らないから忘れていたその感覚。
生きているみたいに動くのに、実際は紙だから人よりも冷たい。
「夜久の紙様って、どんな人?」
「俺の、紙様・・・」
慌てたように茂庭の口をふさぐ二口に、いいよ、大丈夫とそれを制す。
ついでに、リエーフなら外に居るから会いたいなら行ってくれば?灰色の髪の毛だからすぐ解るよ、と送り出す。
二口に行ってもいいか?と尋ねて、了承を貰って外へと飛び出していく茂庭。
前のご主人には大事にされすぎていて、茂庭は自分以外の紙様や、ご主人以外の言霊師に会ったことが無いのだと二口は言った。だから、当然夜久とリエーフの事件も知らない。
「いや、大丈夫。ちょっと、びっくりしただけだから」
そう言って、笑う夜久の顔はどこか、無理をしているようでいたたまれなかった。
この別邸には、本邸には及ばずとも桜と桃の木が無数に植えてある。
桜の木の下には死体が埋まっている。その血を吸って桜は赤く染まる、何て言う物語があった気がするが、この場所はあながち間違いではない。
この言霊師の一族の初代である人が、それまでの一族を皆殺しにして埋めたその上に桜や桃の木が生えているのだから。
「えっと・・・?」
リエーフは、その中でも一番幹の太い桜の木の元に居た。
静かに、何かを耐えるように・・・。
いつもなら、そこで夜久が食事を終える時間までただ茫然と立ち尽くしているだけだった。
けれど、今日、この日に限っては違っていた。
後ろから、声をかけられて、ハッとする。
「えっ、わぁあ!ちっちゃくて可愛い人ですね」
振り返ると、夜久と同じハムスターみたいに可愛い人が、そこには居た。
ちっちゃくて可愛いと言った途端、何かショックを受けたような感じだったが、それでもその人は少し目をキラキラさせて聞いて来た。
「俺、夜久の紙様捜してるんだけど、お前だよね?」
“夜久”の紙様、その言葉を理解した途端、リエーフは、俺じゃない、と口走っていた。
「ごめんね、夜久さんの紙は俺じゃない」
「えっ?そうなの?夜久が、リエーフは灰色の髪の毛してるって言ってたから、お前だと思った」
ごめん、と素直に謝るその人に今度は、リエーフは俺です。と答えた。
すると、えっ?えっ?と混乱したように首をかしげたその人。その姿が可愛くて、つい、笑ってしまう。
「えっと、夜久の紙様じゃないけど、リエーフは君なの?」
「はい。俺が、紙のリエーフです」
あなたは?と返すと、彼が自己紹介をしてくれた。
あの別邸に住んでいる言霊師、二口の紙様だと言う茂庭。
最近、そう言えば及川が何か言っていたな、とリエーフは思う。けれど、その時の記憶はどうしても出てこなかった。
「よろしく、リエーフ」
「よろしく、茂庭さん」
そう言って、差し出された手を握る。
所で、と先ほどの疑問に戻ってしまうのは致し方ない事だろう。
「リエーフだけど、夜久の紙様じゃないってどういう事?」
今の関係を、どう言葉にしていいのか、リエーフには解らなかった。
だから、思った通りの事をすらすらと口に出していく。
「俺は“夜久さんのリエーフ”じゃないんです。俺は偽物で、本物の“リエーフ”をずっと夜久さんは求めてるんです」
「偽物・・・?だって、お前がリエーフだって・・・」
「俺は、一度白紙になってるそうです」
だから、その前の“リエーフ”の事は何も解らない、とリエーフは言った。
白紙、それは茂庭たち紙様にとっての死を意味している。
「俺は、目覚めて初めて見て、夜久さんに会えて幸せだと思った。この人が、俺の守るべき人なんだって。この人の為になら、何だって出来そうだって思った。でも、夜久さんは俺を見て、いらないって言った。何でもするなら、俺のリエーフを返せって、言った。だから、俺はいらないんです」
紙様は、目覚めるとき血を貰い、名を呼ばれ、その者を慈しみ、傷をいやそうとする。
どんな性格をしていても、それは変わらない。どれだけねじ曲がった性格になろうとも、その本質は変わらない。
だから、ご主人に生まれた瞬間に、拒絶されたとは、一体どれだけの絶望を味わったのだろう、と茂庭はリエーフを見て思った。
リエーフは、いらないなら白紙に戻ろうかと思ったらしい。でも、それが現当主によって許されない、となり、白紙になる事も、悲しみの元凶からも遠ざかる事も出来ず、なにも出来ない、と笑った。
茂庭には、もともと動いてなどいないはずの、紙様の時間だが、リエーフの時間がそれでも止まって見えた。
茂庭と話していて、迎えに行く時間がとっくに過ぎたのだろう、二口と夜久が別邸から歩いてくるのが見えた。
「あっ、すみません。時間忘れてました!」
茂庭には見せなかった笑顔で夜久に近づくリエーフ。
それが、リエーフにとっての処世術、防衛何だろう。
壁を作って、立ち入らせないようにするには、笑顔が一番だから。
「いいよ、前から言ってるけど別に俺の世話なんてしなくたって大丈夫だから」
そう言う夜久は、やっぱりリエーフの顔を見ない。
「俺が夜久さんをお世話したいんすよ」
そう言って、リエーフは着流し姿の夜久に、自分の着ていたジャケットを被せた。
「お前が寒いだろ」
「俺なら大丈夫です。紙様ですし」
そう言うリエーフに夜久はため息を吐いた。
でも、夜久は知らない。そう言って、笑うリエーフの顔が慈しみであふれている事を。
end
ハッピーエンドでもなくバッドエンドでもない。
この後、仕事で夜久かリエーフが怪我したりする話しが書きたかったけど、ほら、えっと・・・まぁ、そう言う事だ。
いやしかし、茂二編から思ってたけど別人だなぁ、と。
- 155 -
[*前] | [次#]
ページ:
戻る
main