私は確かに絶望の淵に立っていた


誰も居なくなった体育館。
フリースローラインから、投げたボールはゴールに当たって弾けた。

「ヘタクソ」

ぼんやりと、その様子を見てれば、体育館の出入り口から誰かが覗いてた。
転がったボールを持って近づいてきたのは、マネージャーで。

「日向、先輩・・・」

そのまま、火神を通り越してスリーポイントラインに立った日向はその位置から、ふわり、とボールを放った。
そのボールは、ゴールネットを揺らして、テンテン・・・、と転がる。

「なに、泣きそうな顔してんだ?」

それを見つめている間に、日向は火神との距離を詰めていた。
振り向いた火神の顔を、日向は両手で捉える。
じっと、見つめてくる日向の瞳は、真っ直ぐで少し怒りを含んでいるようで、思わず目をそらしたくなった。けれど、日向の手がそれを許してくれなくて・・・。

「・・・泣くなよ」
「せんぱ・・・っ」

泣くな、と言われて火神は初めて自分が泣いている事に気がついた。
それに気がついたら、発した声まで擦れていて、火神は涙も止められずに、ただ静かに泣き出した。日向は、火神の顔を肩に押付けて抱きしめ、頭をなでてやる。
何も言わず、いい子、と言うようにただ泣く子をあやすが如く、黙ってただ・・・。
火神が落ち着いて、日向から体を離す頃には、顔を赤く染めていた。

「もう、平気そうだな」
「すんません、忘れろ、ください」

ヤダね、と日向は意地悪く笑った。
慌てたような火神が余計におかしいのか、クスクスと笑う日向。

「で、何が有ったんだよ?」

その質問から逃げることは許してくれそうに無くて、少し苦しげに笑った。

「黒子に・・・、ふられた、ました」

日向はその言葉に、目を見開いて驚いたあと、そうか。そう言った。
火神が黒子と付き合っていたのは、部内でも公認の事だった。
火神はその外見に似合わず、黒子をとても大切にしていた。外見が強面、と言われる部類なのは仕方ない事だとしても、火神の内面を見れば、それは当たり前の事と言えた。
とても、大切にし合っていて、御似合いと言えて居たのに、何故?

「黒子は、青峰が好きで、別れたけどやっぱり好きだって」

『火神くんの事、本当に大好きです。でも、やっぱりすみません。僕は、青峰クンを忘れることが出来そうにありません』
そう、黒子は言った。中学の頃付き合っていた青峰の目を覚まさせようと、別れ、学校を離れて部活に入り、勝利を導いた。そして、本当に青峰の目は覚めた。そんな、青峰に黒子が再び惹かれていくのは、最早当然のことと言えた。

「・・・そうか」

日向は火神の話を聞いて、そう呟いた。
日向には火神の辛さは分からないし、きっと火神も日向に辛かったな、とも言われたくは無いだろう。
偉かった、とも言えない。火神の話だけを聞いて、判断することも出来ないから。
だけど、体だけは行動していて、その頭を一度だけ撫でた。

「さ、帰るぞ」

戸締りに来たのに、遅くなっちまう。そう言って、いつもの調子で日向は火神を更衣室へと追いやった。

その頃から、だろうか?日向との時間が増えて行ったのは。
まぁ、それよりもどのタイミングだっただろうか?日向が、火神に言ったのだ。
“甘えてもいい”と。その言葉が、どれほどの火神の救いになったのかは分からない。
けれど、前よりも他のどの先輩よりも日向を頼るのは、そう言うことだろう。

「・・・先輩、どうすりゃ良い?ですか?」

そう言って、見せられた携帯の画面。そこには、青峰や黄瀬からストバスの誘いが書かれていた。

「どうするって、お前が行きたきゃ行けば良いだろーが」
「・・・このメンバーなら、黒子が・・・」

そう言われて、日向はあぁ、と頷いた。黒子とは別れたばっかりで、気まずいということだろう。
でもなぁ、と日向は苦笑した。

「お前は、ストバスで戦いたいんだろう?」
「・・・あぁ、あいつらとバスケするの楽しいし、です」

その返答を聞いて、日向は笑う。このバスケ馬鹿が、と。
とりあえず、来るメンバーを聞いてみると、やはり東京近くに居るキセキを誘っているようだった。
その中には、当然マネージャーだった黒子も含まれていた。

「・・・気まずいなら、一緒に行ってやろうか?」

その言葉に、火神は驚いたように日向の顔を見た。その、間抜けとしか言い様が無いさまを見て、日向は可笑しそうに笑う。
笑うな、と火神は言うがそれがまた可笑しくて、更に笑えば、火神はその頬袋としか表現できないような頬を膨らませる。
なんだコイツ可愛いと、日向は思う。しかし、からかい過ぎたか、とその顔を引き締めた。

「お前一人なら気まずくても、一緒なら多少マシだろ?」
「・・・良いのか、ですか?」
「いいよ。甘えろって言ったのは私だしな」

そう言って、日向は眉を下げた火神の頭を一度撫でた。
何ていうか、この猫みたいな犬みたいな態度が可愛くて、よく日向は火神をあの日から撫でていると思う。

それから、数日が過ぎて約束の日が来た。
一応、火神の家で待ち合わせてから、ストバスに向かうことになった。
ピンポーンとチャイムを鳴らせば、中から火神が出てくる。

「おはよう、こざいますッス」
「おう、おはよ」

そう言って、火神の家の中に遠慮なく入っていく日向。
火神の家で、集まったあの日以来、何度か来る様になった火神の家は日向にとって勝手知ったる場所だった。
火神も、大してそれを気にするわけでもなく、すんなりそれを受け入れていた。

「おっ、大体出来てんじゃん」

そう言って、キッチンに並べてあった重箱の中を覗く日向。
ストバスが終わった後、二人で食べるか、と言う話になって作っているものだ。
きっと、他のメンバーはマジバとか行って、昼食を取るだろうから、息抜きだと思って。
そう、提案すれば俺が弁当を作る、ます、と火神が言った。
そのための、重箱だった。

「ほら、コレ入れて完成だろ?」

と、ビニールに包まれたそれを火神に差し出す日向。
流石に、火神に全部作って貰う、と言うのは気が引けたので、おにぎりだけでも、と申し出て朝から作ってきたそれ。
それが、重箱の一番上に詰められ、クーラーボックスの中に納まる。
保冷剤と数本のスポドリやお茶を詰めると、クーラーボックスの蓋を閉める。
小さなピクニックみたいだと思った。

「よし、じゃ出かけるか」

日向の言葉に、おう、と頷いた火神はクーラーボックスとエナメルのバッグを肩にかけた。
が、日向がそのエナメルのバッグを奪う。

「あっ、おい?」
「流石にそれは持てねぇけど、これくらい持ってやるよ」

ほら行くぞ、と家主にも拘らず家を蹴りだされる火神。
でも、と言い募ろうとする火神に、くどい、と素敵な笑顔の日向。
その顔を見て、荷物を取り戻そうとしたことを諦めた火神だった。

「おーい、火神っちー!!いてっ」

ストバスのコートが見えたところで黄色い犬、基黄瀬が手をブンブンと振っていた。
が、その後ろからうるせぇ、目立つなと笠松にシバかれていた。
ただでさえ目立つ容姿なのだから、少しは慎重な行動を・・・、と笠松は黄瀬に説教を始めていて、その姿を見て二人苦笑する。

「おせぇぞ、火神!」

そう言って、既にコートでアップをしていた青峰が火神に気が付いて叫ぶ。
日向は、火神の背中をほらっ、と押した。青峰に返事しながら、火神達がコートに付くと、皆揃っていて、一番最後だったことがうかがえる。

「遅かったッスね!」
「うるせぇ、時間には間に合ってるだろ」

10時からの約束のはずで、今は9時50分。遅刻はしてない。

「つか、お前ら神奈川から何時に出てきたんだよ?」
「俺は昨日、先輩の家に泊まったんスよー!」

と笠松を後ろから抱きしめながら言う黄瀬。デレデレしやがって、と思っていたら笠松が暑苦しい、と黄瀬を殴った。
酷い!とか言いながら幸せそうだから、まぁ良いんじゃねぇの?と、火神は感じる。
日向も同じように思っていたようで、微笑みながら見ていた。

「ほら、お前もウォームアップして来い」

と日向に背を押されて、荷物を置いて走り出す。
火神の置いた荷物の隣に火神のカバンを下ろして、座った。木陰は日の光が和らいで心地いい。
そこから、ストバスのコートを見ると、楽しそうにボールを奪い合う姿が見受けられる。
楽しそうで何よりだと思いながら、日向は火神のカバンを開けてタオルを用意しておく。
この暑さでは、タオルが必要になるのも早いだろうな、と思ってだ。
マネージャーとしての癖だと思う。

「隣、良いか?」

と、黄瀬を送り出したのだろう笠松が日向に声をかけてきた。
どうぞ、と日向は少し荷物よりにズレてスペースを作る。
すまん、と笠松はそこに腰を下ろした。

「笠松さんは、あっちに行かないんですか?」

あっち、と指差した方には黒子と桃井が同じくストバスコートを見ていた。
少し離れてだが、同じような場所に高尾も一緒に居る。

「それはお前だって同じだろうが。むしろ、お前の後輩でもあるんだからお前がココに居ることが疑問だな」
「事情があるんですよ。あっちに居たら、火神が気まずいでしょう」

そうか、と笠松は言った。

「黄瀬もな、あっちは何かと気まずいだろ?」

アイツは気にしないかもしれないが、と笠松は言う。
それでも、無理はさせたくない、と笠松は語る。黄瀬にとっての、元憧れだ青峰は。
それなりに、思うところもあるんだろう。

「・・・何で黄瀬と共闘してんだアイツ」

笠松と話していて、気が付いたらストバスで火神&黄瀬対青峰が出来上がっていた。
火神と黄瀬が青峰に対して、異常なくらい殺気立ってるのが分かる。
緑間に至っては、呆れたようにその様子をストバスから出てみていた。
何か、高尾は笑いながら火神と黄瀬を応援している。
何が、どうなった?と笠松と顔を合わせる。この場所は、コートから少し離れているから、普通の話し声は聞こえない。
状況がつかめないのだ。
笠松は携帯を取り出すと、高尾にメールを入れた。
この場所から動くつもりが無いのだろう。こんな近くでメールすることになるなんて、と思う。
自分も黒子に聞けばいいのだろうけど、この状況では聞き辛い。
その内に、返信が着たのか、笠松は呆れたような顔をしてその画面を日向に向けた。

「・・・青峰って本当にバカなんですね」

その言葉に、笠松は頷く。
この状況は、青峰の一言によって始まったらしい。

『火神、黄瀬!お前らの先輩、おっぱいでかいな』

日向と笠松は、アイツは本物の馬鹿だと認定した。どこ見てるんだって話だ。
大体、大きさで言うならココで一番は桃井だろう。なぜ、自分の幼馴染に目が行かない。
おっぱいには夢が詰まっていると言った青峰。現実を見ろ。コレは脂肪の塊でしかない。
そして、その勝負はギリギリだったが火神と黄瀬の勝利で終わった。
コートから出てきた黄瀬は、嘘泣きしながら笠松に抱きついていた。
まぁ、仕方ないかと笠松はそれを受け入れながら、黄瀬の汗を拭いてやっていた。

「お疲れさん」

そう言って、スポドリとタオルを火神に渡してやる。
どもっ、と火神はそれを受け取って一気に半分くらい飲み干した。

「火神」
「何ッスか?」
「触りたいか、コレ」

と、日向は自分の胸を指した。
途端に、火神の顔が赤くなっていくのが分かる。

「なっ、なに言い出すんだ!ですか!」
「いや、私の胸の事言われて怒ってたみたいだったから、触りたいのかと思って」

と意地悪く笑えば、何でそうなった!と火神は日向に詰め寄った。
日向はその必死さに笑うばかりだ。

「俺はただ!」
「ただ、何だよ?」
「・・・先輩を、そう言う目で見られたくねぇってだけだ、です」

拗ねた様にそっぽを向く火神を、日向はクスクス笑いながら頭をなでて言った。

「ありがとな」

怒ってくれて。

そう、言えば火神は別に、と頬を染めながら言った。可愛い、と思いながらその頭を勢いつけて抱きしめた。
丁度、胸に埋めるように。

「なっ、ちょっ!日向先輩!?」

慌てたような火神が可笑しくて、そのまま日向は笑う。

「かわいー!」
「いい加減にしろ!」

隣でいちゃつくな!と笠松に拳骨落とされるまで、それは続いた。

「何だよ、火神こんなの慣れてるだろ。アレックスさんで」
「慣れるか!!」

ともう一言、アレックスと一緒にするな、と怒られた。
そりゃ、アレックスよりは日向のほうが小さいが、と少しむくれる。
そう言う意味じゃない、と火神はため息を吐いた。

「・・・火神っちも大変そうッスね」
「あぁ、日向はマジで火神の葛藤に気が付いてないみたいだしな」

隣で、こんな会話がこそこそとされてたなんて知らない。






「えぇ!火神っち、行かないッスか?」

そろそろ昼に近づいてきた頃で、予想通りマジバに行って昼飯食うか、とか言う話になった。
それを断ると、黄瀬が残念そうに耳を垂れた。(幻覚)

「あぁ、俺達弁当有るしな」

そう言って日向を見る火神。日向もそれに頷いて、そうだな。と言った。
名残惜しそうにしている黄瀬を笠松が引っ張っていく姿を見送りながら、先ほどまで居た場所にレジャーシートを広げて、重箱を広げた。
御互いに箸と皿を持つと、いただきます、と手を合わせた。

「それで、ストバスどうだったよ?」
「楽しかったッス。また、来たい」
「そっか、良かったな。また、付き合うか?」

その言葉に、口にモノを詰めていた火神はコクッと頷いた。
その姿を微笑ましく思いながら、わかったよ、と日向は頷いた。

「・・・なぁ、何で先輩は俺にこんな付き合ってくれるんだ?ですか?」

いつか、聞かれると思ってた。このタイミングだとは思わなかったけど。
そのことに、日向は苦笑しながら、真っ直ぐに火神を見つめた。

「何でだと思う?」
「わかんねぇッス」

ちっとは考えろよ、と日向は笑う。

「まったく・・・、あの日お前の様子が変だって気が付いたの、私しか居なかった。何でだと思う?」

その答えを、火神は持ち合わせていなかった。

「分かんないか。まぁ、そうだと思うけどな。私が、お前を見てた期間は、お前が黒子を見てた期間だから」

そう、寂しそうに笑った日向に、火神は目を見開いて驚いた。

「気が付いたか?私は・・・」

お前がずっと好きだったよ、火神

そう日向は真っ直ぐに火神を見て、言った。
火神は、その視線に固まったまま動けない。
思考はどんどん回っていく気がするのに、体が何一つ反応しない。

「一目惚れだった。だから、お前が黒子と別れたって聞いたときはチャンスだと思ったよ。お前が、私を見てくれるんじゃないかって、色々策を練ったりして・・・」

幻滅したか?と言う日向に、火神は首を横に振った。

「それでも、先輩は俺が好きだからって、黒子の事も辛くても話聞いてくれたんだろ?」

そんな先輩を、幻滅なんて出来ない。

そう、火神は笑う。

「でも、すんません。今は、返事返せ無いッス」

すこし、待って欲しい、と火神は頭を下げた。そんな姿に、日向は笑う。

「いいよ。今までだって、待ってたんだ。それが、少し伸びようが同じことだろ」



それから、火神と日向が付き合ったかどうか、はまた別の御話で。


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