天を舞う者の情は地を這う者には届かない
──ピンポーン
予期せぬチャイムに、庭に出ていた森山は、その足で玄関へと向かう。
「はい、どちら様?」
ガサガサと、庭と玄関を仕切るために植えた植え込みを抜ける。
「由孝さん」
「・・・っ!しゅ、んくん」
ひゅっと息がつまる。まさか、伊月がココに来るなんて、思ってもみなかった。
むしろ、もう二度と会うことは無いだろと思っていた。
「何、しに来たの?」
「会いに来ました、由孝さんに」
寂しそうに笑う伊月に、動揺が隠しきれない森山。
凛が、幼稚園で家に居なくて良かったと、本当に思った。
「何で?今更、俺は会いたくなかったよ」
「由孝さん・・・」
震える森山に、差し伸べられる伊月の手。その手を、パシッと振り払い、後退る。
好きだった、本気で好きだったからこそ、許せないこともある。蛇の目で在るが故に、森山は伊月が他の誰かに触られることさえ許すことが出来ない。独占欲の塊、それが蛇の目の特性だ。猫なんかの奔放性すら許せないのに。
後ろに下がると、がさっと、植え込みが音を立てた。
「頼むから、帰ってくれ」
今の俺の幸せを壊さないでくれ、そう言った森山に伊月は更に、辛そうに顔を歪めた。
森山にとって、伊月とすごした日々は幸せだったが、それはもう過去のことでしかなく、今がとても大切だった。
「貴方と幸せになるのは、俺だと思ってました」
「何を今更」
そう、今更なんだ。もう、森山には伊月との未来を想像することは出来ない。
森山の想像する未来には、隣に緑間の姿があり、子供達の姿しか映らない。
そうですね、と伊月は目を伏せ、さ迷わせていた手を降ろした。
「・・・由孝さん、一月前、完璧な翼主が産まれました」
「へえ、そう。良かったんじゃない?お前はその為に俺を裏切ったんだから」
森山にとっては、どうでもいいとさえ思える情報だった。そんな知らせを、誰が望んだか。
伊月は傷ついたように、被害者のように森山を見た。森山からしたら、伊月のその表情に納得がいかない。
「違う!俺は由孝さんを裏切ってなんかいない!」
「じゃあ、何で逃げた!?」
何で、あの時いなくなった?
張り上がった伊月の声に同調して、森山の声も大きくなる。
あの時、伊月が居なくなったりしなければ、森山が今ココに居ることは無かった。
「ろーしたの、おかーさん?」
「おとしゃん?」
ただならぬ気配を感じたのか、二人がひょっこり顔を出して足下で、スラックスの裾を掴む。
これ以上は、不味いだろう、とニッコリ笑った。
「海、和真・・・っ、何でもないよ、さっ戻って遊ぼうか」
「れも」
「だいじょーぶ、このおにーちゃんは今帰るから、なっ?」
そう言えば、伊月は首を横に降ることはできない。
けれど、その視線は海から離れない。それは、そうかもしれない。自分が、懐虫を使い、腹を痛めてまで産んだ子供だから。
「ほぉーら、お二人さん。お兄ちゃんにバイバイは?」
「「ばいばーい」」
「ばい、ばい」
押しきられるような形で、伊月は帰っていった。振り返るたびに、海に目が行く伊月。諦めがつかないみたいだった。海は全く伊月の事を知らないというのに。
その夜、森山は緑間が帰宅すると同時に、張り付いて、離れなかった。
けれど、何があったかなんて、緑間は聞かなかったし、森山は言わなかった。
その日は、緑間が休みで家族揃って過ごしてた。
リビングで遊ぶ子供達、家事をこなす森山。そんな姿を新聞を読みながら眺めて、緑間は幸せだと感じていた。
突然鳴ったチャイムに家事で手が離せない森山に変わって緑間がでる。
「真ちゃん、久しぶりぃ。元気だった?」
「高尾・・・っ!?」
変わらない様子で現れた高尾に、緑間は眉を寄せた。
「何の用なのだよ」
「つめてぇな、真ちゃん。久しぶりに会ったって言うのに」
「関係ないのだよ。もう、お前は俺の嫁ではないのだから」
緑間にとって、嫁とは森山の事であり、もうこの相棒だった高尾ではないのだ。
「ひでぇな」
「酷い?酷いのはどっちだ。それで、何の用なのだよ?」
玄関で、それ以上家に入れる訳でもなく、立ったまま腕を組んで対峙する緑間。
その態度に、高尾ははぁ、と解かりやすくため息を吐くと、簡潔に言った。
「和真、引き取りたいんだけど」
「断るのだよ」
ばっさりと切り捨てた緑間。そりゃ、そうだよな。と目の笑っていない笑顔で高尾は答えた。
「いつまで玄関に居るつもりだ、真太郎?」
そうして、睨みあっていると森山がひょっこりリビングの方から顔を出した。
「おや?えっと、秀徳のえっと高尾だっけ?いらっしゃい、どうかしたの?」
あくまで、何も知りません。と言った態度で、森山はニッコリと高尾に笑いかける。
緑間から、全て聴いて知っているのにも関わらず、だ。緑間はそんな森山を見てため息を吐いた。
「こんにちはッス、海常の森山さん。あがってもいいッスか?」
緑間なら断る話を、あえて森山に持っていくあたり、高尾も相当性格が悪い。
それに是を示した森山に、緑間は舌打ちを一つして、リビングの方へ先に行ってしまう。
その姿に、森山はクスリと笑いながら、スリッパを出してどうぞ、と高尾を促した。
「お父さん、だぁれ?おきゃくさま?」
「うん、パパのお友達だよ。ご挨拶して?」
そう言うと、入ってきた高尾に、娘達は揃ってお辞儀をした。
「はじめまして、みどりま、りんです!」
「みろりま、うみ、でしゅ!」
海の方は色々と噛みまくっていたが、ちゃんと挨拶が出来た二人の頭を偉い偉いとなでてやる。
嬉しそうに笑って、顔を見合わせると、邪魔にならないようにか、庭に駆け出して行った。
「緑間?」
「あぁ、俺の子供達ね。一応、俺も緑間 由孝って戸籍上は言うんだけど、まぁ、森山で良いよ」
そう言うと、森山は御茶を淹れるためにキッチンに立った。高尾の、少し傷ついたような顔に、森山は気をよくして鼻歌を歌いそうな雰囲気だった。森山の言い分としては、好きならば手を離さなければ良かっただけの話、そう簡単な話だったのだ。
斑類の性の奔放性故に、手放さない選択が難しいことも理解はしているが、奇しくも森山は蛇の目だった。冷酷非道と言われているが、それともう一つ異常なまでに独占欲が強い。一般的、といわれるかもしれない部類だが、森山もそれなりに蛇の目として独占欲が強く、愛した人は自分に縛り付けておかないと気がすまない。そして、その人を取られる事が一番嫌いなのだ。そして、緑間は蛟だ。蛟、と言うのも蛇の目までは行かずとも、独占欲が強く、そして非道だった。その、性質を何一つ彼ら天狗は理解していなかった。いや、理解はしていたのだろう。けれど、その性質を甘く見ていたのだ。斑類、蛟と蛇の目の根源にあるものだというのに。天狗にはそれを理解することができないのだ。希少種であり、そして数ももう僅かであればなおの事。
高尾の座っている対面に、緑間は腰を下ろしていた。
「それで、和真の話なんだけど・・・」
「幾らお前が望もうとも、アレは家の子なのだよ」
簡単に捨てられるお前と違って、と緑間の瞳がレンズの奥で鋭く光った。
「緑間、物事には言って良い事と悪いことがあるだろうが」
「真実だろう。お前は現に、俺と和真をあっさり捨てたわけだからな」
「お前っ!!俺が、どれだけ悩んだかもしらねぇ癖に!」
「知るわけ無いのだよ。お前は、何も言わなかった。気がついたときには、置手紙だけで俺も和真も置いて消えていたのだから」
相談も、何も無しに消えた、それはどう思われても仕方のないことだ。
いつも通りの日常や雰囲気で過ごしていて、どれだけ悩んだか?そんなこと、緑間が解かるはずないのだ。
「そんな身勝手なお前が、こんどは和真を引き取るという。そんなこと、認めるわけ無いのだよ」
ピリピリとした空気の中、ガタッ、と階段のほうから物音がした。
そちらに目を向けると、眠そうな目を擦って、一段、一段、ゆっくりと、途中転がりそうになりながら落ちて・・・、降りてきたのは、和真だった。
「カズっ!!」
その姿を見つけた高尾は、和真に駆け寄った。
ぎゅう、と抱きしめられて和真はようやく気がついたようだった。
「ま、ま・・・?」
気がついて、その顔が心なしか青く染まっていく。
次第に、バタバタと暴れだした。
「カズ?俺だよ?解からないの?」
「いやぁああああああ!!!お゛がああああさああああああん゛!!!!」
キッチンからは、和真の姿が見えなかったのか、慌てたように森山が出てきた。
「和真?っ、て高尾君何してるの!?」
高尾の手を外して、森山は和真を抱き上げた。
「ほら、どうした。泣くな、泣くな」
うわぁあああん、と涙を流す和真に困ったような顔をしながら、森山はその背を軽く、リズムよく叩きながらあやす。
怯えるようにその手は、森山の服をがっちりと掴んで離れない。
「一体、どうしたんだよ?」
状況がわからず、困惑してショックを受けたような顔をした高尾と緑間を交互に見る森山。
「・・・親に捨てられた子供が、そう簡単にはいそうですかと、捨てた側について行くものか」
バカめ、と冷たく高尾を見やり言った緑間。
立ち上がって、近づいてきた緑間は高尾の腕を掴み、立たせると、玄関に連れて行く。
「もう、二度と来るんじゃないのだよ」
そう、玄関から追い出して緑間はバタンッ、と扉を閉めた。
「おー、お疲れさん」
偉い偉い、と緑間の頭を、凛や海にするように撫でた森山。その腕の中では、起きたばっかりだったはずなのに、和真が泣きつかれて眠っていた。
「お疲れな旦那のために、ホットミルクでも作ってやるかな?」
「どうせなら、御汁粉にして欲しいのだよ」
はいはい、と笑った森山は緑間に和真を渡すと、キッチンへ向かっていく。
緑間は、和真を抱えたままリビングに戻る。直ぐに起きるだろうと、リビングのソファーに寝かせる。
緑間の要望どおり、御汁粉を出してきた森山は、どうせなら天気も良いし、とタオルケットを取り出してきて、窓際に敷くとその上に和真を寝かせた。
「甘えても良いんだぜ、真太郎」
と、両手を広げた森山。その姿に、フッ、と笑った緑間はこてんっ、とその胸に顔を埋めた。
森山は優しく、それは壊れ物を扱うように、優しく抱きしめた。
「抱きたいのだよ」
唐突に、出てきた言葉に森山は一瞬、思考を停止させた後、顔を真っ赤にさせた。
「えっ、と、夜、にな・・・?」
どもったり、したが、そう言うお誘い自体は嫌いじゃない。むしろ、久しぶりすぎて歓迎するレベルだろう。
けれど、流石に羞恥心ってモノも持ち合わせてるもんだから、困る。
「森山、久しぶりだね」
そう、ニッコリ笑ってやって来たのは、小堀とよう、と手を上げた笠松だった。
二人の足元には、不思議そうに見上げてきたお子様が二人。
「いらっしゃい、旦那は仕事だからな。遠慮なく上がってけ」
と笑いながら、中に入ることを促した森山。
御邪魔します、と入ってきた二人に習って、二人のお子様たちもおじゃましまーす、と若干呂律が怪しいような言葉で入ってきた。
はい、いらっしゃい。と森山は笑った。
「おとしゃーん?」
「おかあさーん?」
奥から、我が家のお子様達が顔を出した。
ピコッ、と柱から頭二つ出ている姿が少し笑える。
「こら、二人ともご挨拶は?」
森山がそう言うと、スタタタ、と出てきて森山の後ろに隠れた二人。
人見知りって訳じゃないんだけどな、と森山は笑った。
「みろ、みどりま、うみでしゅ」
「みどりま、かずま」
二人とも、ぴゃっと挨拶をしたら隠れてしまう。
そんな姿に苦笑しながら、こらー動けないぞー、と言って二人の手を取った。
「何だって・・・、何か有った?」
「らって、ぱぱが」
「真太郎?」
真太郎が何か言ったのだろうか?と少し、眉を下げて聞くとそれは少し違ったものだった。
「パパが、おこるでしょ?」
「へっ?真太郎が?何で?」
「だって、ままがきたときもおこってた」
「ぱぱ、めっって」
と、海が目の端を吊り上げるようにする。その顔に不謹慎ながら笑ってしまった。
「大丈夫だよ、この人たちは俺の友達だからな。それに、真太郎もこいつらが来ること知ってるから」
心配してくれてありがとうな、と二人の頭を撫でた。
そして、二人の背中を押して、笠松の子供と、小堀の子供と一緒に遊んでおいでと促した。
おずおずと手を差し出した二人は、次の瞬間には笑顔で走ってく。
が、何か小堀の子供だけ、俺の方をちらっと一回振り返った。
何かしたかな?と首を傾げるも、その疑問が解消されることはなかった。
久しぶりに会った二人とは、話が尽きることもなく。
しばらくして、いい時間になったからおやつ時と子供達を呼んだ。
「本当に、主夫だな」
と、少し呆れも入ったように笠松は言った。
「いやぁ、いい旦那を持つと、楽できるから主夫ぐらいしか出来ることなくてな」
と、にやり、意地悪いように笑った。
帰ってきた子供達を手洗いとうがいに促してから、おやつとジュース、と言っても牛乳やカルピスとかそういった感じの。
を並べて食べさせる。
が、その間も視線を小堀の子供から感じる。居た堪れなくなって、恐る恐ると聞いてみる。
「あっのさ、俺なんかしたかな?」
と目線を合わせて首を傾げると、一瞬不安そうに小堀を見てからその子が話し始めた。
「あの・・・、おなかキラキラ」
ん?、と森山は首を傾げた。
お腹がキラキラ?何だそれは、と首を傾げて大人二人に顔を向けるも、笠松には首を振られ、小堀には困ったように笑われただけだった。
「えっと・・・?」
「キラキラ、あったかい。くるって、なってるの」
その子が手を伸ばして触れた森山の下腹部。
沈黙の後、森山の顔が火を噴くんじゃないかってぐらい赤くなった。
「でもね、おっきいの」
これくらい、と小さな手で作った大きさは今はまだ何の変哲もない腹にどうやって収まっているのか不思議なくらいの大きさだった。
「・・・森山、おめでとう?」
「先に言えよ、祝いぐらいもって来たってのに」
俯きながら、ありがとう、と答えた森山は子供達を二人に預けて一人、斑類専用の産婦人科を受診することがあれよあれよと言う間に決定してしまっていた。
そこで、告げられた結果。3ヶ月に入るということだった。
はぁ、と間抜けな声しか出なかった。
妊娠してるというのに、その自覚が森山にはまったくなかった。
悪阻もない、眠さも、食べ物の味覚の変化だってなかった。だから、気が付かなかった。
あぁ、帰ったら旦那に何て報告すればいいんだろうか?
嬉しさと不安がごちゃ混ぜになって、泣いてしまいそうだった。
伊月もきっと、こんな心境だったんだろう、と今妊夫となって思う。
それでも、帰らないわけにはいかないから、ため息をつきながらタクシーに乗った。
その手には、エコーのまだ形も定まらない子供の写真が握り締められていた。
END
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