特殊桐横で洋風パロ2
あれから、サイズを測られ、何着か服が贈られてきた。
その中には、まだ作るつもりが無いのか、はたまた冗談だったのか、ドレスが無かったことだけが幸いだった。
部屋で暇を持て余し、テラスでため息を吐くと、ひょこっとひよが顔を出して少し驚いた。
「お兄ちゃん、本は好き?」
こっちに来てから、ひよは毎日欠かさず俺の元を訪れる。そのほとんどが突然でいつも驚かされる。
桐嶋さんの教育方針なのか、寝る時間と必要最低限の知識を得る勉強さえしてしまえば、ひよは自由に城中どこでも自由に行き来している。
後宮に閉じ込められているって言ったら、ご幣が有るがまあ、後宮にしかいない俺とは比べ物にならないくらい、自由だ。
たぶん、エメラルドの問題が片付けば、俺も自由にはなれるはずだけど……。
「本?本は好きだが…」
「良かった。パパにね、お兄ちゃんお部屋の中だけじゃつまらないよって言ったら、第二書庫になら言ってもいいって!」
ウキウキしながら言うひよ。
俺も少し、楽しそうだと心なしかウキウキし出す。本は嫌いじゃない。むしろ、好きな方だ。
文学自体が嫌いではないからだと思う。
いつの間にか、侍女の高橋さんがお茶を淹れながら俺達ににっこりほほ笑んでいた。
「それはいいかもしれませんね、日和さん」
「あっ、ありがとうございます」
お茶を淹れてくれた彼女にすみません、と頭を下げてから、そのティーカップを手に取る。
相変わらず、彼女は外見で特に目立つところはないが、すごく気遣いができて、優しくて料理上手で、すごく可愛い人だ。
何でこの人が、丸川の宇佐見公爵のあの才能はあるのに偏屈で有名な次男と婚約しているのかが不思議でしょうがない。
「第二書庫はね、司書長さんが女の人ばかりで、第二書庫長の弘樹さんはとっても物知り何だよ!」
「へぇ、司書で女性は珍しいな」
「あっ、はい。我が国、そして丸川国の特徴と言うべきものではないでしょうか。我が国や丸川国では、男尊女卑などもっとも嫌う行為です。女性だから、男性だから、そのようなことは関係なく、ただ、才能を認めて、人として男性でも女性でもその方々の意志を尊重する。それに、代々重きを置いている王家では王宮に女性騎士がいたりするのも当たり前です」
女性が、男性の騎士を倒すことだってあるんですよ、と話す高橋さんの話に俺は少しだけ怖くなった。
いや、その男性を倒したという女性が流石に俺は恐ろしい。
「でも、午前中は書庫も忙しいでしょうから午後からにしては?」
「そうだな。そうするか…」
そうして、午前はひよと高橋さんとでお茶をしながら過ごす。
だと言うのに、最近少し痩せたように感じるのは気のせいだろうか?
はじめて服をもらった時にはちょうど良かったはずの服も、少し緩くなってきたというか……。
まぁ、着てるうちに伸びたんだろう。
疑問を持つと、しょうが無いがそう思って解決したことにする。
午後、書庫へ行くと、俺は少し遠くを見て固まった。
「コラそこ!!寝るんじゃねぇええ!!!!!!」
目の前をスコーンっと飛んでいくチョーク。それは、居眠りしていた生徒の頭にクリーンヒットした。
「弘樹ちゃん!」
その、チョークを投げた人物へと元気に寄っていくひよ。
「ん?あぁ、ひよか。何しに来た?」
「お兄ちゃんをね、お外に出してあげたくて書庫に誘ってみたの!!」
そっか、と頭を撫でるその人は先ほどの怒号によらず綺麗な人で、驚く。
更に驚いたのは、その左手の薬指に指輪がはめられていたことだ。
まぁ、俺からそのことに触れることは無いけれど。
「あの…、ここでなにしてるんですか?」
「…あぁ、此処は書庫と官吏候補または、騎士の教育を兼ねている場所なんだ。官吏になるのには勿論、騎士になるのだって勉学はいる。いついかなる時どうなるか分からないからな。戦場で腕がたっても、そいつが馬鹿では意味が無い」
なるほど、と俺は頷いた。
確かに、厳しい人っぽいが、言うことはきちんとしてるし、何よりもこの国のことを一番に考えてる。
「俺も、受けてみたいな」
「えぇっ!?お兄ちゃんも勉強するの?」
ひよの驚く声に、俺はあぁ、と頷く。
俺の必修ともいえる勉学は概ね終了している。だからって、ここで学ぶことが無いわけじゃない。むしろ、学べることの方が多そうだ。
「じゃあ、今日は講義受けて見るか?つっても、もう30分もすれば終るけど」
「あっ、はい。じゃあ、お願いします」
了解を得れた俺は、ひよと一緒に一番後ろの特別に用意された席へと向かう。
その間ふと、観察してみるとここに居る生徒全員が女性であることがうかがえる。
頭をひねってみても答えは無い。女性と男性で講義の時間が別なのだろう、と思うことにしてそのまま席に座る。
俺とひよが着席すると、高橋さんは隣に立っていた。座ればいいのに、とは思うが言わない。この国の決まりだってあるだろうから。そうして、止まっていた講義がまた始まり出す。
今日の講義は途中からだが、道徳的なことそれに加え、この国の文字やその歴史など、様々だった。俺の国とは若干違ったところもあったりして、違いを見つけたり、この国の形式について質問し、その都度的確な答えが返ってくるのが楽しかった。たぶん、俺の国のどの教師よりも博識だろう。
彼女の知識は、少しうらやましくもある。
「あっ、ヒロさん!!!」
丁度、講義が終り、彼らが次のカリキュラムに向かう頃、白衣を来た青年がこの書庫にやって来た。
そう言えば、この国で見た桐嶋さん以外の初めての男性かもしれない。
「野分…静かにしろ、此処は書庫なんだぞ?」
さっきまで、一番騒がしかったのはアンタだ。そう言いそうになって止めた。余計な敵は作りたくない。
「すみません…どうしても、はやくヒロさんに会いたくて」
そう言って、彼女の手を握り締める青年…見てると、年は俺と同じぐらいだろうか?
「やっ、止めろ野分!それに今日は、客がいるんだ」
「へっ、ああ。これは気が付かないですみません…えっと、あぁ、后妃様ですよね?俺、あなたの主治医に先ほど拝命されました、草間野分です。よろしくお願いしますね」
天然スマイルで言われた言葉に、一瞬“あぁ、よろしく”と言いかけたが…、今こいつ、俺のことなんて呼んだ?
「おい、お前…」
「はい?」
「今、俺のことなんて言った?」
「えっ?后妃様ですけど、違いました?」
「多分さしてる人物は俺で合っている、が…あの野郎」
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「いや…何でもないよ、ひよ」
あの野郎、とは思ってもひよの前で大声は出せず低く呟く。ひよが不思議そうな顔で見上げてくるのに、俺は苦笑しか返せなかった。
ひよは、そう?と言うと話しだす。
「野分君はね、この国一番のお医者様なんだよ!私が病気になったり、具合悪くなったりするとすぐ直してくれるの。
でね、弘樹ちゃんの旦那様なんだ!」
羨ましそうに頬を染めるひよの頭を撫でる。
ひよも女の子だから、きっとそう言うのに憧れるんだろうな。
俺には解らない感覚だけど、女の子は誰でもそうなんだろうか?
まぁ、でもひよならきっと、良い人が見つかる。
「きっと、ひよにもひよを大切に思ってくれる旦那様が現れるさ」
「そうかな?」
「あぁ、きっと」
現れたとして、その人と結ばれるかどうかは解らないが、たぶんきっと桐嶋さんがどうにかするだろう。何せ、愛娘のひよのためだ。何が何でも、その人とひよが結ばれるようにやり遂げるだろう。
そう思うと、自然に顔に笑みが浮かぶ。
「ママにとっての、パパみたいな?」
「ママ?」
ここ数日一緒にすごしてきて、始めて聞いた。ひよの口から、ママって言葉。
いったい、どんな人だったんだろうか?
高橋さんや、弘樹さんがひよの事を止めようとしてるけど、何で?って顔でひよは続きを語る。
「ママがね、私の小さい時言ってたの。パパは、ママの王子様なんだって」
そうだよな、そう言えば亡くなったって聞いてるけど、ひよにとって、ママの王子様はパパである桐嶋さんか。そう思うと、少し、ほんの少しだけズキッと胸が痛くなった。
「運命だって言ってた。パパにあったのも、パパに恋したのも、パパと結婚したのも…、それでね、ひよが生まれてきたことも、全部運命だって」
「そっか。それほど、ひよのママは桐嶋さんが大好きだったんだな」
「うんっ!!パパもね、ママが大好きだったの。ママと出会って、恋をして愛し合ったのは運命だって、ママを今でも愛してるって!」
それって、素敵なことだよね!と言うひよの、嬉しそうな一言が俺の心を何気なくえぐる。
でも、きっとそれは桐嶋さんの本心で…、何で俺が今ここに居るのかが、解らない。
桐嶋さんは、俺を妻にと言った。確かに、攫ってくれと言ったのは、俺だ。でも、だからって、俺は桐嶋さんから気持ちを聞いたわけじゃない。
どうして、俺だったのかも……。
気が付けば、俺は桐嶋さんがこの国の王だと言うこと、ひよの父親だと言うこと、元律の婚約者だったこと以外何も知らない。
目の前が、真っ暗になっていくような感じがする。
俺は、どうしたらいい?
どうすれば、いい?
誰にも問いかけられない、問い。
応えの帰ってこない、疑問。
弘樹さんと高橋さん、草間さんが俺を心配そうに見守っていることを知らず、俺はただ光のない道にただ放りだされた赤子のように、感情の現状の迷子になってしまった。
きっと、どこに居ても俺は同じなのだろう。
誰に望まれることもなく、誰に愛されることもなく、誰に好きに成られることもなく、そうして、生きて行くんだと思う。そう、今までも、これからも……。
俺に大好きだった母親のことを話して嬉しくなったのか、書庫に行った本来の目的も忘れ、ひよはある部屋へ案内してくれた。
「ここだよ、お兄ちゃん!」
連れてこられた部屋は、殆どが様々なピンクで彩られた部屋。
「ここはね、ママのお部屋なの。パパが、ママのために作ったお部屋」
嬉しそうに笑ったひよは、そのままソファーへと走って行ってダイブする。
「ジャプンではね、どこの家でもパパがママにお部屋をプレゼントするの!」
「部屋?」
「そう、お部屋!パパが、ママをイメージした色のお部屋をね、プレゼントするの!だから、ここは世界でただ一つだけのママのお部屋!」
そう、なんだ…、とひよの言葉に返し、部屋をぐるりと見回す。
その部屋の殆どが、洗練されたもので、今でもとても大切にされているのがうかがえる。
桐嶋さんの、愛情の深さがにじみ出ているような部屋。
「お兄ちゃんのお部屋はね、ひよの新しいママになるはずだった人のお部屋なの。どんな人なのかなって、パパが作ってるお部屋がすごく気になってたの。でも、その人とパパは結婚しなくなっちゃって、どうするのかなって思ってたら、お兄ちゃんが来てびっくりした!!」
つまり、あの部屋は律のために用意された、桐嶋さんが考えてた律の色…。
白、潔白で純情な白。白を吉兆とした、部屋。
あれが、桐嶋さんのイメージする律…、なら、俺はどこに居るんだろう?
「お兄ちゃん?どうしたの?さっきから、黙ってて変だよ?」
ひよの純粋に覗き込んでくる目が今は辛い。
何でもない、と応えようとした側から、立ちくらみがする。
「大丈夫ですか?」
とっさに、近くの家具へ捕まれば、高橋さんが心配そうに駆け寄ってきた。
「お兄ちゃん!!」
ひよも、顔を真っ青にして近づいてくる。
「顔色が悪いよ、お兄ちゃん。具合悪いの?」
「少し、休まれた方がいいかもしれませんね」
俺が何も言わないうちに、トントンと事は進んで、気が付けば部屋のソファーに座らされていた。
「ただいま、お茶をお持ちいたしますね。草間さんが、今向かっているそうなので」
「……あっ、そう、ですか」
いつもの俺らしくない、はっきりとしない言葉。
それに高橋さんは苦笑を一つして、それでも何も言わずに、部屋を出て行った。
ひよは、この部屋に来る前に分かれたから、今は居ない。そう、今は一人だ。
そっと、ため息を吐くと、改めてこの部屋を見回した。
「白、黒、茶色…いろんな色が有るけど、白が強いな」
クスッ、と自嘲を一つ洩らすと、俺は立ちあがって、ラウンジから続く少ない階段を下りて、庭へ降りる。
あの部屋には居たくなかった。勿論、ひよの母親だと言う人の部屋にも。
自分は、いつあの人に感化されてしまったのだろうか?
そう、あの時、ひよに話を聞いた時、ひよに母親の部屋へ連れて行ってもらった時、律のイメージだと言う部屋だと知った時、湧きあがった感情は、嫉妬だ。
嫉妬と、羨望…。
あの人に愛されてる人が、羨ましかった。あの人の愛は深い。そして、それを一身に受けた…いや、まだ受け続けている彼女が、とても、妬ましい。
あの、律のイメージだと言う部屋にしても同じこと。
きっと、この庭もあの部屋に、律のイメージに合わせて作られたのだろう。
そう思うと、綺麗に咲いている花々を引きちぎってしまいたくて、しょうが無い。
でも、己の元来の性分がそれを押しとどめる。
花に手を翳し、その手に力を入れてしまいそうなのを必死でとどめる。
何も、花に罪が有るわけじゃない。誰も、悪いわけじゃない。
だからこそ、憤る。
「こんな、体じゃなきゃ……」
何度、考えたことか。
こんな体じゃなきゃ、ちゃんとした性別が有れば、俺は愛されたのだろうかと。
父に、母に仕方なく、ではなくきちんと、愛されたのだろうかと。
きちんとした、女であれば、政宗に好きになって貰えただろうか、と。
今もまた、考える。
俺が、女だったら桐嶋さんは俺を好きと言ってくれただろうかと。
俺をただ、つなぎとめるだけの言葉でも、愛をささやいてくれただろうかと。
手に力を入れるのは止められても、涙があふれるのは止められない。
どうして、どうして、とそればっかりが心を占める。
「何泣いてるんだ?」
後ろから、ふわりと目元を隠され、耳元でささやかれた声。
その声は、甘さを含んだもので、勘違いしそうになる。
「きり、しまさ、」
「俺に黙って、一人で泣くな」
ひゅっと、喉が鳴る。
どうして、この人はこんなことを言うんだろう?
俺のことを好きなのかも、解らない。俺を愛せない癖に、どうして?
「何のためにここに連れて来たと思ってるんだ?何のために俺がいる?俺を頼れ」
くるり、と向きを変えられて、抱きこまれる。
それでも、その優しさに涙はとどまるどころか、溢れて溢れて、止まらない。
すがって、泣いても良いのか解らず、手を延ばせない…。
「何が、そんなに不安なんだ?いや、不満なのか?」
ただ、その腕の中ですがることもせず、静かに泣く俺を不思議に思ったのか、桐嶋さんが俺に問う。
俺は、それに応えることなんて出来なくて、ただただ、首を横に振る。
「隆史、俺は泣いてるだけじゃわからない。何があった?どうした?何か、言ってくれ」
その言葉に、黙り込んだ桐嶋さんは俺の言葉をただ待っているようで、しばらくして、俺は桐嶋さんにただ一言、愛して、なんて言えないから、普段なら絶対言わないだろうセリフを吐いた。
それに驚いただろう、桐嶋さんは息をのむ。
「…っ、不安にさせてたのは、俺か?」
「えっ?」
ぼそり、と呟かれた言葉はこんなに近くに居たのに、俺の耳には届かなかった。
「いや、何でもない。それは叶えてもいいが、それは夜、な?」
今は戻ろう、そう言った桐嶋さんに連れられて部屋への道をただ戻る。
その間、俺達の間には会話は一切ない。
でも、ただ繋がれていた手だけが熱かった…。
部屋に戻れば、具合が悪いはずの俺が居なくて、高橋さんも草間さんも心配していたらしい。
まぁ、それに素直に謝罪して、草間さんの診察を受ける。
別に大したことはなく、ただの環境によるストレスだろう。そう言ってくれた。
…桐嶋さんには。
草間さんはきっと、優しい人なんだろう。俺にだけ、本当のことを伝えてくれた。
過度の精神的ストレス。そして、体の変化に伴う肉体的ストレスが重なったことによる、貧血。
草間さんの診察、そして目測が正しければ、俺の女性器は今、急速に発達していて、体も少し女性らしさを帯びてきているらしい。そして、もう少しすれば初潮がくる。
血液検査と問診、診察でしか推測出来ないことだけれど、たぶんそう間違いはない、と言われた。
一瞬、何を言われたのか信じられなかったけど、最近大きくなったサイズの服のこと、そして、よくよく見て見れば、前よりも筋肉の無くなった腕や体。
他にも、思い当たることが多すぎて、俺はただ、そうですか、とだけしか言えなかった。
草間さんは、最後に
『心と体は応呼します、后妃様の場合は特に。だから、体調には心の変化も十分気を付けてください』
と言った。
「じゃ、俺はこれで」
「ありがとうございました」
「はい、后妃様もお大事に」
「…あの、その后妃様っての止めてもらえませんか?」
「えっ?何でですか?」
「俺には、横澤隆史って名前が有るからです」
「…解りました。では、隆史さんとお呼びいたしますね」
そう言って、俺の頭を子供…ひよの頭を撫でるようにした彼はこの部屋から出て行った。
あの人の、こう言うところが、あの気難しそうな弘樹さんの心に止まったんだろうか?
ひよが、彼らのことを素敵だと言った意味が少し見えてきたかもしれない。
愛し愛されてる彼らは、たぶんとても素敵な関係を築けているはずだから。
それに比べて、俺は…。
そう考え始めて、また暗くなっていく思考を頭をブンブンと振って追い出す。
暗くなっても、仕方が無いからだ。
こう言うときは、酒でも飲んで何も考えずただ眠ってしまいたかった。
けれど、今日も桐嶋さんは来るだろう。
そして、今日はきっと、俺を抱いてくれるだろう……。
俺を連れて来たあの日から、毎日欠かさず、ひよと同じように桐嶋さんも俺に会いにきてくれている。
それは、穏やかに会話だけする時もあったし、女性器へ触れ、俺だけイかされることも何度かあった。
けれど、桐嶋さんが俺に入れたことは、あの婚約披露パーティーの日以来、一切なかった。
それが、余計に不安なのかもしれない。
触れ合うことだけが、全てじゃない。そうは頭で理解していても、心が理解してくれない。
どうしようもない不安、湧きあがる嫉妬、それらを全部忘れさせて欲しかった。
「隆史、風邪ひくぞ」
「桐嶋さん…」
夜、ラウンジに出ていた俺の背中に、ふわりとかけられるカーディガン。
薄い緑色のそれは、桐嶋さんの気遣いなのか、とても温かく感じた。
「ほら、中に戻ろう」
「…あぁ」
何も言わず、ただ寄り添って中へと戻る。ただ、考え疲れたこのココロを癒してほしかった。
「なぁ、隆史。今日、何が有った?」
ベッドへ寝せられて、俺の頬を桐嶋さんが撫でる。
その手は優しくて、暖かくて、つい、何でも話してしまいそうになる。
「ひよに、いろいろ連れて行ってもらった」
「へぇ、ひよに?そうだ、第二書庫はどうだった?」
「…あの、弘樹さんって第二司書長?の知識は、すごかった」
「あぁ、彼女の知識は俺の国で1番多いだろうな…、ただ、もっとすごい人なら丸川に居る」
「あの人よりか?」
「あぁ、宮城という方なんだが、彼女の師匠で尚且つあっちの国際書庫の司書長。井坂さんでさえ知識の面では敵わない」
井坂、と言うのはあの丸川の女王だと言うことは解る。彼女は、この世界の王の中で一番喰えなくて、何を考えているか分かりにくいうえに、頭がいい。それゆえ何でも出来てしまう。
彼女の国が、世界最大の大国として今現在栄えているのも、単に元々がそうであったからだけではない。
彼女の並々ならぬ策略と、それに応じて動く国。それらが合わさり、今の丸川を作っている。
しかし、その井坂さんでさえ敵わないとすれば、やはり相当なものだろう。
「それは、すごいな」
純粋に、もう尊敬するしかないだろう。勉強することは、嫌いじゃない。
「…やっと、笑ったな」
「は?」
俺は、笑っている桐嶋さんの言った意味が解らず、いぶかしげに見つめた。
「その顔も、元に戻ったな」
「何の話だ?」
「お前、今日一度も俺にあってから、笑って無かった。笑わないかと思えば、いつもの顔でもない。俺なりに心配してたんだ」
ゆっくりと俺の頬や頭を撫でる桐嶋さんの手は暖かい。
「んっ……ふぁ」
その手に導かれるようにして、睡魔さえもやってくる。
だめだ、と思うのに、止まることが無い。
「横澤、眠いのか?」
「…、ぃゃ」
「ほら、眠いんだろう?ちゃんと入って寝ろ」
「だって…きょう、は……」
「…お前の体調が戻ったらな」
「 」
薄れて行く意識の中、桐嶋さんに俺は声になってない口だけの言葉を投げつけた。
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