寂しさゆえに
横澤さんが風邪引いた話。
淋しい、淋しい…桐嶋さん?ひよ?そら太……淋しい…
桐嶋さんの部屋のベッドで寝かされていた俺は掛け布団を持ったまま、リビングへと出る。
けど、そこにはそら太しかいなくて、淋しい気持ちになる。
ふと、ソファーに目を移すと、朝忙しくてそこで着替えたのだろう。桐嶋さんの服の残骸が広がっていた。
そのうちの一つを手にとって、ぎゅうっと抱きしめる。
ふわり、とした桐嶋さんの香りに包まれて、思わず嬉しくなる。
一人じゃないって、思えたから。
俺は、掛け布団をかぶると、そのまま、桐嶋さんの服を抱えたまま、床で寝入ってしまった。実は、その後の記憶が全くない。
「何だ、これ」
先に帰ってきていたひよが、しぃっと口に手を当てるので、何かと思えば芋虫のような掛け布団の塊がリビングの中心で丸くなってスペースを陣取っていた。
「お兄ちゃんだよ、パパ…それと、パパ。部屋着の上はどこに置いたの?」
見当たらなかったんだけど、というひよに俺は首をかしげる。
今日の朝は、横澤の熱であわてていたから定かではないけれど、確か脱ぎ散らかした服と一緒に置いてあったはずだ。
「無かった?」
「うん」
「そっか…パパが探してみるよ、ありがとうひよ」
どういたしまして!と、ひよは夕飯作りが途中だったのか、パタパタ台所へ戻ってしまう。
「…確か、この辺に置いたはずだけど……おい、横澤。床で寝るな、いい加減起きろ、寝るならベッド行け。」
「んっ……んぅ…」
起きるか、と思ったところで揺するのをやめれば、体制を立て直して寝ようとする横澤に仕方ないと、少し大きく息を吸い込んだ。
「横澤!」
「パパ!」
俺の声に、横澤を起こすなと言うようにひよが言う。
それに俺は、しょうが無いと横澤を寝かせたままにする。横澤は、俺の声にもひよの声にも起きることはなく、眠っただけだった。どんだけ深く寝入っているのか。
それにしても、俺の部屋着は一体どこへいったのか……、一瞬あり得ない想像が脳内をよぎったが、まさか。とふりはらう。
ひよは横澤におかゆを作っていたようだけれども、横澤はひよが起きている時間帯に起きる気配はない。俺とひよが順番にお風呂に入り、ひよを寝かせてから、もう一度横澤を揺り起こす。
「横澤、いい加減起きろ」
ゆさゆさと揺さぶると、ようやく横澤はその毛布の中から顔を出す。
「んっ……ん?ぁ、きりしま、さん?」
「そうだ、おはよう、横澤」
「おはよう」
にこり、とひよに見せるように笑う横澤に、一瞬俺の時間は止まった。
「きりしまさん?どうかした?」
そのふにゃり、としたまま顔を傾げる横澤は普段の数倍可愛い。いや、普段が可愛くないわけじゃない。
純情で、思われることに馴れてなくて、それでいて素直じゃない。それでも、可愛い。
でも、今は素直な分余計に……。
「いや、起きたなら、お風呂入れ。おかゆ温めておいてやるから」
「きりしまさんは?」
キッチンに行こうとする俺の腕を掴んで、頭を再び傾げた横澤。
あぁ、理性が……
「もう入ったよ。ほら、早く」
「…じゃ、やだ」
「はっ?」
それよりも、何だかこの横澤はどこかおかしい。
風邪の時の横澤の比じゃない。
「きりしまさんといっしょがいい」
俺から顔をそらしてぷぅ、と子供みたいに頬を膨らませる横澤は、幼児化したみたいだ。
こんなデカイ男に、幼児なんて言った日にゃ吠えられ三昧だろうがな。
「横澤?お前、寝ぼけてるだろう?もう風呂はいいから、早く寝ろ」
風邪の比じゃないってことは、たぶんこの出来事は覚えてないだろう。
泥酔並に、寝ぼけてる。
「きりしまさん、だっこ」
「……むりだ。自分の足で歩きなさい」
そう言って手を伸ばして来る横澤につい、口調がひよを諭すようになってしまう。
本当に、どうしたんだろう?
「むぅー…」
「はぁ……一緒には行ってやるから」
仕方ない、と俺が違う提案をすると、横澤はにっこりと笑う。
もう、何でこんなに家に帰ってきてから俺疲れてるんだ?
少し遠い世界に行きそうになりながら、俺は横澤を支えながら寝室へと向かう。
ぎゅうぎゅう抱きついてくる横澤は、もうすでに酔っ払いと一緒だろう。
「ほら、もう寝ろ。おやすみ、横澤」
「ん……あれ?よこざわ?なんで?」
「さっきからそう呼んでるだろう?」
「ちがう、ちがう」
「何が?」
「なまえが、いい。ねっ?よんで」
「っ!そっか。じゃ、お休み」
隆史、そう言うと満足そうに笑って「おやすみ、ぜん」と言いながらゆっくりと、その瞼を閉じて再び眠りに着いた。
それを見届けると、俺ははぁあ、と深く深くため息を吐いた。
横澤がデレると、破壊力が抜群だ……、それに精神をいくらつぎ込んだところで疲弊していくのは目に見えているのだろう。
次の日、いつもの横澤に戻っていて、俺は人知れずホッと息を吐いた……。
end
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