嫉妬


高野さんが病んでます。高野さんが好きな人にはあまりおススメできません。











桐嶋さんが、風呂に入ってるとき、俺の携帯が鳴った。
電話の相手は政宗で、久しぶりに見た名前の表示に、何か緊急の用事かと俺は思い、通話ボタンを押した。

「もしもし、政宗か?どうした?」
『…どうしたじゃねぇよ。お前、今どこに居るんだ?今どころじゃない、最近ずっと』

それを聞いて、ふと思い出す。
そう言えば、今週一週間は丸々桐嶋さんの家に居た。
自分の家には帰ってないし、勿論実家にも帰ってない。
そら太もこの家に居るため、何の問題も無いから忘れていた。
ただ、頻度は高いなと思いながら。

「あぁ、訳あって知り合いの家だ。心配すんな、そら太も一緒だ」
『俺はそんなこと心配してんじゃねぇよ!』
「政宗?いきなりどうした?」
『どうしたじゃねぇっての!!』

電話口で怒鳴られ、思わず携帯を耳から離した。
自然と眉間にしわが寄る。つうか、近所迷惑だろう。
しかも、くだを巻いた口調に、俺はどんだけ飲んでるんだと呆れそうになる。

「お前、酔ってるのか?」
『あぁ?酔うわけねぇだろ!お前と飲みに行ってねぇのに、律は酒飲めねぇし…、お前いつになったら暇ができるんだ?まさか、恋人ができたわけじゃねぇよな?認めねぇぞ、俺は絶対…』『わわっ、高野さん酔いすぎですよ!!すみません、横澤さん!ほんと、すみません!』

政宗の言葉に、少々ドキッとしながら、何を答えるでもなく俺はただ聞いていた。
ここで話せば、ボロが出そうで、それよりも酔っぱらい故、追及されそうで怖い。
何より、政宗を好きだった時ならともかくとして、酔っぱらいの相手をするのは面倒だ。
電話口で多少の口論ののち、小野寺が電話を奪ったのであろう。いつもの、俺を怯えたような口調で何度も謝ってくる。
それなら、いっそ電話などさせなければ良かっただろう、と俺は更にため息をついた。
さて、この電話は切っていいのか…。

「おい、いい加減」
「誰と電話してんだ?」
「うぁあっ!!」
『横澤さん?』
「何でもねぇ!気にすんな!!」

風呂上りであろう、桐嶋さんが後ろに立って、座ってる俺の首に腕を巻きつけてくる。
それどころか、反対の耳に低く囁いた。
俺は、その声が苦手だ。
嫌いじゃないが、何と言うか…、色々とあの時のこととか思い出して腰に来る。
そうして、驚いた声が小野寺に聞かれて、気恥ずかしいのも相まって、仕事中の暴れ熊の口調で返してしまう。

『おい横澤!話はまだ…』

小野寺から携帯を奪い取ったのであろう、政宗が再び話そうとしたとき、ブツッといって声が途切れる。
残るのは、つー、つー、と機械的な音を立てる携帯。
そう、無理やり桐嶋さんに電源ボタンを押され、切られたのだ。

「なに、すんだアンタ!?」
「何って、お前が切りたそうな顔をしてるから、切ってやっただけだろう?」
「なっ!だからって!」
「何だ?じゃあ、切りたくない理由でもあったのか?」
「そう言う問題じゃない!仕事の電話だったらどうするんだ!」
「仕事と私用の電話ぐらい、解らないでどうする?それに、今は…」

“恋人の時間だろう?”

そう、ささやかれ俺の顔は真っ赤に染まる。
そんな俺を見て、桐嶋さんはくすくす笑う。
ただ、俺もわかったことが有る。桐嶋さんが、そう笑っているときは軽度に嫉妬してる時だって。

嫉妬の対象は、今はまだギクシャクとしているが、親友に戻った高野との電話。
桐嶋さんは、仕事の付き合いや高野との友人付き合いは、認めてくれている。
けど、さっきみたいにプライベートの時間を邪魔されるのは嫌いなようだ。

その、普通なら些細なことで息の苦しくなるほどの嫉妬に、俺はクラクラと酔ってしまう。
その感覚が心地よくて仕方ない。

“愛されている”

そう、はっきりと認識できるから。
意外と、桐嶋さんに嫉妬されるのは嫌いじゃない。俺だって、同じくらい嫉妬するし。

俺は気が強いし、桐嶋さんが嫉妬して怒ってるときには何を言っても聞いてくれないから、嫉妬して喧嘩してしまうのは仕方がない。

でも、俺は桐嶋さんがいないと息もできない。

喧嘩して離れているのは苦しい、淋しい。どうしようもない不安にかられて、時間がたつにつれて会いたくて、会いたくて仕方が無くなる。
こんなに、政宗以上に好きになって、これ以上好きになれない、これ以上好きになる人なんていない、失ったら俺まで死んでしまう。そんな愛し方しかできないけど、好きになってしまった桐嶋禅という存在。
俺は、もはや政宗以上に桐嶋さんに依存していて、好きで好きで仕方がない。

俺が携帯を置いて、再び鳴った携帯の電源を落とせば、桐嶋さんの機嫌が直る。
もともと、そんなに悪くなかったのだろう。今日は何もなく、済みそうだ、と一人ホッと息を吐いた。

桐嶋さんに求められるのは嫌じゃないが、気恥ずかしさもあり、なかなか馴れない。
反論も、抵抗もしてしまうけど、本当は俺だって桐嶋さんが欲しい。
桐嶋さんとはじめてした時、桐嶋さんが言った“抱かれてもいいほど男前”という問いかけ。
その言葉を聞いて、咄嗟に反論してしまったけど、今思い返せば、そうだと思う。
桐嶋さんは、子供っぽいところもあるけど、俺よりも一つも二つも上手な大人の男。
そういう魅力が、桐嶋禅という人間に人をを引き付けるのだろう。

それに何だかんだ言って、俺は桐嶋さんの上に乗ったことはあるけど、本当の意味で上、という立場をとったことはないのだ。そもそも、好きでも桐嶋さんを抱きたいとは思えない。
桐嶋さんを抱きたい、と思えるのは一体どんな人なんだろうか?
あの、作家の伊集院響大先生なら、そう思えるかもしれない。
仕事上の、桐嶋さんのパートナーなら…。

そう思い始めると、際限も根拠もない妄想が俺の中を占拠する。
桐嶋さんの側だし、何とか顔には出さないように気を付けてはいるけど、眉間にしわが寄ってしまう。
桐嶋さんが名前で呼ぶほど、砕けた口調で話すほど、伊集院先生と親しい桐嶋さん。
それは、桐嶋さんと伊集院先生が共に作品を作り上げてきた年月を、物語っているのだろう。ならば、伊集院先生は俺の知らない桐嶋さんを知っているわけで、それがまた、気に入らなかった。
俺にだって、色々と桐嶋さんの知らない部分はある。それは、仕方のないことだってわかってはいるけど、そこまで親しい間柄というのが、ますます、俺は気に入らない。

桐嶋さんを、独占したい。

桐嶋さんが、全部ほしい。

そう言ったら、桐嶋さんは笑うだろう。ひよと家族の分以外は、今はお前の物だって。
過去に、桐嶋さんが桜さんを好きで、亡くなった今も、俺とは別に愛してる。
事実は変えられようがない。変えられようはないけれど、桐嶋さんは全部話してくれる。
それに、桜さんがいなければひよにも会えてなかった。
俺は、ひよも好きだ。恋愛感情を10歳の子供に抱くわけではなく、純粋に人としてひよが好きだ。だから、桜さんの過去を受け入れている。
それに、今桐嶋さんの側に居るのは俺なのだから、その事実さえあればいい。

だが、伊集院先生の話は別だ。伊集院先生は、桐嶋さんの側に今も、きっとこれからもいる人だ。過去の桐嶋さんを知っている、生きてこの世界に存在してる人。
嫉妬の対象にならないはずが、ない。

俺だって、誰これ構わず嫉妬なんてしたくない。けど、仕方がないじゃないか。
桐嶋さんが担当から外れようとしたら、駄々をこねる作家。
本人たちが、幾ら信頼関係しかないと言っても、俺は伊集院先生も桐嶋さんが好きなのだと錯覚してしまう。
取られたくない、そう思ってしまう。
桐嶋さんは、俺のだから…。

「…何をまた、お前は悩んでんの?」
「…別に」

隠そうと思っても桐嶋さんには気がつかれてしまうもので、俺の顔の変化を読み取り、直ぐに聞いてくる。
けど、桐嶋さんに話す事ではないし、第一話した後、どう反応を取れば良いのか解らない。
幾ら、嫉妬深いと伝えているとは言え、そんなことで嫉妬したなんてみっともなくて言えやしない。
大体、こんなことを伝えれば、伊集院先生と桐嶋さんの仲はどうなってしまうのだろう?
桐嶋さんの仕事に影響がでる。それだけじゃない、ジャプンの看板マンガである、“ザっ!漢”までも失ってしまうかもしれない。そんなことにはしたくなかった。
だから俺が、全部抱えて、無意識の中へこの嫉妬を閉じ込めてしまえば良い話である。
誰にも迷惑をかけず、桐嶋さんを困らせない方法と言えば、これぐらいしか思い当たらない。

「お前は…、ほら、良いから言っちまえ」
「なっ、何でもないって言ってるだろ!」
「なら、そう“なんでもない”って顔してみろよ?」

桐嶋さんに言われて、俺は顔をしかめる。
出来れば隠し通したいことでも、桐嶋さんには何故かばれてしまうのだ。
人の表情を読むのが上手い桐嶋さんは、俺の思ってることなんて直ぐに見抜いちまう。
でも、それで俺の気持ちが助けられて来たのも事実。
強い反抗もしてしまうし、多少の反抗心は俺の心の底にいつもある。
嫉妬から来るもの、羞恥心から来るもの、負けず嫌いの部分から来るもの、全部合わせて俺の反抗心は根強く残っている。

「……、それより、アンタの頭から垂れてくる水滴が冷たいんだよ!しっかり拭け!風邪ひくぞ!」
「あぁ、悪い。けど、話を逸らすな。ほら、言っちまえ隆史」
「…っ!」

名前を呼ばれて、俺の顔が赤く染まる。何度も、何度も呼ばれる名前だが、未だに馴れない。
親しい友人でも、俺の名前を呼ぶ奴なんていなくて、付き合ってみた彼女と両親ぐらいしか呼ばない俺の名前。殆どの人が呼ばない名前は、俺にとっていつしか特別な物となっていて、桐嶋さんに呼ばれる度に嬉しさが増す。
流石に、会社の公な場所では、横澤と呼ばれるが、二人きりや桐嶋さんの家だと、隆史と呼んでもらえる。それが、何よりも俺のココロを震わせる。
だからと言って、俺が桐嶋さんの名前を呼ぶことはできない。
呼んでしまったら、もっと、もっと好きになりそうで、怖い。
今だって、許容量いっぱいいっぱいなのに、これ以上入れたら溢れてしまう。
好きが溢れて、俺はみっともなく、桐嶋さんに関わる人すべてに嫉妬してしまうだろう。

政宗の名前は良い。政宗と俺が呼んでも、政宗が俺に名前を呼び返してくれたことなんて無い。
いつか、呼んでもらえるかもという期待の中、待っていた状態よりも、この状態は危ういのだ。

幸せすぎて、怖い。

そんなことが、本当にあるなんて思いもよらなかった。

「でも…」
「何を悩んでんのかしらねぇけど、俺は何を言われたって、お前を逃がしてなんてやれねェよ」

だから、安心して話せと言う桐嶋さんの言葉に、俺は意を決して話しだす。

要点を絞って伝えると、桐嶋さんは唖然とした表情をしてから、そのまま大笑いし出した。
もちろん、ひよが寝ているため、声はそれなりに抑えられていたが…。

伝えたのは、俺の醜い感情を除いた嫉妬だけの、ところ。

独占したい、全部ほしい

何て、面と向かって本人に言った日には、羞恥で死んでしまう。

「あぁ、そうかっククッ、響さんか!盲点だった」
「わっ、笑うな!」

そう言うと、悪い、悪い、と全く悪びれない様子で詫びを入れてくる桐嶋さん。
全く、この人は俺が一体どんな思いで伝えたと思ってるのだろうか。
素直になれない俺も俺だが、桐嶋さんのこういう態度にも問題が有るんじゃないか?
そう、思えなくもなくなってきた。

「別に、桐嶋さんにどうこうして欲しいとか、ねぇけど…、嫉妬しちまうもんは仕方ねぇだろ」

ぶっきら棒に言うと、桐嶋さんは頬笑み俺の頭を撫でながらそうか、とだけ言った。
他には、何も言わない。
子供っぽいようでいて、醸し出すこの安心感。大人の抱擁力ってのが、桐嶋さんには有るんだろう。
それに、俺はどっぷりと浸かって出れそうにない。いや、むしろ出るつもりもない。
一生、甘えていたい。そう思えるくらい、好きな場所。
誰にも言えない、秘密の思い。秘密の場所。
今は、俺にだけある場所。

「響さんとは、本当に仕事のパートナーってだけだから、安心しろよ」
「だぁ!もう言うなっ!!」
「照れるなよ、隆史。言葉が欲しかったんだろう?何なら、行動もやるけど…お前が要らないって言ったからなぁ」

にやにやと、笑う桐嶋さん。この切り替えの早さは、一体どこから来るのだろう?
けど、その雰囲気にふっと俺の心が軽くなる。
嫉妬も何もかも、桐嶋さんにかかれば俺なんて、掌で転がせているようなものなんだろう。
それ故に、稀に桐嶋さんの掌から転げ落ちて見せれば、桐嶋さんの驚く姿なんかが見れる。
それは、俺にとっての楽しみだし、俺しか知らない無防備な桐嶋さんだろう。
それが、俺の優越感になる。

「………ぅ」
「ん?何か言ったか?」
「何でもねェよ!どけよ、俺は風呂入るから!」
「そっか」

絶対解ってるだろう桐嶋さんの笑みに見送られて、逃げるように俺は浴室へと急いだ。




次の日。

喫煙所で一服、と思ったところで政宗に捕まる。
睨みつけられ、腕を引っ張られると、人気のない、いつかの非常階段へ連れて行かれた。
その場所に、少し顔をしかめる。この場所で、桐嶋さんに本心でもない言葉を叩き付けてしまったから。
そこで、向きあうように両腕を拘束されて、政宗と対面する。

「横澤、お前どういうことだよ!」
「高野…、何かあったのか?」

俺は、高野と呼ぶことで仕事について、と暗に言葉に込めて言うが、政宗は何を怒ってるのか解らないが、個人的に俺を怒鳴りつけてくる。
俺が、電話を切った訳でも、ましてや、何かをしたわけでもない。ただ、昨日は電話に出ただけだと言うのに。

「なんかじゃねぇよ!昨日、電話切りやって!その後、出やしない!仕事の話しだったらどうしてたんだ!!」
「仕事の話なんてしてなかっただろうが!大体、酔っぱらいの話に付き合ってやる義理はない!」

これが好きだった頃ならごめん、で返していたかもしれないが、今は真っ向から反論してる。
家に居ない俺も悪いが、それだって政宗には関係のないことだ。あるとすれば、そら太の事だけだろう。
だからって、何か在れば連絡を入れろと言ってあるし、携帯だってあるんだから、そっちにすればいい。
そら太だって、きちんと面倒を見ている。
それなのに何で、俺が家に数日続けていない位でこんなにキレられないといけないのか。
さっぱり見当が付かなかった。

昨日、高野が言っていた言葉の半分も聞いてなかった俺は、その言葉を覚えてなんて無い。

「酔ってねぇよ!!」
「嘘つけ!小野寺が、飲み過ぎだっつってたの聞こえてたんだからな!」
「だからって、250ml缶一本ぐらいで酔うかよ!」
「は?250ml缶、1本?」

それじゃあ、酔わない。毎度のことと、誘って飲んでいた俺が言うのだ、間違いない。
桐嶋さんみたいに、底なしのバケツではないが、それなりに酒に強い政宗がまさか、250ml缶1本で酔うはずがない。
では、昨日のあれは政宗の素面の怒りであり、今に直通している怒りなのだろう。
しかし、やはり思う。俺が一体、何をした!?

「なら、何でテメェそんなに怒ってるんだよ!」
「お前が家にいなかったからだって言ってんだろ!」
「俺がどこにいようが俺の勝手だろうが!お前に関係ねぇだろ!」
「在るに決まってんだろ!!」
「はぁ!?何がだ!!」

一体、政宗に何の関係が有ると言うのか。仕事も、そら太もキッチリとしてる。
なら、他に?けど、俺と政宗はただの親友へと戻ったはずだ。
ならば、俺がどこで何をしていようが、政宗には関係のないこと。
本気で、訳が分からない理不尽な物言いに俺はイライラとしてくる。

「恋人ができたんだろっ!?」
「はぁ!?」

それこそ、関係のない話ではないか。一体、何のつながりが有ると言うのか。俺にはさっぱりと読めない。

「家にいないってことは、恋人の家に上がりこんでるんじゃないのか!?」
「なっ」

返す言葉がない。政宗の推測とはいえ、それは真実をとらえているから。

「俺が、振ったから電話に出づらいのか!?だから、恋人の家に逃げてるのかよ…!」
「……ねーよ、お前のことはスッパリと割り切ってる」

今は、桐嶋さんがいる。俺には、それで十分だ。
一体、どこに不満が有るだろう?
確かに、ちょっとした不満はあるけど、でもそれ以上に今が幸せだから。
それなのに、何で政宗が辛そうな顔をしてるんだろうか。
何で、俺のことなんて好きじゃないんだろう?
それなのに、何でお前が苦しむ?
解らない政宗の感情に、俺は戸惑う。

「だとしたら、何で……」

俯いて、ぶつぶつと呟くように発せられた政宗の言葉。
その顔は、少し青く染まっていて、昨日電話の後、飲み過ぎたのではないか?
そう心配してしまう。
が、腕から僅かな震えが伝わってきたと同時に上げられた政宗の顔。
その瞳には、暗く黒い感情が見え隠れしていた。

「俺は、許さねぇからな!恋人なんて、絶対に認めねェ!!」
「お前に認めてもらう必要がどこにあるんだ!!」
「うるさい!!……お前が、俺を捨てるなんて、そんなの、許さない」

ギラギラとした眼で俺を見る今の政宗は、はっきり言えば、怖い。
人が、変わってしまったかのようだ。
最後に低く地を這うような声で呟かれた言葉に俺はゾクリと、背を震わせて、嫌な冷や汗をかいた。
そんな俺を、人にらみすると政宗は仕事に戻って行った。

俺は、ずるずると非常階段の踊り場に座り込んだ。
あんな顔、大学でダメになった時以来だ。その時より、酷いかもしれない。
側に、小野寺という存在が有る分、政宗は生きようとするだろう。
生きようとし、俺に執着する。なら、俺がどうなってしまうか、俺をどうしたいのか、どうするのか、何も解らないから。それが、非常に恐ろしかった。
けど、政宗が何故俺に、俺なんかに執着するのか。それが、さっぱりとして解らない。
俺は、ただの友人だろう。少なくとも、俺にとっての政宗は友人である。
それが、かけ違っているとでも言うのか。

最後の、政宗を捨てるとは一体どういう意味なのか。
政宗を俺が捨てるわけない。長年、大学から今まで交流が有る、大切な存在だ。
それを、恋人ができたからと言って捨てたりしない。
まぁ、少し政宗というより、友人は疎かになってしまうかもしれない。
けど、それってどんな人でもあることだろう?
恋人と友人は全く違うものなのだから。


俺は、考えのまとまらない頭を抱えて、その日の午後、外回りに出かけた。
一緒に、同じ会社という空間に居ることが恐ろしかったから。
桐嶋さんが、同じ会社に居るとしても側に行くことさえ、政宗にばれたらと思うと近寄ることができない。
ただ、桐嶋さんに何度かメールしようとして、断念する。
何て送れば良い?助けて?そんな事書けない。
けど、それ以外に言葉が見当たらない。ボキャブラリーの少なさより何より、恐怖により思考が正常に働いてくれないのだ。
恐怖と、疑問。そして、仕事。
それで手一杯になってる俺の頭はオーバーヒート状態だ。

当然のことながら、暫く桐嶋さんの家には行けないな。と、ひよにメールする。
もちろん、その次に桐嶋さんにも。何で、とは言わずただ、“行けない”とだけ。
ただ、桐嶋さんはしつこく俺に理由を聞いてくるけど、俺は答えるわけにはいかなかった。

そして、一日一回。俺を見張る様にかけられてくる政宗からの電話。



そんな日が続き、俺はついに気が付いたらベッドの上の住人となっていた。

「……ぁ?」
「目、覚めたのか…。あぁ、無理に起き上がろうとすんな」

病院だ、と、告げながら近くに座っていた桐嶋さんが起きかけた俺の肩を再び布団に戻す。
久しぶりに桐嶋さんの顔を見て、ホッと息を吐いたら、近くに、政宗の姿を見つけて、顔を青くする。

「何、で?」
「お前、倒れたんだよ。原因は、極度の心労、ストレス、それと、睡眠不足だそうだ」

そう言えば、あの日からだんだんと眠れなくなっていた気がする。
眼をつむれば、未来のことのように真っ赤に染まる桐嶋さんと、笑う政宗の姿にとび起きてしまうから。

「隆史、何でこうなるまで俺に言わなかった?」

少し、低くなった声にビクリ、と体が跳ねる。

「あ、あぁ…、だい、じょうぶだと思った、から…」
「これのどこが大丈夫なんだ?半日も目を覚まさなかったんだぞ!?」

死んでしまうかと思った…。そう呟いた桐嶋さんの声に、俺は申し訳なさが募る。
最愛だった桜さんを亡くしたこと、それが桐嶋さんのココロを傷つけてないはずがないのに、何で俺は忘れていたんだろう?
おれは、桐嶋さんの頬に手を延ばすと、ごめん、と呟いた。
桐嶋さんは、俺の手を取って笑ってくれたけど、政宗の顔は沈んだままだ。

「まさむね、どうした?」

そうして、政宗に手を延ばすと、政宗も俺と同様に、ごめん、と呟いてから話し始めた。

「俺は、お前が好きで、でも律とは違って、恋愛感情無いのに、安心できるお前を縛りつけておきたくて酷い事、今まで以上にいっぱいしてた…」
「……」

俺は、黙って政宗の懺悔を聞く。
俺に出来るのはそれしかないから。
ただ、政宗の頬を安心するようにゆっくりと撫でていてやった。

「俺は、お前に母親の代わりを見出していたんだ…。それで、お前に恋人ができたら、その存在が取られるんじゃないかって…、お前が変わるはずないのは解ってたのに、離れて行きそうで怖くて…、ごめん、謝って済まされることじゃないってのは解ってる。けど、謝らせてくれ、ごめん横澤」

その言葉に嘘は見当たらなくて、俺はようやくほっと胸をなでおろした。

「ばかだな、おまえは、大馬鹿野郎だ、政宗…でも、許してやるよ」
「いいのか、隆史?」
「いい、別に政宗を恨んでないし、倒れたのは俺の責任だろう。自己管理で来てないからだ」

そう言うところがお前らしい。
そう言って、桐嶋さんに頭を撫でられた。
政宗は、ごめん、ありがとう。そう言って、俺の手をようやく握り返してきた。
それで、ようやく俺はほっと息を吐いて変に強張っていた体の力が抜けた。
そして、襲って来た眠気に、ようやく安心して寝れそうだと、今まで寝ていたのにも関わらず、身を任せた。

しかし、桐嶋さんにはひよのママと言われ、政宗には母親代わりと言われ、俺は男なのにどうしてそうなったと頭の中で考えながら、ゆったりとまた眠りに落ちて行った。

end


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