蜘蛛の巣に落ちてきた蝶


5時までに引継ぎに必要な仕事を終わらせて、5時になったと同時に、お先に失礼します、と自分の席を立った。

「笠松君、何もそう急がなくても・・・」
「今日は約束があるので」

そう言って、苦手な上司を振り切る。
約束があることは本当なので、嘘は言ってない。
あと少し、あと少し、と言い聞かせながら、玄関ホールを目指す。
すると、いつもは閑散としてる玄関ホールに何故かたくさんの人の山が。
足を止めて、見入ってる人が多い。
それよりも、自分は黄瀬との約束があるのだから、と先を急ぐように足を動かした。

「あれ?センパイ!」

柱に寄りかかっていたらしい黄瀬が、笠松の元へやってくる。
サングラスをして顔を隠していようとも、黄瀬のオーラでわかってしまうらしい。
初めて、黄瀬がモデルらしいと思った笠松。

「黄瀬、来てるならメールぐらいよこせよ」
「すんませんっす。携帯、今仕事用のしか持ってなくて・・・」

プライベート用は朝家に忘れてきたらしい。ショボーンとした犬耳と尻尾が見える。
可愛い・・・。

「そっか。この後はオフなのか?」
「はい」
「じゃ、行くか」

返事をして、やさしく笑った黄瀬の頭をなでる。
周りがすっごく煩くなったけど、関係ない。気にしない。
気にしたら、負けだと思ってる。

「ショップの目星って付けてるのか?俺はそう言うの詳しくないぞ」
「あぁ、それなら知り合いのお店あるんで、そこにしましょ」

そう言って、黄瀬は笠松に手を差し出した。その手を笠松は自然に取る。

「選んだ後、どうします?」
「俺の家寄ってから、お前の家だな」
「リョーカイ、ご飯は?」
「お前が嫌じゃなきゃ、作るけど?」
「センパイの料理おいしいッスもん。嫌なわけ無いッスよ。でも、今日は行くところあるし、外で食べましょ?」
「解かった。その代わり、うまい店、連れてけよ?」

そういえば、黄瀬ははいとまた、笑った。
シャララオーラは少ないものの、笑えるようになったのはいい兆候だと笠松は思った。

「お前、ここ・・・」

黄瀬に連れてこられた場所は、あまりに今の自分には分不相応な場所過ぎて、引いた。

「ん?そんなに硬くならなくても大丈夫ッスよ。中のオーナーは優しい人っす」

そう言って、格式高いような店のもんを潜った。

「いらっしゃいませ」
「こんにちは。予約してた黄瀬ですけど」

予約!?と黄瀬の顔を二度見してしまった。
何だろう、突拍子も無い事をし始めるところは変わってないのか。

「黄瀬様でございますね、お待ちしておりました。どうぞこちらへ」

そう言って通されたのは、VIPルーム。ますます、わけが解からない。

「ここ、赤司っちの系列のお店ッス。だから、そんな緊張しなくても大丈夫ッスよ、センパイ」

そう言われて、やっと納得がいった。すとん、と落ちてきたように落ち着いた。

「赤司の店かよ。はじめから言え、バカ」

そう言って、一発黄瀬の頭を叩く。黄瀬は、痛いッスよーとか言いながら笑ってたけど。
指の大きさを測って、それから見せられる商品の数々。
高そうに見える。実際高いだろう。友達価格で、と言っていたが、どれ程の物になるか、なんて想像も付かない。
その高級さに、一般人たる笠松が気後れしてる内に、もともとアクセサリーなど選ぶのが好きな黄瀬はこれは?これは?と笠松に提示していく。
ふと、とあるページの指輪に笠松の目が留まる。

「これッスか、センパイ」
「あ、いや・・・」
「すみません、この指輪持ってきてもらってもいいっすか?」

黄瀬は笠松が迷ってるうちに、頼んでしまう。

「おい、黄瀬・・・」
「いや、本物見て、気に入らなかったら違うのにすればいいよ」

そう言っているうちに持ってこられた指輪。プラチナのリングの一点にイエローダイヤモンドの埋め込まれたシンプルなもの。

「どうッスか?気に入った?」
「うん。でも、これダイヤとか高いだろ。結婚したら、普段も付けるんだろうし、普通のでいいよ、普通ので」
「そうっすか・・・」

ちょっと、残念そうに笑った黄瀬の頭をなでてやる。
それから数十分二人で悩んで、シンプルにプラチナだけのリングだけど、模様に月桂樹とイキシアという花の入った指輪を購入することにした。裏に、キチンとイニシャルも彫ってもらうことにした。勢いだけの結婚だとして、笠松も黄瀬も別れるつもりも、ましてや相手を離すつもりも全く無かった。
黄瀬が会計をしてくる、と一人笠松は部屋に残された。
昨日はあんなにしょんぼりしていた黄瀬に、今日になってから振り回されてる気がしてならない。そう、考えて笠松は頭を抱えたが、それでも黄瀬が可愛いという認識に変わりは無かった。
カッコいい、何てありきたりすぎて思えない。可愛い、その表現が一番あってる気がする。
そんなことを考えてるうちに、黄瀬が帰ってきて、一緒に店を出た。
来た時と同じように、手をつないで。

「で?次はどんな所連れて行ってくれるんだ?」

ニタリ、と笑う笠松に黄瀬はナイショ。と言いながら、こっちこっち、と腕を引っ張る。
待てって、と笑いながら笠松は黄瀬にゆっくり付いていく。
これでいい。ゆっくりでいい。そう、急く黄瀬に無意識に訴えながら。
その日の晩、黄瀬に連れて行かれた店の料理はとてもおいしかった。
フレンチってわけでも無かったが、洒落たフランスレストラン。
こんなところとか、知ってるあたり、やっぱりモデルなんだなって思う。






「あっ、センパイ」

手をやっぱり繋いで、自分の家からの帰り道を歩いている途中、マンションの目の前。黄瀬は思い出したように右手でポケットを探ると、笠松の左手を取って、その薬指に指輪をはめた。

「センパイ、気に入ったって言ってたでしょ?」

あの時、笠松の目に留まったあの、イエローダイヤモンドの付いた指輪が、笠松の指にぴったり収まっていた。

「何で?」
「えっと・・・えぇーと・・・婚約指輪って事で、受け取ってもらえないッスか?」

困ったように笑う黄瀬に、仕方が無いなって笑う笠松。

「こんな高いもの、俺に買い与えるなんて、バカだな、お前」
「いや、だって、でも・・・」
「いいから、部屋入ろうぜ。続きの言い訳は後で聞いてやるよ」

そう言って、今度は笠松が黄瀬の手を引っ張りながら、二人はマンションに消えた。
次の日の朝、何事も無かったように出勤した笠松。しかし、その手には指輪は無い。
面倒を避けるため、首にチェーンを通してぶら下げてある。
ただでさえ、昨日の黄瀬“似”の男性は誰だと聞かれるんだから。こんなところに人気モデルである黄瀬がくるはずが無い、と誰もが思っていたから黄瀬“似”で済んだ。
まあ、素直に高校のときの後輩だとは話したけど。仕事しろって、取巻きを追っ払うほうが大変だった。ある意味、黄瀬の影響力って怖いって言うか、面倒くさい。
この日が、最後の金曜日で本当に良かったと、笠松は安堵した。
しかし、あの上司には、全くといっていいほど噂が届いておらず、もしくは信用されてないのか、まぁ、いつもどおりの態度で接せられた。
就業時間になり、デスクの上の最後に残ったものをカバンにしまって、忘れ物が無いかチェックする。
そして、並びたくは無かったが、一応上司のそばまで行き、今までありがとうございました。と頭を下げた。
無遠慮に叩かれた肩が、気持ち悪い。黄瀬以外の男なんて大嫌いだ。
ようやく開放されたあと、仲の良かった同僚に、明日の送別会について聞かされる。
はっきり言ってしまえば、あの上司が来るなら行きたくなかったが、結局自分のために企画してくれているものを断ることもできず、わかったと返事をするしかなかったのだが。

「送別会なんて企画しなくてもいいのにな」
「えっ?どうしたんすか、幸さん」

家の中限定だけれども、黄瀬は笠松のことを、幸さん、と呼ぶようになった。
笠松も、黄瀬のことを涼太、と呼び捨てするようになって、あぁ、結婚するんだなって、二人で思っていた。

「送別会、明日あるらしくて・・・そうだ、明日だから夜は俺いないけど、いいか?」
「・・・迎えに行くッスよ。どこでやるの?」
「あー、悪いけど頼んでいいか?△■って所でやるらしい。けど、2次会とかどうなるか聞いてないから、終わったらメールするわ」

情けないが、酔ってここまで帰ってくる自信が、笠松には無かった。
黄瀬が迎えに来てくれるなら、安心だろう。そう、微笑む。

「リョーカイ。それにしても、△■ッスか。結構、いいところッスよそこ」
「行ったことあるのか、お前」
「あっ、はい。ドラマの打ち上げのときに」

黄瀬が行ったことある、なら結構な場所なんだろう。笠松が当事者だからか、自分の送別会ごときでそんな散財する必要は無いだろう、と思わなくも無い。が、タダ酒がのめるだけましか、そう思い直した。
次の日、黄瀬を送り出した笠松は、自分の部屋に向かい、ある程度荷物を纏めているものと要らないものを分けていた。その手には、黄瀬の送った指輪がしっかりと輝いていた。
ある程度片付いた所で、予約していたリサイクル業者が顔を出す。それで、家電製品何かが片付いてしまえば、元々あまり物の無い笠松の部屋は、隅にダンボールが数個残っただけになってしまった。
明日、業者を呼んでそれらを黄瀬の部屋まで運んでもらえばこの部屋とさよならだ。
寂しくもあるが、これからのほうが断然楽しみで仕方が無かった。
高校の時から欲しかった、黄瀬の隣にいられる権利を得たのだから。
笠松は、黄瀬のことが黄瀬が海常に入学してきた時からずっと好きだった。
たぶん、一生に一度の恋ってやつだろう。でも、黄瀬は黒子のことを好きだと公言して憚らなかったから、あきらめていた。黒子に失恋したと思ったら、次はその親友だった火神。それでも、笠松は黄瀬を嫌いになることはできなかった。どんなに尽くしたことが返って来なくても、笠松は予感していた。自分は、黄瀬以外を愛せない、と。
だから、黄瀬が選んでくれないのであれば、一生一人でいようと決めていた。
だが、黄瀬は意外な形で笠松の腕の中に落ちてきた。それは、うれしくもあり、同時に、怒りでいっぱいだった。
誰かに、あんなにも傷ついた黄瀬を見るなんて、思わなかったから。自分以外で傷ついてる黄瀬を見るのは、あまりにも残酷だった。でも、それが救いでもあったなんて、あの日黄瀬にあったときには解からなかったけど。
ふう、と息を吐いて身支度を整え、かちゃん、と玄関に鍵をかけた。
この部屋に鍵をかけるのは、これで最後。黄瀬への思いを諦めるのも、これで最後。これからは、勝手に落ちてきて捕まったんだから、逃がさない。


夜、△■についた笠松。送別会、という名目の飲み会は順調に進んでいった。
もちろん、その指には昼間と同様にイエローダイヤが輝いてる。
が、そのことを気に留めて話す相手はいない。仲の良かった同僚も、特に気にしてない様子で、楽しそうに飲んでいる。
まぁ、聞かれたところで素直に答えるだけだが。
ある程度、2次3次と進み、ある程度した所で、解散となった。
夜風に当り、酔いを醒ましている笠松の近くには相変わらず、笠松にとってはうっとうしい上司がそこにいた。

「笠松君、良かったら送ろうか」
「結構です。迎えを呼んであるので」

そこで、会話は途切れたはずだった。
ぐ、と肩を掴まれ、上司のほうを向かされる。

「何ですか、いきなり」
「君は知らなかったかもしれないが、僕は君が入社してきたときから好きだった。結婚を前提に付き合ってくれないか?」
「お断りします、アンタみたいな男、ごめんです」

きっぱりと否を示しているというのに、酔っているのか、ただ単にポジティブなだけなのか、またまたぁ、みたいな反応が返ってくる。こうして、冷たく対応してるのも気を引きたいだけでしょ?と、どこからそんな言葉が出てくるのか解からない。
最終的に、上司の顔が近づいてきて、笠松は焦って顔をそらして拳を振り上げた。
が、その拳はつかまれ、上司は倒れていた。

「何、やってんの?酔っ払いが」
「りょ、うた・・・」
「幸さん、大丈夫?」

拳を掴まれ固まった体。だが、後ろから抱きしめられ、ふわり、とした黄瀬の匂い。ふっ、と体の力が抜けた。
知らぬうちに、力が入りすぎていたらしい。

「なっ、何なんだお前は!?」

ダメージを回復しただろう上司は、黄瀬に向かっておびえた顔をしながら指を刺した。

「誰って。俺を知らないの?まだまだだなぁ、俺も」
「モデルの、黄瀬、涼太!?」

雲で隠れていた月が顔を出し、黄瀬の顔をはっきりと映し出す。

「正解。でも、今はこの人の旦那の、黄瀬涼太だよ」

冷たく鋭い視線が、笠松の上司へと降り注ぐ。笠松は、自分や仲間に向けられるのとは正反対のまなざしにぞくぞくした。そんな、黄瀬の感情を引き出しているのが、自分だということに、言いようも無いほど高揚感を覚えた。
今にして思えば、酔っていたんだろうということがわかる。

「で?アンタは、今この人に何しようとしたの?死にたいの?」

その目は本気で、上司は腰を抜かしながらも精一杯黄瀬から距離を取ろうと後ずさりしていた。

「いい、涼太。帰ろう。俺は無事だ」
「幸さん・・・幸さんがいいなら、いいけど」

明らかに、上司がホッとしたのが見て取れる。そして、何となく変な期待も抱いてることも。
全く持って、面倒くさい、と笠松は思う。

「次、この人に近づいたら・・・社会的に抹殺してやる」
「涼太・・・お前が手を汚す必要は・・・」
「ん?大丈夫。そう言う専門家が、いるでしょ?俺の友達に」

あぁ、とそう言われて笠松は納得した。
赤司グループの今の代表。赤司征十郎。黄瀬の、中学時代の友達だ。
便利屋って訳ではないが、友人の願いを断る非道でもない。
その代わり、何かを要求されることはあるが。
と、黄瀬が笠松に話していたことを思い出したからだ。
何か、よからぬ決意を燃やしてる上司を前に、にやり、と笠松は笑った。

「涼太、帰ろう」

にっこり、綺麗に笑って上司に見えるように、黄瀬に微笑みかける笠松。
黄瀬にはこれが演技だってわかってるのだろう。けれど、笠松の上司をみて納得したようだ。

「そうっすね。帰りましょうか」

そう言って、黄瀬は笠松の唇ぎりぎりの場所にキスをした。
それを、笠松は笑って受け入れる。そう、上司に見せたことも無い、最高の笑顔を浮かべて。
呆然とした上司をみて、ホッととりあえず一安心した笠松。
それじゃあ、お先に失礼します。と形ばかりの声をかけて、黄瀬と手を取り、笠松はその場を後にした。

END



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