君と歩む、育つ心
「ひよ、今日は大事な話があるんだ」
キッチンテーブルに、三人腰をかけ、桐嶋は真剣な眼差しで日和に話しかける。
日和は、なぁに?と首を傾げた。
「あのな、ひよ・・・俺が、ひよのママに、お母さんになっちゃだめか?」
「お姉ちゃんが、ひよのママに?」
それに、横澤も桐嶋も頷く。横澤も桐嶋同様に、日和に真剣な表情をしていて、日和は目を見開いて桐嶋と横澤を見比べた。その表情は、驚きと興奮に彩られている。
「桐嶋さんとひよの家に、俺が入っちゃダメか?俺と、そら太の居場所をくれないか?」
しばらく、何も言わない日和に、横澤はダメか、と肩を落としかけたその時。
「夢見たい!」
「えっ!?」
びっくりして、日和を見つめる。日和は、ニコニコと笑っている。
「私、お姉ちゃんがママになってくれたら良いなって、ずっと思ってたの!!」
嬉しい!そうはしゃぐように、キラキラした顔を横澤に向けた。その笑顔だけで、横澤は泣きそうになる。
「ありがとう・・・」
「お姉ちゃん・・・ううん、これからはお母さんだね!」
泣かないで、といつの間にか涙の溢れていた顔に手を伸ばされる。
「本当に、泣き虫だなぁ隆史は」
「煩い!」
涙を零しながら、カッカッと笑う桐嶋を睨みつける横澤。けれど、桐嶋の顔は優しそうに笑っていて、つい、顔をそらしてしまう。でも、認められて、傍に居ることが出来るようになって、本当に良かったと心から思った。
そして、そんな事があった日の休み明け月曜日。
「部長、お話が」
そう言って、上司の前に立つ。上司は、何だ?とこちらを向いた。
「私、この度結婚することになりました」
それを言うと、営業課の事務所内は一瞬シンッ・・・、と静かになってから、突然騒がしくなった。
「何なんだ、いきなり!!」
「いや、いきなりはお前だろう!?相手は誰だ?」
「・・・言わなきゃダメですか・・・」
どうせ、結婚してしまえばばれるだろうが、今、ココで言いたくは無かった。が、上司の目は言えと無言で物語っていて、ため息を吐きながら答える。
「・・・じゃぷん編集長の桐嶋さんです」
その途端、驚きを隠せない者と、あぁ、やっぱり、と言うものに反応は分かれた。
もちろん、上司は驚きを隠せない方に分類されたが。
「そうか、アイツか・・・。お前ほどの人材が居なくなるとすれば、残念だが仕方が無い。幸せになれよ」
上司のその言葉に、ん?と、横澤は首を傾げた。
「私、営業辞めるなんて言ってませんよ?」
その言葉に、何!?と上司は驚く。
「桐嶋が許したのか!?」
ガタンっ、と立ち上がった上司に、横澤は一歩下がる。その顔は、笑顔が引きつっていた。
「えぇ、まぁ、はい。話し合って、決めましたから」
実際、桐嶋も仕事は辞めなくていい、と言っていた。丸川の営業で横澤が抜ければ、大きな打撃だろうと。それに、横澤は何だかんだ仕事がすきなのだ。それを奪うつもりは無いらしい。
「ただ、娘が出来ますので、今まで以上に突然有給を使わせていただいたりするかもしれません」
「・・・そうか」
はぁあああ、とため息を吐いた上司は、解かったと上には私から報告しておくから、必要な書類を製作しておけ、といわれる。ありがとうございました。と頭を下げると、自分のデスクへ戻り、仕事を再開させる。
好奇心旺盛な目がたくさん在って、イライラしたが気にしないことにする。もう少しで外回りに行く時間だ。それまでの辛抱だ、と自分に言い聞かせて。
あの、営業の暴れ熊で有名な横澤が結婚するという噂は、その日の内に丸川書店の社内を回った。
流石に、横澤に直接野次馬根性で聞きに来る輩は居なかったが、じゃぷん編集長で信頼も厚い桐嶋さんの元へは、大量に押しかけたそうな。
一服しようと、休憩室へ足を向けた矢先、廊下の影からブチブチと呟く声がする。
「何で、桐嶋さんはあの暴れ熊がいいのかしら?」
「そうよねぇ?だいたい、あの人が結婚できて、私たちが出来ないってどういうことなんだよってねぇ?」
けらけら笑う女性社員に、横澤はうんざりした。
「私たちのほうが、断然いい女だって、ねぇ!」
アハハ、と言う声は廊下に響き渡る。こう言う輩は放って置くに限る、と横澤はそのまま休憩室へと足を向けた。
「酷い言われようだったな、横澤」
「あ?高野か・・・あれ、聞いてたのか」
自分が言えた立場ではないが。
「あぁ、あんだけでかい声で話してりゃ、聞きたくなくても聞こえてくるって」
それもそうか、と横澤は納得する。そして、ココに来た本来の目的であるタバコに火をつける。
「仕事できない奴に限って、文句だけは一人前だよな」
高野の言葉に、横澤は笑いながらそうだな、と頷く。
「それに、桐嶋さんの目は正しかったと思うわ」
「は?」
「あんな見かけだけの女たちよりも、お前の方が何倍もいい女だ。親友である俺が保障してやるよ」
「何だよ、そりゃ」
何が可笑しいとは無かったが、自然に笑い声がこぼれる。
こうして、穏やかに高野と話せるようになったのも、桐嶋さんのおかげだと、横澤は思う。
「横澤・・・いや、隆史」
「なっ、何だよ?」
普段は、横澤としか呼ばない高野がまさか自分の名前を呼ぶとは思っていなかった横澤は、高野を二度見した。
「結婚、おめでとう。幸せになれよ」
「言われなくても、なるさ」
少し、驚いた後、酷く、優しく、横澤は微笑んだ。その顔を見て、高野も笑みを深くする。
「それにしても、あれだけ引っ掻き回したお前が、俺たちの前に結婚するとはなぁ・・・」
「うるせぇ・・・その件については、悪いとは思ってる・・・一応」
何だそれ、と高野は笑う。それが、少し居心地悪くて、ふと、廊下に目を向ければ、桐嶋さんが入ってくる。
「おっ、婚約早々浮気か?」
なんてちゃちゃ入れてくる。それでも、その顔は笑っていて、別段怒ってない事が解かってホッとする。
なわけ無いだろ、と否定すると余計笑っていたが。
「隆史、タバコ一本くれ」
そう言われて、横澤はポケットからタバコを取り出して一本桐嶋に差し出す。
「サンキュ、火くれ」
「たっく、アンタは」
と、言いつつタバコを近づけて火を移す。それを、高野が見て、人前でいちゃつくなよ、とからかう。いちゃついてねーよ!と横澤は言うが、顔は赤い。
「それにしても、営業の女性社員は暇なのか?」
「は?」
「廊下の隅で、大声で話してるのあれ、営業のだろ?」
そういえば、そうだったと横澤は思う。ただ、自分の担当の班ではないため、あまり関わりが無かったから、覚えてなかった。
「下らないこと話してたな。俺の顔見たらさっさと逃げてったけど」
「何かしたんですか?」
「いや、通りがかったら、やばいって顔して自分のブースに戻ってた」
その様子を思い出してか、桐嶋はケラケラと笑う。
まさか、噂の本人が顔を出すとは思ってなかったんだろう。それも、あの罵声の中で。
そうして、暫く、と言ってもタバコを吸い終わるまでの間、3人で馬鹿話をした。主に、横澤をからかって遊ぶという、な。
「それじゃ、俺は戻ります」
吸い終わった高野は、灰皿に吸殻を投げ捨てると、休憩室から出て行く。
が、その前に足を止めた。
「桐嶋さん」
「何だ?」
「隆史を、幸せにしてやってください」
その言葉を聴いた桐嶋は、終始笑顔だった顔を固まらせた。そして、これでもかって位、破顔した。
「もちろん、お前の姉貴は俺がちゃんと幸せにするよ」
その言葉に、高野は出て行こうとした脚を止め、振り返った。
「姉貴って・・・、いや、あながち間違いじゃないのかもしれませんが、俺たちは親友ですから」
「むしろ、お母さんでも良いんじゃねぇの?」
「・・・あぁ、確かに」
すっとぼけたような二人の編集長の話に、ワナワナと震えだした横澤が叫ぶ。
「って、違うだろ!!何の話してんだよ!!誰が姉で母親だ!?」
「「お前」」
「ちげーよ!!!」
二人で、息ぴったりに横澤を指差せば、顔を真っ赤にして怒鳴られる。
それが、可笑しくて編集長二人は笑った。
END
私は、編集長二人の仲が良いと、面白いなって思う。
横澤さんは、もう桐嶋さんしか好きになれないのではないかと常々思うが、ほら、言ってたでしょ?
「愛されてる自信があれば、卑屈になんてならないんだよ」って!!きっと、それってたぶん、桐嶋さん自身にも言い聞かせてたんじゃないかな??って思った。だって、桐嶋さん、独占欲強いじゃないか!
結婚の話をして、OK貰えて、それで漸く安心したら、高野さんとも穏やかに話せるんじゃないかなって、私は思いました。
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