なにしとんねん!と平子隊長に怒鳴られたのは初めてだった。
とある日の朝。救護詰所の夜勤明けで朝から欠伸が止まらなかった。気づけば瞼が閉じて慌てて起きる。その繰り返しを何度したかわからない。勢いよく扉が開かれおはようございます、と交代の先輩の明るい声が聞こえた。
「夜勤おつかれさま。交代するね。帰ってゆっくり休むのよ」
「はあい。ありがとうございます」
夜勤はまだ片手で数える程しかしたことが無い。その為朝と夜の逆転になかなか慣れなくて、身体が今にも寝たいと教えてくれている。ふらふらと帰路に着いているものの何度か瞼が重くなる瞬間があった。するとドン!と人にぶつかってしまい、慌てて目を覚ます。
「す、すいません…!」
「なんや大丈夫か?」
「平子隊長…!」
平子隊長にぶつかってしまうなんて、失礼致しました!と慌てて頭を下げようとするものの、どこからか安心感が生まれそのまま目を閉じてしまった。
次に目を覚ました時、私はソファーの上で寝ていた。丁寧に毛布もかけてくれている。寝惚けている目であたりを見回す。よく知っている顔が、机に向かって書類を読んでいた。真剣な表情。あまり見た事がなくて少しどきりとしてしまう。ずっとここで眠れてたら…
「って!え、え、私どうして…!?」
「なんや目ぇ覚めたか」
「平子隊長…!」
「安心しぃや。ここは五番隊の執務室や」
「え、えっ」
おはようさん、とこっちに顔を向けてくれた平子隊長。どうしてこうなっているかを思い出した。やってしまった…!と青ざめる。ソファーから飛び起き、何から謝ればいいのか分からずしどろもどろになる。
「あ、あの…っすいませんでした…!!沢山ご迷惑をお掛けしてしまい、本当にすいませんでした」
「ええねん。救護詰所の夜勤明けやったんやろ?それは気にせんでええ」
「…それは、とは?」
なにか他に怒らせてしまったのだろうか。ぶつかってしまって、そのまま眠ってしまい、それに加え五番隊の執務室で寝かせてもらっていたなんて…失態を犯した。これ以上に私は何をやらかしてしまったのだろうか。私が難しい顔をしながら考えているとそっと前に来て私の手を掴んだ。
「この手、どないしたんや」
「え!それは、その…」
この手、と言われて自分の手を見る。修行で木刀を強く握りすぎて出来た血豆の数々だ。ばっと勢いよく手を引き隠した。見られたのが恥ずかしかった。
「剣術の修行をしていまして…」
「修行?」
「は、はい」
平子隊長の目が怖かった。悪いことをしてしまっている気になってしまったが、修行は悪いことではないだろう。
「ひとりで修行しとっても強なっとるかわからんやろ。俺が見たるわ」
「そんな隊長直々に見て頂く訳には…!それに修行はちゃんと見て頂いてますので気になさらないで下さい!」
「四番隊か?」
「えっと、二番隊の方です」
「二番隊やと!?隠密機動の奴としとるんか」
それはこんな力強く刀持つわけやな、と納得された。しかし、ええんか、大丈夫なんか、と何かと心配されてしまった。
「修行は厳しいですけど、私よりはるかに強くて学ぶことが沢山あります」
「そおか」
少しは納得してくれたみたいで少しは安心した。それをいいことに言わなくてもいいことを言ってしまった自分を後々後悔する。
「三席の方なんですけど、非番の日に修行を見て頂いているんです」
「はあ?三席ぃ?非番の日にやと?」
え、なんか間違えたことをいってしまった?私は再びヒヤリとした。そして、冒頭に戻る。
「なにしとんねん!」
怒鳴られてしまいその勢いに目をつぶってしまった。何をしているのかと言われたら修行ですと答えるしかない。平子隊長が何を思ったのかわからない。
怒りを収めようとあたふたしているとガラリと執務室が勢いよく開かれた。邪魔すんで!、とその声は猿柿副隊長のものだった。
「真子ぃ、書類持ってきたやったで!なんや、千綾もおったんか。…ってこの空気なんや?なんかあったんか?」
「猿柿副隊長!な、なにもないです!それでは私はこれで失礼致します…!」
ぺこりと頭を下げてその場を最後にした。何が起こっていたのかわからなかった。なにか怒らせてしまうことをしてしまったのか、なにか気に食わなかったのか気になってしまい部屋に帰っても夜勤明けだというのに全然眠れなかった。