朝目が覚めるとすでに真子の姿はなかった。どうやらもう学校に行ったようだ。時計を見ると朝よりももうすぐでお昼になる時間だった。真子がいないなら…、と思い身支度を簡単に済ませてそっと廃墟を出た。
向かった先は浦原商店。
「おや、千綾さんじゃないっすか」
「こんにちは。喜助さん」
また、来ちゃいました。と可愛く言ったつもりだったが彼の反応は変わらず普通に中に通してくれた。テッサイさんがお茶を出してくれておずおずとお礼を言う。動物の柄のマグカップ。私専用の物をここに置いてくれているのが嬉しかった。
「昨日…」
「はい?」
「なんでもないです」
本当は昨日の大きな霊圧を持っていた虚と死神の話を聞きたかった。あの死神は一体誰なのか。しかし喜助さんが惚けるものだから聞くに聞けなかった。お茶と共に言葉も飲み込んだ。でもまあ彼に怪我がないことを確認できただけ良しとしよう。
それから少しの間、喜助さんとの会話を楽しんでいると伝令神機が鳴った。ちらりと見て出るのをやめた。出ないんすか?と聞かれるものの笑って受け流した。
「今日はお願いがあって来たんです」
いつにもなく真剣な目で喜助さんと目を合わせる。数秒の沈黙が流れた。喜助さんは私が何をお願いしようとしているかわかっている。だから返答に困っているのだ。
「ダメですか?」
「千綾さんは僕が断れないのを知って言うんだからタチが悪いですよ」
「修行を見て欲しいんです」
「どうしたんすか急に」
「…体を動かしたくて?」
「平子サンに怒られても僕は知りませんよ」
「怒られても構いません」
ため息を一つこぼして喜助さんは立ち上がった。差し伸べてる手を受け取り私も立つ。久しぶりに喜助さんに修行をつけてもられることに嬉しくなり少しだけにやけてしまった。
再び鳴る伝令神機に私は気が付かないフリをした。
地下勉強部屋で喜助さんと刀を交えて気がつけば数時間が経っていた。今日はこの辺にしときましょう。そう言われてしまったので私も刀を降ろした。荒くなった呼吸を懸命に落ち着かせる。
「力衰えてませんね」
「そうですか…」
それはつまり、強くはなっていないという事だ。もっと力をつけなければ。
「どうして急に修行なんてしようと思ったんですか?」
お水を渡してくれた喜助さんはまた同じ質問をした。二回目ははぐらかせない。ごくごくと喉を潤して私は口を開けた。
「…昨日の虚の霊圧を感じて、少し怖くなったんです」
喜助さんは驚いた表情をしてふっと真面目な顔に戻った。
「あれぐらいの虚なら千綾さんの力でも倒せますよ」
あれぐらい、なら。私を安心させるように言葉を選んでくれる喜助さんに私は困った顔しか出来なかった。
「何も出来ず守られるばかりなのはもう嫌なんです」
「千綾さん…」
「私は弱いから。弱いなら強くなるしかない。ですよね?」
昨日の虚より強い相手が現れたら、いや、近いうちに現れるだろう。その時私は立ち向かえるのだろうか。倒せるのだろうか。そう思った時、一瞬で恐怖が私の心を支配した。また闇が私を襲う。あの惨劇が、再び―ーー。
「千綾さん」
喜助さんに名前を呼ばれ、はっとして意識を戻した。優しい声でもう一度私の名前を呼ぶ。ぽん、と大きな手が私の頭を撫でた。
「また、何かあったら来てください。千綾さんならいつでも歓迎しますから」
「ありがとうございます」
いつも優しい喜助さんに甘やかされる。これじゃあいけないと思いながらも、先程の不安が少しなくなって笑えていたので今日は自分を見逃そう。畳の部屋に戻り伝令神機を見てみると着信履歴が数件残っていた。全部同じ人からだ。
「大丈夫すか?」
「ちょっと今日は怒られるかもしれませんね」
誰にとは言わず私は笑った。みんなが待つ廃墟に戻って、私はいつもの様に過ごせばいい。ただそれだけだ。
「また、来ます。近いうちに」
そう言って浦原商店を後にした。