あの事件から数ヶ月が経った。私の周りの環境はがらりと変わった。親を失い、家も無くなった。祖父母は私が呪力があることを知り、呪われた子は家には入れられないとはっきりと言われてしまった。叔母も同じだった。しかし、それで警察沙汰になるのを恐れてかアパートを適当に見つけて銀行口座も作って定期的にお金を振り込むと言ってくれた。その代わり叔母の家にも他の親族にも関わるなと強く誓わされた。もう頼れる人なんていなかった。
「傑くんは、帰っちゃうんだよね」
「悪い…」
「私も連れて行って欲しいなー、なんて」
「すまない。電話だ」
くるりと私に背中を向けて電話をとった。
傑くんは私の家にあった呪符のせいで溢れてしまった呪いを祓う任務を遂行させた。呪符は私の呪力を注ぐことで持ち主を確定させ傑くんが封印しなくても無闇矢鱈に危険を及ぼすことはなくなった。これをどうやって使えばいいかわからない。自分の呪力をどう流せばいいのかわからない。
身近に呪術師なんていない。
父は私が呪術師になるなら五条家に出入りできるかもしれないと言っていたが、以前悟くんに会いに行き門前払いをされたことを思い出して家には行けなかった。
「美沙、近いうちに呪術師が来てくれることになった」
「そっか」
「嬉しくないのか?」
「…その呪術師が傑くんだったら嬉しい」
「冗談やめろ」
「ほんとだよ」
傑くんが呪術高専に帰ってしまう。すごく寂しい顔をしていたのか彼は私の頭に手を置いて優しく撫でてくれた。それは最後の別れみたいであまり好きじゃなかった。
「私が呪術高専に入ることになったら、ちゃんと迎えに来てくれる?」
「さあ。どうかな」
「そこは、嘘でも迎えに行くよって言わなきゃ」
「嘘でいいのか?」
「いーじーわーるー!」
笑っていると駅のホームに傑くんが乗る電車が到着した。ああ、本当にこれで、さよならだ。
「また連絡してもいい?」
「返せるかどうかわからない」
「それでもいい。返さなくてもいいから見て読んで」
「なんだそれ」
傑くんと会って数日なのに凄くいい関係を築けたなと思った。親戚からは私の存在を否定されたから余計に傍にいてくれた傑くんの存在が大きく膨れ上がっている。この電車乗らなきゃいいのに。
私のそんな願いもよそに彼は何事も無かったようにひょいっと電車の中に行ってしまった。
「あ、そういえば、悟くんって知ってる?」
「悟? 五条悟か?」
「そう!」
「悟とは同級生だが。知り合いなのか?」
「幼なじみなの。…やっぱり悟くんは呪術師になってたんだ」
「そうか。また悟に美沙に会ったこと言っておくよ」
「ううん。高専行って驚かすから内緒にしといて」
「わかった」
驚かしたい気持ちも少しはあったが、本音は誰そいつ?忘れた。とか言われたらどうしようと不安の方が大きかった。
「傑くん」
「ん?」
「私、傑くんみたいに強くて優しい呪術師になる」
傑くんは最後に、頑張れよと笑った。
▽
▽
▼
時は流れ私は中学二年生に上がった。傑くんが言ってた来てくれる呪術師は冥冥さんだった。冥さんは自由な人で最初は言葉が通じないどうしようと不安だったが、間違いなく強い呪術師なことはわかった。私に呪力の使い方、呪符の扱い方を教えてくれた。近接も鍛えてもらった。偶に冥さんの任務について行ったりもした。自由な冥さんは私に何も言わず高専に帰ったり、私の部屋に居たりと本当に神出鬼没な人だった。
この日も冥さんは高専に戻ってしまったみたいで私はひとりでカフェに入っていた。コーヒーを飲んでいると窓の外に見覚えのある後ろ姿を見つけて飲み干す前にカフェを出た。
「傑くん!」
「久しぶりだな、美沙ちゃん」
「うん!元気だった?」
彼と会うのは一年ぶりだった。私は嬉しくなってテンションが上がるが彼はいつもと同じく落ち着いた様子だった。しかし、どこか、以前と違った。どこが、どう、とは上手く言えないが…。どこかスッキリとしていた。
「…痩せた?」
「いや?どうかな」
「えー!私なんて食欲の秋で増加してるのに」
「美沙はもう少し太った方がいいんじゃないか?」
「女の子にそれは禁句だよ」
あの日みたいに公園のベンチに座った。同じ公園ではないがよく似ていた。
「任務?」
「まあそんなところだ。…どうだ?呪術師なれそうか?」
「冥さんのスパルタ教育受けてるからね。少しは強くなってるんじゃないかな。いや、強くなってないと困るなあ」
「なんだそれ」
あははと笑い合っていると女の子が二人現れた。その子達は傑くんにしがみついてこっちを睨んでいた。私はその様子に慌てて傑くんを見た。
「えっ傑くん子供いたの!?」
「この子達は預かってるんだ。ほら、遊具で遊んでおいで」
ぎゅっと傑くんの服を掴んでいた女の子たちは二人の目を合わせて滑り台の方に走っていった。なんだか微笑ましい。可愛いねといえば、相打ちが返ってきた。
二人を見ていると傑くんが私のことを見ているような気がして振り向いた。目が合う。その視線が何を考えているのかわからなくて、もどかしかった。
「…もしかして傑くん、私の事迎えに来てくれたの?」
―――私が呪術高専に入ることになったら、ちゃんと迎えに来てくれる?
一年前私が別れ際に言った言葉だ。あの時彼はどうかなと惚けたが今もしかして迎えに来てくれたのだろうか。
そうだったら、嬉しい。
「まだ二年生だろ。あと一年、学業に専念しろ」
「はーい」
「それと」
「ん?」
「迎えには行かないから」
はっきりと言われてしまった。返す言葉が見つからない。
「美沙は俺みたいになりたいって言ってくれたよな」
「うん。覚えてくれてたんだ」
「俺は美沙が思ってるほど優しくない。だから、俺みたいになるなよ」
今日の傑くんはやっぱりいつもと違う。自分を肯定したいのに、私には否定させるような。上手くは説明は出来ないけどやはり前の傑くんではないようだ。一年という大きな間が彼をどう変えてしまったのだろうか。
「傑くん、なにかあった?」
思い切って聞いてみたら彼は目を見開いた。そして笑いだした。よく分からない。するとパタパタと滑り台が飽きたのか女の子たちが戻ってきた。またぎゅっと彼の腕にしがみつく。
「かーわーいーいー!!すごく懐かれてるね!」
「まあね。じゃあもう行くわ」
「…今度は、いつ、会えるかな?」
「近いうち会えるさ。美沙が呪術師になったらね」
「プレッシャーかけようとしてる?」
「どうだろうか」
彼はまた笑い、女の子の手を引いて帰ってしまった。
なんだろう、この気持ちは。呪霊を感知したようなものとは違うざわつく心を無視できなかった。
家に帰ると冥さんが帰ってきていた。秋だけど夜になると次第に寒くなる。温かいココアでもいれようと、冥さんもいるか聞く。結果ふたつ分作り机に置いた。
「こんな夜まで何してたんだ?」
「傑くんに会いました。この地域の任務なんでしょうかね?」
「傑に?」
「はい?」
そういえば、この地域の呪いは私がいるから冥さんは結果的に担当になっていると聞いたことがあったのを不意に思い出した。…あれ、じゃあなんで傑くんがいたんだろう。
いれたばかりのココアを飲むことなく冥さんは 夏油傑 のことを教えてくれた。衝撃的な話に私は何も言えなかった。しかし、私の感じていた違和感が当たっていたことに嫌気がさしてココアは飲めずに捨ててしまった。