「次、生きて会える保証はどこにもねェんだと、手を伸ばさねェならそれだけは肝に銘じとけ」
その言葉におれは強く手を握りしめる。正論すぎて何も言えない。そう、次会える保証などどこにもない。今日会えた事が奇跡にも近いだろう。新聞を毎日読んでいても、彼女の活躍どころか名前さえ見た事は無い。出世しているのならば、それは有り得ないことで…。なにかしら裏があるのだろうと予想は出来る。
……だが、そんな事はどうでもいい。
「……オヤジの言う通りだよい」
おれはここ数年、セツを忘れられなかった。忘れようと沢山の女を抱いてきた。それでも……。
「おれは…やっぱり……」
もう一度手を伸ばしてもいいだろうか。一度は離したあの小さな手を。また拒まれるかもしれない。それが何よりも恐ろしい。それでも、おれは……。
ふぅ、と一度大きく息を吐き出す。
「オヤジ!ちょっとここ離れてもいいか?」
「やっと吹っ切れたか。構わねェさ、お前のやりたいようにやりやがれ。おれは白ひげだ、簡単に倒されねェよ」
「オヤジに倒れられちゃ、おれ達もお手上げだい。……じゃ、ちょっくら口説いてくるとしようかね」
「グララララ、さっさと言ってこい。はなたれ小僧が」
「……はなたれはやめてくれ」
いつまでも子供扱いするオヤジに苦笑いを漏らし、ぐるぐると肩を回しながら白鯨の頭部から飛び降りる。途中で能力を発動させ青い炎を身に纏えば、身体が宙に浮く。そのまま降下するスピードを利用し、目的の場所へと目を向け大きく羽ばたく。
人の波の中、セツの居る場所だけが空白で、ぽっかりと穴が空いたようだ。
「……知らねェ間にえらく力付けたみてェだな」
なぎ倒された男達。それは彼女の強さを物語っている。その事実がズキズキとおれを痛め付けていた。
セツの元へ近付くにつれ、徐々に降下していく。地面に着く前に完全に炎を消し着地したのは、セツからまだ少し離れた場所。彼女はおれの存在に気が付いただろうか。出来れば気がついて欲しい。思い出して欲しい。欲を言うならおれと同じ思いでいて欲しい。そう願いつつ、近場の海軍を蹴り倒す。
「なっ!マルコ隊長!?あんたがこんな所に居ていいのかよ!?」
「隊長が前線まで来たぞォ!!野郎共!!海軍の女を早く押し退けろォ!!」
「「「ォォオオオ!!」」」
おれが地上に降りた事により白ひげ海賊団の士気が上がる。それとは反対に下っ端の海軍が尻込みする姿を見て鼻で笑う。女が一人勇ましく戦ってるというのに……なんて度胸の無い奴らだろう。
「マルコ隊長!すんません、なかなか突破出来なくて……女が一人えれェ強さでして……」
「ああ、知ってるよい」
報告に来た一番隊のクルーの肩をポンポンと叩く。空中から見ていて分かっていたが、ここだけがなかなか突破出来ずに現状を維持していた。他の前線は少しつづだが後退していたのに。
「おれに任せな」
敵味方入り乱れる中、海軍を殴り倒しながらぐんぐんとその中心へと向かう。
いくらか進んだ時、円状に並ぶクルーが見えた。勿論その円状の中心に居るのは誰でもないセツで。肩ぐらいだった
青藍色の髪は背中まで伸びていて、歪む口元が妖艶さを醸し出していた。
息を荒らげるクルーと違い、彼女はまだ余裕があるのか飄々としている。その姿を見て少なからず興奮してしまう自分を嘲笑う。ああ、なんてややこしい…。彼女が強くなって嬉しくない気持ちと、嬉しい気持ちが入り乱れる。
どちらとも言えない気持ちを押し殺し、姿勢を低くして手と足を不死鳥化させた。
「……上手く避けろよい」
味方にか、セツにか。それは多分双方に向けた物で。グッと足に力を入れ低飛行でセツとの間合いを一気に詰め、蹴りを彼女の腹目掛けて振り抜く。……つもりだった。
振り抜く瞬間、おれに気がついたセツが驚きに目を見開き素早く身体をこちらへと向ける。手に持った銃を盾におれの鉤爪を受け止めながら歯を食いしばる姿にゾクゾクとした。
「───よお、久しぶりだなァ。セツ」
おれを認識し、見開いた目がスっと細まる。ギリギリと歯を食い縛っているのは、おれの攻撃が効いたから。だと勝手に思い込む。
「………マル、コ…」
聞き慣れていた筈の声。飽きる程呼ばれた名前。ただ何年も聞いていなかった声は、まるで甘い媚薬のようにゆっくりと鼓膜から浸透して行く。そしてここに来て漸く理解する。
おれはやっぱりお前を手放せそうにはない。
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