やっちまった。しくじった。咄嗟に浮かんだ言葉。膝を着いたオヤジに気を取られ焦りのあまり注意散漫になっていた。今おれを囲んでいるのは新兵などではなくベテラン中のベテラン。中将以上ばかりだというのに。そしてその中には厄介な三大将もいる。他に気を回して勝てる相手などでは毛頭無い。
そしてその結果がこのザマだ。海楼石の手錠を掛けられたせいで、黄猿に撃ち抜かれた身体が再生しない。
「ぐっ…」
「油断したねェー…不死鳥マルコ」
傷口が焼けるように熱い。痛みに歯を食いしばる。喉の奥からゴポッと生暖かい何かがせり上がり、それを地面へと吐き出せば赤黒い血の塊だった。
地面に着いた膝が震える。恐怖からでは無い。いや、恐怖かもしれない。オヤジが死ぬかもしれない、という恐怖。そして、セツに触れられなくなる恐怖。何もかもがこれからだってのに……。
「ちっ、糞猿が……」
「酷い言われようだねェー…さて、そろそろ君には退場願おうか。いつまでも遊んでるとサカズキに怒られるからねェー…」
至極楽しそうに、黄猿の指が向けられる。それはおれの心臓へと向いていて。ああ、くそ野郎。と心の中で悪態を着く。
黄猿の指先が光出した時、諦めにも似た感情でゆっくりと目を閉じる。
すまねェ…オヤジ……セツ。
瞼を閉じても眩しいと感じる程の光。心臓を貫く痛みを覚悟した時、叫ぶように呼ばれたおれの名前。そして痛いほど瞼の裏に感じていた光が一瞬にして消えた。
「おやおや、これは……どおゆう事かなァー…?」
黄猿の呑気でしかし確かに慌てたような声に閉じた目を開く。目を開いてみても状況が飲み込めない。目の前に赤黒い壁が出現していたからだ。黄猿とおれの間に出現したそれは僅かに水気を帯びていて、なんとも言い難い気味の悪さを醸し出している。
「……簡単に諦めちゃダメじゃなかった?」
降ってきた言葉と声。勿論誰かなんて振り返らなくてもわかる。それにその言葉は先程おれが向けたもので。同じ事を言われるとは、なんとも格好悪い。
不意に目の前の壁が消える。…消える。というよりも元の姿形に戻ったようだ。地面でぴちゃっと揺れたそれを見て眉を寄せる。
「───血……?」
「マルコ、立って」
「おっと?大佐である君が海賊に手を貸すのかい?」
ざっと地面を踏み締めた音が隣で鳴る。視界の隅で白がはためき、横を見上げれば黄猿を見つめるセツがいた。
「……セツ…」
「海賊には手を貸さない」
「……………」
キッパリとした拒絶。ズキっと痛んだのは、心か傷口か……。そんなおれを他所にセツは凛とした表情で続ける。
「……でも、マルコは殺させない」
「っ!」
「それは、海軍を裏切るって事と捉えていいのかなァー…?」
「お好きなように」
「んー…君を逃がすとわっしが怒られるんだけどねェー…」
困った。と頭を掻く黄猿。二人の会話を聞いて浮かび上がる疑問。何故、三大将が一介の大佐をこんなにも気に止めるのか…。普通ならば、“正義”の名の元に殺してしまうか、良くて拘束。だろう。だが、黄猿は戸惑いを見せている。
「少し痛め付けるなら許されるかね」
どうやらセツを捕まえる気になったようだ。おれは残った力で立ち上がり、セツを背に隠す。
「セツ、おれの事は良い!お前じゃあいつには勝てねェ!」
話す度に傷口からどぽっと鮮血が溢れ出る。早く再生しなければ出血死してしまう。そう思った時、するりと背後から身体に回った細い腕に、ビクリと身体が震えた。
「大丈夫」
ぴたりと背中に引っ付いたセツの言葉が身体に振動する。ゆっくりとセツの手が腹を這う。革の手袋がひんやりと熱い傷口に触れた。
「っ、!?どうなってんだ」
触れた。そう思った後、腹を伝っていた血がピタリと止まった。何故?と考えるよりも早く答えは目の前の男から告げられる。
「厄介なもんだねェー…エキエキの実の能力者は」
エキエキの実、だと?
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