明日世界が終わるなら



明日世界が終わるなら、今日何をしますか



と、尋ねたら「先ず世界が終わることを予感できるから私にそのシチュエーションは訪れない」と切り捨てられた。
彼は何でもわかってしまう。明日の天気も、猫の機嫌も。そしてもっと大きなことから細かいことまで本当に何でも知っている。

その割に、生活力に関しては皆無で、掃除も食事も一人では出来ない。
だから今日もこうして澁澤さんの部屋で家事をしている。ヘルパーさんだ、と言ったら「私は老人ではない」と悔しそうに言った。けれどメイドと呼ぶには可愛げがない。なかなか難しい立ち位置だ。

「だが仮に」と、私が話すより早く、澁澤さんが次の言葉を続ける。
この人の、こういうところが好きだ。一つの事柄に対して沢山の答えを作る。だから同じ話でも、いくら聞いても飽きない。私が澁澤さんを好きな理由だ。

淹れたばかりの紅茶から白い湯気がふわりと空気に溶ける。澁澤さんは眼鏡をかけている。どういう時にかけるのかわかっていないし「ただかけたいからだ」と言っていたから、多分本当に意味なんかないのかもしれない。

白地に花柄、金の刺繍。
紅茶のカップを片手に言葉を紡ぐ澁澤さんは、いつ見ても王子様のように綺麗だ。
王子様はカップに口をつけようとしたけれど、熱かったらしく口を離した。皮膚が薄いから敏感なのだろう。

「…仮に明日世界が終わるとしたら、私は今と同じ時間を過ごしているだろう」

少し間を置いて、澁澤さんはそう言った。
私は、すこし、びっくりした。

「意外です。澁澤さんはやりたいことが沢山あるから」
「沢山あるからやらないのだよ。途中になってしまっては収束に向かえない。私のような研究者は、結論や結果を得られなければ落ち着かないのだ」
「なるほど。澁澤さんにも、終わりという概念があるんですね」
「私達は皆、夢の中を生きているだけさ。いずれ誰しもが夢から吐き出される。君も、私もね」

紅茶の中をミルクが渦巻く。
澁澤さんが話すとティーカップの中にすら宇宙が誕生する。綺麗だ。

私が買ってきたミルクレープを一枚ずつ剥がして食べる澁澤さん。
彼はこういう子供じみた仕草が、とても可愛い。

「どうして私と過ごすんですか」と、改めて訊くと「この時間が好きだからだ」ととてもまっすぐに言われた。
「君は本当に莫迦だから、飽きない。世界が終わるなら最後はまた君とこうやって話していたい。その時私と君は、何を話しているか、わかるかね」

そう言われて、すこし考えてみたけどやっぱりわからなくて「なんでしょう、明日のことですか」と尋ねたら、「世界が終わる日に明日の話などしない。私が君に振る話は、これだ」
と言って、彼は口の端のクリームをペロリと舐めた。

「生まれぬ子でも作ろうか」








「どうせ作るならあいたいですよ」

そう笑ったら、「君は本当に阿呆だな。子育ては大変だ。なにせ私が子に嫉妬する」と彼は大人気ない笑顔で、笑った。

嗚呼、このまま世界が終わったら、私は来世も貴方を好きでいる。きっと最後もそう思っている。
紅茶の湯気がなくなった頃、澁澤さんはすこし戸惑いながら「今の言葉の意味を理解できていないのか」と言った。「これだから君は」という澁澤さんに、また明日も紅茶を淹れてあげられるように、世界の終わりはもう少し遠くで、待っていてほしい。