09

「さて行くか!」

おむすびを食べ終わり、部屋に戻ろうかと考えていた名前は小平太の言葉に疑問を持った。
一体どこにと呟く。

「食堂で土井先生に会ってな!名前が暇で死にそうだと言ったら、学園内を案内してやってくれと頼まれたんだ!」

そう胸を叩く小平太に、名前は心が踊った。
だが同時に浮かんだ懸念。まだ自分は監視下に置かれているのではなかっただろうか。

「私、好き勝手動いてもいいんですか?」
「なんでだ?いいに決まってるだろう」

土井先生から許可も出たのだ、なんら問題はないと小平太は名前の手を引き、軽快に歩きだした。

忍術学園の後ろには裏山、裏々山と高い山が聳えている。謂わば自然の要塞だ。
山側に近い所から、学園長の庵、忍たまたちの生活の拠点である忍たま長屋、教師たちの住む教職長屋、医務室、事務室などがある教務棟、校舎棟、食堂があると小平太は大まかに説明していく。

「先ほどまでいた図書室があったところは教務棟だ。忍たま長屋だけで約60近く、教職長屋は20程の部屋がある。ちなみに名前がいる客間は教職長屋の近くだ」
「たくさんの部屋があるんですね」

ずらりと並ぶ部屋に驚く名前に、まだまだこんなもんじゃないぞと小平太は得意気に言った。
そんじょそこらの殿様でも持っていないような広大な土地には、この建物群以外にも訓練場や飼育小屋に加え食料庫、焔硝倉、用具倉庫などの倉も多数ある。
長屋や校舎内の案内を簡単に終え、小平太は離れにある倉へと名前を連れていくことに決めた。
危険な場所をしっかり知らせるためである。

一番離れている焔硝倉は爆発防止のため火気厳禁。用具倉庫は様々な忍具があるため迂闊に近寄らない。などなど細かな注意点を説明しながら順に各箇所を回っていく。
次に訪れたのはとある者にとっては地獄のような場所だ。
ずらりと並ぶ小屋。小屋の壁には『きみ太郎』やら『きみこ』やら名札がぶら下がっている。
犬でも飼っているのかと思うも、鳴き声も影も見えない。

「ここは生物委員会管轄の飼育小屋なんだが、名前は虫は得意か?」

小平太は名前へと問いかけた。

「いえ、正直苦手な部類です」
「やっぱりか!なら、名前にとってもここも危険かもしれないな!無害な動物もいるが、毒蛇や毒蛙、毒蜘蛛、あとは百足などもいる」

生物委員会委員長代理である5年の竹谷八左ヱ門は大の虫好き、3年の伊賀崎孫兵は蛇や蠍を溺愛しており、この二人を筆頭とした生物委員会が虫に動物にとなんでもお構いなしに拾ってくるため、増える一方なんだと小平太は言う。
名前は、たまらず苦い顔を浮かべた。
虫の好き嫌いの前に、毒蜘蛛やら百足は別次元だ。そして毒蛇や毒蠍などは論外。
見つけたら即座に逃げ出す自信しかない。

「あとそいつら脱走するからな、あそこの草むらあたりは危険だぞ!」
「脱走?!」

わははと笑う小平太に名前は笑い事じゃないのではと問い返すが、さらに返ってきたのは「日常茶飯事だぞ」というとんでもない追加爆弾だった。
彼らも生き物。動くものだ、脱走もするのだろう。
しかしである。大切に育てている方々には申し訳ないが、蛇も蜘蛛も蠍も絶対に出会いたくはない。名前はあそこの近くには絶対に近づかないと頭に叩き込んだ。

飼育小屋を後にし、最後の場所へと足を進める。
その道中にも、焔硝倉は火薬で、用具倉庫は忍具などと復唱する名前に、真面目だなと小平太はからからと笑った。
もうすぐ最も危険な場所に着くが、その手前にあるのはあの穴掘り小僧の領域。
さてどうするか。いちいち穴の位置を教えるのも面倒、確か名前は足にも包帯が巻いてあったはずだ。
もし穴に落ち名前が怪我でもしようものなら、伊作からどやされるのは己である。

「ちょっとだけすまん」

小平太はそう前置きすると、名前を横抱きに抱えあげた。伊作の小言を絶対回避するためにはこれが最善だ。
急な浮遊感に名前はうわっと小さく悲鳴をあげた。

「な、七松さん、どうしたんですか?!」
「ここら一帯は喜八郎がターコちゃんを掘っているんだ」
「ターコちゃん?」
「タコ壺、落とし穴のことだ」

ターコちゃんという可愛らしい響きの名前とは裏腹に、穴掘り小僧の異名をもつ4年の綾部喜八郎が掘った落とし穴はなかなかにえげつない。
壁が反り返っていたり、道具なしでは到底這い上がれない深さだったりと趣向をこらしたものばかりだ。それこそプロ忍者相手にも通用するほどである。
それがそこらじゅうに掘られているのだ。
十中八九、名前はすぐに落ちる。そして自力で這い上がるのは不可能だ。

「名前はここを通らない方がいいぞ、落ちたら大変だからな!まあ、喜八郎はどこにでもターコを掘るからどこなら安全とかはないんだが。もし落ちたらとりあえず叫べ!」
「わかりました。でも七松さんは大丈夫なんですか?」
「もちろんだ!見れば分かる。土の種類や盛り上がりが違うからな」

そう言われ、名前は地面に目をこらしたが、違いなど全くわからなかった。

「口を閉じてろ。舌を噛むぞ」

そう言うや、小平太は人一人を抱えているとは思えない身軽さで、地を蹴った。
ひょいひょいと穴を避け進んでいく。
小平太が跳べば、その腕に抱えられた名前も当然揺れる。目まぐるしく動く視界。縦に横にと揺れる恐怖を抑えるため、名前は目を瞑り、ぎゅっと小平太へと身体を寄せた。
ふいに香った微かな香りにすんと小平太の鼻がなる。それが抱き抱えている名前の匂いだと分かり、小平太の顔にさっと朱が滲んだ。
1年生や下の兄弟らのような無知さから、つい妹達を抱えるような感覚でやってしまったが、そういえば名前は妙齢の女性だったと思い出した。
意識した途端、小平太は手から伝わる柔らかさにぶわりと熱が湧いた。表面上には出てやしないだろうが、仄かに顔が暑い。
急ぎタコ壺地帯を抜け目的地に着くと、小平太はさっと名前を地へと下ろした。
感謝を告げる名前に背を向け、小平太は小さく「おう」と答える。汗など一つもかいていないというのに、忍装束の襟繰りをパタパタと揺らした。
一方、名前は的の描かれた立て札がずらりと並ぶグラウンドのような場所をぐるりと見回した。

「ここはなんの場所ですか?」
「共用の訓練場だ。手裏剣や鉄砲の練習をする場所なんだが、危険だから、ここに来る時は私たち6年か先生方の誰かと同行した方がいい」

一人だと、あんな感じになるぞ。
そう言いながら小平太が指差した先の立て札を見れば、大小様々な傷や穴が空いていた。
授業ならまだいいが、自主練習の場合は監督する者もいない。守る手立てがない者が迂闊に近づいては大怪我の元だと小平太は告げた。
大怪我なんて言葉ではすまされないそれに、名前は大きく頷いた。
流石にスプラッタにはなりたくない。


「よし、これで外は大体説明し終わったが、他に気になる所はないか?」

なんでも聞いてくれと笑う小平太に、名前はおずおずと口を開いた。

「気になる所といいますか、手裏剣を投げるところを見てみたいです」
「いいぞ!そこで見てろ」

快諾した小平太は、懐から四方手裏剣を取り出すと、すぐさま的へと打った。風を切る音に次いでドンと音が響く。一瞬の出来事だった。
的のど真ん中に突き刺さった手裏剣。初めて見る手裏剣裁きのすごさに名前は目を輝かせた。

「すごい!すごいね、七松さん!」

興奮気味に賛辞を送る名前に、小平太は大袈裟だなと笑った。
6年にもなればこれくらいは出来て当たり前だ。ただ誉められて悪い気はしない。
2打目、3打目と打ち込めば、名前の顔はさらに輝いた。
そうだと、小平太はごそごそと懐を漁ると六方手裏剣を名前へと手渡した。

「持ってみるか?」
「え、いいんですか!」

初めて持った手裏剣を名前はまじまじと見つめた。見た目よりもずしりと重く、6つの刃は鋭い。自分で持つまでは思わなかったが、これは武器なんだと実感する。

「よし。名前打ってみろ」
「え?」

小平太からの急な振りに戸惑うも、早くと催促され名前は的へと力強く投げた。
勢い良く飛ぶ手裏剣。ただし前にではなく、真下にだった。
名前から1間ほど離れた地面へと突き刺さった六方手裏剣。
小平太は大笑いした。比較的打ちやすい部類の手裏剣でこれかと。

「わはははは!驚くほど才能がないな!」
「は、初めて投げたからです!」

腹を抱え笑う小平太に名前は真っ赤な顔で反論した。
恥ずかしい結果だと自分でも思うが、そんなに笑わなくてもいいのではと憤る。
ボール投げも苦手ではあったが、こんなにも酷くはなかった。次は上手く出来るはずと投げ込むも、またもや地面に突き刺さったり、大きく外れたりとどれもこれも散々な結果だ。
小平太は手裏剣を仕舞うと、名前の肩をポンポンと叩いた。

「あれだな、名前は運動音痴だな」
「……そうみたいです」

認めたくないが、この有り様ではそう言われても仕方ない。
しかし、ここまで笑われるのは心外だ。腹が痛いと涙を拭う小平太を名前はじとりとした目で見た。

「悪かった、そうむくれるな」

悪かったなどと言いはするも、小平太に悪びれる様子などない。
未だに緩んでいる口元がその証拠だ。


案内を始めた時はてっぺんにあった太陽もだいぶ傾いてきた。
そろそろ中へ戻るかと告げ、足を進めた小平太の後ろを名前も着いていく。
来た道とは違うことを問えば、長屋へ帰るならこちらの方が近道だと小平太は言う。
その言葉どおり、すぐに忍たま長屋の縁側にたどり着いた。
部屋までの道すがら、小平太は忍たま長屋における豆知識を話した。1年長屋の一部は改造されからくり屋敷と化していること、5年長屋にある竹谷の部屋には虫がわんさかいることなどなど。
忍たま長屋を抜け、教職長屋に入った。楽しかった探検ももうおしまいである。

「七松さん、今日は案内していただき、ありがとうございました」

完璧に覚えたとは言えないが、小平太のおかげでだいたいの位置関係などは把握できた。
礼を言い、頭を下げた名前だったが、顔を上げて見えた小平太の表情に目を丸めた。
理由は分からないが、口をへの字に結び、なんとも難しい表情だ。

「あの、七松さん?」
「それだ!なんかしっくりこないなと思っていたんだ」

なんとなく嫌だ程度ではあるが、感じていた違和感。その原因は聞きなれない「七松さん」、そしてさほど年も変わらないであろうに、名前がずっと敬語だったからだ。
合点がいったと小平太は一人頷いた。

「敬語はいらん、呼びも小平太でいい。私も名前と呼んでいるしな」

堅いのは好かないと言う小平太の要望に、名前もそれならと応えた。

「小平太くん、今日は本当にありがとう」
「おう!もし迷子になったら私の名前を叫べ!」

すぐに見つけてやるぞと、小平太はにかりと笑った。




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