13

今、何と言ったのか。
皆が皆、目を丸くし学園長を見ていた。
呆然とする彼らのことなどおそらく視界にすら入ってないのだろう、学園長だけが満足げな表情である。
しんと静まり返る庵内。聞き間違いではなかろうかと仙蔵はおそるおそる学園長の言葉を復唱した。

「学園長先生。未来とはあの未来ですか……?」
「そうじゃ!名前ちゃんはその未来から来たんじゃ!」

すごいじゃろう、驚いたじゃろうと、まるで自分事のように話す学園長を土井は困り顔で諫めた。

「学園長、そのテンションに誰一人着いてきてませんよ」

目を点にしたまま固まる6年生らを土井は指差した。最高学年とは思えない間の抜けた顔に、まるで思考停止した時の1年は組の皆を見ているようだと思った。
しかし、彼らの反応は当然。俄に、はいそうですかと信じられる話ではないのだ。
未来から来たなどという想像だにしない内容に、どういうことなのかと6年生らは一斉に名前を見るも、当の名前も予想していなかった展開に動揺を隠せずにいた。
準備も覚悟もないまま、未来人であることを学園長によって暴露され、感情が追い付いつかないのだ。
ちゃんと言いたい、話さなければ。そう思うものの、恐怖と緊張で口が震え、うまく声が出ない。
名前が震える手をぎゅっと握りこんだ時だった。

「名字さん」

耳に飛び込んできた落ち着いた声。
名前は声の主である土井へと目をやった。
視線が合うと土井は口に弧をえがき、1つゆっくりと頷いた。
大丈夫だよ。そう言われたような気がした。
優しい後押しのおかげだろう。少し落ち着きを取り戻した名前は小さく深呼吸をすると、視線をしっかりと上げ皆を見据えた。

「学園長がおっしゃったとおり、私は未来から来ました。原因は分かりません。帰り方も、分かりません。
途方もない、作り話に聞こえるかと思います。でも、私は皆さんに嘘など吐いていません」

思いを込めて丁寧に言葉を紡ぐ。
名前も対峙する6年生も表情は真剣だ。
誰も声を発することなく、しばし沈黙が続く。
やっぱり駄目なのだろうか。
沈黙の長さに比例し、名前の気持ちはだんだんと萎み、表情も陰っていく。
沈黙を破ったのは小平太の一声だった。

「名前!私はお前を信じるぞ」
「うん、僕も信じるよ」

にかりと笑った小平太に続いたのは伊作だ。
6年生で唯一、現代の服を目にしていた伊作は1人なるほどと合点していた。あの見たこともないへんてこな服はそういう理由だったのだと。
2人の言葉に同調するように、他の4人の表情も次第に緩んでいく。
6人の様子を目にした名前は、緊張がほどけ、安堵から深く息をはいた。
鼻の奥がつんと沁みる。「ありがとうございます」と名前は頭を下げた。泣くのは違うと涙はなんとか耐える。
そんな名前の心情を知ってか知らずか、伊作が名前の頭をそっと撫でた。
慈しむような温かさに名前は再びきゅっと胸がつまった。嬉しいやら苦しいやら感情が揺れ動いて忙しない。
その様子を見ていた文次郎はぽつりと言葉を溢した。

「潔ぎ良いなあいつら」
「考え込み過ぎて動けなくなったお前とは違ってな」

独り言だったものに反応したのは隣にいる仙蔵だ。
腑抜けへの怒りは、蹴り一発では解消されず燻っていたらしい。
バツが悪そうに顔をしかめた文次郎を見て、仙蔵はこれくらいで勘弁してやろうと軽く笑った。
文次郎の言いたいことは仙蔵も良く分かるのだ。文次郎と仙蔵は性分がよく似ている。感情よりも理性が勝つのだ。
こういう時、いの一番に己の考えを発するあの2人、小平太と伊作の素直さを仙蔵は少し羨ましく思った。
感情が前面に出ることは忍としてどうなんだと思わないこともないが、物事を理性的に考える己にはそれがなんとも難しいと分かっているからだ。
今も、お伽噺のようなこの話を学園長や土井がどう真偽を判断したのか、そちらのほうが気になっている。
今さら名前を疑う気などさらさらないが、未来などという目に見えないものなど証明しようがないのではないか。
ぶつぶつと考え込む仙蔵をまたぎ、小平太はこそりと文次郎へと話しかけた。

「なあ文次郎、結局未来ってなんだ?」
「明日とか明後日とかそのまた先のことだろ?」
「じゃあ、名前は明日から来たのか?どうやってだ?」
「どうって……なあ、仙蔵?」
「こっちに振るってくるな。あと私を挟んで頭の悪い会話をするんじゃない」

気が散ると怒る仙蔵に、小平太はケチとむくれる。
名前を信用はするものの、解消されない疑念に苦心する6年生を見て学園長はほくそ笑んだ。
次なる一手を繰り出すは今であると。

「百聞は一見に如かずじゃ。山田先生!」

声高々にかけられた号令。
出辛いと言わんばかりの渋い顔で登場したのは1年は組の実技担当教師である山田伝蔵だった。
山田を見た名前は、あっと声を漏らした。その手に握られているのは名前のリュックだ。
山田は土井の隣に腰を下ろし6年生を手招くと、リュックの中身を畳の上に並べ始めた。
どれもこれも見たことのない物ばかりだと、彼らは目を丸くした。

「これは名前ちゃんが持っていた物。これが彼女が未来から来たという証拠だ」

山田の言葉に特に関心を持ったのは、用具委員会である留三郎と図書委員会の長次だった。
用途が分からないのもだが、その素材も奇妙だと留三郎は思った。木でも竹でも鉄でもない何か、これは一体なんだと思案するも答えは出ない。
一方、長次が注目したのは本の綴じ方だった。普通は右へと開いていくのだが、ここにある本はほとんどが左開き。そしてそこに書かれている文字は普段目にしているものとは全く異なり、時々南蛮語のような文字も散見している。
どうだと目配せしてきた他の面々に、留三郎と長次は揃って首を横に振った。
知識を有している彼らが全く理解出来ず説明が出来ない。ただ一つ分かるのは遥かに文明が発達しているということ。未来から来たを信じるにたる証拠だ。
名前への僅かばかりの疑念も無くなった今、6年生らの関心は目の前にある未知の物に移っていた。
それぞれ物色した道具などを手に、うずうずと顔を見合わせる。

「ここは用具委員会委員長として俺が先陣を」
「「いやいや」」

留三郎が抜けようとするも、それを同輩が許すはずもない。
誰が先に行くかと牽制しあったが、「早い者勝ちだな」という誰かの言葉を引き金に均衡は破れた。
事の成り行きを見守っていた名前に一斉に群がった。
この寸鉄みたいなものはなんだ。この変な本はなんだと質問攻めをする6年生とそれに答える名前の攻防を眺めながら、予想通りの展開に土井と山田は互いに笑みを浮かべた。

「決着、ということで良いな」
「そうですね」

昨晩、教師らとも同様の問答をした名前には申し訳ないと思いながらも、6年生らの興奮が落ち着くまではと土井達は静かに見守った。



未来からきた名字名前は、こうした紆余曲折を経てこの忍術学園にて過ごしていくことになったのである。



◇◇◇



それは昨晩のこと。
忍たま達が寝静まった頃、山田と土井の部屋に呼ばれた名前は勢揃いした教師陣を前に圧倒されていた。
驚き固まる名前に土井は申し訳なさそうに事の経緯を説明した。

「名字さんの荷物なんですが、わからないものが多くて。
結論として、名字さんに説明してもらった方が早いとなりまして」

実際には少人数で行うはずだったが、誰も彼も参加すると言い張り、結局のところほぼ全員が集まってしまったのだと言う。
すみませんと謝る土井に、名前は大丈夫ですと返したものの、内心は非常に困っていた。
同性ということもあり、山本シナとは小袖の着方などで何度も話したことはあるのだが、土井と山田以外の教師らとはほぼ関わることが無く、今回がはじめましてだ。
人見知りというわけでもないが、多数対一のこの雰囲気には名前もさすがに緊張する。

「ではこれより名前ちゃんによる説明会を行う」

学園長の言葉を皮切りに、教師たちは目当ての物を持って名前に押し寄せた。
これはなんだ、あれはなんだと質問が飛ぶ。

「先生方、順番だと言ったじゃないですか!順番!」

その土井の呆れた掛け声により場は静まり、一番手として質問したのは1年い組教科担当の安藤だ。
その手には名前のノートやらレポート資料やらを大量に抱えている。

「名字さん、これらは?材料はなんです?」
「えっと忍たま友みたいなものでして、どれも紙で出来ています」
「やはり紙ですか!見てください、斜堂先生!とんでもなく薄いですよ!うすうす気づいていましたけども!」

得意のダジャレを交えながら興奮する安藤だが、1年ろ組の教科担当の斜堂の反応は薄い。
彼も十分に驚いているのだが、身振り手振りがあまり無い分、周りにはそれが伝わり辛い。
そんな安藤と斜堂を邪魔だと言いたげに押し退けたのは山本シナだった。

「ねぇ、名前さん!これはお化粧品かしら?」

メイクポーチと共にずいと名前に近寄る。
両の手にアイシャドウとリップを握りしめ、目を輝かせていた。

「そうです。こっちが目の上につけるもので、こっちが口紅です」
「色味は薄いけれど、キラキラと輝いて色が変わるなんて素敵ね」
「しかし、ずいぶんへんてこな形の紅だな」

山本と名前で話しているところに、突如割り込んできたのは山田伝蔵だ。
山本と一緒にチークなどを手にとっては、あれやこれやと興味深そうに2人で話し始めた。
山本先生はわかる。でも、どうして山田先生がメイク道具にそんなに飛び付くのだろうか。
名前は疑問を抱いたが、すぐに別の質問が飛びそちらに気をそがれた。
その後も次々と質問と応答を繰り返し、落ち着いたのは問答が20を越えた頃。
やいのやいの話し合う教師らの輪から抜け出すと、名前ははぁと息を吐いた。

「名字さん、お疲れ様」

疲れたでしょうと問う土井に、名前は少しだけと正直に伝えた。
ただ興味を持ってもらえることは嬉しいのだ。
様々な未来の物を珍しげに手に取る教師らを眺めながら名前は土井の隣へと並んだ。

「土井先生は何か気になるものとかありませんでしたか?」

そう名前が問えば、土井は恥ずかしそうに、懐から黒い物体を取り出した。

「実は会議が始まる前に他の先生方より先に取ってまして」

頬をかきながら土井が差し出したのは名前のスマートフォン。
振ってみたり、押してみたりしたものの何も変わらず、皆目検討がつかなかったのだと言う。
森を彷徨っていた時、バッテリーの消耗を抑えるため電源を落としていたため、確かに何を押しても画面は暗いままだ。
真剣な眼差しでうんともすんとも言わない物体に悪戦苦闘する土井の様を思い浮かべ、名前はふふと吹き出した。

「名字さん、今笑いましたね?」
「いえ!全然、笑ってません」

じとりとした土井の視線に取り繕おうとするものの、一度想像したらもう駄目だった。
再び押し寄せてきた笑いの波。なんとか耐えようとするが口が緩む。
名前のその締まりの無い表情を土井が見逃すわけもない。
土井は仕返しだとばかりに名前の頬を摘まんだ。

「はにするんでふか」
「笑うのを止めたそうだったからね」

止まったかいと問えば、頷きはしたものの不満げな顔の名前に土井は笑みを溢す。
そんな2人のやりとりをこっそりと見守るのは山田と山本だ。

「土井先生のあれは自覚なしなのかしら?」
「自覚どころか何もないでしょうなぁ」

長年時間を共にしてきた山田には分かる。あれは、は組の良い子達への応対と何ら変わらないのだと。
山田の見解に興味を無くしたのだろう、山本はすでに化粧道具へと向き直っていた。
この調子では彼に春が来るのはまだまだ先だな。
我が息子達はどちらも縁遠いなと山田は人知れず溜め息をついた。




しおりを挟む




>> list <<