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「忍術学園事務員を賭けた障害物競走!
ルールは簡単。仕掛けられた3つの障害を突破し、1年教室にいるヘムヘムから札を貰ってこの校庭に戻ってくること!
進行実況は僕達、学級委員長委員会の5年尾浜勘右衛門でーす!」
「……鉢屋でぇーす」

意気揚々とマイクを握る勘右衛門とは対照的に隣の鉢屋三郎の表情は無気力だ。
「鉢屋ぁ!なんだそのたるんだ態度は!!」と5年い組の実技担当教師である木下鉄丸から一喝が入るも、三郎は右から左へ受け流しダルそうな態度はそのまま変わらない。
勘右衛門は隣に立つ三郎へとひそりと耳打ちした。

「三郎、もうちょっとやる気になってくれよ」
「なら変わってくれるか?勘右衛門」

何をとは言われずともわかり、勘右衛門は即答した。

「それは無理。俺だって名前さんの方の実況がしたいからね」

三郎がやる気が起こらないのもすこぶる理解できるが、それとこれとは話が別である。
それに公正公平にとじゃんけんで決めたこと。変わってやる気も道理もさらさらないのだ。
そんな返答を分かりきっていたのだろう。気を悪くするでも食い下がるでもなく「参加しているだけましと思ってくれ」と物臭に返す三郎の肩を叩くと、勘右衛門は声を上げた。

「では両者、出発地点に移動してくださーい」

指示に従い名前と出茂鹿之介は『スタート』と書かれた横断幕をかかげる黒木庄左ヱ門と今福彦四郎の元へと向かう。

─本当に勝てるのだろうか

と名前の胸に不安が湧いたが、「棄権しなくていいのか?」「怪我することになるぞ」とやかましく言い続けている出茂鹿之介のおかげで不安よりも苛立ちが勝った。
しつこいですという言葉が喉まで出かかったが、問答するのも面倒と無視を決め込んだ。





「それでは、障害物競走スタートじゃ!」

学園長の音頭と法螺貝の音を合図に、異色だらけの就職試験の幕が開けた。
名前と出茂鹿之介は一目散に駆け出した。

「「名前さん、出茂鹿なんかに負けるなー!!」」
「ありがとう、頑張るね!!」
「お前ら!何度も言うが俺は出茂鹿之介だ!!」

道中に聞こえてきたは組からの力強い応援。
名前は笑顔で応え、出茂鹿之介は一向に呼ばれ続ける略称に異を唱えた。しかし場に一番響きわたったのは、一人だけ毛色の違う大きな声援だった。

「名前さーん!なるべく!出来るだけ!長ぁーーーく頑張ってくださぁい!!
応援だんごに、応援田楽、応援甘酒、売りまくるんでー!!」

大儲け!大儲け!!と声をあげ走り回るのはきり丸だ。目をきらめかせ満面の笑みである。
きり丸が内職やアルバイトを頑張っていることを知っている名前としては、ぜひその一助になればと思ったものの、すぐに終わりを迎えることとなった。
要因はきり丸を追う土井だ。眉間に皺を寄せた呆れに満ちた表情で土井はきり丸の頭に拳骨を落とした。
ごちんとという音が聞こえてきそうなほどに強いもの。
それだというのに、土井に首根っこを掴まれながらも、手近にいた戸部新左ヱ門へと団子と田楽を売り付けるきり丸の姿が目に入り、名前は堪らず笑った。
見習うべき根性と逞しさである。




校庭から教室棟へと駆ける出茂鹿と名前。接戦の走りというわけにはいかず、名前の少し先を出茂鹿は走っていた。
さすがに忍。一般人の名前が追い付けるわけもない。
丁字路の分岐点で出茂鹿が目安の矢印どおり左へと曲がると、名前の隣を追走していた勘右衛門がそっと声をかけた。

「名前さんは右に曲がってね」

急なことに驚きながらも名前は勘右衛門の言葉通り右へと体をきると疑問を投げ掛けた。

「尾浜くん、コース違うけどいいの?」
「いいのいいの!同じコースを走れ、なんてルールで言ってなかったでしょ」

確かに言ってはなかった。だが同じコースで競うのは決まりきった当然のことだろう。それを言った言わないと問答するのは、さすがに屁理屈なのではと名前は戸惑った。
そんな名前の心中を察したのか勘右衛門は、はぁ、と1つ溜め息を吐き言い捨てた。

「名前さん、小股取っても勝つが本。出茂鹿は忍だよ?」

これは立派な戦い。そもそも普通の名前と忍の出茂鹿が対決する時点ですでに平等など成り立っていないのだ。

「公正にと思うのはいいけどさ、でもそんなこと気にしている余裕が名前さんにあるの?」

勝つんでしょ?と真剣な眼差しで問う勘右衛門に、名前は口を結んだ。

─尾浜くんの言うとおりだ。身体も頭脳もきっと出茂鹿さんの方が上。正直気にしている余裕なんて無い。

勝つためになんでもしていいなどと思っているわけではないが、勝たなければ意味がないと名前は切り替えた。

「ありがとう尾浜くん、気にしないことにする!」
「そうそう!その意気その意気!」

勘右衛門の鼓舞を受けつつ走り続け、名前は1つ目の障害へとたどり着いた。
掲げられた幕には『突破しろ』の文字。
意味がよくわからずに首を傾げた名前だったが、以前小平太から「ターコちゃん」と説明を受けた場所だと思い出した。

「やぁっと来ましたね」

遠くから聞こえた声に顔を向けると、20メートルほど先に見えたのは紫色の忍装束。ウェーブがかった灰色の髪を揺らすのは、綾部喜八郎だ。

「ターコちゃん地獄を無事に突破してくださぁい」

喜八郎からのお題を受け、慎重に足を踏み出した名前だったが、まさかの3歩目で穴へと落下した。
腰の高さほどの穴。余裕で這い上がれるほどの深さだったが、それは最初だけだった。
2回目、3回目と落ちるごとに穴は深くなっていき、とうとう胸ほどまでの深さになった。
まだなんとか自力で這い上がれそうだが、想像していた以上に体力が失くなっている。

「……このまま深くなり続けたら自力じゃ上がれなくなっちゃう」

ルールでは救援は出してはいけなかった。つまりは失格だ。
喜八郎まではまだまだ遠い。どうしようかと思案していた名前は、地面に落ちている枝や葉っぱに気がついた。
自然に落ちたものという雰囲気ではないのは、枝が全て罰印に組まれているからだった。
もしかしてと、名前は穴から這い出ると、罰印の枝を避け、葉っぱの上へと恐る恐る足を踏み出した。
底は抜けなかった。

「当たりだ!」

推察が当たった喜びに、名前は葉っぱを目指しひょいひょいと進んでいく。
ゴールは目前。喜八郎の真ん前、罰印に挟まれた葉っぱを踏みしめた時だった。
これまでの硬い感触ではなく、柔らかく崩れる感覚に名前は目を丸くした。
そして直後、これまでとは比べ物にならない、全身がすっぽりと入るほどの深さの穴へと悲鳴と共に落っこちた。

「あ、あれ?え?」
「名前さん、とっても綺麗に落ちましたねぇ」

印に気づいた点は良いですけど、駄目ですよ、油断しちゃあ、と降ってくる間延びした声に顔を上げれば、喜八郎と目があった。

「落としてみたかったんですよねぇ。
立花先輩から名前さんには蛸壺は駄目だと言われていたので、今回ぜひにと立候補してみました」

駄目だと言われたらやりたくなるのも人の性。
どうですか僕の落とし穴は?と問う喜八郎の瞳は、普段の無関心とは違いひどく愉しげだ。
食堂では周りがどんなに喧騒でも淡々と食事をし、終われば話をするでもなくぼけーっと滝夜叉丸など同級生を眺めている姿が名前は印象に残っていたため、こんな表情もするんだなと驚いた。
落としてみたかったという発言はよくわからないが、名前は素直な感想を述べた。

「すごい深いね。これ全部、綾部くんが掘ったの?」
「そうですよ。夜なべして掘りました」
「夜なべ?!もしかして寝てないの?」
「寝ましたよ、半刻くらいは」

ほぼ寝ていないに等しいじゃないかと名前は驚くものの、徹夜で穴掘りは初めてなわけでもない喜八郎は平然としていた。

「別に苦ではありませんから」
「そっか。たしか綾部くんは穴掘りが好きなんだもんね」

前に滝夜叉丸くんから聞いたことがあると笑う名前に、喜八郎は言葉を返した。

「名前さんは怒らないんですねぇ。落とされたのに」

唐突な喜八郎の言葉に名前はぱちくりと目を瞬かせた。

「びっくりしたのほうが勝っちゃったからかな。それに喜八郎くんは穴掘りが好きなんでしょ?私が怒ることでもないかと」
「これからも狙って落とすかもしれませんよ?」

真剣なわけでも笑みを浮かべるわけでもない、感情の読めない表情を浮かべる喜八郎からの問いかけを名前は思案した。
どういう意図で問われているのかわからない。
答えは出ないが、伝えたいことは浮かんだ。

「“怪我させるぞ”とかを目的に落とそうとしてたら嫌だなって思うけど、そうじゃないなら怒ることはしないかな。
好きこそものの上手なれって言葉があってね、綾部くんにぴったりだなって」

夜通しでも苦なく出来てしまうほど、好きなこと。そんなことと未だに出会っていない名前には、穴掘りという好きなことに邁進する喜八郎を羨ましく思えた。

「好きなことを好きだと思ってやり続けられることって大切だから。もちろん、穴に落ちたいわけじゃないから、落ちないように私が頑張るね」

小平太くんもターコちゃんは見れば分かるって言ってたしと名前は胸を叩いたが、それに応答したのは喜八郎ではなかった。

「無理だと思うぞ」

そんな呆れ混じりの言葉と共に姿を現したのは立花仙蔵。喜八郎の後ろからひょこりと顔を出している。

「仙蔵くん!」
「立花先輩の言うとおり、僕も無理だと思いまーす」
「…仙蔵くんに綾部くん、心意気だけでも買ってくれてもいいんじゃないかな」

無理を承知で言っている自覚はある。しかし、無理と即答されるのも少し悔しい。
じとりとした視線を投げる名前をなだめつつ、仙蔵は喜八郎へと言葉を投げた。

「喜八郎、さっさと札を掲げてやれ」
「あぁ、すっかり忘れていました。名前さん、ごーかくでーす」

いつもの無表情で丸が描かれた札を振る喜八郎に、名前は疑問を持った。

「ターコちゃん地獄、突破出来てないよ?」
「あぁ、あれは嘘です」
「嘘?!」

わけがわからず混乱する名前に喜八郎は淡々と答えた。

「突破しなければいけなかったのは僕で、ターコちゃんはついでです。
事務員、名前さんでも出茂鹿でもどうでもいいと思っていたんですが、名前さんでいいですよ。なので合格です」

好きなものは突き詰めれば良いという言質もとれたし、これから落ちないよう頑張ってくださいねぇ。
にんまりと笑う喜八郎に、名前は感情の乗らない「うん、頑張るね」を返すことしか出来なかった。






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