名前との自己紹介を終え、学園長の庵に戻った途端に学園長から告げられたのは、彼女も1年は組で授業を受けるというものだった。
「土井先生は監視ができる、名前ちゃんは学園に慣れる、一石二鳥じゃ」
これ妙案だと宣う学園長に土井は反論した。
正直、名前を迎えることに問題はない。生徒に危険が及ぶ心配も微塵もしていない。
懸念は一つ。好奇心が強すぎるは組のよい子達が、彼女をもみくちゃにする未来しか見えないことだ。それこそ、所構わずに。
そしてこれ以上に授業が進まなくなることは正直困るのだ。
「彼女に監視は不要かと思うのですが」
「わしもそう思う。じゃが、そう思わん者もおるじゃろう?」
意味深な言い方に、土井はなるほどと理解した。
これは彼女を疑った監視ではなく、守る為であると。
瞬時に頭をよぎった数名に苦笑いをこぼした。確かに彼らはなかなかに厄介だ。
「気づいてくれたようで何より。特に最上級生ともなればのう。まあ、奴らの自主性は尊重し、見守る程度でよい。彼女の出自についてじゃが、5年は気付かなければそれまで。4年以下は彼女に危険が及ぶゆえ、口外禁止とせよ」
「学園長のお考えはわかりました。ですが、は組にわざわざ置く理由はなんでしょうか」
彼女を守るだけならば、学園長が居れば事足りるのではと土井は問いかけた。
「この学園で働いてもらうための下準備じゃよ」
忍術学園は秘匿性の高い学校。外部から人を入れるのも一苦労だ。
それこそ密偵でない裏付けやらなんやらかんやら。
その点、名前は未来人。密偵の可能性はゼロであり、知り合いすらいない。うってつけの人材だと言う。
てっきり面倒で押し付けてきたと思っていた土井は確かにと賛同し、同時に感服した。
いつもの単なる思いつきではなかったのだと。
「そこまで考えておられたんですね」
「もちろんじゃ。他の先生方もこの方向で了承しておる。吉野先生なんかはすでに事務配属を希望しておるくらいじゃ。それに、あの娘さんは生徒らに良い影響を与えてくれるじゃろうて」
確信めいた学園長の言葉に、土井は改めて思った。
この慧眼も天才と呼ばれる所以なのだと。
◇◇◇
「私はしないぞ」
「なんでだ小平太!」
「どう見てもないだろ、文次郎」
夜遅くの6年長屋、『6のい』と札が掛けられた部屋に6人の男が集まっていた。
文次郎と呼ばれた男、この部屋の主で忍たま最上級生である6年の潮江文次郎は理解出来ないと言わんばかりの表情で吠えた。
話題は昼間に伊作が連れ帰って来た女について。
起きたら山の中にいたなんて与太話を信用できるか。女の化けの皮を剥いでやると息巻いていたのだが、それを6年ろ組の七松小平太が拒否したからだ。
伊作から渡された握り飯をなんの疑いもなく食べ、睡眠薬を盛られたことにすら気づいていない女が密偵などありえないだろ。
ごろりと床に寝転がりながら言うほどに、小平太はこの話題にあまり興味もないようだ。
文次郎が隣にいる中在家長次に意見を求めると、長次は静かに口を開いた。
「文次郎の気持ちもわかる。だが、小平太の言う通り、密偵は無理がある」
「俺も小平太の意見に一票だ」
長次に続いて声をあげたのは食満留三郎だった。同室である善法寺伊作から皆より先に例の女の話を聞いたが、感想は「そんな間抜けな作り話をする阿保な密偵がいてたまるか」だった。
それくらい、女の行動は密偵として異常だというのに、なぜ目の前のギンギン野郎はこうなのか。
「お前の目は節穴か、文次」
「表出ろ、留ー!」
一触即発。ギャンギャンと言い合いながら出ていった二人を尻目に溜め息を吐いたのは、潮江と同室であり、この部屋のもう一人の主でもある立花仙蔵だった。
あの馬鹿共めという雑言は残念ながら本人らには届いていない。
仕切り直し、仙蔵は伊作へと向いた。
「お前はどう思うんだ、伊作」
この中で実際に会ったのは伊作だけ。
率直な感想を問うた。
「密偵じゃない」
そう言いきる伊作に仙蔵は目を細めた。
何故そう思うのか。問いかければ、伊作は困ったように表情を崩した。
「なんて言えばいいのかな。こう、空気感?」
「結局勘か?」
勢いよく言いきった先ほどとは違い、ふんわりした理由を挙げた伊作に小平太が突っ込んだ。
「あとは、へんてこな服を着てたんだよ。僕らの着ているものとは全然違う」
「南蛮のものか?」
「それが南蛮のものとも違うんだ」
見たこともないような服だったと言う伊作に、仙蔵はふむと考え込んだ。
文次郎以外の意見の通り、確かに密偵の線は薄いだろう。だが、密偵でないならなんなのか。
文次郎のように、化けの皮を剥いでやろうとまではいかないが、女の正体は非常に気になる。
仙蔵は今ここでいくら議論しても無意味だと、会議を切り上げた。
他の面々からも異論は出ず、小平太はさっさと出ていった。裏々山まで走りに行ったか、塹壕掘りに行ったのだろう。
文次郎はひとまず放っておいて、近いうちに一人で動くか。
さすがに勝手に調べるのはまずいか。とりあえず教師陣への許可を。
仙蔵が頭の中でこれからの手筈を考えていると、ふと腕を捕まれた。
振り返れば、そこに居たのは伊作だった。それも何やら神妙な面持ちだ。
「どうしたんだ」
「あの人にあまり意地悪しないであげて欲しいんだ」
珍しいこともあるものだと仙蔵は目を瞬いた。
お人好しではあるが、密偵疑惑の晴れたわけではない相手に伊作がここまで入れ込むとは意外だった。
「あの人、僕を見た時、心底安心したって顔をしたんだ」
驚きからほっとした表情に変わるあの様が演技などには見えなかったと説く。
頼んだよ。念を押し、伊作は部屋を後にした。
これは己ではなく、同室の行動に対してのことも指すのだろう。あえて相手に直接言わないところが、したたかな彼らしい。
「これはなかなかに面倒だな」
俄然やりづらくなったことに、仙蔵は苦笑いをこぼした。