04

畳敷の床、座卓に墨と筆。
そして大きな黒板に名前は目を奪われた。
黒板とチョークってこんな時代からあったっけ。
歴史に詳しくないため事実はわからないが、そんなことが頭をよぎる。

「今日から一緒に授業を受けることになった名字名前さんです」

土井の声で我に返った名前を見つめるのは22個の丸い瞳。
聞こえるのは、なんで?誰?というヒソヒソとした話声だ。
一緒に授業を受ける相手が年上のよくわからない女じゃ、子供たちにとってはいい迷惑だろうな。
初対面の翌日、土井からいくつか説明があったうちの1つ「私が受け持つ組で一緒に授業を受けてもらいます」と聞いた際、名前が懸念したことだった。
申し訳なさを抱えながら名前が言葉を発しようとすると、一人の男子が声をあげた。

「あーー!!あの時のお姉さん!」

一番手前の眼鏡をかけた男子。名前はその男の子の姿を見るや笑顔を浮かべた。
すぐに気づいた。格好は違うが、3日前に怪我を治療してくれたあの子だと。

「怪我は大丈夫ですか?」
「うん、あの時は本当にありがとう。薬のおかげかな、もう痛くないよ」

二人のやりとりに室内が一気にざわついた。
先ほどまで名前に集まっていた視線は眼鏡をかけた男子─猪名寺乱太郎に注がれた。

「乱太郎、知り合いなの?!」

いつ、どこで、なんで黙ってたの。
同級生から矢継ぎ早に飛んでくる質問に乱太郎は困り顔だ。

「この前、保健委員での薬草採取の時に会ったんだよ」

先輩から誰にも言っちゃだめだよって言われたんだと告げられ、同級生らは一旦大人しくなったが、興味はすぐさま名前へと戻った。
四方八方から言葉が飛びかい、名前は何一つ聞き取れない。
土井はパンパンと手を叩いた。

「お前たち、そんないっぺんに喋っては名字さんが答えられないだろう」

土井の指摘により静かになったのもつかの間、続いて「はい」の大合唱が室内に響く。

「ああもう!順番だ、順番!」

土井が指名したのは、この1年は組の学級委員長である黒木庄左ヱ門だ。

「名字さんも忍者を目指しているのですか?」
「ううん、忍者は」
「はーい、次は僕。なめくじさんは好きですかぁー?」
「なめくじ?えーと、なめくじは」
「喜三太、女の人なんだからきっとなめくじは好きじゃないと思うよ。それよりも、からくりは好きですか?」

他にも好きな食べ物は、得意なアルバイトはなど質問が飛び、返事を返す暇がない。
圧倒された名前が助けを請うように隣を見るも、土井も苦笑いを浮かべていた。
昨晩、念のためと質疑応答の予行演習をした際に言っていた「無意味に終わる可能性があるけど」はこういうことだったのかと納得する。
好奇心旺盛、そしてとても自由だなが名前が1年は組に抱いた感想だった。
一通り質問の嵐が落ち着いた頃、乱太郎の隣に座る八重歯と首に巻かれているスカーフが特徴的な生徒─きり丸が声をあげた。

「それで、名前さんはなんでここに来たんです?」
「近くの山で倒れてるところを助けて貰ったんだけど、記憶がちょっとあやふやで。学園長である大川さんのご厚意でここに置いて貰えることになったんです」

土井と共に考えた辻褄合わせの理由を伝える。
未来から来たなどは他言無用、乱太郎に森で迷子を知られてしまっているため、ギリギリ嘘に当たらない、誤魔化すための方便である。

「記憶が。頭とか打ったんですかね」
「そうだ!僕たちで名前さんの記憶を取り戻すお手伝いをしようよ」
「それいいね」

わいわいと盛り上がる生徒らに名前は嬉しいと同時に心がぎゅうと苦しくなった。
仕方ないことだと分かってはいるが、良心はやはり痛む。

「お前たち、その心意気と優しさはいいことだが、記憶とは厄介なものだからな。名字さんに無理はさせないように」
「はーい!」

元気よく返事をする生徒らに土井はよしと頷いた。これでようやく授業を始められる。
しかし、甘かった。
おいしいものを食べれば記憶がやら、からくりでビックリさせればやら、いやビックリさせるなら鉄砲でなど、授業のことなど気にもならない生徒らはその話ばかり。
先ほどの快い返事は一体なんの返事だったんだ。
わなわなと震え出した土井の様子に、名前はぎょっとした。
このままでは土井にも生徒らにもよろしくない。状況を一変させるべく行動に移した。

「私、忍者の授業初めてで!みんなすごいなー!楽しみだなー!」

わざとらしく明るく声をあげる。
ささと視線を巡らせ、1席分ほど空いている後ろの座卓へと移動した。
慣れない着物で動きづらいが、これも時期に慣れるはずだ。
座ってもいいか一声かけ、なんとか着席すれば土井と目があった。
生徒と同じようにぽかんとした表情を浮かべている。
行動が子どもっぽ過ぎただろうか。あのまま収集つかないような状況になるよりはましなはずだと助け船を出したつもりだったが、悪手だったらしい。
だんだんと沸き上がる恥ずかしさに顔が熱を持つ。

「土井先生、あの、授業をどうぞお願いします」

赤くなっているであろう顔を手で押さえながら、名前は小さく呟いた。


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